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 2025-12-04

三体Ⅱ 黒暗森林 上・下
劉慈欣 ハヤカワ文庫


 地球の生命体を確認した三体世界の連中は、侵略の艦隊を出発させた。地球に到着するまで400年以上かかるので、その間地球の技術力向上を阻止する為、陽子を改良したコンピューター(智子)を地球に送り込んだ。これで科学の基礎研究の邪魔をし、人類の持つ情報をリアルタイムで入手する。これに対抗する為人類は、情報を他に漏らさぬようにする為、作戦は一人で考えることができる人間を選んだ。彼らは面壁者と呼ばれた。
 この三体Ⅱでは葉文潔から宇宙社会学を勉強しろと言われ、また宇宙の公理として、<その一、生存は文明の第一欲求である。その二、文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量はつねに一定である>ということと、<猜疑連鎖と、技術爆発>という概念を聞かされた羅輯(ルオ・ジー)が面壁者の人として活躍する。
 この宇宙で別の文明を見つけた時にどうするか?一番良い選択は相手を消滅させることである。これが暗黒宇宙の法則。三体の連中は艦隊より速い小型の探索機を飛ばしてきた。水滴の形(この形には感心した)をしたこいつが地球艦隊を攻撃する様子はゾッとした。追い詰められた地球艦隊同士の攻撃に絶望した。最後の三体との対決、これは暗黒宇宙の法則を逆手にとるものだった。地球文明と三体文明の両立、それは互いの存在を公表しないこと?


 2025-11-15

写楽まぼろし
杉本章子 朝日時代小説文庫


 NHK大河ドラマ『べらぼう』も佳境に入ってきているが、写楽はまだ登場していない。本書も写楽の登場は最後の方で、やっと登場したかと思うと、蔦重との因縁話まで一気に盛り上がって終わる。それまではどちらかというとドラマには登場しない、「おしの」という女性と蔦谷重三郎の物語がメインとなっている。もちろん喜多川歌麿、恋川春町、太田南畝、山東京伝、平賀源内も登場する。蔦重の恋話は著者の創作部分であるが、面白く読めた。写楽に関しても謎が多く、著者もあとがきで述べている<「東洲斎写楽画」から「写楽画」に突如として変わる落款>や、<蔦重は、十ヵ月で百四十数点もの写楽の絵を出しました。歌麿も、ほぼ同数の絵を蔦重から出していますが、これは十四年もかかってのことです。ここに、蔦重の写楽に対する異様なまでの打ち込み>に対する解答として1つの物語を作った。単行本の刊行は1983年であるが、大河で蔦重をやるからと思われるが、約40年後の2024年に朝日時代小説文庫から出された(1989年に文春文庫から出ている)。『べらぼう』で写楽をどう料理するかが楽しみだ。


 2025-10-21

三体
劉慈欣 ハヤカワ文庫


 いや、なかなかの壮大な話であった。であったというか、実はこれが序章。三体世界、それは3つの太陽が近づいたり離れたりする世界。そこの惑星は、1つの太陽に捕えられたかと思うと、別の太陽に捕えられたりしてラクビ―ボール状態となる。極寒と灼熱が訪れ、何度も文明が滅んでは復興される。生命体は脱水化によってミイラになり、再水化によって復活することで生き延びる。この惑星の様子は、三体世界を知る為のVRゲームとして語られる。人類に絶望していた地球の科学者・葉文潔は、この惑星との交信に成功し、助けを求める。科学技術については上回る三体世界の生命体であるが、警戒して地球の科学の進化をストップさせようと試みる。4光年以上離れた地球との交信のみならず、科学技術の発展を阻止するやり方、このあたりも1つの読みどころで、科学的知識を駆使し、マクロからミクロな世界、次元を行き来する世界まで語り、荒唐無稽でありながら物語を成立させてしまう強力には感心した。本書は地球と三体の生命体との攻防のスタートであり、三体Ⅱ(上・下)、Ⅲ(上・下)と続くので楽しみ。


 2025-10-03

スカートの下の劇場
上野千鶴子 河出文庫


 1989年に出版され、1992年に文庫化された本。もう完全に忘れてしまったが、ブックカバーによると、この文庫本を横浜・元町の Magazine Spot というところで買ったらしい。世界の下着の歴史を紐解き、そして女性と男性の違いを明らかにした文化人類学の本。1つの結論が、<女のセクシュアリティは男のようではない>ということ。もう1つの結論が<セクシュアリティにはどんな「本質」も「自然」もなく、歴史的な変化をこうむること>ということだそうだ(「文庫本へのあとがき」より)。1989年に著者が指摘している<セックスの現場からの撤退>は進み、VRの世界も広がっていき、リアルな人と人との接触を嫌うようになると、ロボット化が進み、それに満足するようになる。と思うのは男女同じかな?


