ジェロントロジー・高齢社会の人間学をテーマにしています            高齢者介護と延命について

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記号 特別養護老人ホームで生活しているAさんが、2月はじめに風邪を引き、
それが引き金となり、食事を口にしなくなりました。施設では、Bさん(娘)
に終末カンファレンスをしたい旨申し入れがありました。
それから3月末までBさんは、Aさんに付ききりで介護・看護に尽くし
ました。Aさんは、幸いにも元気がでてきました。
何時まで続くかは判りませんが。


高齢期の延命とは、施設の対応とは、子供の対応、それぞれの配偶者の対応
など色々と考えさせられる場面がありました。
介護と延命について書いてみます。
1・延命とは

 延命について一番に感じたことは、介護・高齢期の老衰的な病状と医療的
な状況と同じ延命でも大きく意味合いが違ってくることです。
先ず、延命とは動物の世界では獲物(食べもの)を捕獲できなくなると命を
落とすことになり、他の動物から助けられることはありません。
その意味からも延命を厳密に言えば、人間でも自分で食べることができなく
なれば、誰かが食べさせることは延命ではないでしょうか。


  しかし、人間には、こころがあり、人に対する愛情があります。
それらのこころと愛情で助け合うことができます。その意味からも食べもの
のお手伝いをすることは、延命とは言えないと考えます。
  延命とは、本当に難しく定義ができません。
100人おれば100種の延命 があるのではないでしょうか。


  医療的な意味の延命は、医師が治療面からの終末をある程度決めてその
人がこの世を去る時期を見極めることができると思いますし、不治との判断
から治療を中止し痛み止めと心のケア、家族のケア中心となり、治療的な処
置や生命維持装置を使用しないことが延命をしないということになると思考
します。


  高齢者の老衰的な場面での延命とはどんなことでしょうか。
胃ろう・経管による栄養補給は延命でしょうか、延命でないのでしょうか。
医療的な立場の多くの方々に話を聞いてみました。人工的な栄養補給は延命
ではなく介護の種類との意見が多数でした。
  介護に携わる人、高齢者を面倒見ている人、高齢者自身の方々に話を聞
いてみました。胃ろう・経管など人工的な栄養補給は、延命との回答が多く
を占めました。

 高齢者の多くの方に聞いてみました。
「延命(人工的な栄養補給)はして 欲しくない」高齢者のアンケートにも
延命は要らないという人が多くいます。
 しかし、胃ろうなど人工的な栄養補給をしない場合に、食事を口にしない
食べることを拒否している親・親族を何もしなくて見ているだけでおれるで
しょうか。

  今、そこに食事ができない、老衰といわれる高齢者を目の前にしてその
まま何もせず見ておれるでしょうか。 やはり何かの行動をとることになる
のではないでしょうか。
できるだけ食物 を食べてもらえるように努力するのではないでしょうか。
高齢者の延命(人工的な栄養補給)は必要がないと言う人の多くは、消え
行く命を目にせず遠くから想像だけで、今苦しんでいる人を考えている人の
ような気がしてなりません。

 では、誰が延命の可否を決めることができるのでしょうか。勿論、本人の
意思を確認しておくことが大切ですが、本人が延命は必要ないとの意思が
あっても、上述のように付添っている人は、何もせず見ているだけでおれる
のでしょうか。
 今、そこに苦しんでいる高齢者の介護・看護をこころを込めて行なってい
る人しか延命について語る資格はないものと思考します。
心を込めて手を指しのべて後にこそ、延命の可否に対する意見を述べること
ができるのではないでしょうか。

 私が考える延命とは、悔いのないこころを尽くすことであります。
どれだけの介護・看護をしても悲しく悔いは残ると思いますし、やればやる
ほど悔いは残ると考えます。何もしない人は悔いも何も残りません。
悔いが残る人ほどこころを尽くした人と考えます。それはその人のこれから
の人生を素晴らしいものとしてくれることでしょう。
 延命とは、こころを尽くすことにつきます。


 2.高齢者施設の終末期の対応

  高齢者施設における終末ケアについて考えてみましょう。
Aさんに対して施設の多くの職員、看護師などは終末期をむかえたと考えて
いた方々が半分以上おられたと思います。子供たち夫婦も終末と思っていた
ようです。

 その中でBさんだけは、自分でできる事は全てやりたい、最後の最後まで
力を尽くしたいと考えていたようです。その対応に涙がでるほど頑張ってい
ました。医師から「休みなさい」と言われるくらいでした。


A) 家族
  子供家族が話合いました。延命はどうするかと。
全ての子供は延命は必要ないとの意見であったようです。延命とは、どの
ようなことかも知ろうとせずに・・・・。
 胃ろうや経管栄養補給が延命であり、それを否定する場合には、食事を
拒否して食べない親をどうすればよいかも考えずに、見ているだけでしょう
か、食べない人をそのまま何もせず食べものを口にしない人を見捨てて
置けるのでしょうか。

