ジェロントロジー・高齢社会の人間学をテーマにしています            老人福祉施設と往復切符

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 記号  老人福祉施設と往復切符
 
 老人福祉施設では、多くの方がいつの間にか逢うことができなくなってしまいます。
ここ約10年位老人福祉施設に出入りしていますが、「仲の良かった人」
「言葉が出なく目で合図をしていた人」「不満を訴えていた人」「何時も周辺症状に
苦しんでいた人」「相性の良かった人・悪かった人」などといつの間にかお別れを
していることがあります。
 心に残る方々との交流について話してみます。
施設で生活している方々が、少しでも長く「生きる時間」を実感できる参考になれば幸い
です。

記号 銀河鉄道の夜(宮澤賢治 作)を読んでいますと多くのことを感じることができます。
施設より病院へ治療のために入院する場合に帰ってくる人は往復切符を手に入れ、
施設に帰ってこない人は、片道切符しかなく。また、切符を手に入れることができずに
入院することもなく去ってゆく人・・・・。
この人達に施設は、親族は、私達は、どのような心を尽くすことができるのでしょうか。
せめて一番好きだった人に手を握られて銀河鉄道の列車に乗りたいと思っていることでしょう。
  銀河鉄道の片道切符で乗る方達の、いろいろな心情をおもいやることができる状況で、
天国(極楽)行きの列車に乗ってもらいたいものです。
 銀河鉄道では、カムパネルラは銀河鉄道に乗る人。ジョパンニは銀河鉄道に乗ろうとして
いる人を思いやる人ではないかと考えています。
ユングの心理学で言われる共時性とも考えています。
記号 現在も入院中の方が多くいます。往復切符の方、そのまま帰らない片道切符の方。

 Oさん
 いつも私に投げキッスをしてくれましたOさん。入院中です。往復切符を持っているので
しょうか。片道切符ですと、もうこのまま逢うことができません。
施設では、いつの間にかいなくなったと思っていると、銀河鉄道に乗りこんでいる方々が多い
のです。
 Oさんとの会話。手を差し出し移動をしようとしますと 「奥様に悪い」 と言って
にっこり笑います。「Oさん、何か話して下さい」 「口は日曜日」と言ってにっこりと笑い
ます。
その回数がどんどん少なくなり、切符を買ってしまいました(入院)。
私にできることは、往復切符であることを願うしかできません。
 静かに静かに安心して病院で過ごしていることでしょう。Oさんの子供夫婦は、優しく
よく施設を訪れていました。帰ってくることを祈るばかりです。

 Yさん
 娘さんの言葉が、今でもこころに残ります。
「私にはわかるのです。まだ生きる力があるということが」「食べることが一番大切です」
それほど母親を大切にしていたのですが、数回の往復切符で病院と施設を繰り返して
いましたが、最後は、切符を持つことなく施設で亡くなりました。
施設の好意で特別に個室を利用し、家族に見守られつつ銀河鉄道に乗ったそうです。
 その後、娘さんとも逢うことができました。95歳になる母親ですが、
お母様が、亡くなり気が抜けたようで「うつ」気分が抜けないと話していました。
そのように優しい娘さんに付き添われて銀河鉄道に乗ることができた
お母様は幸せです。最後は老衰との診断書とのことです。

 Tさん
 100歳を超えましたが、往復切符を持って今回も帰ってきました。
ご家族の愛情でしょうか。息子ご夫婦で食事、医師との相談などなど一生懸命に力を
尽くしています。
しかし、言葉がなくなりました。無言の104歳の方の心情が判るのは、やはり親族(子供)
でしかないように思えます。それも家族総員の協力があってこそではないでしょうか。
「フレーフレーTさん」。
 医学的な延命ではなく、愛情での延命は尊くて美しいものです。

 Nさん
 この方は、自分の家までの片道切符で家から銀河鉄道に乗ってしまいました。
それはそれで幸せであったかもしれません。
 医学的に余命を宣言されたのでしょう。息子さんは、最後は生まれ育った自分の家
で最期を迎えさせたかったのかもしれません。何時施設を出て何時亡くなったのかも
私達には判りませんでした

 私達のAさん
 昨年より、本当に軽い風邪がもとで銀河鉄道のプラットホームに立つようになりました。
娘さんのBさんは、毎日施設に通い、水分・食べ物の摂取にこころを尽くしています。
娘さんの行っている行為は、延命と言えるかもしれません。
人為的な食事で日々のエネルギーを摂取しているのですから・・・。
食糧や水分は、「経管」や「胃ろう」と同じようなものですから・・・・。
昨年も今年も施設の看護師には「覚悟」する旨、
通告されたのですから、しかし、その度に復活しています(私の尊敬する牧師の言葉)。

 では、「経管」や「胃ろう」と何が違うのでしょうか。
それは、愛情がある、相手を思いやるこころ、があるということが違うのです。。
少しでも安らかに銀河鉄道に乗ることができるようにとの愛情でしょうか、
命は永遠ではありませんが、永遠であるとの気持ちがなければ愛情も長続きしないと
思います。

 Bさんの最も大切なことは、施設の職員と家族の協力関係を如何に上手に築くことが
できるかどうかです。一人では決してうまくゆきません。
施設の多くの人々の優しさと力があってこそ、Aさんも素晴らしい銀河鉄道の切符を
手に入れることができると信じています。
 BさんとAさんに「フレーフレー」を贈ります。

 最後に
 親を思う子供は、そこに命が失われようとしていてもこころを尽くし、少しでも
安らかに生きていてほしいのです。次の言葉をどう思いますか。
「覚悟をしていて下さい。娘さんにはよく言っておいて下さい」医師でない方の言葉。
「楽にしてあげたらどうですか」的な言葉を多くの家族が聞かされています。
その言葉を聞かされた方のお母さんは復活しています。

「死亡診断書のために主治医を替えて下さい」言われた方はその通りしましたが、また元
医師に変更しています。
「点滴はできません。特別扱いはできません」
しかし主治医は、点滴を処方して、点滴はしますと直接家族に話されています。
 家族として子供として、できるだけのことはしようと頑張っているのです。
命は永遠ではないことくらいは理解しています。でも、目の前に苦しんでいる人が
おれば手を差し伸べていのちを助けたいのではないでしょうか。尊厳のある命を望みます。
 専門家の立場の方は、家族の心情を理解して家族に力を与えて下さい。

葉っぱのフレディ(いのちの旅)”作者からのメッセージ
  (レオ・バスカーリァ作・・みらい なな訳)
この絵本を 
死別の悲しみに直面した子供たちと 死について的確な説明ができない大人たち
死と無縁のような青春を謳歌している若者たち そして編集者バーバラ・スラックへ
送ります。
 皆さん一度「葉っぱのフレディ」をお読みください。多くのことを教えられます。
枯れ葉となり、散りゆく葉っぱもそれぞれ社会に貢献し、終戦後の大変な時代を生きて
現在の素晴らしい社会を作り上げてきた人たちです。
 枯れゆく葉っぱにも、
最後の最後まで感謝の気持ちを忘れないようにしたいものです。
私達に素晴らしいものを残して散ってゆくのですから・・・・。

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