がん細胞において特異的に活性化する部位を阻害する薬で、モノクロナール抗体や選択的結合低分子化合物があります。
いずれもピンポイントに阻害することで、正常細胞への影響を少なくしようとして開発された薬です。
特に、遺伝子変異があるがん細胞においては、正常細胞にはない特徴を有している場合があり、そこを攻撃する薬であれば選択毒性は高くなります。(変異部位が細胞の活動に重要な役割を果たしていることが必要です)
多くの製薬メーカーが競って開発をしている分野であり、月に1~2種くらいのペースで新しい薬が登場しています。
問題は、極めて限定したがんにしか効果がなく、感受性にも大きな差があることです。(使用前に感受性を調べる検査方法が実用化されつつあります)
また、単独での効果は十分とは言えず、多くの薬は旧来の抗がん剤を併用する必要があり、低毒性の利点を損なっています。
対象患者数が多くないことから、薬価が非常に高い点も問題です。
高薬価ゆえに他剤無効の場合にしか適応できない薬も多く、初発の段階から使用できる薬はかなり少ないです。
モノクロナール抗体
特定の抗原に対する単一の抗体製剤で、対象とする抗原にしか結合(作用)しない薬です。(獲得免疫で産生される抗体はポリクロナール抗体です)
異種蛋白を含みますので、アレルギーの一種であるInfusion reaction(アナフィラキシー・悪寒発熱・悪心嘔吐・疼痛・頭痛・咳・めまい・発疹など)を起こす可能性が高いので注意が必要です。
トラスツズマブはHER2(上皮増殖因子受容体)が過剰発現した乳癌や胃癌に使用される抗体製剤です。HER2に特異的に結合し、最終的にNK細胞などによる抗体依存性細胞障害作用によって抗腫瘍効果を発揮します。Infusion reactionの他に、心不全などの心障害に注意が必要です。
セツキシマブ・パニツムマブはEGFR(上皮増殖因子受容体)に結合する抗体製剤で、大腸癌や頭頸部癌に使用されます。
リツキシマブはBリンパ球のみに発現するCD20に結合する薬で、B細胞性非ホジキンリンパ腫に使用されます。結果的に免疫抑制を起こしますので、ネフローゼ症候群や臓器移植による拒絶反応抑制にも使用されます。
ベバシズマブはVGEF(血管内皮増殖因子)に結合して阻害する薬で、がんで亢進している血管新生が抑制され、酸素や栄養が不足することになります。この作用だけでがん細胞が死滅するわけではないので、他の抗がん剤を併用しなければなりません。
デノスマブはRANKLに結合して破骨細胞の活性化を抑制し、がんによる骨病変の進展を抑制する薬です。骨粗鬆症の治療にも使用されることがあります。低Ca血症を起こす可能性が高く、予防のためにカルシウム剤およびビタミンD剤を併用します。
免疫療法に使用されるニボルマブもモノクロナール抗体です。
選択的結合低分子化合物(分子標的薬)
抗体製剤ではなく、化学的に合成された特定蛋白質の阻害薬です。
ピンポイント攻撃という点ではモノクロナール抗体よりも劣りますが、異種蛋白によるアレルギー誘発の問題はありません。
阻害する部位は様々ありますが、細胞内外の情報伝達に重要なチロシンキナーゼと呼ばれる酵素を阻害する薬が多いです。
イマチニブは異常染色体(フィラデルフィア染色体)によって形成されるBcr-Ablチロシンキナーゼを阻害する薬で、遺伝子変異のある慢性骨髄性白血病や急性リンパ性白血病に使用される薬です。また、KITチロシンキナーゼにも阻害効果を発揮することから、消化管間質腫瘍にも使用されます。浮腫(体液貯留)や吐気が起こりやすい薬です。
ゲフィチニブはEGFRチロシンキナーゼを阻害する薬で、EGFR遺伝子変異のある非小細胞肺癌に使用されます。世界に先駆けて日本で初承認された薬でしたが、間質性肺炎による死亡例が散発して訴訟事件になりました。欧米の臨床試験ではあまり良い結果が出ず、その後の追試験で非喫煙・東洋人・女性・腺癌の条件が揃うと効果が高いことが判明したという経緯があります。副作用発現率は低い薬なのですが、肺障害では死亡例が出ていますので注意は欠かせません。
スニチニブは血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)・血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)・幹細胞因子受容体(KIT)・コロニー刺激因子1受容体(CSF-1R)などのチロシンキナーゼを阻害する薬で、マルチキナーゼ阻害薬とも呼ばれます。主作用は腫瘍細胞増殖抑制と血管新生阻害で、腎細胞癌の第一選択薬とされます。骨髄抑制や心機能障害などの副作用に注意が必要です。
アキシチニブは血管内皮増殖因子受容体のチロシンキナーゼを阻害する薬で、腎細胞癌に使用されます。スニチニブで起こる骨髄抑制は起こりませんが、高血圧を起こしやすく、血栓や出血などの循環系の副作用に注意が必要です。
ボルテゾミブは細胞内の不要となった蛋白質を分解するプロテアソームを阻害する薬で、不要蛋白の蓄積によってがん細胞をアポトーシスさせます。多発性骨髄腫やマントル細胞リンパ腫に使用します。血球減少が高率に起こり、肺障害・心障害や感覚障害なども報告されており、多方面の注意が必要です。
オラパリブはDNAの修復に関与するポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)を阻害する薬で、DNAの損傷が集積されてアポトーシスを起こします。がん抑制遺伝子であるBRCAに変異があるがんに感受性が高く、卵巣癌や乳癌に使用します。ただし、本薬によって染色体異常を誘発する可能性がありますので、進行癌以外への使用には注意が必要です。
免疫療法薬については、健康情報の「癌の免疫療法」を参照してください。