 2025-09-15

失敗の本質
戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎 中公文庫


 日本が大東亜戦争に負けた原因を探る本。副題は『日本軍の組織論研究』。ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦を振り返り、失敗の原因を探る。最も象徴的なのが、40年近く前の日露戦争の日本海海戦で勝利した方程式をそのまま続けようとしたこと。軍隊としての組織、設備、人事制度、戦略・戦術の全てが古く、成功、失敗から学び、柔軟に変えていくことができなかった。合理性に乏しく、精神論が多かった。6つの作戦の例を挙げ、それぞれ各担当者が執筆する形となっている。各作戦における失敗例も、実名をあげているとこは執筆者の覚悟がわかる。現在の企業戦争において、その反省は活きているのか?確かに日本の企業が優勢を誇った時代があったが、現在は敗戦パターンに陥っているのかもしれない。反省するが、また同じ過ちを繰り返す。体質改善の時間はかかりそうだ。


 2025-08-29

工場
小山田浩子 新潮文庫


 『工場』、『ディスカス忌』、『いこぼれのむし』の3編からなる。『工場』、このシンプルなタイトルがいい。大学の文学部を出た牛山は、契約社員として単純なシュレッダー業務をやらされる。大学教授の推薦で正社員として入社した古笛は、期限の特にない屋上緑化プロジェクトを一人で任される。システムエンジニアを首になった牛山の兄は、派遣社員として、赤ペンでの公正の仕事につく。理不尽さもほどほどなので、何か納得させられて、ズルズルと工場に飲み込まれていく。巨大な工場には、野良犬、野良猫、カラス、ヌートリアがいる。また固有種の「工場ウ」がいる。この工場は何をつくっているのか?夢を見ているような世界。ラストは「ウルトラQ」か、と思わせる。夢の中にいるような不思議な話。『ディスカス忌』、ディスカスとは熱帯魚の種類。熱帯魚を飼っていた友人が死んだ。どこかの貧しい子供が熱帯魚のエサを盗んで食うというエピソードが印象的。『いこぼれのむし』、パートタイマーでと紹介された職場。どんくさいとと思われている社員の奈良さん。女性社員たちのソフトないじめ。産休の目黒課長。代理の水谷課長からの話で、「うつ」と思われていたことに驚く奈良さん。そして芋虫騒動。著者は『穴』という小説で、2014年の芥川賞をとった。『工場』はデビュー作で、2010年に新潮新人賞、2013年には織田作之助賞をとった。


 2025-08-19

アメリカひじき・火垂るの墓
野坂昭如 新潮文庫


 ようやくタイムリーに読めた。先週の金曜ロードショーで『火垂るの墓』やってたし。本書は『火垂るの墓』の他5編。全て終戦前後のお話。『火垂るの墓』は、原体験の基づいた話ではあるが、本書で書かれているほどには、妹にやさしくしてやれなかったという。『アメリカひじき』は知り合いのアメリカ人夫婦が日本に遊びに来る。招待した夫婦はやがて彼らに辟易する。<アメリカひじき>とは、紅茶の葉のこと。『焼土層』は亡くなった育ての母<舎利万(こつま)さん>の一人暮らしであったボロアパートを訪ねる。『死児を育てる』は、幼くして死んだ妹。そのトラウマが同じ年になろうとする娘に。。。『ラ・クンパルシータ』は少年院に送られた、高志の話。特技は牛のように反芻すること。ほんまかいな。『プアボーイ』も同じ少年院に送られた、辰郎の話。新しいお母さんにドキドキする。両方とも読点(「、」)でつながれた文章は長いが、講談調の感じでリズム良く、面白く読めた。当時の生活、焼けた家、疎開先、育ての親、少年院での生活など、親や兄弟はみな死ぬし、自分も死ぬまで生き延びる。