  苦しんでいる高齢者のお世話をしている人(Aさんの場合はBさん)は、
一人で懸命に、食べてくれるようにと頑張っていました。
何もしなくて、延命の必要はないと言う人は、頑張ってお世話をしている
人のこころの支えになって欲しいものです。 お世話している人のチームに
入り、お世話している人の話をよく聴いて行動 を決めて下さい。
勝手に自分の思いだけで動かずに・・・。介護とは私達の「都合や外出の
ついでなど」にできるものではありません。 介護される高齢者にあわせた
態度が求められます。ましてや、終末をむかえようとしている高齢者にとっ
ては、こちらの都合は全て後回しにするくらいの気持ちがなければ介護は
できません。「自分の都合や外出のついで」は高齢者にとっては、迷惑で
こそあれ、 喜ぶことはないと考えます


B) 施設の対応
  施設では、相談員、看護師、管理栄養士、介護士、少数の職員が終末に
ついて家族の相談にのり、食べるようにと色々と試してくれました。
しかも、自分の休憩の時間を割いて夜勤の空いた時間を利用して、水分
摂取や摂食を試してくださいました。
  看護師の方々は、食事の摂取量からの対応、家族の心配についての配慮
等。相談員は、家族の話をよく聴いてその対応を考えてくださいました。
残念なことは介護職のトップ職の方が直接かかわっておらず、非常に淋しく
感じられました。一番に適切なアドバイスをして協力体制をとれる立場の人
です・・。
  もう一つ残念に感じたことは、医師の往診時の高齢者施設の対応です。
往診時に医師との話合いに応じてくれた関係者は、看護師、相談員であり、
介護職の方が参加されなかったことです。医師から夜間の睡眠について質問
されましたが、介護職の方がいなくて看護師が曖昧な回答をしていたことで
した。やはり、医師の往診時には介護職の方が参加して下さることを望みま
す。
 多くの特別養護老人ホームの職員との話の中で感じたことは、 食べなく
なれば「胃ろう」「経管栄養補給」があると簡単に考えている人もいると感
じました。 良く解釈すれば、人工的な栄養補給があるから命はまだまだ大
丈夫と言う ものですが、、、 家族としては、そうしたくないと言う気持ち
や本人は望まないという判断等もあり、両者とも間違いではないものの、
急変時には特によく話合う時間が必要と思考しました。


C) 時間外診察
  Aさんについてのみに限定したいと考えますが、夜間の緊急診察は慎重
さが必要ではないでしょうか。

  Aさんは、5年間同じ医師(主治医)に定期的に通院検診をお願いして
いました。夜間とか主治医以外の医師に診察していただく場合には、同じ
病院であっても医師が違うだけで多くの検査をします。

 認知症に苦しんでいる高齢者は検査に対する恐怖心が強くあり、注射・
血液検査など自分には意味がわからない痛さに耐えられないようでした。
それが、救急車により初めての病院の場合にはもっと本人の意思でなく多く
の検査をされることでしょう。そのことで人間不信に陥ることもあり、また
強度のストレスが全てを拒否し拒食状態に陥ることもあります。

 それからどんどん衰弱して。。。難しい問題ですが、普段から施設と家族
の話合いが大切と考えます。主治医の先生は、家族との話合いにも多くの
時間を割いてくださりAさんの精神的な負担になるようなことはできるだけ
しないように治療してくださったような気がします。
(これは、私だけの思いかもしれませんが) これらも難しい問題です。

 どうすればよいのかよく判りませんが・・。 緊急に病院へ行くと、待ち
時間がながく、90歳にもなる、しかも、今熱が 出て苦しんでいる高齢者
にとってはこれだけでも私達には理解できない苦し みと思います。

  Aさんにとって幸せであったことは、主治医の先生が直ぐに往診に切替
えて施設の看護師に直接指示して下さったことです。


D)納得できる終末のためにはチームの結成を  
 施設には、看護師、管理栄養士、相談員、ケアマネジャー、介護職員など
多くの人々が関わり、介護も病気などもケアしてくださっています。

 通常の仕事に追われながらの大変な仕事です。その人達は、仕事時間の
ローテーションで 勤務しています。
特に介護職員は少人数で多くの利用者のお世話をしていますし、勤務時間帯
が違います。誰にその後の経過や、その日の高齢者の状態がどうであるかを
聞いていいのか、わからず困ったことがありました。
夜勤のない介護職の方に、 急変時の高齢者のトータルな把握をしてもらい
たいと思いました。

  高齢者施設で多くの職種の方が働いています。しかし各職種の方の意見
を関係付ける必要があります。各職種により多少の意見の相違と考え方が
違います。各職種の方々の意見を統一し、よりよい介護・看護に結びつける
ことができるのは家族と相談員であり話合いをすることが大切でしょう。

 家族にしても、常に高齢者のお世話をしている人の意見を尊重して、
チーム の一員になり病気で苦しんでいる高齢者にとって何がいいのか、
何ができるのかを考えて欲しいものです。
  家族と言えども、「自分勝手な思い込み」自分の都合」「〜のついで」
などで苦しんでいる老親に接して欲しくないものです。今回のAさんの病気
から多くのことがらを学びました。
AさんがBさんの家で生活し始めた時にも今回と同じような状態でした。
Aさんは今年で89歳 になります。
もう一度大変な時期がくることでしょう。でもBさんは、今回の経験を生か
してこれからのAさんの日々が穏やかで、こころに安らぎを得て、一日でも
長く楽しく生きて欲しいと思っています。そしてすばらしい終末をむかえら
れるようにこころを尽くしたいと話しています。



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