
免疫系は我々の体に備わっている防御機構で、病原体や有害な異物を排除する仕組みです。
時として、無害なものまで排除対象としてしまうことから、アレルギー疾患や自己免疫疾患を引き起こす場合もありますが、これなしには生きていけない程の重要な仕組みです。
自然免疫系と獲得免疫系に区分され、前者は先天的で非特異的な防御機構であり、後者は2回目以降の異物侵入に対応する後天的で特異的な防御機構です。
免疫の仕組みは完全に解明されているわけではありませんが、判明している部分を紹介しておきます。
免疫発動の流れ
最初に異物が侵入しても、それが有害なものか無害なものかはわかりません。
少し経過して、体に及ぼす影響から有害なものらしいとなると、未熟樹状細胞が活性化されて炎症性サイトカインを放出します。
そのサイトカインの刺激を受けて免疫系細胞が活性化し、貪食作用を亢進して撃退します。
ここまでが自然免疫系の仕組みで、発動までに少しタイムラグがありますが、体に有害なもの全てが対象となります。
貪食した異物から生じた蛋白断片を抗原と認識してから、獲得免疫系が稼働します。
抗原が特異的蛋白分子と複合体を形成し、樹状細胞の表面に提示します。
指名手配犯の顔写真を公開するようなもので、こいつが侵入してきたら経過観察をせずに直ちに攻撃せよという早期対応措置です。
抗原と同じ特徴を持つ異物が侵入してきた場合は、ヘルパーT細胞が複合体を認識して活性化し、細胞性免疫と液性免疫をスタートさせます。
ヘルパーT細胞がTh1細胞に分化すると、インターロイキン2(IL2)やインターフェロンγ(INF-γ)を分泌し、そのサイトカインの刺激でキラーT細胞やNK(ナチュラルキラー)細胞が異物を攻撃します。
免疫担当細胞が直接攻撃を行うので、この仕組みを細胞性免疫と言います。
ヘルパーT細胞がTh2細胞に分化すると、インターロイキン4.5.6(IL4、IL5、IL6)を分泌し、そのサイトカインの刺激でB細胞が形質細胞に分化・増殖して抗体を産生します。
抗体は抗原のみを攻撃する誘導ミサイルのようなもので、多数の敵にも対応できます。
最終処分は、補体やマクロファージが異物を貪食したり、化学伝達物質を放出して排泄を促進します。
こちらの対応方法は、抗体などの伝達物質の関与が大きいので、細胞性免疫に対して液性免疫と言います。
獲得免疫は抗原と認識したもののみが対象ですが、タイムラグがありません。
免疫に関連する用語
獲得免疫は、抗原となる物質が存在しなくなってもしばらくの間は、緊急対応できる状態を維持しています。
これを免疫記憶と呼び、一部のキラーT細胞やB細胞がメモリー細胞となって情報を保存しています。
ただし、記憶の長さは一定ではなく、麻疹ウイルス(はしか)のようにほぼ生涯記憶しているものもあれば、日本脳炎ウイルスのように1年も記憶が保たないものもあります。
免疫系がしっかり防御してくれるのは良いことなのですが、自分の体を構成する蛋白質まで攻撃対象にしてしまうと大変です。
自己蛋白を抗原として認識しないことを免疫寛容と言い、この機能に異常が起きると自己免疫疾患になります。
免疫の働きをうまく応用すれば、病気の治療や予防に活用できます。
受動免疫とは、抗体を投与して一時的な免疫稼働状態を作る方法で、代表的なものが免疫グロブリン製剤です。
攻撃する誘導ミサイルを補充するわけですから速効性はありますが、使い切ったら効力も無くなります。(細胞性免疫は活性化されません)
能動免疫は、抗原を投与して自己免疫を刺激することで免疫稼働状態を作る方法であり、代表的なものがワクチンです。
獲得免疫の手順を最初からたどるので、効果発現までには少し時間が必要ですが、細胞性免疫も液性免疫も稼働状態になり、免疫記憶が残る間は有効です。
