血液凝固・線溶系
血管は我々が想像する以上に傷つきやすい組織で、損傷を受けた場合に速やかに出血を止める仕組みが常時稼働しています。
血液を凝固させて出血を止める仕組みを血液凝固系と言います。
血栓を作って出血を止めるわけですが、いつまでも血栓を残しておくと血流が悪くなってしまいますので、役割を終えたら取り除く必要があります。
この血栓を処理する仕組みを線溶系と言います。
血液凝固系と線溶系がペアとなって働いてくれていることで、血液循環が維持できているわけです。
血液凝固系の進行過程は次のとおりです。
- 1.血管内皮が損傷を受けると、その部位に血小板が凝集します
- 2.血小板の凝集が血液凝固因子を刺激します
- 3.血液凝固因子がプロトロンビンをトロンビンに変換します
- 4.トロンビンがフィブリノゲンをフィブリンに変換します
1の反応を一次止血・2~4の反応を二次止血と言い、血小板の凝集による血栓は不安定で、一般的に血栓と言うのはフィブリン塊のことです。
血液凝固因子は多種類あり、連鎖式で爆発的に反応を進行・拡大していきます。
第Ⅱ因子・第Ⅶ因子・第Ⅸ因子・第Ⅹ因子の生成にはビタミンKが必要です。
また、Ca2+(カルシウムイオン)は第Ⅳ因子でもあり、多くの過程の進行に関与しています。
凝固系に比べれば線溶系は簡単な行程で、プラスミノゲンがプラスミノゲンアクチベーターによってプラスミンに変換され、プラスミンがフィブリンを分解します。
プラスミンが長時間存在していると新たな血液凝固ができませんので、短時間で失活します。
凝固系が稼働している間は、プラスミノゲンアクチベーターを阻害するインヒビターによって変換が阻害され、線溶系はストップしています。
さらに、凝固阻止系や線溶阻止系もあるのですが、あまりに専門的な内容になってしまいますので省略します。
抗血小板薬
血液凝固系の最初に登場する血小板の働きを阻害する薬で、血液の一次凝固を抑制することによって血栓防止に使用されます。
多くの薬がありますが、作用機序から分類すると、次の3つに集約されます。
- ◎強力な血小板凝集作用を持つTXA2の産生を阻害する
- ◎血小板内c-AMPの濃度を上昇させて遊離Caを減少させる
- ◎血小板5HT2受容体を阻害してCa濃度上昇を抑制する
アスピリン
血小板のシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害して、TXA2の産生を阻害する薬です。COX阻害作用は非可逆的で、血小板は核を持たないために回復ができず、一度阻害されるとその寿命の間は効果が続きます。他のNSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬)にも同じ作用はあるのですが、可逆的な作用であるために血栓防止目的には使用しません。ただし、高用量のアスピリンを使用すると、血管内皮細胞のCOXまで阻害され、血小板凝集抑制作用を持つPG-I2の産生まで抑制されることになり、効果が相殺されてしまいます。(増量が効果の増強にならないこの現象をアスピリンジレンマと言います)
チクロピジン・クロピドグレル・チカグレロル
血小板ADP受容体に結合し、ATPからc-AMPへの変換を抑制する薬です。血栓防止効果は良いのですが、肝障害や血小板減少を起こしやすく、定期的な血液検査で安全確認が必要です。クロピドグレルはチクロピジンより有害作用が少ないので、使用頻度が増えており、アスピリンとの合剤も登場しています。チカグレロルはクロピドグレルに勝る薬として登場したのですが、人種差によるものか?日本人でのデーターでは劣る結果となっています。
シロスタゾール
血小板内のホスホジエステラーゼⅢを阻害する薬で、c-AMPの分解を阻害します。血管拡張作用もあり、臓器への負荷が少ない薬で、他の血栓防止薬を使用している患者が出血の可能性がある高度危険検査を受ける際に、代替えに使用されるケースもあります。効果は穏やかで安全性は高い薬ですが、うっ血性心不全や妊娠中には禁忌です。
リマプロスト・ベラプロスト
プロスタグランジン系薬で、アデニルシクラーゼの活性化によりc-AMPを増加させます。血管拡張作用も有しています。サブタイプによって適応に違いがありますので、選薬には注意が必要です。リマプロストはPG-E1で、慢性動脈閉塞疾患と腰部脊柱管狭窄症の適応です。ベラプロストはPG-I2で、慢性動脈閉塞疾患と肺高血圧症の適応です。プロスタグランジン系の共通事項として、子宮収縮作用があるために妊娠中に禁忌です。
サルポグレラート
