「大丈夫?熱も下がったみたいだからもう大丈夫よ。お水飲んで。喉かわいたでしょ?でも汗かいたままだと駄目だから、後で着替えてね。じゃぁおやすみ」
「行かないで」
「なぁに子供みたいに。もう大丈夫よ」
「行かないで」
「はいはい、眠るまでいてあげる。寝ないとまた熱が上がるわよ」
「じゃぁ寝ない。熱も下がらなくていい」
「何言ってるの?それじゃ帰れないじゃない?」
「帰さない」
「どうしたの?変よ、社長」
「ああ、変だよ。どうかしてるよ。愛に会ってからの僕は・・」
「また熱が出て来たの?はい、冷たいお水飲んで、頭冷やして」
「眠ってる間に飲ませてくれたのは、愛だろ?」
「あれは、緊急救命処置。人工呼吸みたいなもんよ。忘れて」
「忘れられるか。手を伸ばせば抱き締められるところに愛がいるのに」
「ほんとにどうしたの?失恋の痛手をまだ引きずってるの?大丈夫よ。綺麗で、優しくて、教養があって・・社長にふさわしい人がきっと現れるから」
「本当にそう思ってる?じゃぁ僕の気持ちはどうなる?」
「最初の頃は、君の事を知っているのは僕だけだった。S社長と会った時の君、監督や先生とメールのやり取りをしている君、そんな君を見ているのがたまらなかった。辛かった・・。ああ、何度も否定したよ。そんなはずはないって、何度も何度も否定したよ。だけど、否定すればするほど、心の中で君はどんどん大きくなって、苦しくて・・・だから、否定するから大きくなるんだ、だったら認めよう・・・。“愛を愛している”って・・。そうしたら今度は、会いたくてたまらなくなった。君の住んでる街にも何度か行ったよ」
「えっ、電話くれれば良かったのに」
「電話したよ。そんな時に限って、君は出なかった。娘と買い物中だったとか、友達と食事してて気が付かなかったとか。その電話を新幹線の中で聞いていた時、どんなに辛かったか。もうこんな思いはしたくない。そう思うのにまた会いたくなって・・小さな街だから、買い物中の君と偶然会えるかもしれない。そう思って、また行ってしまうんだ。自分でもどうしようもないんだ。僕にふさわしいのは、僕を幸せにしてくれるのは、君だけだ。愛でなきゃ駄目なんだ」
「駄目よ、私なんか。私と社長とでは住む世界が違う。だから、必死で抑えてきたのに・・。辛い時や淋しい時、社長に寄りかかりそうになって・・でも、好きになんかならない、なっちゃいけないって、自分にそう言い聞かせてきた。社長が街に来ていた事は知らなかったけど、電話は解かってた。でも、娘や友達に何て言うの?“かなわない恋をしてる”なんてとても言えない。やっぱり来るべきじゃなかった。帰るわ」
「他の人が誘ってもここに来た?他の人でもあんな風に飲ませた?違うよね。僕が誘ったから、来てくれた。僕が熱を出したから、飲ませてくれた」
「それは・・・」
「そうだよね!」
「最後にもう一度だけ顔を見たくなって、来てしまったけど、今日帰るつもりだった。そして、忘れようと思ってた」
「僕を真珠みたいにするつもり?そして君は、えりかみたいに倒れるつもり?偶然にでも、君に会わせてくれなかった神様を恨んだけれど、今は感謝している。“真珠とえりかみたいになるまで解からないのか”って、僕に“熱”というお年玉をくれた」
「でも、私は年上だし」言葉を唇でさえぎった。