★カルシウムと言えば★
この問いに対して、大部分の人は骨を連想されると思います。
しかし、カルシウムの役割は他にもあり、筋肉の収縮・神経の伝達・免疫の発動・血液の凝固、このいずれにもカルシウムは不可欠です。
この4つの働きの一つでも機能しないと、生命活動が維持できない程の重要な機能です。
骨は体を支える役割を担っていますが、それよりもカルシウムの貯蔵場所としての役割の方が重要で、血液中のカルシウム濃度が低下すると骨を溶かして補います。
体を支えるよりも生命の維持が優先されるために、カルシウム不足の状態が長く続くと、骨粗鬆症という病気が起こるわけです。
今回は、意外な疾患とカルシウムの関係を紹介します。

★脳卒中の抑制★
左図はカルシウムの摂取量と脳卒中の発症リスクの相関を示したものです。
カルシウムの摂取量が増加するのに伴って、脳卒中の発症リスクが下がっていきます。
カルシウムが充足していると、過度の血圧上昇を抑えることが確認されており、また後でも紹介しますが、自律神経が安定することも報告されています。
これらの要因によって、以前からカルシウムが脳卒中発症の抑制に有効であることは予想されていました。
この集計によって、それが証明されたわけです。

★糖尿病の抑制★
左図は、カルシウムの摂取量と糖尿病の発症リスクの相関を示したものです。
血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンは、膵臓のβ細胞から分泌されますが、この分泌にはカルシウムが不可欠です。
この機序から、カルシウムは2型糖尿病患者の血糖上昇を抑えると言われていました。
上のデーターは、治療のみならず予防効果も大きいことを示しています。
★ダイエットの手助け★
これには脂肪細胞から分泌される食欲抑制ホルモンのレプチンと、食事などで吸収したカルシウムを骨に蓄える作用を持つカルシトニンが関係しています。
食事をするとレプチンが分泌され、このレプチンが満腹中枢を刺激することで空腹感を消します。
ところが、脂肪細胞が多い人、つまり肥満気味の人は、レプチンが効きにくい体質(レプチン抵抗性)となり、満腹中枢があまり刺激されません。
この結果、ついつい過食となり、さらに肥満が悪化するという悪循環が起こります。
強い意志で食事制限をすればよいのですが、空腹感は一種の生存本能ですから、言うほど簡単なことではありません。
カルシトニンにもレプチンと類似の食欲を抑える作用があり、この作用はレプチン抵抗性があっても影響を受けません。
カルシトニンは脂質や炭水化物などの栄養素とは無関係に、カルシウムを多く摂取した時に分泌されます。
つまり、ダイエットをしたい時には、カルシウムの摂取を多くすると食欲が抑えられて効果的というわけです。
カルシトニンには鎮痛作用もあり、関節痛などの緩和を目的として病院でも使用されています。
膝や腰の痛みの緩和にカルシウムが有効と言われるのは、軟骨の原料としてだけではなく、このカルシトニンが関与しています。
ただし、カルシトニンを効率的に分泌させるには、血中カルシウムイオンを上げる必要があり、吸収が良くてイオン化されやすい種類でなくてはいけません。