血小板5HT2受容体を遮断して血小板凝集を抑制するとともに、血管平滑筋5HT2受容体にも作用して血管収縮を抑制する作用もあります。慢性動脈閉鎖症などの整形領域で使用される薬です。この薬も比較的安全性が高いのですが、妊娠中には禁忌です。
オザグレル
血小板内TXA2合成酵素を阻害する薬です。注射薬と内服薬で適応が違い、注射はクモ膜下出血の術後・脳血栓症急性期に使用し、内服薬は気管支喘息に使用します。(喘息に対する作用は抗炎症によるもので、血小板との関連はありません)
抗血液凝固薬
血液凝固因子を阻害する薬・トロンビンの作用を阻害する薬・Caを除去する薬などが含まれます。(トロンビンもCaも血液凝固因子ですから、広い分類では全て血液凝固因子を阻害する薬に入ります)
ワルファリン
ビタミンKの作用を阻害することで血液凝固因子の合成を阻害する薬です。血液凝固因子を直接阻害するわけではありませんので、投与前に合成された凝固因子が存在する間は効果が出ません。効果に個人差があり、ビタミンKによって効果が減弱しますので、含有する薬や食品で効果が大きく変動します。(納豆・青汁・クロレラにはビタミンK含有量が多いので、食べないように説明します)定期的にプロトロンビン時間を計測して、効果確認と服用量調整が必要です。胎盤関門を通過しますので、妊娠中には禁忌です。
アピキサバン・リバーロキサバン・エドキサバン
活性第Ⅹ因子を直接阻害する薬で速効性があり、ワルファリンのように効果変動を起こす要因が少なく、細かな用量調整が不要とされています。適応に制限がある点と、正式に認められたモニタリング指標がないので、定量的な効果確認ができない点が欠点です。(抗FⅩaアッセイが候補のようです)
ヘパリン
体内にも存在する成分で、アンチトロンビンⅢを活性化してトロンビンの作用を阻害します。作用時間が短く内服では分解されてしまいますので、点滴静注で使用することが多いです。(透析などの体外循環でも使用されます)胎盤関門を通過しませんので、妊娠中でも使用は可能です。拮抗薬はプロタミンです。
ダビガトラン・アルガトロバン
トロンビンの活性部位に結合して血液凝固作用を阻害する薬で、アンチトロンビンⅢが少ない肝機能障害でも効果を発揮します。ダビガトランは内服薬で、アルガトロバンは注射薬です。ダビガトランは生物学的利用率が低く、活性化には2段階の代謝が必要なので、血中濃度の個人差が大きく、用量調整が必要な場合があります。モニタリング指標はPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)です。
クエン酸ナトリウム
Caを除去することで血液凝固を抑制する薬で、人体に適応するのではなく輸血や採血の血液が凝固しないように使用します。
血栓溶解薬
名前のとおり血栓を溶解する薬で、止血が完了していない状態での使用は禁忌です。
ウロキナーゼ
血漿中のプラスミノゲンをプラスミンに変換する薬です。血栓の外側から溶解していくことになりますので効力は弱く、血栓消失までに多量を要する場合が少なくありません。血栓以外の場所で出血を起こすことがあり、注意が必要です。
組織型プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)
フィブリン上に存在するプラスミノゲンをプラスミンに変換する薬で、ウロキナーゼよりも効率的に血栓溶解します。急性心筋梗塞や脳梗塞において、発症後数時間以内に投与することが推奨されています。
止血薬
トロンビン
フィブリノゲンをフィブリンに変換する血液凝固因子で、上部消化管出血の止血に使用します。胃酸によって失活しますので、牛乳などを服用した後に服用します。致死的な凝血やアナフィラキシーを起こす場合があり、静注は禁忌です。
ビタミンK
ビタミンK欠乏症やワルファリン使用による出血に使用します。血液凝固因子の産生によって効果を発揮しますので、効果発現までに12時間以上を要します。また、肝機能障害があると、凝固因子産生が進まずに無効な場合があります。
トラネキサム酸
プラスミンの作用を阻害することでフィブリンの分解を抑制する薬です。抗炎症作用や色素沈着抑制作用もありますので、止血以外の目的でも使用される成分です。
カルバゾクロム
毛細血管の抵抗性を増大して止血すると考えられている薬です。単独での効果は弱く、補助的に併用される薬です。
アドレナリン・ノルアドレナリン
血管収縮作用によって局所的な止血に使用します。大量に血管に入ると、交感神経興奮作用が起こります。
外用止血剤
アルギン酸ナトリウムやゼラチンは手術創の止血に使用されます。
タコシールは、フィブリンやトロンビンをコラーゲンシートに固着したもので、手術創の止血や接着に使用されます。