8月


29日
モーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlink)
            (マーテルリンク、メーテルランクとも呼ばれています)
(1862〜1949)

ベルギーの劇作家、詩人、思想家

ベルギーのガンで生まれ、ヘント大学で法律をまなびました。しかし、家業の法律関係の仕事にはつかず、1886年にパリにでて、そこで象徴主義詩人たちの影響を強くうけました。そのころ、フランスで盛んだった自然主義の風潮に反発して、「温室」をはじめとする象徴主義的な詩を発表したりしています。

しかし、その後の彼の本領はあくまでも戯曲で発揮され、1889年最初の戯曲「マレーヌ王女」が世に出たときは、「新しいシェークスピアの登場」と絶賛されました。次いで「ペレアスとメリザンド」、「青い鳥」などによって、写実劇に飽きていた劇壇に新風を吹込んだのです。

特に1908年に発表された童話劇「青い鳥」は、貧しいチルチルとミチルの兄弟が見た夢を劇にしたもので、幸福のとり、青い鳥を探し回るが見つからず、結局家に帰って鳥かごの中に発見したという筋書きで、幸福は身近なところにあることを暗示した作品である。

また、哲学や自然をテーマにした著作も多くのこしており、「貧者の宝」(1896)、「蜜蜂(みつばち)の生活」(1901)、「人生と花」(1907)などが知られています。

1911年には、その分野での業績によりノーベル賞を受賞しました。第2次世界大戦中はアメリカですごしましたが、のちヨーロッパにもどり、1949年、フランスのニースで亡くなっています。
物語が始まるのはクリスマス前夜のこと。
「かあさんがサンタのおじさんにお願いに行けなかった」ため貧しいチルチルとミチルの家には、今年はサンタさんはきません。
向いの家で華やかに行われているパーティーを見ながら遊んでいたふたりのところに妖精が現れて、病気の娘のために青い鳥を探してきてほしいと頼みました。
妖精にもらった帽子のおかげで、人でないものの声を聞くことができるようになったチルチルとミチルは「光」「イヌ」「ネコ」などと共に青い鳥探しの旅にでるのでした。
青い鳥をさがす旅の中、さまざまな場所で、さまざまな出会いのなかからチルチルとミチルは、お金や地位よりもっとかけがえのない幸せがあることを知っていくのです。
青い鳥を捕まえることが出来ずに家に戻ってきた2人。そこは、いままでの家と同じでしたが、ふたりにはすべてが素晴らしく見えました。
ふと見るとチルチルの飼っていた鳥こそが、美しい青い色をしていたのです。しかし最後に鳥は逃げ、 そこで、チルチルは・・・。
なんだ、あれが僕たちのさがしている青い鳥なんだ。
僕たちは、ずいぶん遠くまでさがしにいったけど、
ほんとうはいつもここにいたんだ。

『青い鳥』より
この青い鳥とは、いったい何の鳥なのでしょうか。インターネットの中で見つけたのですが、実はこの青い鳥、「キジバト」なのだそうです。日本ではそこら中に分布しているハトがメーテルリンクがいう幸せの青い鳥なのだそうです。本当なのでしょうか?


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