5月21日は浄土真宗の宗祖・親鸞聖人がお生まれになった日と伝わっています。聖人のご誕生を祝う「降誕会」の法要が、各地で営まれています。ところで私たちは普段、どなたかの誕生を祝う場合、「誕生会」という言葉を使用してお祝いするのが一般的です。しかし、親鸞聖人のご誕生をお祝いする時、「誕生会」とは言わずに「降誕会」と表現されてきました。この「降誕会」と表現されるところに、大切な意味があることを教えていただきます。
降誕会の「降」という漢字は、「降りてくる」と読みますが、ここに親鸞聖人その方のお徳が讃えられ、先人方の敬いの気持ちが込められています。仏教の開祖である釈尊も、同じ「降誕」という言葉でご誕生を讃えられますが、釈尊や親鸞聖人は迷いの世界に生きる私たちを導く尊いお方として、仏さまの真実の世界からこの境界に降りてきてくださり、私たちに仏法を伝えてくださった偉大なお方であることを教えてくださっているのです。
先人は親鸞聖人の降誕をよろこばれて、次のような詩を遺されています。
世の中の 人を仏に成さんとて 仏は人と生まれきにけり
「世の中の人」とは言うまでもなくこの私のことです。迷いの世界に生きる私を仏法へと導き、仏のさとりを開かさんが為に、聖人は仏さまのさとりの領域から人として生まれてくださった、と詠われたのがこの詩の心でした。
親鸞聖人は鎌倉時代を生き抜かれた方です。今から850年ほど前に生まれられ、750年以上前にご往生された方です。ですので「私と関係のない、過去の方」と受け止めることも出来るかもしれません。しかし、親鸞聖人は私にとって関係のない、過去の方ではないと思うのです。それは今日の私の姿と親鸞聖人のご誕生は、切っても切り離すことのできない関係にあるからです。
親鸞聖人が、もしこの境界にご誕生にならなければ、私は浄土真宗の教えを聞くことも、お念仏を申すことも、合掌することもありえませんでした。今日の私の姿そのものがなかったのです。聖人がこの世にお出ましくださったおかげで、「南無(まかせよ)阿弥陀仏(われに)」の仰せこそ、私たちが聞かせていただく真実(まこと)であることを知らせていただくことができたのです。
今年もまた親鸞聖人のご誕生をお祝い申し上げながら、この度の法要を縁として、聖人がご生涯をかけてお伝えくださった「南無阿弥陀仏」のお心を、改めてわが身に聞かせていただきたいと思います。
(赤井智顕)
「自信」 児童養護施設 光明童園 施設長/堀 浄信
今月の『育心』は堀浄信先生がご執筆くださいました。お話の内容とは少し意味合いが違うかもしれませんが、あるエピソードを思い出しました。
3歳児クラスの担任を任された新任のY先生は、どんな子が入園してくるのか、ウキウキと不安の入り混じる、複雑な気持ちで新学期を迎えました。
新入園の子どもたちは、やはり泣いたり、不安な様子の子が多いので、温かい言葉がけや、時には抱っこしたりして寄り添います。するとそのうち、少しずつ笑顔が見られるようになりました。
ところが、入園から一滴の涙も流さず、あまり目立たなかったR君は、お友達を叩いたり、大切な絵本を破いたり、困った姿が見られるようになりました。
Y先生は、たまりかねてR君に言いました。
「そんなことをしたら駄目でしょう」
するとR君は目をひんむいて言いました。
「先生嫌い、あっち行け!!」
R君の言葉にショックを受けたY先生は、何も返すことができず固まってしまいました。
主任の先生がY先生に言葉をかけました。
「ショックだったよね。でもね、どんなことがあっても、まずは、先生はR君が大好きだよって伝え続けてあげてね」
R君が、安心して自分をさらけ出し、Y先生に甘えられる日は、そんなに遠くないかもしれません。
問題を解決できる存在として
社会福祉法人檸檬会理事長 大阪総合保育大学非常勤講師/青木一永
2ページ目は、青木一永先生の『SDGsと保育』です。
未来を担っていく子どもたちのために、地球規模の課題を、自分ごと化して行動する姿勢や態度を育てることが大切だということですが、まず、クラス内にあるうまくいかない事柄を、自分ごととして解決しようとする姿勢が育つ保育ですね。
そう考えると、クラスの中には、うまくいかない事が日常的に散在しています。共有物がよくなくなる。グループで意見がまとまらず喧嘩になる。トイレのスリッパが散らかって先生によく注意される。など……。
それらを保育者がこうしなさいと指示してしまうのは、子どもたちの問題解決の育ちの機会を奪ってしまっているということなのですね。今一度、保育を見直したいと思います。
うそをつくことについて 岐阜聖徳学園大学教育学部教授/西川正晃
『私の雑記帖』は、岐阜聖徳学園大学の西川正晃先生のお話です。
「うそをつくこと」自体は、良くない事として捉えていますが、先生のお話のように、仏さまの世界に重ねて見てみると、その「うそ」に込められた願いを感じることができました。
日々の子どもたちとの関わりの中でも、「うそ」を真っ向から全否定してしまうのではなく、まずは、その思いを十分に聴いていくことが大切なのだと学ばせていただきました。
貴重な原稿をありがとうございました。
お誕生日のプレゼント 文・絵/三浦明利
今月の『お話の時間』は、ほし君のお誕生会。生まれて初めて受け取った素敵なプレゼントとは? のお話です。
青空の下、清々しい風を感じて遊びます。
(鎌田 惠)
令和6年4月15日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)