家庭教育誌「ないおん」は、教育・子育ちをテーマに毎月こころのお便りをお届けしています

ないおん12月号(2017年12月1日発行)は

一年の過ぎる早さが夢のようで、早くも師走の足音が近づいてきました。過日もファイルブックを繰っていましたら、「いじめ認知最多323,800件」という新聞(10月27日・読売)の切り抜きが目に留まりました。
文科省の昨年度の調査結果ですが、「けんか」や「ふざけあい」もいじめと捉えた数字であるにせよ、前年度に比べて98,676件も多いということですから、異常というより他はありません。ちなみにそのうち自殺した児童・生徒は29人増の244人。いじめが原因で自殺したとされたケースは10人だったそうです。
また、「SNSでのいじめも急速に増えている。今回の調査で確認されたいじめの中で、パソコンや携帯などで誹謗・中傷された例は、10,783件だった。1911年度は992件で、5年で3倍超になった(後略)」とも記されていました。
その報道から間もなく、神奈川県座間市で最悪の事件が起きてしまいました。9名を殺害した容疑者は27歳とありました。27年前の1990年は、バブルが崩壊した年です。暗い社会の背景が容疑者の育ちに何らかの影響を及ぼしたかはわかりませんが、猟奇的で残忍な事件が、今も暗い闇の中に沈んでいます。
今年は「ないおん」の創刊40周年の年、今一度その原点を訪ねてみようと創刊号を開いてみました。第一面の『育心』は、京都大学で教育学を学ばれ、その後京都府立大学や京都産業大学の教授を歴任された西元宗助先生でした。ちなみに先生は鹿児島県の出身です。幼少年期は神戸で育ち、キリスト教の日曜学校に通い、教会で自己は罪深い人間であることを知らされたとも語っておられます。
一家は先生が旧制高校に入られる前に、故郷の鹿児島に帰られました。祖父母をはじめ地域の篤信の大人たちに育まれ、宗教的情操が培われたようです。その頃、公・私立の大学では仏教青年会活動が盛んで、京都大学に進まれた先生はそこに所属するとともに、暁烏敏、曽我量深、金子大栄といった名僧方にも出遇われました。
さて第一号の『育心』で西元先生は、お父さんとお母さんにお願いがあるとして、先ず「お父さんが、結婚式をあげられたあの日の誓いを思い出し、お母さんの心をしっかりとつかんで、心から奥さんを敬愛なさることです。それからお母さん方に折り入ってお願いしたいことは、ともかくご主人を、お父さんを、しっかりと父親の座に立てていただきたいのです。お願いします。」と記され、「お家にお仏壇があるなら、お子さんと御一緒に、仏さまの前に、一日に一度は手を合わせて、無心にお陰さまでと合掌してください。これもお願いいたします。」と記されていました。
時空を超えて、今は亡き先生の切なる願いを胸熱く聞く思いです。日々乳幼児の虐待や、青少年の恐ろしい事件など、枚挙にいとまがありません。
幼い子を持つ全ての家庭に、先生の切なる願いが届くことを念じるばかりです。

幼稚園・保育園版

育心

出会い、いのちとの   作家/中川眞昭

中川眞昭先生の、こころ温まる『育心』を拝読させていただき、S君(4歳)の姿を思い出しました。
園庭の木の葉っぱが赤く染まり、晩秋を迎えたある日、石を動かしてダンゴ虫を探す子どもたちの中に、手のひらをじっと見つめている子がいました。S君でした。
手のひらに生まれたばかりの、小さな赤ちゃんダンゴ虫がちょろちょろ動いています。その横にもう一匹、大きなダンゴ虫がもじょもじょしていました。
「赤ちゃんのダンゴ虫が元気ないの。大きなダンゴ虫を手に乗せてあげたら、赤ちゃんが元気になった。」
「そう、きっとお父さんが来たから安心したんやね!」と私。
S君は、ダンゴ虫も自分も、同じいのちを生きる仲間、と思っているのでしょう。
中川先生は「地球上の生きとし生けるものは、お互いに支え合っているいのちの織りもの」とお示しくださいました。
その中の一本の糸である私は、仏さまが編まれた多くの、さまざまな色の糸に支えられ、生かされて生きているのだ、と領解させられたことでした。

