8月生まれの偉人伝

今日生まれの偉人達
1日 団琢磨 (だんたくま)(1858〜1932) 実業家、三井財閥の指導者
13歳のとき、岩倉具視ら特命全権大使の欧米視察団に同行。マサチューセッツ工科大学鉱山学科を卒業。帰国後明治17年に工部省に採用され官営三池炭坑に配置されるが三井が払い下げをうけ事務長に就任。三井を日本の石炭王にする。三井合名会社理事長となり、財閥の中心人物となったが、血盟団事件で暗殺された。
ハーマン・メルビル(1819〜1891)アメリカの小説家、詩人
2日 三浦梅園(みうらばいえん)(1723〜1789)江戸時代中期の思想家。
30歳の頃、人間の主観とはまったく独立した、天地の間に条理があることを悟り「梅園三語」といわれる「玄語(げんご)」(一種の宇宙論)「贅語」(原理論の実際的展開)「敢語」(道徳説および経世論)を著した。条理とは、今でいう論理・数理・物理・倫理のこと。優れた人格から、豊後聖人と称されています。
3日 新渡戸稲造(にとべいなぞう)(1862〜1933)農政学者、教育者、思想家
札幌農学校卒。アメリカ留学ののち、京大教授、一高校長に就任。キリスト教信者として国際親善に尽くし国際連盟書記局次長もつとめた。日本の武士道の精神を紹介する本「Bushido」を刊行、この本は非常に評判となり日本文化の海外への紹介に大いに貢献する。東京女子大初代学長などを歴任。カナダで客死。五千円札の顔として有名。
4日 吉田松陰(よしだ しょういん)(1830〜1859)江戸時代末期の志士
10歳で明倫館に出勤、11歳のとき藩主敬親に兵書を進講し秀才振りを示した。18歳で山鹿流軍学の免許皆伝を受け、19歳で独立の師範となる。ペリー浦賀再来のとき海外密航を企て失敗し、萩の野山獄に入れられた。出獄後玉木文之進の塾を継ぎ、安政四年松下村塾を開いて、尊王攘夷運動の指導者を育成した。安政の大獄で刑死。
5日 ギイ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)(1850〜1893)フランス 小説家
フロベールに師事し、短編「脂肪の塊」で名声を博し、以来明晰な文体、みごとな人物・風景・心理描写で天才をうたわれたが、1891年狂気の兆候が現れ、そして翌年には自殺未遂を起こし。パシー精神病院にて自己を取り戻すことなく死亡。厭世と疲労で発狂し、短命に終わった。作品は多数の短編のほかに長編「女の一生」「ベラミ」など。
玄宗(685〜762)中国の唐の皇帝
6日 サー・アレグザンダー・フレミング(Sir Alexander Fleming)(1881〜1955)イギリス 細菌学者
ブドウ球菌の培養皿に偶然落ちたカビが、その周囲だけ菌の発育を押えているのを発見、そこから抗菌性の物質を発見、これをペニシリンと名付けた。ペニシリンは、1940年代に大量に生産されるようになり、有効性が非常に高かったことから、抗生物質による治療法が広く用いられるようになった。 1945年ノーベル生理学医学賞を受賞。
7日 司馬遼太郎(1923〜1996) 作家
学徒動員で出征、戦車隊の士官生活を経験した。産経新聞社に勤務するかたわら同人誌「近代説話」を創刊。その後「梟の城」で直木賞を受けた。伝奇性に富む作品を多く書いていたが、その後「龍馬がゆく」「城塞」などで史実をもとに現代的な解釈を加えた歴史小説の新分野を開拓した。1993年には文化勲章を受章。
8日 谷風梶之助(たにかぜかじのすけ)(1750〜1795)江戸時代後期の力士
63連勝の記録をもつ大力士で、江戸勧進相撲の隆昌に大きな功績を残した。1789年吉田司家 (つかさけ) から小野川とともに、最初の横綱土俵入りの儀式の免許を受けた。幕内44場所で、258勝14敗36分、63連勝を記録した。体格、力量、人格の三拍子をそろえ「谷風の前に谷風なく、谷風のあとに谷風なし」とたたえられた。
