
病原体とは、他の生物に対して感染症を引き起こす微生物の総称です。
増殖能力を持っていますので、影響が時間の経過とともに大きくなることが多く、感染を拡散させる可能性がある点も厄介です。
なお、感染と呼ぶのは寄生された側(宿主)に不利益がある場合だけで、腸内細菌や皮膚常在菌などのように共存共栄の関係にある場合には、体内で増殖していても感染とは言いません。
病原体の区分
病原体に分類されるものにも様々な種類があり、その特徴によって対応方法が違います。
まず、大きな区分としては、真核生物と原核生物の区分があります。
真核生物には核やミトコンドリアなどの細胞小器官を持っていますが、原核生物には有膜の小器官はありません。
宿主依存性(生育のために宿主から取り込む必要がある物質の多寡)も重要な区分項目で、依存性が高いものは独立して生きていくことが難しく、依存性が低いものは宿主に感染しなくても生存が可能です。
ウイルスは宿主の遺伝子に間借りして増殖を行う病原体で、極めて宿主依存性が高い微生物です。
ただし、感染状態にない時には、ほぼRNAやDNAだけの物質で、微生物とさえも呼べません。(ウイルスが生物と無生物の中間と言われるのは、この形態によります)
原核生物は宿主依存性が高く、真核生物は宿主依存性が低い傾向があります。
細胞壁という組織の有無も重要な区分項目です。
小学校の理科で、植物は細胞壁を持ち・動物には細胞壁がないと教わったと思いますが、病原体の持つ細胞壁は植物のものと構造が違いますので、別物だと思ってください。
病原体を顕微鏡で観察する場合に、見やすくするように染色をする場合があります。
グラム染色という手法で染まる(陽性)・染まらない(陰性)という区分もよく使われ、抗生物質の効力に関係します。
真核か原核か・宿主依存性の程度・細胞壁の有無・グラム染色による区分で、病原体を分類してみます。
- ウイルス :原核・依存性強 ・細胞壁無・グラム陰性
- マイコプラズマ :原核・依存性やや強・細胞壁無・グラム陰性
- クラミジア・リケッチア:原核・依存性やや強・細胞壁有・グラム陰性
- グラム陰性細菌 :原核・依存性中 ・細胞壁有・グラム陰性
- グラム陽性細菌 :原核・依存性中 ・細胞壁有・グラム陽性
- 真 菌 :真核・依存性弱 ・細胞壁有・グラム陽性
- 原虫・蟯虫 :真核・依存性弱 ・細胞壁無・グラム陰性
ちなみに、人間は真核・依存性弱・細胞壁無・グラム陰性で、原虫や蟯虫と同じ区分になります。
補足
スピロヘータはグラム陰性細菌の一種で、胃腸疾患で登場したヘリコバクター・ピロリは螺旋菌に分類され、同じグループです。
嫌気性菌とは、酸素を嫌う細菌で、多くはグラム陽性細菌の一種です。酸素濃度の低い土中や、血流が活発でない体内組織で増殖します。
抗酸菌もグラム陽性細菌の一種ですが、細胞壁の構造が特殊なので別分類されます。
選択毒性
病原体を撃退しようとする場合、人間の細胞にはなく病原体に特有の組織や機能があれば、そこを攻撃すれば人間への影響を軽くできます。
違いが大きい程、人間よりも病原体へのダメージが大きくなり、選択毒性が高いと表現します。
逆に、違いが小さい部分を攻撃する薬では、人間の細胞にもダメージが及ぶことがあり、選択毒性が低くなります。
主な抗菌薬の攻撃ポイントを紹介します。
◎細胞壁の合成阻害:人間の細胞には細胞壁が存在しませんので、非常に高い選択毒性になります。ただし、細胞壁が存在する病原体にしか効果がありません。
◎細胞膜の透過性亢進:人間の細胞膜と異なる組成部位を攻撃します。真菌細胞膜のエルゴコレステロールなどですが、細胞壁を攻撃するよりは選択性が低いです。異なる組成部位がない病原体には無効です。
◎蛋白質合成の阻害:蛋白質合成酵素であるリボソームは、細菌類では沈降係数(遠心分離した場合の層の位置≒重さ)30S・50Sですが、人間では40S・60Sです。30Sあるいは50Sのリボソームを攻撃することで、人細胞の蛋白質合成は阻害せずに病原体の蛋白質合成を阻害します。ただし、人間のミトコンドリアには30S・50Sのリボソームがあり、多少の影響を受けます。
◎遺伝子形成の阻害:遺伝子合成酵素のポリメラーゼや二重螺旋構造のねじれに対応するDNAジャイレース(トポイソメラーゼⅡ)は、細菌類と人間では種類が違います。細菌のDNAを維持する酵素を攻撃する薬も選択毒性を発揮します。
◎葉酸合成の阻害:葉酸は核酸合成に不可欠のビタミンであり、人には合成能力がありません。つまり、葉酸合成経路の阻害は細菌類には大ダメージですが、人間には影響しません。ただし、人間が葉酸を補給するのは、食品からが大部分ですが腸内細菌が産生するものも含まれます。この腸内細菌の産生分には影響が及ぶ可能性はあります。
抗菌薬の作用特性と使用方法
抗菌薬には、殺菌作用(病原体を殺す作用)を持つものと、静菌作用(病原体の増殖を抑える作用)を持つものがあります。
殺菌作用の強さはMBC(最小殺菌濃度)で表示され、数字が小さい程に強い殺菌作用を持ちます。
静菌作用の強さはMIC(最小発育阻止濃度)で表示され、こちらも数字が小さい程に静菌作用が強いことを意味します。
ただ、殺菌作用を持つ薬は、より低い濃度で静菌作用を発揮しますが、静菌作用しかない薬では、いくら濃度を上げても殺菌作用は現れません。
よって、抗菌剤の効力を比較するには、共通するMICを使用します。
一般論から言えば、静菌作用を持つ薬よりも殺菌作用を持つ薬の方が強力です。
静菌作用の薬は病原体の増殖を抑えているだけですから、病原体を撃退するには自分の免疫の力が必要になります。
強い殺菌作用が災いとなる場合もあり、菌体を破壊してしまうような薬を腸管出血性大腸菌や赤痢菌などの強毒菌感染症に使用すると、菌内の毒素が大量に放出されて大きなダメージを及ぼします。
殺菌と静菌の違いとは別に、濃度依存性薬と時間依存性薬という作用特性もあります。
濃度依存性薬は、有効性がCmax/MICまたはAUC/MICと相関する薬で、病原体と接する濃度が高い程効果が高くなる薬です。
アミノグリコシド系やニューキノロン系がこの特性を持ち、分割して投与するよりも最高血中濃度が高くなる単回投与が効果的です。(最小中毒濃度を超えない注意が必要です)
時間依存性薬は、有効性がMICを超えている時間と相関する薬で、病原体と薬が接する時間が長い程効果が高くなる薬です。
βラクタム系やマクロライド系がこの特性を持ち、血中濃度を長く維持するために分割投与が効果的です。
また、薬によって組織への移行性がかなり異なります。
いくら作用が強い薬でも病巣へ届かなければ効きませんので、移行性も効果を大きく左右する要因となります。