子育ちフォーラム

子育てのパートナーは子ども   子どもと保育研究所ぷろほ所長/山田眞理子

山田眞理子先生の『子育ちフォーラム』を拝読して、11月号の『私の雑記帖』西元和夫先生の記事を思い出しました。乳幼児期に「目を合わすこと」で、母と子のここちよい親愛関係が脳に築かれていく、というお話です。
私の幼い頃は、スマホやタブレット、DVDもありませんでした。目の前のものはすべて現実の世界でした。年上の子どもの遊びを真似したり、夜は父母や祖父母の寝物語を聞かせてもらい、安心して眠りにつきました。叱られる時も、真正面から目を合わせ、真剣に叱られたので、自分が悪かったことに気付き、自ずから歯止めがかかりました。しかし近頃は、バーチャルの鬼に子どもを叱ってもらったり、泣いている子どもを黙らせるアプリが流行っています。
目の前の子どもの姿をしっかり見る。そして子どもが何を楽しんでいるのか、何に興味を持っているのか、見えてくるものをしっかりと受けとめ、子どもと一緒の方向を向いてともに楽しむ。
山田先生の提言はシンプルですが、とても大切なことだと思いました。スマホやタブレットは、使い方を間違わなければ、便利で優れたアイテムですが、便利すぎて却って子どもたちを不幸にはしたくないものです。

私の雑記帖

「参加型納棺」のこころ   笹原留以子

『私の雑記帖』にご寄稿いただいた笹原留似子さんは、「復元納棺師」として、多くの「納棺」の場に寄り添っておられます。
笹原さんが商標登録を取り、進めてこられた「参加型納棺」。家族が見守るだけでなく、家族の要望を聞きながら一緒に「納棺」を行うというやり方です。そして、もうひとつ笹原さんが大切にしているのが、故人の穏やかな表情を戻すための「復元」です。
そのような「納棺」の儀式を通して、残された人はひとの「死」と向き合い、「死」を受け容れることの悲しみや「生きること」の意味を知る。そして、それが生きていく力になっていくのでしょう。
笹原さんが日夜向きあっておられるお仕事の尊さに、あらためて敬意の念を表します。

実演仏典童話

⑳ 欲張りな父親と七人の娘   文・鎌田 惠/絵・野村 玲

今月の『実演仏典童話』から、ほんとうの美しさは綺麗に着飾ったり、豪華なものを身に着けたりすることではなく、仏さまの教えに照らされた生き方を実践していくことだと思いました。

寺院版

声に聞く

み仏の教えにしたがい…   報恩寺住職/九條孝義

九條孝義先生には「浄土真宗の生活信条」について、シリーズでお聞かせいただいています。
今回は第三項目「み仏の教えにしたがい 正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろめます」のお味わいです。
九條先生は、お母さまのご往生をご縁に、お浄土を深く味わわれ「お母さん、私も一生懸命に生きていきます。お浄土で待っていてくださいね」とお浄土のお母さまに語りかけられます。
そんな先生のお姿こそ、まさに浄土真宗の生活信条を実践されているお姿なのだと、心あたたまるぬくもりとともに、いただかせていただきました。

いのちみつめて

第33回 いつもお念仏のある日暮らしを ~藤谷那生子さん~
文・森 千鶴/版画・西川史朗

藤谷那生子さんが、長年勤められた滋賀教区教務所を退職されたのだと聞いて、ぜひお話を伺いたいと思いました。お話を伺う時間は、藤谷さんのあたたかで思いやりのあるお人柄にふれさせていただき、私の心の中もあたたかなもので満たされるようでした。
これからもお聴聞を大切にし続けたいと、自らをふり返られながら「お念仏のある日暮らしを」と真摯に願われる藤谷さん。そんな藤谷さんに出遇わせていただけたことは、私にとっても大きなよろこびでした。

11月号『私の雑記帖』に、ご寄稿いただいた西元和夫様が、10月末にお浄土に還られました。
ブログ「遊びの学校・びさい幼稚園」に西元さんは書かれています。「重要なのは、触覚だ。視覚、聴覚に局限されながら野放図に広がるネット社会で抜け落ちるのが、これである」。遊びの中で生まれる触覚的言語の大切さ。私自身の言葉や内面世界を見直す、そんなご縁をいただきました。合 掌

平成29年11月15日 ないおん編集室(~編集室だよりから抜粋~)

目 次
物品のご案内

facebook
更新しています

開設日:2008/12/27