 2025-07-23

万延元年のフットボール
大江健三郎 講談社文芸文庫


 「万延」は「安政」の次の元号で、万延元年は1860年となる。江戸城本丸の焼失、桜田門外の変などがあり、元号を変えたという。この物語の舞台は万延元年の100年後、1960年の四国の大窪村。主人公は、その村の出身の根所密三郎と妻・菜摘子、弟の根所鷹四で、自殺した白痴の妹、朝鮮人に殺された次兄のS兄、大学を卒業して2年足らずで戦死した長兄がいた。密三郎と菜摘子との子は脳に障害を持ち、養護施設にあずけた。共に仕事をしていた友人の自殺等もあり、アメリカ帰りの鷹四の「一緒に四国に帰ろう」という誘いにのる。100年前の一揆で指揮をとった曾祖父の弟を英雄視する鷹四は、(名ばかりの)フットボールチームを作り、当時の一揆をなぞる様に、スーパーマーケットの天皇から村を救う為に騒動を起こす。菜摘子と関係を持ち、身ごもらせる。妹との近親相姦を密三郎に告白。やがて自殺を図る。密三郎は穴の中での思索で始まり、蔵屋敷の地下での思索で終わる。やがて密三郎と菜摘子は、養護施設から子を取り戻し、不倫の子とともに新天地でアフリカでの生活を目指す。著者の実生活が色濃く反映されており、作家としての<乗り越え点>であったという。四国の村で生まれ、障害を持つ子を育てる等、実人生としっかり向き合った作品。


 2025-06-29

地面師たち
新庄耕 集英社文庫


 元ネタは、2017年に積水ハウスが地面師グループに土地の代金55億5千万円を騙し取られた事件。この詐欺グループとしてそれぞれ役割があるが、土地所有者になりすます奴が結構キモになる。毎回土地所有者本人に似た奴を探してきて、なりすまし役として教育するので、基本的にグループ仲間ではない。途中でくじけたりする場合もある。この物語でもなりすまし役を巡ってのドタバタがある。そして何と言っても、黒幕のハリソン山中が強烈な個性を放つ。こいつは鬼畜だ。


 2025-06-16

機械仕掛けの太陽
知念実希人 文春文庫


 コロナ渦の2020年1月~2022年6月まで(今から3年前まで)の医療現場の状況を非常にリアルに描いた小悦。中国武漢、ダイヤモンド・プリンセス号、WHOのテドロス事務局長、故安部元首相、菅元首相、小池都知事、コロナで亡くなった志村けん等実名で登場し、当時の緊張感が伝わる。主人公は、現場の活躍する医師や看護師、そしてその家族たちである。患者を守り、家族を守る。ウィルスから守るだけでなく、マスコミや反ワクチン団体、その他根拠のない噂からも守らなければならない。コロナ病棟の担当になると、PPE(個人防護服)に着替える必要があるし、世間の人々からは距離を置かれるし、そらへとへとになるやろうな。リタイヤする医師や看護師がいてもおかしくはない。一旦休んで再び立ち向かう様子や、病院内の協力体制が出来るのが感動的。オミクロン株まで丁寧に書かれているので、当時を振り返る資料としても使える小説。


 2025-05-31

性と芸術
会田誠 幻冬舎文庫


 『犬』という作品をつくったのが1989年。手足を切断された少女が犬のように首輪につながれているというもの。初めて見たがなかなかインパクトはある。当然のように多方面から問題作として扱われた。その後もこの犬シリーズを6作品発表した。本書は何故このような作品を描いたのかを『Ⅰ芸術』で解説している。それまでの日本絵画の流れを打ち破る試みであり、曰く、<『犬』の第一の目的は「日本画維新」>という崇高なものであった。現代芸術は、作品単体ではなく、その文脈で成り立っていることが良くわかる。数々のクレームについても、あえて結論の出ないことを目指しているようでもある。著者の先輩が言った<この絵は動きが止まっているところがいい>というのは新鮮。『Ⅱ性』では、性と性欲について。支配欲からのレイプについて。エロ雑誌について。ポルノ業界について。文庫本の描き下ろしとして『僕の母親(と少し父親)』が収録されている。両親とも学校の先生であり、特にフェミニストの母親の反動で、自分はこんな人間になったとうそぶいている。