9日 アメデオ・アボガドロ(Amedeo Avogadro)(1776〜1856)イタリアの化学者、物理学者。
最初は法律を学び弁護士となり、24歳から数学と物理学を独習し、1809年トリノ大学の助手になり、1820年トリノ大学教授となる。1811年同温、同圧、同体積の気体は、すべて同数の分子を含む、という「アボガドロの法則」を発表して、初めて分子の概念を導入し、分子と原子とを区別した。
10日 大久保利通(おおくぼとしみち)(1830〜1878) 明治の元勲
幕末、薩摩を率いて維新を達成した維新三傑の一人。彼は明治国家の中央集権化に務めた異才の政治家である。政府においては大久保独裁政権を築き上げ、強力な権力構造の生成に努め、同時に天皇の威権を強化した。政敵江藤新平を倒し、西南戦争を起こした西郷隆盛も倒した。明治11年、刺客に襲われ命を失う。
11日 幣原喜重郎(しではら きじゅうろう)(1872〜1951)外交官 政治家
外交官、政治家。
大阪府出身。東京帝大卒。外務省にはいり、大正一三年以降加藤・若槻・浜口の各内閣で外務大臣をつとめ、いわゆる幣原外交と称される親英米政策をとり、軍部・右翼から軟弱外交と非難された。第二次世界大戦後東久邇内閣の後をうけて組閣、新憲法草案の作成に当たる。進歩党総裁、衆議院議長を歴任。
12日 エルウィン・シュレーディンガー(Erwin Schoredinger)(1887〜1961)オーストリアの理論物理学者
ド・ブロイの考えを拡張して波動方程式を導き、物質の波動性に基づいた波動力学を打立てました。さらに行列力学と波動力学の数学的等価性を証明し、波動方程式の解である波動関数の物理的解釈の問題や、観測問題の哲学的研究など、量子力学発展に対して最大級の貢献をしました。1933年ディラックとともにノーベル物理学賞受賞。
13日 乾隆帝(けんりゅうてい)(1711〜1799)中国、清朝の第6代皇帝
インドシナ、台湾、チベットなどの地域を平定。辺境に10回出兵して全部戦勝したので、自分のことを「十全老人」と号したほどであった。 文化面にも力を尽くし、「大清一統志」「四庫全書」などを編集し、「康煕・乾隆時代」といわれる清朝の最隆盛期を現出した。晩年、政治の腐敗を招き、勢威は衰えた。
14日 アーネスト・エバン・トムソン・シートン(1860〜1946)アメリカの博物学者,作家
6歳のときカナダに渡り、カナダ南部の森林地帯で開拓民として育った。動物についての正確な知識と観察に基づき、自筆の挿絵を付した物語を数多く発表。これらの諸作は、日本では「シートンの動物記」として知られる。代表作「わたしの知る野生動物」「灰色熊の伝記」「森のロルフ」「自叙伝」。
15日 ナポレオン・ボナパルト(Napolon Bonaparte)1769〜1821)フランス第一帝政の皇帝 (在位 1804〜14)
砲兵将校としてフランス革命に参加後頭角をあらわし、第一執政に就任、軍事独裁の道を開く。新憲法を制定し、ナポレオン法典の編修、諸制度の改革を行う、皇帝となりヨーロッパ大陸を征服したが、ロシア遠征に失敗し退位。エルバ島に流されたが帰国、「百日天下」を実現したが、ワーテルローの戦いに敗れ、セント‐ヘレナ島に流されて没した。
山東京伝(1761〜1816)江戸時代後期の戯作者
16日 山鹿 素行(やまが そこう)(1622〜1685)江戸時代初期の古学派の儒学者、兵学者
儒学を林羅山に、兵学を北条氏長に学ぶ。古学を提唱し、朱子学を批判した「聖教要録」によって赤穂に配流されるが、赤穂浅野家では師として厚遇し、山鹿流の兵学を赤穂藩士に説いて、後の赤穂四十七士、大石良雄らに感化を与えました。(忠臣蔵討ち入りで大石内蔵助が叩いたのは山鹿流の陣太鼓といわれています。)山鹿流軍学の始祖。
