家庭教育誌「ないおん」は、教育・子育ちをテーマに毎月こころのお便りをお届けしています

ないおん6月号(2018年6月1日発行)は

目に青葉
山ホトトギス 初鰹

新緑の美しい季節を迎えました。今年は日中国交40年の節目の年だそうです。その頃あちこちで人が忽然と姿を消し、「蒸発した」などと騒がれていたことを思い出しました。あれは拉致被害の始まりだったのですね。
偶然とはいえ「ないおん」も、今年創刊40周年を迎えました。
先日、懇意にしている出入りの電気屋さんが、エアコンの取り付けに来てくださいました。
休憩時間にお茶をすすりながら昔の思い出話に花が咲きました。
「ご院主さん、覚えてますか? 川原へ水遊びに来て、よくご院主さんらと、ヤジの飛ばし合いしましたな!」
「ええっ、あのときの相手は、あんたらやったんかいな? 覚えているとも。懐かしい話やな。」
わんぱく盛りの夏休みです。悪ガキたち5、6人で、毎日のように川原へ水浴びに行きました。
戦国の武将織田信長と浅井長政が3年にわたって戦った姉川の支流、高時川が舞台です。
夏は川の水が涸れて流れが細くなり、ところどころ深い淀みができます。対岸の悪ガキたちと競って、その深みの一つを占有し、水浴びに興じたものでした。
水遊びに退屈すると、対岸の近くで遊んでいる悪ガキたちと、ヤジの掛け合いが始まります。
「おまえらー、生意気やってると頭かち割って、ストローで血吸うぞー!」
「なにー、ここまで来いやー。ぼこぼこにして、川に沈めたるぞー、あほんだらー!」
戦国時代さながらに棒きれを振り回し、今にも、とっ組みあいが始まりそうで、そこは双方心得ていました。ヤジの掛け合いを楽しんだ後はいつも引き分け。何事もなかったかのように、こちらは河川敷の桑畑に潜り込み、口の回りを真っ赤にして、甘い桑の実をお腹いっぱいほおばりました。地下水の湧いているところで道草して、清らかな冷たい水で喉を潤したりもしました。濡れた綿のパンツを木の枝でピーンと張り、白旗のようにひらひら風になびかせて意気揚々と帰って来たものです。
正に、毎日が変化に富んだ自然学習の夏休みだったといえます。
「あのときの川向こうのヤジの相手は、あんたらでしたか?」と私。「あの頃はおもしろかったですな!」と電気屋さん。大笑いしながら幼少年期をふり返るうち、昨年、太平洋の東と西でヤジの飛ばし合いが盛んだったことを思い出しました。
「地獄の炎で焼き尽くす」とか、「ロケットマン」だとか、常軌を逸した掛け合いに、周辺国ばかりか、世界中が恐怖を煽られました。今思うと「あれは何だったか?」、と首を傾げたくなります。
もとより決して使えない「核」という兵器を互いに振りかざし、力で脅す外交手段は、異常というより他はありません。
誰もが、いかなるときもいのちの尊厳を肝に銘じ、決してそこからぶれることのない生き方を真摯に追究したいものです。(Y)

幼稚園・保育園版

育心

言葉をとどける   龍谷大学講師 善教寺副住職/赤井智顕

赤井先生の『育心』を拝読し、普段何気なく使っている、一つひとつの言葉の大切さについて考えさせられました。
赤井先生は「幼い子ども達は、私たち大人の言葉に耳をそばだて、日々、ダイレクトに聞き取っている」と記されています。
子どもたちの最もポピュラーな遊びの中に「ままごと遊び」があります。
「もう、ダメでしょ、早くやりなさい!」。子ども達の遊ぶ姿を垣間見ていると、そんな言葉が飛び交い、どきっとします。「大丈夫よ、抱っこしましょうね」、とお人形を抱っこするAちゃん。
「お野菜の命を大事に食べようね」と、お人形の口にスプーンでお料理を運ぶMちゃん。こんな言葉が聞こえてくると、心が温かくなります。
私たち保育士は、自らが子どもを取り巻く環境のひとつであると考えます。これを人的環境と呼んでいますが、言葉を獲得していく途上の、発達段階にある子どもたちにとって、日常的に聞き取る私たちの言葉の一つひとつが、いかに大きな影響を与えているかを考えると、とても責任重大です。
少しでも、仏さまのようにまことで清らかな言葉を、子ども達に届けられるよう、自分自身を見つめなおしていきたいと思いました。