 2025-05-22

ショーケン 天才と狂気
大下英治 祥伝社文庫


 萩原健一(ショーケン)と言えば、テンプターズのボーカルとして『神様お願い!』『エメラルドの伝説』を歌う。『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事として殉職する。『傷だらけの天使』のオープニングで、雑に牛乳飲んで、缶詰のコンビーフ食う。弟分の水谷豊にアニキィーと呼ばれる。そしてNHK大河ドラマ『勝海舟』での岡田以蔵。オシャレでカッコイイ男。あらためてそうだったのか、と思ったのは、松田優作がその背を追い続けたということ。ショーケンは<「優作は、俺の真似ばかりしている」>と言っていたらしい。また松田優作にはインテリジェンスがあるが、ショーケンにはない。だからインテリの役はできない。というのはなるほどな、と思った。ドラマや映画の撮影現場では、よくキレて、周りの人間を怖がらせたが、不良を自認し、<生まれながらの本能で演じ>て、<自分で時代を作った>。後悔のない人生に違いない。


 2025-05-14

考える葉
松本清張 角川文庫


 本書は角川文庫から2024年12月に刊行された、巨匠・清張復刻企画第1弾。戦後の動乱期に、軍が南方の占領国から奪い去ってきた貴重な金属を横取りし、それを金に換えて出世した男・板倉。その金を狙う政治家や元憲兵、そして自国の奪われた金属の調査にくる外国人。崎津という青年が、刑務所で井上という男に出会い、次々と起きる殺人事件に遭遇する。1960年に週刊誌に連載されたもので、昭和の匂いがプンプンする銀座で大暴れする井上に先ずは驚かされる。しかし、もっと驚くのが崎津の豹変ぶりだ。あんな人生やる気のない男が、先頭に立って真相究明に挑んでいく。『考える葉』の葉はこの崎津だ。物語の盛り上がりと意外性は流石。松本清張は本のタイトルについて、連載の場合予告ということで、書く前に決めるので、どんな内容になってもいいように抽象的なものにする、らしい。この復刻企画第2弾は『二重葉脈』、第3弾は『生けるパスカル』。どちらも既刊なので、続いて読んでみたい。


 2025-04-28

続 赤い高粱
莫言 岩波現代文庫


 ノーベル賞を受賞した中国人作家・莫言の『赤い高粱一族』を2冊に分けた後半部分、第3章『犬の道』、第4章『高粱の葬礼』、第5章『犬の皮』が本書となる。中国大陸で行われた日本と中国の戦争の最中、赤い高粱畑を背景に語られる余一族の物語。語り手のわたしの登場場面は少なく、祖父、祖母、父、母、祖父の愛人、秘密結社(鉄板会)メンバー、元盗賊の祖父をトップとした抗日ゲリラ、国民党系抗日ゲリラ、共産党系抗日ゲリラの面々が主に登場する。日本人との戦いの他、中国人同士の抗日ゲリラ部隊との戦い、そして犬どもとの戦い。戦火の中、井戸に隠れ続ける母。死んでも叫び続ける愛人。5歳にならず死んだ子は埋葬されずに捨てられ、鳥のエサ。犬を食って、毛皮を着る。暴力的で自然とともにある、異世界の現実。講談師・莫言によってどんどん読まされる。


