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 記号  神様との会話 (高齢者との会話)

 平成20年度にある大学の特別研修生として論文に挑戦しました。
その修了式後の懇談会にて、認知症の話、高齢者の話など高齢社会について懇談中に
認知症の話になりました。
 認知症の方の独語の話で、学長が「認知症の方の独語は神との会話である」と
ヨーロッパ留学中に聴き、認知症の方の独り言を一生懸命日本語に訳したことがある
旨話されました。
 私にとっては、素晴らしい言葉であり、「先生その言葉を頂きます」
と言ってしまいました。施設や、いろいろなところで耳にしました「神様との会話」
について私なりに翻訳して書いてみます。ご意見がある方是非メールください。
私自身の神様との会話も入っています。これら独語は、判断に苦しむ頭の中で、また、
周辺症状により独語するのでしょう。独語のこころを私なりに翻訳してみます。



1.「怖い怖いどうしましょう」「ハイ・ハイ・ハイ」「ハイ判りました」

 
「怖い怖いどうしましょう」と一人で呟いている女性の方がいます。
体が動かない、思うように判断できない自分が怖いのではないでしょうか。
この方には、周辺にいる職員の対応が大切です。どうすれば安心できるのでしょうか。
高齢者施設の職員の皆様に考えて欲しいものです。
 「怖い怖いどうしましょう」が高じてくると周辺症状として言葉や態度がますます、

荒れてくるような気がします。
「神様助けて下さい」の意味ではないでしょうか。私の考えすぎでしょうか。
 「怖い怖いどうしましょう」の後には、リズムをつけて「ハイ・ハイ・ハイ」が出て
きます。その次が「ハイ判りました」です。自分が自由にならない体や意思を神様と
会話しているような気がしてなりません。


2.「ほっとけばよろし」

 
介護職員等の意見や娘さん(いつも面会に来る女性)や私と意見が相違し、議論が
始まりますと、おかしい雰囲気を「ほっとけばよろし」と言って不利な立場になりそう

な方の味方をします。
 この社会でも小さなこと、こだわる必要がないことなどは「ほっとけばよろし」が
正解かもしれません。この方も決して話の内容が理解できているわけではありません

が、小さなことで揉めることはないという神様との会話かも知れません。
「ほっとこか」が最後に出てくる言葉です。「ほっとこか」と声をかけてもらえる人は
話し合いの中で不利な人です。神様からの言葉のようです。
 仲良く話し合いが収まります。           ※大阪弁「ほっとこか」

 
3.「おしまい」

 
自分の意思に反して、周りの人が何かをしようとすると「おしまい」がでてきます。
この方が「おしまい」と言えばこちらの行動を見直す必要があると考えています。
私達が考えることが全て体の不自由な方・判断能力が不足した方のために正しい
ことをしているとの認識が間違っているのかも知れません。
 「おしまい」がでてきますとひと呼吸おいて考える必要があります。
私達が、押し付けや管理が先行していないかを考えましょう。「おしまい」と言っても
こちらの行動が同じようですと「さよなら、又、あした」がでてきます。
 介護者として家族として私達が神様と会話して本当に高齢者のためになっているか
どうかを考えることが大切です。


4.元気は病気の始まり、病気は元気の始まり

 
知り合いの高齢者で施設で生活している女性の方は、昨年2月3月今年やはり同じ
時期に食事を口にしなくなり、看護師から終末ですと言うような言葉を聴きました。
しかし、今年も元気に復活してきました。
 高齢者を見ていますと元気なときほど日常生活状態に気をつける必要性を感じます。
顔色・自然にどこかをタッチし熱の加減・水分摂取量・食事・独語の内容などに気配り

が大切です。
特に人には判らないほどの発熱・微熱には注意が必要でしょう。原因が判らないままに
食欲が落ち、水分摂取が少なくなってしまう傾向があります。元気なときほど体調に
気遣ってあげて下さい。
 体調を崩し、病気となった場合には、病気は元気の始まり、諦めないで介護・看病
して下さい。一般的に言われている「延命処置」はしなくとも、点滴くらい・食事・水

