浄土真宗のご本尊は阿弥陀さまという仏さまです。「本尊」は「根本主尊」の意で、この私の人生を根底から支えてくださる、尊いお方と受け止めることができます。
阿弥陀さまは、「南無(まかせよ)阿弥陀仏(われに)」と聞かせていただき、この口に称えさせていただく仏さまです。自分の力では決して解決することのできない、不安や苦悩を抱えて生きている私に向かって、「あなたのいのちはこの阿弥陀が引き受けた。絶対に空しい人生にはさせない。たとえあなたの人生がどのような生き様や死に様の中にあったとしても、あなたのいのちを離すことはない、落とすことはないから、どうか安心してこの阿弥陀と一緒に浄土への人生を生きぬいておくれ」と、私の人生を根底から支え、ご一緒くださっている仏さまなのです。
老・病・死の人生、苦悩の尽きない私の人生そのものが、実は阿弥陀さまと出遇い、育てられていく聞法の道場であると気づいた時、さまざまな苦楽・順逆の出来事の一つひとつが、新たな意味をもって立ち上がってきます。たとえそれが思い出したくもない、忘れ去りたいような出来事であったとしても、そこに私を育ててくださる尊い意味を見出すことができた時、これまでとは全く違う意味を、その出来事のなかに味わえるようになっていくのではないでしょうか。
何より私たちが心をそらし、避けようとしている死の事実に向かって、「死ぬのではない、浄土へ生まれてくるのだ」と、さとりの領域から力強く告げてくださる「南無阿弥陀仏」の仰せを聞かせていただく時、死の不安に怯える私のいのちのそのままに、受け止めてくださる確かな世界のあることに気づかされます。
親鸞聖人は『教行証文類』のなかに、
ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、遇ひがたくしていま遇ふことを得たり、聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。
とおっしゃいました。それは遇い難い真実の教えにいま遇い得ていることを、聞き難い確かな教えをいますでに聞き得ていることを、よろこばれたお言葉でした。インド・中国・日本へと、脈々と伝承されてきた祖師方の教説によって、今ここに「南無阿弥陀仏」の仏さまと出遇えた不思議を味わっていかれたのです。
変化してやまない無常の境界に生きる私、確かなものなど何一つ持ち合わせていない私たちだからこそ、確かな仰せが届けられています。いまここに届けられている「南無阿弥陀仏」の仰せを、あらためてわが身に聞かせていただきたいと思います。
(赤井智顕)
ご機嫌さんの輪をつなぐ 藍野大学学長/佐々木恵雲
今月の『育心』は、佐々木恵雲先生のご執筆です。
少し前のことですが、M先生がYちゃん(2歳児)の様子を話してくれました。
「Yちゃん、最近よく泣くんです。眉毛をはの字にして表情も固いです。お友達と遊ぼうともせず、保育者の傍を離れようとしません。とても心配です」
その数日後、お迎えに来られたお母さんが、玄関でYちゃんが部屋から出てくるのを、じーっと下を向いて、暗い表情で待っておられるのが見えました。私は思い切ってお母さんに声をかけました。
「お母さん、何かご心配なことがありますか?」
すると、お母さんの目に涙がみるみる溢れ出しました。そして、涙をぬぐいながらお話しくださいました。
「育休から復帰して、突然部署が変わり、思うように仕事が出来ません。家に帰っても疲れて家事が思うようにはかどらず、子どもにも夫にも迷惑をかけてしまいます。自分のことが嫌いになりそうです」
「そうですか、それはしんどかったですね。よくお話しくださいました」と声をかけ、しばらく話をじっくり聞かせていただきました。
不安やしんどさをいっぱい心に溜めたお母さんのことが、Yちゃんは心配だったのかもしれません。
お母さんやお父さん、子ども達の「ご機嫌さんの輪」の手助けができれば、とても嬉しく思います。
これは朝日? それとも夕日? 美術館アートナビゲーター 元小学校長/牧井正人
2ページ目は、マッキー(牧井正人)先生の『アートで子育て』です。
マッキー先生の、「同じ絵を見ていても、このように見る人によって感じ方が違います」というお話はとても大切なことだと感じました。
以前私の園に、絵画鑑賞の出前教室に、先生をお招きしたことがありました。
マッキー先生の問いに、子どもたちが目を輝かせながら、自分が感じたことを、イキイキと発言している姿を目の当たりにして、とても驚かされました。
それは、「どんな答えも感じ方も、まるごと全て受け止め共感してもらえる」という安心感を得た子どもたちの姿でした。
園では友達や先生と、家庭では親子で、名画を観ながら対話を楽しみたいですね。
人形劇とこどもたち 人形劇団クラルテ/東口次登
『私の雑記帖』は、人形劇団クラルテ代表東口次登さんのお話です。
上演される人形劇の内容は、その時代の大人や社会の影響を大きく受けているということですが、どの時代の子どもからも、大人みたいな忖度なしの、面白い反応が返ってくるということに、子どもの感性の素晴らしさを感じました。
人形(モノ)に命を吹き込むことから始まるという人形劇、子ども達の「感じる心」の育ちのために、益々のご活躍をお願いします。
貴重な原稿をありがとうございました。
お寺でお泊り 文・絵/三浦明利
今月の『お話の時間』は、子ども達だけで、ドキドキのお寺にお泊りですが、み仏さまがおられるので安心ですね。
猛暑の夏、プールから水しぶきがはじけます!
(鎌田 惠)
令和6年7月10日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)