 2025-04-09

泥棒日記
ジャン・ジュネ 新潮社


 昔愛読していた今東光の『極道辻説法』に、このジャン・ジュネ『泥棒日記』の話題が出てくる。それで買ったのかどうか忘れたが、ながい間積読本になっていた。(『百年の孤独』を探していて見つけたのであった)。『極道辻説法』では20歳の若者の相談で、この『泥棒日記』は<ホモの犯罪者の醜い生きざま>という感想を持ち、和尚に意見を求めた。対して今東光は<もっと深く、彼の育ったフランスの社会情勢や風俗をくわしく勉強して、てめえでも人生のいろんなことを経験してから『泥棒日記』をもう一度読み返してみることだ>との回答であった。男娼と盗みの世界、そこから脱出しようというのではなく、進んでその状況に身を置き続けている。そしてその状況で、聖なることとして解釈しようとしている。「1910年にパリ6区に生まれた。生後7か月で母に捨てられ、15歳で感化院に送られ、18歳の時外国人部隊に入隊するが脱走してフランスを離れ、ヨーロッパを放浪」とWikipediaにある。犯罪や、性愛の話が続くが、けっして嫌な感じはしない。肉体に関する表現も比喩的で詩的だ。犯罪者として刑務所を出たり入ったりのの人生であるが、作家としての才能を開花させ、コクトーやサルトルらに認めさせた。読んで面白さがあり、世界中で翻訳されている。作家としては大成功であるのは間違いない。


 2025-03-29

愛の探偵たち
アガサ・クリスティー クリスティー文庫


 クリスティー文庫、68冊目。安定の面白さ。マザーグースの歌であり、ラジオドラマ、小説、戯曲となった『三匹の盲目のねずみ』。ゲストハウスを経営することを思いついたモリー。怪しい客ばかり。特にパラヴィチーニ氏は何者?ミス・マープルが登場する『奇妙な冗談』(伯父さんの残してくれたものは意外なもの)、『昔ながらの殺人事件』(うまくやった者とそうでなかった者)、『申し分のないメイド』(申し分のない奴は怪しい)、『管理人事件』(みかけだおしの男は変わらない)。ポアロが登場する『四回のフラット』(オムレツには目がないポアロ)、『ジョニー・ウェイバリーの冒険』(夫婦と言えども)。そして『謎のクィン氏』以来となるハーリ・クィンが相棒のスタースウェイトとともに登場する『愛の探偵たち』。クィン氏は、愛し合う若い2人を救う。


 2025-03-15

人体大全
ビル・ブライソン 新潮文庫


 休むことなく、ひたむきに拍動する「心臓」。「食べる」「話す」「呼吸する」を同時に行う忙しい「口」。「胃」は実はたいした仕事をしていない。筋肉、神経、血管が通り、完璧な可動性がある手首は美しい、と外科医は言う。人は簡単に死ぬものではない。体温を1~2度上げることで、侵入する微生物を撃退する。反対に生命を失った人体は体温が下がり、すばやく微生物に食われる。1万メートルの高さから落ちて、生き延びた旅客機の客室乗務員の話。しかし、生まれてくるのは大変だ。赤ちゃんの頭の方が産道より1インチ大きく、圧縮されて出てくる。命の始まりと命の終り、生きようとする人体の仕組み。成功と失敗の医学発展の歴史。名誉を得た者と葬られた発見者。人体に関する幅広いエピソード満載の名著だと思う。


 2025-03-04

22世紀の資本主義
成田悠輔 文春新書


 同じ著者の前作『22世紀の民主主義』。Youtubeで見聞きした内容と同じだろうと思ったので、読んでいないが、今回は資本主義についてなので、面白そうかなと思い、読んでみた。刺激的な内容で面白かった。<すべてが資本主義になる>。すべてがデータ化され、それが商品になる。お金以外の人の履歴などもデータ化され、人の価値も変わってくる。<市場が国家を食い尽くす>。一物多価となり、同じ商品でも買う人によって値段が変わる。そして国家ではなく、市場で再分配の是正や格差の是正が行えるようになる。<やがてお金は消えてなくなる><お金で測られる価値を介さず、それぞれの人の属性と過去の活動履歴データに基づき、誰が何を欲しているか、誰がなにを作ったりやったりすることができるか察知する。そして人々の好みを尊ぶ配分を計算し人々に行動を促す>。著者の言う<招き猫アルゴリズム>でそれを実現させる。そのやりとりの証が著者の言う<アートークン>。これの束が(従来のお金に代わる)測定できない価値となる。