分等は摂取できるように、あきらめずに努めたいものです。

 病気は元気の始まりです。明るく希望を持って介護・看病したいものです。

 高齢者施設では、「年だからもう良い」的な言葉を聴くことがあります。
「ホスピスは、死を待つところではありません。生きるところです」
という話を終末医療にこころを尽くされている医師にお聴きしたことがあります。
 老人施設は、病院ではありません。私達よりも少しお年をとり、体の自由が利かない
というだけです。老人施設を、生きるところにして欲しいものです。
 そのためには、家族と施設との協力関係が最も大切です。
母親のためにこころを尽くされている方の話です。
「私には、判るのです。母が食べるようになることが、もう一度元気になることが」
と話されました。施設の職員とのコミュニケーションの大切さです。



5.余人が代るわることができない「生」と「死」

 人間が、絶対に代ることがことができないのが「生きる」ことと「死」ではないで
しょうか。
人の生きざまを自分勝手に評価はできません。
判断能力が不足した方達の生きざまを、私達が好意という言葉で勝手に管理して
いないでしょうか。
高齢者施設で本人の意思でなく職員の意思で動いているように見受けられることが
時々あります。「一寸の虫にも五分の魂」があるのです。ましてや判断能力が不足し
ても体が不自由でも人間としてのしっかりと意思があります。
 「死ぬ」ことも他人が代ることはできません。「老衰」「病気」いろいろな理由で
命はなくなってゆくのですが、後に残る人が悔いがないようにこころを尽くしてあげ
たいものです。
あなたの行為は、あなたの子供や孫がしっかりと見ています。「死ぬ」は代ることは
できませんが、悔いのないようにこころを尽くすことはできます。
 「生きる」も「死」も代ることができないからこそ、私達のこころを尽くすことだと
考えています。自分自身が納得ができるように。


6.老衰は、出口のない部屋、新しい出口を求めすぎない

 
人間は、何時かはこの世を去ることになります。その中でも老衰は、医師も家族も
判断できません。その人のみが知っていることかも知れません。
 精神的な衰え、体の機能が低下し老衰期を迎えることは人間として避けることは
できません。老衰に対してあまりにも出口(病気の全快)を求めることは本人にとって
大変なことを強いていることになる場合もあるような気がします。

 日々のあまりにも小さなことで「一喜一憂」しないことが大切です。
しかし、この「一喜一憂」する気持ちがなければ年老いた親のお世話はできないとも
思います。本当にむずかし問題ですが、人をおもいやるこころがあれば自然と解決
されるものと考えています。


7.今日は口が日曜日

 
いつお逢いしても私に向かって「こんにちは」「奥さんは元気」等と話しかけながら
投げキッスをしてくれるOさんという96歳くらいの女性の方がいます。
最近、言葉が無くなり、「Oさんお元気ですか」と話しかけても黙って笑っているだけ
となりました。「Oさん何か話して下さい」といいますと「今日は口が日曜日」と言って
笑っています。
 口が日曜日がどんどん多くなりました。時々の投げキッスと顔を近づけるとおでこを
くっつけてきます。
Oさんも神様との会話が多くなってきたのでしょう。もの言わないOさんの気持ちを
察してあげたいものです。多分心の中では一人で神様と会話をしていることでしょう。
 穏やかな日々を過ごせるように祈るばかりです。


8.小さな声で「ごめんなさい」「ありがとうございました」

 
言葉は、何時も荒れているように思える女性の利用者がいます。
私達が、勝手に荒れているとか、おかしいとか決めているのでしょうが、荒い言葉が
よく出ます。
 しかし、その後に小さな声で「ごめんなさい」「ありがとうございました」
とつぶやいています。誰に向かってつぶやいているのでしょうか。
神様に対して「ごめんなさい」「ありがとうございました」と会話しているのかも
知れません。
 荒い言葉のなかに含まれた彼女の内面を察してあげる力量が必要と考えます。

9.神様の言葉  


「生きることは大変」
  「人のお世話にならないために自分でできることは自分でする」
  「人と争いはしない」
  「死んでから、いい人と言われたい」

   この言葉は、98歳の女性の方が私に逢うたびに口にする言葉です。
   全て実感ということが感じられます。私に話しているのか、神様と話している
   のか、日々穏やかに過ごすことができるように祈るばかりです。



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