子育ちフォーラム

子育ては、泣き笑い   京都工芸繊維大学教授/藤川洋子

藤川先生の子育ちフォーラムを通して、一人ひとりの子どもの個性をしっかりと見つめ、焦らず見護っていくことの大切さを学びました。
園には、記事の中で紹介された個性を持つ子どもや、その他にも様々な個性を持つ子どもがいます。集団への適応のしにくさや育てにくさから、障がい児と呼んでいますが、藤川先生の記事を読んでいますと、それらは、とてつもない素晴らしい個性である、と感じました。もしその個性を、仏さまの智慧の世界を通して、私の方向からではなく、その子の方向からしっかりと見ることができたら、もっといきいきとした成長を見ることができるのではないかと思いました。保育の現場で、お父さん・お母さんと共に、泣いたり笑ったりしながら、成長の姿を温かく見護っていきたいと思います。

私の雑記帖

金子みすゞの心とともに   歌手・作曲家 ラジオパーソナリティ/ちひろ

ちひろさんの『雑記帖』で、改めて金子みすゞさんの作品の深さと素晴らしさを感じました。
みすゞさんの詩は、どれも私たちの心の奥にスーッと入って、語り掛けてくれます。時には爽やかな風のように、暖かなぬくもりに包まれるような、ツンと心が痛いような、ありがたくてじんわり涙がでるような……。
「みすゞさんが教えてくれます。周りの全てのものに眼差しを向け、その世界から学ぶこころに感謝しようと」というちひろさんの記事を読んで、なるほど、金子みすゞの詩の世界になぜ深く魅せられるのかが分かったような気がしました。

実演仏典童話

カラスのイノフ   文・鎌田 惠/絵・野村 玲

今月の『実演童話』は、捨身の心でお妃を救った、カラスのイノフが描かれています。他人のために、自分の命を捨てることは、なかなかできない私であることに気づかされ、それでも、少しでも思いやりの心を持てるように精進したいと思います。

寺院版

声に聞く

土地柄考   龍谷大学元学長 勝福寺前住職/若原道昭

若原道昭先生の『声に聞く』を拝読して、以前私自身が感じていた疑問(こだわりのようなもの)を思い起こしました。
私は浄土真宗の門徒ではあるけれど、これは自分が選択して決定したことではないということが、どうも納得できなかったことがありました。「どんなことでも自分が主体的に考え、選択決定していきたい」。そういう生き方をしていきたいという「囚われ」があったのかもしれません。その時に、ある人から「あなたはそうやって、何もかも自分の思いどおりに決定し、選択して生きていけると思っているのか」と問われ、私は大きな思い違いをしていたのだと、気づかせていただきました。
若原先生は「数百年の間、何世代にもわたってお念仏に生きた人々がおられる、そうした土地柄によって培われてきたのが土徳でしょう」とお示しくださいました。
まさに、そういうご縁にお育ていただいていること、真宗門徒の家に生まれ、ご縁をいただいていることの有り難さを、今一度改めて思わせていただきました。

いのちみつめて

第39回 生きて甲斐ある身とならん ~近藤八栄子さん~
文・森 千鶴/版画・西川史朗

『いのちみつめて』の近藤八栄子さんは、おおらかで温かな雰囲気を持っておられます。長年中学校の教員として、しょうがいを持った子ども達の教育に関わってこられました。
お話を伺う中で、近藤さんのお人柄は、近藤さんがご両親から、お念仏とともに受け継がれたものなのだと思わせていただきました。
近藤さんは、ご両親の介護もされていましたが、その時間はかけがえのない有り難い時間だったと、笑顔で仰っていたことも、印象的でした。

雨の日には雨の日の生き方がある」と、梅雨期をお元気で。
合 掌

平成30年5月16日 ないおん編集室(~編集室だよりから抜粋~)

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