 2025-02-22

芽むしり仔撃ち
大江健三郎 新潮文庫


 大江健三郎の最初の長編小説。<いいか、お前のような奴は、子供の時分に絞めころしたほうがいいんだ。出来そこないは小さいときにひねりつぶす。俺たちは百姓だ。悪い芽は始めにむしりとってしまう>。というのは感化院の少年たちが疎開してきた村の村長の言葉。疎開先の村人たちからは、見世物のような目でみられ、疫病が流行ると彼らは置き去りにされた。主人公の少年とその弟、病気で逃げ遅れた村人とその娘。朝鮮人の少年。脱走兵などとともに衣食住をなんとか確保すべく行動する。村人の去った家を探索し、弟が捕まえた雉を食料にする。疫病にかかる娘。その娘との淡い恋愛。脱走兵は娘を看病するが。大事な人との別れも経験する。やがて村人が帰っきて、村が荒らされたと言われ、囚われの身となるが、その少年だけは服従しなかった。作者はこの小説について、<自分の少年期の記憶を、辛いのから甘美なものまで、素直なかたちでこの小説のイメージ群のなかへ解放することができた。それは快楽的でさえあった>と言い、自分にとって<一番幸福な作品>だったという。


 2025-02-10

訂正する力
東浩紀 朝日新書


 <日本にいま必要なのは「訂正する力」です>と著者は言う。全とっかえのリセットではなく、実はこういうことであったという訂正をしていきながら、変遷していくことが大事であるという。子供の遊びでは、いつのまにかルールが変わっていったりするが、当人たちは同じ遊びをずーっと続けていると思って遊んでいる状態とも言っている。ブレないことがいいことではない。元々そういうことであったというような、したたかさが大事。本書の中で紹介されているクリプキの「クワス算」は興味深い。同じルールで戦ってきっと思いきや、突然おかしなことを言われ、それはおまえのルールの理解が間違っている、という事態をどう理解するか。というよう議論が展開されているという、ソール・クリプキの『ウィトゲンシュタインのパラドックス』という本は読んでみたい。


 2025-01-19

安全のカード
星新一 新潮文庫


 星新一、14冊目。16篇収録。あとがきが興味深い。<昭和32年(1957年)にSF同人誌「宇宙塵」に「セキストラ」という短編を書いた。それが当時、江戸川乱歩さんの編集していた、推理小説専門誌「宝石」に転載された。それをきっかけに作家になった…>。2作目で「ボッコちゃん」が書け、星新一のショートショートの原型となった。<つづいて「おーい、でてこい」が書け、30年ちかくかかって千編が出来た。あの瞬間に、私の頭のなかで、ある回路が成立したのではないだろうか>。そして亜流はなかなか出てこなく、まねすることは難しいという。太宰治なども例にあげ、<個性とはきわめて根が深い>という。発想について、やっかいさがわかるという『できそこない博物館』は次に読んでみたい。本書のなかでは『過去の人生』が面白い。過去の人生を売り、波乱万丈なものとなり、悪夢を見るようになる。過去の人生は平凡なものに限る、と気づく話。


 2025-01-09

死者の奢り・飼育
大江健三郎 新潮文庫


 大江健三郎の初期の作品集。『死者の奢り』:文学部の僕は、医学部付属病院の死体処理室の水槽にある死体を別の水槽に移すバイトを女子学生とともに行う。死体は材木のような<物>であった。そして生きていた時のことを想う。作業終了後、移した死体はもう使わないので運びだせと言われる。『他人の足』:足が動かない脊椎カリエス患者の療養所。新しい学生の患者が入ってきたが、看護婦による性の処理を拒否。外の世界とのつながりを持とうとして、周りも変えていったように見えたが、学生が退院すると元の生活に戻る。『飼育』:芥川賞受賞作。敵の飛行機が落ち、落下傘で降りてきた黒人兵を飼育する。気持ちが通じ合ったきた時、県に引き渡し命令が出た。黒人は僕を捕虜とし抵抗するが、父に殺されしまう。『人間の羊』:僕はバスの中で外国兵から屈辱を受けた。同乗していた教員は警察に行って訴えることを強要し、つきまとう。それからどうにか逃れようとする。『不意の唖』:外国兵が集落にやってきた。川で遊んでいた通訳の靴がなくなった。集落の長は殺されるが、他の集落のメンバーによって通訳は静かに殺される。『戦いの今日』:朝鮮戦争当時、日本に滞在している米兵に対して、反戦のパンフレットを配る兄弟。パンフレットを見て、脱走をしようとする米兵を匿う。