予防接種
能動免疫によって疾患を予防する方法で、多くの流行性疾患がこの手法によって撲滅あるいは流行阻止が可能になりました。
ただし、変異を何度も繰り返すなどの原因で抗原が一定しない病原体では、予防効果が期待できません。
また、既に免疫獲得状態となっている発症後には接種しても意味がなく、治療目的には使用できません。
撲滅や流行阻止を目的としているワクチンは、予防接種法によって、接種対象者や義務接種・勧奨接種の区分が決められています。(疾患の流行状況やワクチン開発に合わせて、定期的に変更されます)
義務接種は接種が強制させるもので、パンデミックのような状況になれば指定されるかもしれませんが、現在指定されているものはありません。
勧奨接種は定期接種と呼ばれているもので、知事や市長が接種対象者に接種させるように努力義務があるものです。(具体的には、ワクチンの準備や接種に必要な体制を整えることです)
接種対象者に義務があるわけではなく、接種しなくても罰則はありませんが、接種しない不利益は個人が負うことになります。
義務接種および勧奨接種でないものは、任意接種となります。
現在、勧奨接種に指定されているのは、以下のワクチン類です。
- ●ジフテリア菌
- ●百日咳菌
- ●ポリオウイルス
- ●麻疹ウイルス
- ●風疹ウイルス
- ●日本脳炎ウイルス
- ●破傷風菌
- ●結核菌
- ●水痘ウイルス
- ●インフルエンザウイルス(高齢者以外は任意接種)
- ●インフルエンザ菌b型(別名:ヒブ)
- ●肺炎球菌(小児・高齢者以外は任意接種)
- ●ヒトパピローマウイルス
- ●B型肝炎ウイルス
ヒトパピローマウイルスのワクチンは子宮頸癌ワクチンとも呼ばれ、2013年から勧奨接種に指定されましたが、接種後に全身性の痛みを発症する事例が多数報告されました。原因がワクチン接種と特定されたわけではありませんが、このために、現在は任意接種に近い扱いになっています。
コレラ・ワイル病・狂犬病・黄熱病などは、国内では任意接種ですが、接種済の確認がないと入国できない国があります。
接種する抗原には、弱毒生ワクチン・不活化ワクチン・トキソイドがあります。(DNAワクチンも現在開発中です)
弱毒生ワクチンは、毒性を弱めた生きた病原体を接種するもので、効果は高いのですが、罹患する可能性が0ではありません。
不活化ワクチンは、死菌あるいは抗原となりうる構成成分を接種するもので、罹患する可能性はありません。(生ワクチンよりも効果が劣るとされていますが、アジュバントと呼ばれる免疫増強剤を配合することで、同程度の効果を発揮するものも増えています)
DNAワクチンは抗原蛋白質の合成に関わる遺伝子を接種するもので、変異を起こしやすい病原体に対応するワクチンとして研究中です。癌やHIVウイルスを対象に研究中で、コロナウイルスでも開発が進んでいます。ただし、アデノウイルスに遺伝子を挿入することによる安全性と、十分な免疫獲得に至らない可能性も危惧されており、効果を検証中です。
トキソイドは、病原体が産生する毒素を不活化して接種するもので、病原体の撃退ではなく毒素を無毒化するものです。
注意すべき有害作用としては、アナフィラキシー、ギラン・バレー症候群、急性散在性脳脊髄症、無菌性髄膜炎などがあります。
特に、ウイルスのワクチン製造には異種細胞を使用することが多く、アナフィラキシーには注意を要します。(ウイルスの多くはある特定の種でしか増殖しないため、ワクチン製造にはその種の細胞で培養する必要があります)
参考までに、健康情報の「インフルエンザワクチン」・「肺炎球菌ワクチン」もお読みください。