17日 ピエール・ド・フェルマ(Pierre de Fermat)(1601〜1665)フランスの数学者
役人として一生を過ごし、数学は余暇に研究したにすぎないが、彼はデカルトと並んで17世紀前半における最大の数学者の一人で、数学における アマチュアの王様でした。そして当時の専門の数学者で誰一人として彼以上の発見や貢献をした者はいなかった。1995年、イギリスの数学者 A.ワイルズが証明した「フェルマの定理」が有名。
18日 最澄(さいちょう)(768〜822)日本天台宗の開祖。
奈良の東大寺の戒壇院で受戒しましたが、腐敗した奈良仏教に絶望して比叡山に登り、785年に現在の延暦寺の起源となる一乗止観院(いちじょうしかんいん)を築きました。804年に中国の唐に渡り、翌々年帰国し天台宗を伝えました。866)年伝教大師の諡号を贈られた。日本最初の大師号である。
伊藤左千夫(1864〜1913)明治・大正時代の歌人・小説家
19日 ココ・シャネル(Coco Chanel)(1883〜1971)  フランスの女性服飾デザイナー
12歳の時母を亡くし、孤児院、修道院で過酷な子供時代を過ごす。着やすい婦人服をモットーに独自の服飾デザインを創始、パリで高級衣装店シャネルを開いた。奇抜で独特のシャネルスタイルは、めまぐるしい流行の変遷のなかでもあまり変化することなく、今日までなじまれている。また彼女のつくった香水 Chanel No.5も有名。
20日 高杉 晋作(1839〜1867)江戸幕末の志士
一九歳のとき、松下村塾に学んで久坂玄瑞とともに松陰門下の双璧と称せられた。のち江戸に出て昌平黌に学ぶ。外国船の下関砲撃に際し、奇兵隊を創設。元治元年の四国艦隊下関砲撃事件に際しては、藩の正使として和議を結び、その後、藩論を統一して討幕運動に結集させ、第2次幕長戦争では大いに幕府軍を破ったが、まもなく病没。
尾上柴舟(おのえさいしゅう)(1876〜1957)大正・昭和初期の歌人・書家
21日 浜田彦蔵(1837〜1897)幕末に活躍した通訳、貿易商
13歳の時に江戸から船で帰る途中に遭難し、アメリカ船に救助され、そのまま渡米。カトリック信者になってからはジョセフ・ヒコと改名し、日本に帰国後は日本初の新聞「海外新聞」を発行し「新聞の父」といわれる。当時の有力者、伊藤博文や桂小五郎とも交流があり、当時の日米交渉に大きな役割を果たした。
22日 クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy)(1862〜1918)フランスの作曲家
ワーグナーや象徴派の詩人の影響下に、夢幻の境地を描く印象派音楽を創始した。不協和音程、変化和音、全音音階などのひんぱんな使用が特色。1894年「牧神の午後への前奏曲」を発表、1902年メーテルリンクの戯曲をもとに「ペレアスとメリザンド」を作曲し絶賛される。レジオン・ドヌール勲章受章。
23日 三好達治(みよしたつじ)(1900〜1964)詩人
東京帝国大学卒。萩原朔太郎に師事。彼は、古典的な感情と清新な表現を組み合わせた独自の境地を打ちたてました、その後は口語詩から文語詩にかわり、「艸(くさ)千里」や「一点鐘」などの詩集を出しました。詩集「故郷の花」「砂の砦」「駱駝の瘤にまたがって」のほか、吉川幸次郎と共著の「新唐詩選」があります。
遠山 景元(金四郎)(1793〜1855)江戸町奉行
24日 滝廉太郎(たきれんたろう)(1879〜1903)明治時代の作曲家
洋楽輸入以後の日本最初の本格的な作曲家。明治29年東京音楽学校専修部を卒業。ドイツに留学したが、結核を発病して翌年帰国。帰国後数々の名曲を作り、日本の洋楽の黎明期にその天才をうたわれたが夭折した。作品に歌曲「花」「荒城の月」「箱根山」「鳩ぽっぽ」「お正月」など今日も歌われている唱歌を作曲した。
