「まぁ。お坊ちゃんが夕食を食べるのなんて何ヶ月ぶりでしょう?」
「仕方ないでしょ。わがままな会長命令なんだから。しばらく家で食べますから、Hさんも大変でしょうけど、よろしく」
「いいえ。とても嬉しいですよ。きっと奥様も喜んでらっしゃいますよ」
(あいつの特訓なんて御免だ!)
と言いながら、いろいろなテキストを買って、まっすぐに家に帰って来てしまった。
「ビシビシやるからな。早く覚えてもらわないと、俺はこの地獄から抜けられない。天国生活に早く戻してくれよ」
「解かってるわよ。私だって早くあんたから解放されたいもの」
その夜から、俺にとって地獄のような(天国とも言えるような)、毎日二時間、休憩なしの特訓が始まった。
仕事と家の事、レッスンとあいつは必死で頑張って、上達もしていった。
お互い少しずつ解かってきて、以前のように言い争う事も少なくなっていた。
三ヶ月を過ぎた頃だろうか、Hさんが「一度くらい休憩されたら?」とお茶を持って来てくれた時、気が抜けたのか、倒れ込むように眠ってしまった。
事もあろうに俺の膝を枕にして・・
「あらあら大変。枕を持って来ましょうね」
「それより何か掛ける物を持って来てやって。疲れてるんだろ」
(よく頑張ってるからな。でもあんまり無理するなよ。ゆっくりでいいんだから・・ゆっくりの方がいいんだから・・)
軽い寝息をたてながら眠っているあいつの温もりを感じながら、俺は胸に痛みが走った。
あいつの肩や、髪にさえ触れられない俺がいた。