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2025.5.14
考える葉 松本清張
角川文庫


 本書は角川文庫から2024年12月に刊行された、巨匠・清張復刻企画第1弾。戦後の動乱期に、軍が南方の占領国から奪い去ってきた貴重な金属を横取りし、それを金に換えて出世した男・板倉。その金を狙う政治家や元憲兵、そして自国の奪われた金属の調査にくる外国人。崎津という青年が、刑務所で井上という男に出会い、次々と起きる殺人事件に遭遇する。1960年に週刊誌に連載されたもので、昭和の匂いがプンプンする銀座で大暴れする井上に先ずは驚かされる。しかし、もっと驚くのが崎津の豹変ぶりだ。あんな人生やる気のない男が、先頭に立って真相究明に挑んでいく。『考える葉』の葉はこの崎津だ。物語の盛り上がりと意外性は流石。松本清張は本のタイトルについて、連載の場合予告ということで、書く前に決めるので、どんな内容になってもいいように抽象的なものにする、らしい。この復刻企画第2弾は『二重葉脈』、第3弾は『生けるパスカル』。どちらも既刊なので、続いて読んでみたい。



2025.4.28
続 赤い高粱 莫言
岩波現代文庫


 ノーベル賞を受賞した中国人作家・莫言の『赤い高粱一族』を2冊に分けた後半部分、第3章『犬の道』、第4章『高粱の葬礼』、第5章『犬の皮』が本書となる。中国大陸で行われた日本と中国の戦争の最中、赤い高粱畑を背景に語られる余一族の物語。語り手のわたしの登場場面は少なく、祖父、祖母、父、母、祖父の愛人、秘密結社(鉄板会)メンバー、元盗賊の祖父をトップとした抗日ゲリラ、国民党系抗日ゲリラ、共産党系抗日ゲリラの面々が主に登場する。日本人との戦いの他、中国人同士の抗日ゲリラ部隊との戦い、そして犬どもとの戦い。戦火の中、井戸に隠れ続ける母。死んでも叫び続ける愛人。5歳にならず死んだ子は埋葬されずに捨てられ、鳥のエサ。犬を食って、毛皮を着る。暴力的で自然とともにある、異世界の現実。講談師・莫言によってどんどん読まされる。



2025.4.9
泥棒日記 ジャン・ジュネ
新潮社


 昔愛読していた今東光の『極道辻説法』に、このジャン・ジュネ『泥棒日記』の話題が出てくる。それで買ったのかどうか忘れたが、ながい間積読本になっていた。(『百年の孤独』を探していて見つけたのであった)。『極道辻説法』では20歳の若者の相談で、この『泥棒日記』は<ホモの犯罪者の醜い生きざま>という感想を持ち、和尚に意見を求めた。対して今東光は<もっと深く、彼の育ったフランスの社会情勢や風俗をくわしく勉強して、てめえでも人生のいろんなことを経験してから『泥棒日記』をもう一度読み返してみることだ>との回答であった。男娼と盗みの世界、そこから脱出しようというのではなく、進んでその状況に身を置き続けている。そしてその状況で、聖なることとして解釈しようとしている。「1910年にパリ6区に生まれた。生後7か月で母に捨てられ、15歳で感化院に送られ、18歳の時外国人部隊に入隊するが脱走してフランスを離れ、ヨーロッパを放浪」とWikipediaにある。犯罪や、性愛の話が続くが、けっして嫌な感じはしない。肉体に関する表現も比喩的で詩的だ。犯罪者として刑務所を出たり入ったりのの人生であるが、作家としての才能を開花させ、コクトーやサルトルらに認めさせた。読んで面白さがあり、世界中で翻訳されている。作家としては大成功であるのは間違いない。



2025.3.29
愛の探偵たち アガサ・クリスティー
クリスティー文庫


 クリスティー文庫、68冊目。安定の面白さ。マザーグースの歌であり、ラジオドラマ、小説、戯曲となった『三匹の盲目のねずみ』。ゲストハウスを経営することを思いついたモリー。怪しい客ばかり。特にパラヴィチーニ氏は何者?ミス・マープルが登場する『奇妙な冗談』(伯父さんの残してくれたものは意外なもの)、『昔ながらの殺人事件』(うまくやった者とそうでなかった者)、『申し分のないメイド』(申し分のない奴は怪しい)、『管理人事件』(みかけだおしの男は変わらない)。ポアロが登場する『四回のフラット』(オムレツには目がないポアロ)、『ジョニー・ウェイバリーの冒険』(夫婦と言えども)。そして『謎のクィン氏』以来となるハーリ・クィンが相棒のスタースウェイトとともに登場する『愛の探偵たち』。クィン氏は、愛し合う若い2人を救う。



2025.3.15
人体大全 ビル・ブライソン
新潮文庫


 休むことなく、ひたむきに拍動する「心臓」。「食べる」「話す」「呼吸する」を同時に行う忙しい「口」。「胃」は実はたいした仕事をしていない。筋肉、神経、血管が通り、完璧な可動性がある手首は美しい、と外科医は言う。人は簡単に死ぬものではない。体温を1〜2度上げることで、侵入する微生物を撃退する。反対に生命を失った人体は体温が下がり、すばやく微生物に食われる。1万メートルの高さから落ちて、生き延びた旅客機の客室乗務員の話。しかし、生まれてくるのは大変だ。赤ちゃんの頭の方が産道より1インチ大きく、圧縮されて出てくる。命の始まりと命の終り、生きようとする人体の仕組み。成功と失敗の医学発展の歴史。名誉を得た者と葬られた発見者。人体に関する幅広いエピソード満載の名著だと思う。



