「今夜は早く帰って来て頂戴ね。この前、親切にしてもらった人を、食事に招待してるから」
 「食事はいらない。なるべく早く帰るようにはするよ。お礼を言えばいいんだろ?」


 (えーっと、この辺りだと聞いたんだけどなぁ。三村、三村・・ここだ。大きな家・・。ここで家政婦さんでもしてるのかなぁ?)
 「あの、村川と申しますが・・」
 「えっちゃん、いらっしゃい。どうぞ、入って」

 「ここで働いてるんですか?」
 「まぁ、どうぞ。座って」
 「いいんですか?家の人に怒られるんじゃ・・?」
 「大丈夫よ。あっ、こちらHさん」
 「お邪魔しています。村川絵美と申します」

 「あなたがえっちゃん?奥様からお話は伺っています」
 「奥様?奥様って?ここで働いてるんじゃないんですか?」
 「働いているのは、私。奥様は“ミムラ cop.”の会長として、現役で働いてらっしゃいますよ」

 「えー?何故言って下さらなかったんです?そんな人に、色々失礼な事を・・・すみませんでした」

 「そんなたいそうな事じゃないわよ。主人が早くに亡くなって、会社を切盛りしなきゃならなかっただけ。家の事は、全部Hさんが助けてくれて・・。今は、息子が後を継いでくれてるから、任せてるんだけどね。うちの会社を知ってるの?」

 「ハローワークで。変わった会社だなって。会長秘書を募集してるのに、年齢も学歴も資格も、不問になってたから・・会長秘書って、ひょっとして・・?」
 「そう。私の秘書を募集しにハローワークに行ったのよ」
 「自分で?そんなの社員の人がする事でしょう?」

 「ジンクスって信じる?他の人が行ったら、入社しても長続きしないんだけど、私が行ったら、長続きする人と出会えるのよ。その帰りに、ちょっと気分が悪くなって・・」


 「美味しい!Hさん、本当にお料理上手ですね。私は、本当に料理が苦手で・・家事全般、苦手と言ったら苦手なんだけど・・。こんな美味しい食事を食べないで、遊び歩いてるなんて、ほんと問題児の息子さんね」

 「今日は、早く帰るように言ったんだけどね」
 「まぁまぁ。お坊ちゃんも社長として、仕事はきちんと真面目にしてらっしゃるんだし、大目に見てあげて下さい」

 「ところで、話は変わるけど・・。えっちゃん、仕事探してるんでしょ?」
 「はい。でもなかなか・・。この歳だし・・」
 「どう?うちで働いてみない?」
 「家事は苦手だって言ったでしょう?」

 「違うわよ。私の秘書として」
 「冗談やめて下さい。秘書って、若くて綺麗で、頭が良くて、そんな人がやるものでしょう?」
 「年齢、学歴、資格、不問って書いてたでしょ?」
 「でも、無理、無理」
 「そんなに硬く考えなくていいのよ。私と一緒に行動してくれるだけで。付き人みたいに考えてくれればいいのよ。必要な資格は、仕事として習いに行けばいいし・・。語学は息子に教えさせるから・・」

 「涙が出るくらい、嬉しいお話ですけど、どう考えてみても私には、そんな事無理です」
 「急がないから考えてみて」
 「でも、ほんとに・・」
 「いいから、考えるだけ・・」


 「今日は、本当に楽しかったです。ご馳走様でした」
 「もうあの子は・・。えっちゃんが帰る頃までには帰るって言ってたのに・・」
 「そんな事、いいですよ。別に息子さんに会いに来た訳じゃないんだし・・」
 「また、遊びに来てね」
 「はい。ありがとうございます。じゃぁこれで」

 
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