若山牧水(1885〜1928)歌人
25日 榎本武揚(えのもとたけあき)(1836〜1908) 江戸時代末期の幕臣。明治新政府の閣僚
江戸に生まれ、昌平黌に学ぶ。オランダ留学後、江戸開城に際し、幕府艦隊を率いて脱走。箱館五稜郭に立てこもり、北海道に共和国を打ち立てようと箱館戦争を起こしたが、翌年降伏。のち許されて、海軍中将兼特命全権ロシア公使、外務大輔、海軍卿、清国公使、更に逓信、農務省、文部、外務の各大臣を歴任する。
26日 ジョセフ・モンゴルフィエ(1740〜1810)フランスの気球発明家(弟と共にモンゴルフィエ兄弟として有名)
フランスの気球発明家(弟と共にモンゴルフィエ兄弟として有名)
煙の昇る様子から熱せられた空気が周りの冷たい空気より軽くなる事にヒントを得て、熱気球を発明。実験を何度も繰り返した結果、紙を張りつけた麻布製の直径36フィートの気球を6000フィートまで上昇させる事に1783年6月5日成功。1783年11月21日、人類最初の有人飛行に成功した。
27日 宮沢賢治(1896〜1933)詩人・児童文学者
岩手県花巻出身。農業研究家・農業指導者として活躍するかたわら、宗教心と科学精神に裏づけられた独特な詩や童話を創作。詩集「春と修羅」、童話集「注文の多い料理店」を自費出版しましたが、世間からは認められませんでした。死後、評価され名声を得た。詩「雨ニモマケズ」は特に有名。作品に「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」など。
マザー・テレサ(本名アグネス・ゴンジャ・ポワジュ)(1910〜1999)カトリック修道女
28日 ゲーテ(1749〜1832)ドイツの詩人、小説家
大学で学んだのちシュトルム‐ウント‐ドラングの芸術運動に参加。「若きウェルテルの悩み」で一躍名声を博し、詩、小説、戯曲などに数々の名作を生んだ。政治家としても活躍。かたわら自然科学も研究。代表作は「西東詩集」「詩と真実」「ヘルマンとドロテア」「ウィルヘルム=マイスター」「ファウスト」など。
29日 モーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlink) (1862〜1949)ベルギーの劇作家、詩人、思想家
(マーテルリンク、メーテルランクとも呼ばれています)
家業の弁護士を継がず、パリで象徴派の詩人たちと交わる、最初の戯曲「マレーヌ王女」が世に出たとき,「新しいシェークスピアの登場」と絶賛された。次いで「ペレアスとメリザンド」「青い鳥」などによって、写実劇に飽きていた劇壇に新風を吹込んだ。1911年ノーベル文学賞受賞。
30日 アーネスト・ラザフォード( Ernest Rutherford )(1871〜1937)イギリスの物理学者
放射能が原子の崩壊によって生じることを説明し、アルファ粒子がヘリウムのイオン(原子核)であることを発見した。これらの業績により、1908年にノーベル化学賞を受賞。科学分野の発展にかかわった多くの重要な物理学者に激励と指導を与え、生涯を通じて有能な弟子の育成に励んだため「核物理学の父」と呼ばれました。
31日 マリア・モンテッソーリ(Maria Montessori )(1870〜1952)イタリア 教育家
幼児教育改革論を唱え、ローマ大学の医学部に女性としてはじめて入学し、優秀な成績で医学博士号を取得して卒業した。知的障害児の研究に従事。国立障害児学校校長をつとめたのち、ローマ大学に再入学し、ローマに「児童の家」を設立。自由・環境・感覚を重視した「モンテッソリ法」による教育を行った。

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