2025.3.4
22世紀の資本主義 成田悠輔
文春新書


 同じ著者の前作『22世紀の民主主義』。Youtubeで見聞きした内容と同じだろうと思ったので、読んでいないが、今回は資本主義についてなので、面白そうかなと思い、読んでみた。刺激的な内容で面白かった。<すべてが資本主義になる>。すべてがデータ化され、それが商品になる。お金以外の人の履歴などもデータ化され、人の価値も変わってくる。<市場が国家を食い尽くす>。一物多価となり、同じ商品でも買う人によって値段が変わる。そして国家ではなく、市場で再分配の是正や格差の是正が行えるようになる。<やがてお金は消えてなくなる><お金で測られる価値を介さず、それぞれの人の属性と過去の活動履歴データに基づき、誰が何を欲しているか、誰がなにを作ったりやったりすることができるか察知する。そして人々の好みを尊ぶ配分を計算し人々に行動を促す>。著者の言う<招き猫アルゴリズム>でそれを実現させる。そのやりとりの証が著者の言う<アートークン>。これの束が(従来のお金に代わる)測定できない価値となる。



2025.2.22
芽むしり仔撃ち 大江健三郎
新潮文庫


 大江健三郎の最初の長編小説。<いいか、お前のような奴は、子供の時分に絞めころしたほうがいいんだ。出来そこないは小さいときにひねりつぶす。俺たちは百姓だ。悪い芽は始めにむしりとってしまう>。というのは感化院の少年たちが疎開してきた村の村長の言葉。疎開先の村人たちからは、見世物のような目でみられ、疫病が流行ると彼らは置き去りにされた。主人公の少年とその弟、病気で逃げ遅れた村人とその娘。朝鮮人の少年。脱走兵などとともに衣食住をなんとか確保すべく行動する。村人の去った家を探索し、弟が捕まえた雉を食料にする。疫病にかかる娘。その娘との淡い恋愛。脱走兵は娘を看病するが。大事な人との別れも経験する。やがて村人が帰っきて、村が荒らされたと言われ、囚われの身となるが、その少年だけは服従しなかった。作者はこの小説について、<自分の少年期の記憶を、辛いのから甘美なものまで、素直なかたちでこの小説のイメージ群のなかへ解放することができた。それは快楽的でさえあった>と言い、自分にとって<一番幸福な作品>だったという。



2025.2.10
訂正する力 東浩紀
朝日新書


 <日本にいま必要なのは「訂正する力」です>と著者は言う。全とっかえのリセットではなく、実はこういうことであったという訂正をしていきながら、変遷していくことが大事であるという。子供の遊びでは、いつのまにかルールが変わっていったりするが、当人たちは同じ遊びをずーっと続けていると思って遊んでいる状態とも言っている。ブレないことがいいことではない。元々そういうことであったというような、したたかさが大事。本書の中で紹介されているクリプキの「クワス算」は興味深い。同じルールで戦ってきっと思いきや、突然おかしなことを言われ、それはおまえのルールの理解が間違っている、という事態をどう理解するか。というよう議論が展開されているという、ソール・クリプキの『ウィトゲンシュタインのパラドックス』という本は読んでみたい。



2025.1.19
安全のカード 星新一
新潮文庫


 星新一、14冊目。16篇収録。あとがきが興味深い。<昭和32年(1957年)にSF同人誌「宇宙塵」に「セキストラ」という短編を書いた。それが当時、江戸川乱歩さんの編集していた、推理小説専門誌「宝石」に転載された。それをきっかけに作家になった…>。2作目で「ボッコちゃん」が書け、星新一のショートショートの原型となった。<つづいて「おーい、でてこい」が書け、30年ちかくかかって千編が出来た。あの瞬間に、私の頭のなかで、ある回路が成立したのではないだろうか>。そして亜流はなかなか出てこなく、まねすることは難しいという。太宰治なども例にあげ、<個性とはきわめて根が深い>という。発想について、やっかいさがわかるという『できそこない博物館』は次に読んでみたい。本書のなかでは『過去の人生』が面白い。過去の人生を売り、波乱万丈なものとなり、悪夢を見るようになる。過去の人生は平凡なものに限る、と気づく話。



2025.1.9
死者の奢り・飼育 大江健三郎
新潮文庫


 大江健三郎の初期の作品集。『死者の奢り』:文学部の僕は、医学部付属病院の死体処理室の水槽にある死体を別の水槽に移すバイトを女子学生とともに行う。死体は材木のような<物>であった。そして生きていた時のことを想う。作業終了後、移した死体はもう使わないので運びだせと言われる。『他人の足』:足が動かない脊椎カリエス患者の療養所。新しい学生の患者が入ってきたが、看護婦による性の処理を拒否。外の世界とのつながりを持とうとして、周りも変えていったように見えたが、学生が退院すると元の生活に戻る。『飼育』:芥川賞受賞作。敵の飛行機が落ち、落下傘で降りてきた黒人兵を飼育する。気持ちが通じ合ったきた時、県に引き渡し命令が出た。黒人は僕を捕虜とし抵抗するが、父に殺されしまう。『人間の羊』:僕はバスの中で外国兵から屈辱を受けた。同乗していた教員は警察に行って訴えることを強要し、つきまとう。それからどうにか逃れようとする。『不意の唖』:外国兵が集落にやってきた。川で遊んでいた通訳の靴がなくなった。集落の長は殺されるが、他の集落のメンバーによって通訳は静かに殺される。『戦いの今日』:朝鮮戦争当時、日本に滞在している米兵に対して、反戦のパンフレットを配る兄弟。パンフレットを見て、脱走をしようとする米兵を匿う。