松 燈 だ よ り
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NO.327 2026年 3月号
長恨歌(ちょうこんか)
先月の松燈だよりに白居易(白楽天)が登場しました。『新唐詩選続編』(岩波新書)によりますと、
貧乏な地方官の子に生まれながら、29才難関の国家試験に合格し、その才気をもって山谷ありながらも
出世し、35才で唐の都長安があった京兆府の盩厔(ちゅうちつ)県尉(警察の長官)に任命され、その
時有名な『長恨歌』が生まれました。最後は法務大臣の肩書きをもらって71才で洛陽に隠居し、74才
で詩文集『白氏文集』75巻を完成させて、846年75歳で生涯を閉じました。
白居易は日本に最も親しまれた詩人と言われています。

私生活においては平凡な幸福を求め、詩においては極力平易な言葉を愛しました。
そのため、日本に伝えられた詩は、平安期の紫式部、清少納言、それより後の芭蕉や蕪村によっても愛読
されました。清少納言の枕草子には「ふみは文集」とあります。
ここでは『長恨歌』という叙事詩について『新唐詩選続編』を参考にお話しします。これは唐の皇帝の玄宗と
楊貴妃(ようきひ)の物語です。
貴妃とは皇后の次の地位にあたります。

玄宗は第九代の皇帝で712年から756年まで44年間、唐の国を統治しました。
その治世の前半は数々の重要な政策を行い、「開元の治」と呼ばれて唐の国勢を上昇させましたが、後半は楊貴妃
を溺愛し、そのため政務がおろそかになりました。
また無能な楊家の楊国忠を重用したため国力が低下し、楊一族の栄華とは裏腹に民は困窮したのです。
玄宗の忠臣であった安禄山は、楊国忠と対立関係にあり、革命の有志達を抑えきれず、史思明とともに反旗を翻し
775年ついに兵を挙げました。「安史の乱」です。反乱軍は東の都洛陽を占拠し首都長安をうかがうまでになり、
71才の玄宗は楊貴妃やその姉妹、そして楊国忠ら側近を連れて首都を脱出し、兵士に守られながら西南の四川省
成都に向かいました。50キロほど進んだ馬嵬駅(ばかいえき)に着いたとき、事件が起こりました。
兵士達が申し合わせて急に反抗の行動にでたのです。楊国忠の責任を追及し、彼を惨殺して首を駅の門にぶら下げ、
姉妹も血まつりにあげました。そして若い侍従が進み出て、「国家のため貴妃のお命を」と陛下の決断を迫りました。
漢詩の内容を『新唐詩選続編』では次のようにあります。
皇帝は力なく、建物のなかへはいり、しばらくすると、貴妃と一緒にでて来て、貴妃を北がわの街道ぞいのくぐり
門まで見送り、あとは側近の高力士(こうりきし)につきそわせた。ほど遠からぬ名も知らぬ仏堂、その前の梨の木
にかけられた練りぎぬが、楊貴妃の命をうばった。よわい三十八。玄宗とともにいること、十六年であった。
失意の玄宗はそれから成都に移り住み、自らは上皇になって譲位し、1年と2カ月が過ぎます。しかし、朝な夕なに
思い起こすのは貴妃との生活でした。
新帝が長安を制圧したので、玄宗も元の都に戻るべく出発しました。都に近づくと、あの事件があった馬嵬駅を通
ります。
此に到り 躊躇して 去る能(あた)わず
馬嵬の坂の下なる泥土の中
玉の顔を見ず 空しく死せる處(ところ)あり
そして、ようやく都の宮殿に着いて周りを見回したところ、池や庭もすべては昔のまま。しかしながめるにつけ、
思い出すのは今はいない彼の人のことばかり。
玄宗は憔悴のあまり眠れぬ夜が続きます。
そこに修験者が現れます。
愛人を深く思慕する玄宗上皇の心に修験者は感じ入り、楊貴妃の魂の行方を捜すことにしました。
彼の弟子達が方々を隈なく捜します。ついに海の上の仙人の住む山に美しい宮殿を見つけました。仙女もたくさん住ん
でいます。その中にあだ名を太眞という雪の肌で花の容貌の仙女を捜しあて、そのお方に玄宗皇帝の使いだと告げたところ、
恋しい人の使者が尋ねてきたというので、その仙女すなわち楊貴妃は心の動揺を抑えきれず慌てて出てきました。
玉容 寂寞 涙 闌干(しとど) 美しい姿は寂しそうで 涙を闌干(しとど)流されている
梨花一枝 春 雨を帯ぶ ひと枝の梨の花が春の雨に濡れているかのように
貴妃は修験者に「陛下はお元気ですか」と声をかけられました。
そして最後に、「七月七日の七夕の日、長生殿で私たち二人だけで誓ったことをお伝え下さい」と言って貴妃は次の言葉を
修験者に託しました。
天に在りては願わくは作(な)らん比翼の鳥
地に在りては願わくは為(な)らん連理の枝
比翼:翼を重ねた 連理:(枝を)からませた
『長恨歌』は一行が七つの漢字で書かれた漢詩で、104行もあります。ここではほんの一部を紹介したに過ぎません。
内容は傾国にいたるほどの二人の愛欲です。前半は色を求める政治家への忠告、後半は二人の愛情の深さと美しさを
表現しています。この詩が作られた後、すぐ人々に広く愛誦されました。平易な言葉だけでなく、後半部分の表現からくる
