Jちゃんが川崎病で入院していた間、姉のUちゃんとTちゃんはお父さんと留守番をしました。お母さんは熱が下がらないJちゃんのことも心配でしたが、小学校に入ったばかりのTちゃんのことも、低血糖になりやすいUちゃんのことも、胸が張り裂けるほど心配しました。コロナのこともあって、熊本の実家の両親には頼れませんでした。三人の子どもたちはみな、それぞれに相手を思いやる気持ちの深い、活発で心優しい女の子です。ただ、三人とも異なるガラス細工のような繊細さがあって、お母さんはいつも気がかりでした。ナイーブさと我慢強さが入り混じり、我慢しすぎて破裂すると身体にも支障が出てしまうのです。似ているようでも全く違う、それぞれに複雑な三人の個性を、ほんとうに理解しているのはお母さんだけだということを、お母さん自身がよく身に染みているのです。
UちゃんとTちゃんが園児だったころ、二人ともそれぞれに登園できなくなった時期がありました。玄関の前までは来ることができても、どうしても教室に入ることができません。無理に入れようとすると、体が反りかえるほど拒絶して涙が出ます。原因はこれといった決定的なことではなく、原因になるとも思えないような小さなことの積み重ねでした。男の子の行動がちょっと怖く見えたとか、お友だちに何度も「だいじょうぶ?」と聞かれたとか。周りの子どもたちにしてみればごく普通の言動が、彼女たちにとってはときに大きなプレッシャーになることがある。その三人三様のさじ加減は、担任にもお友だちにもなかなか理解の難しいことで、それをそのままに受け止め、理解し、解決策をさがし、粘り強く担任に説明してくださるお母さんの存在がなければ、彼女らの園生活はもっと難しいものになっていたことでしょう。
その母なしにほぼ一ヵ月を過ごしたという二人のことが、わたしたちも気になっていました。お父さんも優しいあたたかい方ですが、繊細な女子のこころに寄り添うのは簡単なことではなかったはずです。
「入院一週間を超えた頃が一番きつくて、わたし、おかしくなっとったかもしれん」。退院して初めての登園日、お母さんは少しやつれた姿でそう言いました。「子どものことか、自分のことか、何に悩みよるのかわからんけど、涙ばっかり出よったんです」。
わたしたちはJちゃんの快癒をよろこび、お母さんの肩を擦りました。一ヵ月以上に及んだ入院の苦労をねぎらい、少し休むように伝えると、彼女は凛とした声でこう言いました。「でもね、先生。お姉ちゃんたちが、ほんとうに偉かったんです。強くなった。わたし、自分が守って強くしてやらんといけんって、そう思いよったんです。でもそうやなかった。あの子たち、強かったんよ」。
疲れの色濃いお母さんの横顔が輝いていました。子どもを生んで始まったお母さんとしての道程で、一人の強い女性が自分自身に向き合っておられるのだと思いました。UちゃんとTちゃんを鍛え、母をさらに深く母にすることになった多くのご縁のなかに、阿弥陀さまの願いが貫かれていたことを、いつかゆっくりお母さんにお伝えすることができるといいなと思います。
(武田修子)
いつでも、どこでもの眼差しに育つ 本福寺こども園 園長/三上明祥
今月の『育心』は、三上明祥先生がご執筆くださいました。
お話の中に出てきたエピソード(2歳児の女の子のおえかきのエピソード)は、どの園でも似たようなことがあるのではないでしょうか? 私の園でも見かけたことがあります。
せっかく上手に描いた絵を塗りつぶしてしまうなんて、その場面(子どもの「今」)だけを切り取って見ると、保育者は「あぁー何てことしてしまったの!」と焦ってしまうでしょう。
あるいは、「心に何かを抱えているのかもしれない」と、勝手に保育技術というフィルターで、子どもの「今」を見てしまうかもしれません。
しかし、「焦らなくても大丈夫。『今』に至るこの子の過程をしっかりと見てみなさい」という仏さまのよび声に保育者自身が出遇っていれば、安心してその子のありのまま全てを受け入れ、あたたかな眼差しを降り注ぐことができるのだと感じました。
子どもたちが紡ぎ出す一瞬一瞬の成長の姿を、大切に見守っていきたいと思います。
子どもの「噛みつき」をどう理解するか 名古屋大学名誉教授/八田武志
2ページ目は、八田武志先生の『教育相談』です。今回は、子どもの「噛みつき行動」について、分かり易く解説していただきました。
どの園でも、特に低年齢児(0歳児〜2歳児)の「噛みつき行動」について悩まされるところです。
子どもどうしの噛みつき合いが起こらないよう、玩具を多く準備したり、保育室に死角が無いよう環境を工夫したり、噛みつき行動が多い子は一対一で見守ったりと、出来るだけの手立てを講じますが、やはり完全に防ぐことはできません。
しかしまず、どうして噛みつき行動が起こるのか、発達の過程をしっかりと理解し、それに応じた工夫や関わりが必要だということを学ばせていただきました。
噛みつき行動に対して、叱って制止してしまうのではなく、発達の状況に即した、「?んでもよい玩具」を与えたり、自分の思いをうまく言葉で表現できないイライラを推察して代弁したり、甘えたい気持ちをゆったりと受け止めたりすることを心がけ、子どもたちの心の成長を支えていきたいと思います。
自分の心、相手の心 相愛大学教授/佐々木隆晃
『私の雑記帖』は、相愛大学教授の佐々木隆晃先生のお話です。
園の仏参での「おやくそく」のひとつに、「わたくしたちは、みんな仲良くいたします」がありますが、日常的によく子どもたちの喧嘩の場面に出くわします。そしてお互いの価値観の違いにギクシャクするのは、大人の世界でも同じです。
仲良くしたくても、なかなかそうはできずにいる私の、苦悩ごと包んでくださる仏さまのお慈悲の心を感じ、「自分の心」「相手の心」に思いをめぐらせることの大切さを学ばせていただきました。
胸の赤いツバメ 文・絵/三浦明利
今月の『お話の時間』は、赤いバンダナが上手く結べず、しょんぼりのほし君。さて、つきみちゃんはどのように励ますのでしょう。
雨上がりの虹が、待ち遠しい季節です。
(鎌田 惠)
令和6年5月15日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)