部屋に通されると
 「社長は少し遅れるそうです」と三人の男性がいた。
 「あなたが愛夢さんですか」と Y さんの方を向いて言ったので、
 「え?私は」と言う Y さんに(お願い)と目配せをし、席に座った。

 「申し訳ない。遅くなりました」と言いながら、入ってきた社長に
 「愛!何してるんだよ、そんな所で!」いきなり怒られた。
 今まで Y さんの横で、上機嫌だったおじ様も唖然とした顔になった。
 「S社長、申し訳ありません。天然なもので・・」
 (天然?天然バカってこと?)
 「愛、皆さんに謝って」
 「すみません。Yさんが愛夢の方がいいかなって思って・・」
 言いながら席を替わった。
 「初めまして。愛夢です。この度は素敵な幸運を頂き、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
 S社長、監督、先生に挨拶し、失望させた事を謝った。

 どこにでも物好きな人がいるもので、どうやらこのS社長は、スポンサーで、話を聞きつけて顔を見に来たらしい。

 料理が運ばれて食べ始めた時、私は無口になった。
 (“あちゃぁ、痛くなってきた・・・”私は、普段は何ともないけれど、ご馳走を食べると胃が痛くなる癖がある。横になりたいけど、また社長に怒られるやろなぁ)


 「愛夢さん、お口に合いませんか?」
 「ごめんなさい、S社長。私、貧乏舌なもので、ご馳走を食べると胃が痛くなるんです。しばらく横になってもいいですか?すぐ治りますので」
 「愛、なんて事を!失礼だぞ!」
 「まぁまぁ社長。いいですよ。どうぞ愛夢さん」とS社長は自分の膝をポンポンと叩いた。
 「お言葉に甘えて・・」横になった。

 (愛、なんて事を・・)

 「でも、社長は何故、愛夢さんの事を“愛”って呼ぶんです?」
 「でしょう?それも呼び捨てで。この業界の人は皆そうなんですか?」
 「色々でしょう。ああ、カモフラージュですか。愛夢で愛ですか」
 「じゃぁ、私も愛さんと呼びますか。愛さん、治ったら食べなさいよ、美味しいから」
 「S社長ごめんなさい。奥様にも謝っといて下さいね。皆さんも証明してあげて下さいね」

 しばらく横になっていた愛は、
 「治ってきた」と言って起き上がり、何事もなかったかのように、ケラケラと笑いながら食べ始めた。

 「S社長、お願いがあるんですけど」
 「何かな?」
 「私の事秘密にしておいて頂けませんか?」
 「条件を聞いてくれたら考えましょう」
 「どんな?」
 「聞いてくれるかな?」
 「S社長を嫌いにならない条件なら」
 「今夜一晩付き合うってのは?」
 「殴ります」
 「じゃぁ、ホッペにチュウは?」
 「大嫌いになります」
 「サインは?」
 「嫌いになります」
 「サインも駄目か。じゃぁ握手」
 「それならOK」と愛は握手をした。

 S社長もすっかり愛のペースにはまり、上機嫌で「そろそろ失礼する」と立ち上がった。
 少し酔いが回ったのか、愛は、ますます失礼女となり、
 「S社長、約束ですよー」と手を振る始末だ。

 「愛!お見送り!」
 「え?じゃぁ私も帰っていい?」
 「まだ何かあるのかな?」
 「また、社長にお説教されるのかと思って・・」
 「説教?」
 「そう。いつも怒られるの。それは駄目、これも駄目。怒られてばかり」
 「私も愛さんに説教する事がありますよ」
 「なんですか?」
 「誰にでもああいう事をしちゃいけませんよ」
 「ああいう事?」
 「ひざまくら」
 「やっぱり失礼でした?ごめんなさい」
 「私は構わないですけど、襲われますよ」
 「大丈夫ですよー。Yさんみたいな人なら危ないでしょうけど」
 愛は、そう言ってドアを閉め、S社長に手招きをし、「やくそく」と言いながら、窓ガラスに軽くキスマークを付けた。
 S社長は、笑いながら運転手に出すよう促し、車は走り去った。
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