★近視★
眼の焦点は、基本的に遠方に合うようにできており、近くを見る時には毛様体筋を緊張させることで水晶体の厚みを増してピントを合わせます。
カルシウムが不足すると、毛様体筋の働きが弱まり、ピント調節がスムースにできなくなります。
成長期に視力が低下しやすいのは、勉強やゲームなどによる目の酷使に加えて、身長を伸ばすためにカルシウムが大量消費されることも無関係ではありません。
また、眼球は強膜と呼ばれる組織で球形を保っています。
カルシウムは強膜の形成にも関わっており、不足すると球形を保てなくなって伸びた形に変形してしまいます。
変形すると焦点が合わなくなりますので、この場合も近視になります。
★不眠症・自律神経失調症★
交感神経と副交感神経を合わせて自律神経と呼び、両者が体内の機能を調整しています。
「自律」という言葉が示すように、自分の意志とは関係なく自動的に働く神経で、一般に、活動時は交感神経が優位になり、休養時は副交感神経が優位になります。
カルシウムは神経伝達に必要ですが、その刺激を元に戻す過程においても必要な成分で、不足すると神経は常に刺激を受けているような状態となります。
昼間に交感神経が過度に刺激を受けると、興奮気味になってイライラし、夜間に同じ状態であれば寝つきが悪くなり、眠れたとしても浅い眠りになります。
昼間に副交感神経が過度に刺激を受けた状態では、倦怠感を感じたり、やたらと眠気を感じます。
また、カルシウムは抗ストレスホルモンの分泌にも必要で、カルシウムの不足はストレスに弱い体質となる可能性があります。
うつ病患者の骨密度が正常者と比較して低いことは、その証です。
★傷の修復・癌転移★
ケガによって細胞が欠けると、周囲の細胞が集まって傷口を塞ぎます。
細胞が集合するためにはカドヘリンと呼ばれる一種の接着材が必要です。
癌細胞では、カドヘリンの機能が低下して細胞が離れやすくなり、転移を起こしやすくなると考えられています。
このカドヘリンが機能するためにはカルシウムが不可欠なのです。
カルシウムの不足によって傷の治りが遅くなったり、癌が転移しやすくなる可能性が高まります。
★カルシウムパラドクス★
血液中のカルシウム濃度は、上でも紹介したカルシトニンと副甲状腺ホルモンが調整しており、常に一定の範囲になるように維持されています。
話が少し専門的になりますが、カルシウムにはカルシウムイオンと結合型カルシウムがあります。
カルシトニンが関与するダイエットの補助を除いて、今まで紹介してきた体内での重要な役割を担っているのはカルシウムイオンです。
結合型カルシウムは多過ぎると動脈硬化や白内障などの好ましくない疾患の誘因になります。
つまり、血中カルシウムと一口で言いましても、カルシウムイオンが多くて結合型カルシウムの少ない状態が理想的です。
酸性の条件下では、結合型が一部解離してイオンとなりますので、結合型が100%悪者というわけではありませんが、胃の中を除けば体内は弱アルカリ性なので、イオンの供給源となるのは極めて一部に過ぎません。
カルシウム摂取が少ない状態が続くと、副甲状腺ホルモンが作用して骨を溶かして血中のカルシウムを補おうとします。
骨は結合型カルシウムからできあがっていますので、これを溶かして補充するとなると必然的に結合型の割合が増えます。
しかし、必要なのはカルシウムイオンなので、多めに溶かさないと必要量のイオンが供給できません。
この結果、カルシウムは不足しているのに血中カルシウム濃度が高いという逆転現象が起こり、この現象のことをカルシウムパラドクスと呼びます。
カルシウム濃度が高いことを喜んでいる場合ではなく、この時は結合型が多くなっていますので、長期間継続すると結合型カルシウムが組織に沈着します。
血管壁に沈着すると動脈硬化、水晶体に沈着すれば白内障、脳細胞に沈着すれば認知症、肩関節に沈着すれば五十肩を引き起こす要因になります。
また、排泄経路で沈着すれば、尿路結石や胆石を作る元にもなります。
逆に考えれば、これらの疾患を予防するためには、イオンのカルシウムを十分に摂取して、不足状態にしなければよいわけです。
乳製品はカルシウム補給に適した食品ですが、含まれているのは結合型ですので、一度に大量に摂取するよりも少量ずつ摂取して、体内で効率よくイオン化させましょう。
カルシウム補給を謳っているサプリメントは、摂取すると結合型は増えますがイオンはほとんど増えません。(骨に蓄えることで身長を伸ばす目的であればかまいませんが、組織への沈着には注意が必要です)
最初からイオン化されたカルシウム剤としては、医薬品の電解カルシウムがあり、結合型の悪い影響を心配したくない方へはお薦めです。
★肝炎との関係★
カルシウムは免疫が正常に作動するために必須ですので、カルシウム不足ではウイルス性肝炎に罹患する可能性が高まります。
実際、骨密度が低い人ほど発症しやすいという報告があります。
肝臓に炎症が起こると、肝臓から十二指腸へ分泌される胆汁酸が減少することが多く、脂溶性ビタミンや脂質などの吸収に影響を及ぼします。
代表的な脂溶性ビタミンであるビタミンDは、食品中のカルシウムを吸収する過程で重要な役割を担っています。
また、脂質の構成物質である脂肪酸は、腸内でカルシウムと結合すると、より吸収されにくくなります。
つまり、胆汁酸の減少でビタミンDや脂肪酸の吸収が抑制されると、食物中のカルシウムの吸収が低下してしまいます。
この状態が続くと、カルシウム不足を補うために骨を溶かし、生じた結合型カルシウムが肝臓に蓄積されて負担が増大するという悪循環を起こします。