情愛が人の心をとらえたからです。
愛欲は煩悩の一つです。気をつけなければなりません。しかし、短歌や詩など恋の歌は心うつものがあります。
NO.326 2026年 2月号
七仏通戒偈
Mさんのお宅にお参りしたとき、次の『ならぬもの十訓』が掲げられていました。
ならぬもの十訓 作者不詳
一、忘れてはならぬもの 「感謝」
一、言ってはならぬもの 「愚痴」
一、曲げてはならぬもの 「つむじ」
一、起こしてはならぬもの 「短気」
一、叩いてはならぬもの 「人の顔」
一、失ってはならぬもの 「信用」
一、笑ってはならぬもの 「人の落ち度」
一、持ってはならぬもの 「ねたみ」
一、捨ててはならぬもの 「義理人情」
一、乗ってはならぬもの 「口車」
十のうちいくつに○を付けられるでしょうか。頭では分かってはいるけれど、生活の中では
ついつい私欲や感情がでてしまいます。
毎日鏡で自分の姿を見るように、毎日一度この十訓を見て自分の心を映してみるのはいいかもしれません。
いつもの勤行に「七仏通戒偈」という偈文があります。
(2010年松燈だより10月号より)
諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教
諸々の悪しきをなさず 諸々の善きを行う
自らこころを浄くす これ諸仏の教えなり
「悪いことはしてはならない 善いことをしましょう」というのは、言われなくても当たり前のこと、わざわざ
声を出して唱えるようなことではないかもしれません。これには次のようなお話があります。
唐代の詩人で国の高官でもあった白楽天(はくらくてん 白居易)は赴任先の有名な道林禅師に会いたいと思い、
そのもとを訪ねました。大きな松の木の下を通りかかると、その木の上で禅師が座禅をしているではありませんか。
「危ないですよ気をつけて下さい」と声をかけました。すると、「危ないのは君のほうです。心の中に煩悩の火が
燃えさかっていますよ。」と反対に禅師に注意されたのです。
思いもよらない返事に対し、自負のある白楽天は「釈尊の教えとはいったい何でしょうか」と問いをぶつけました。
それに対し禅師は「諸々の悪しきをなさず 諸々の善きを行い 自らこころを浄くすること」と答えたのです。。
白楽天は「そんなこと三歳の赤子でも知っていますよ」と嘲笑まじりにつぶやくと、「それが八十歳の老人と
なってもなかなか実践することが難しいのじゃ」と禅師は返したのです。白楽天ははっと自分の思慮の浅さに気づいて
思わず足を止めました。そして禅師に向かって礼拝し、その場を立ち去ったといいます。
私たちの住むこの娑婆世界、自分を利するため、また、身分や立場を守るため、時として人は煩悩に負け、過ちを
犯してしまいます。
毎朝、壁に掲げた『ならぬもの十訓』を目にしたり、「七仏通戒偈」を唱えたりして「心を浄くすること」、
すべてに○は難しいかもしれませんが、それを目標に一日いち日過ごしていきたいと思います
NO.325 2026年 1月号
三つの宝 三宝といって、仏教徒が心の拠り所にしなければならない大事な三つの宝です。
三つをまとめて「仏・法・僧」(ぶっぽうそう)といいます。「仏」はお釈迦様、「法」はお釈迦様が説かれ
た教え、「僧」は戒を授かった仏教徒の集団で和合衆ともいわれています。
そして毎日唱えるお経に「三帰依文」があります。
① 我弟子尽未来際 がでしじんみらいさい
② 帰依仏 帰依法 帰依僧 きえぶつ きえほう きえそう
③ 帰依仏両足尊 きえぶつりょうそくそん
④ 帰依法離欲尊 きえほうりよくそん
⑤ 帰依僧衆中尊 きえそうしゅじゅうそん
⑥ 帰依仏竟 きえぶっきょう
⑦ 帰依法竟 きえほうきょう
⑧ 帰依僧竟 きえそうきょう
① 仏弟子である私は未来永劫にいたるまで
② お釈迦様と、仏教の教え、そして私たち和合衆を拠り所として信じ敬います。
③ 慈悲と智慧の両足をもつお釈迦様の尊さに帰依します。
④ 欲を離れた教えの尊さに帰依します。
⑤ 仏教徒の仲間としての尊さに帰依します。
⑥⑦⑧ 「仏」と「法」と「僧」を拠り所として信じきることを誓います。
三帰依文は、お釈迦様・その教え・仏教徒仲間を信じ敬うことを誓う偈文になります。
一般の人間関係においても、信じ合うこと、尊重し合うことは大切なことです。仲間が増え、
お互いの和が広がることにつながります。
「貧すれば鈍する」という諺がありますが、貧乏になれば心も貧しくなり物事の判断も誤ってしまうということです。
バブル崩壊後の90年代、社会は不景気になり人は損得で物事を考えることが多くなりました。一部には、残念なこと
に、他者への思いやりが薄れ自己ファーストの考え方が広がっています。
詐欺のような電話やメールが増え、人を信じることが難しくなっていますが、互いに信じ敬えあえる仲間や和を広げる
ことが大切ではないでしょうか。