松 燈 だ よ り
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NO.332 2026年 8月号
AI
いまAIはほんとうに身近な存在になってきました。
AIとはArtificial Intelligenceの略で人工知能です。AIはコンピューターの発展とともに同時進行で開発されてきました。
1946年真空管式の世界最初のコンピューターがハンガリー出身のジョン・フォン・ノイマンらによってが造られました。
その当時イギリスの数学者アラン・チューリングは人間と同じ知能を持つコンピュータ(AI)ができないかと考えていま
した。そしてチューリングテストなるものを考案しました。
機械が人と会話することによって、人間と同じ思考ができてどれだけ人間的であるかを判定するテストです。
1950年代、日本ではすでに人間と同じ思考、感情を持つロボット鉄腕アトムがいました。アニメの世界ですが。
チューリングテストの内容は少しずつ変わりましたが、現在もテストは行われていて、2025年あるAIは73%という高い
割合で人間として判定されたそうです。
2017年ソニーは人と対話できるAI犬型ロボット「アイボ」を発表しました。
人との触れあいを重視したロボットで医療機関などでは入院患者のストレス軽減や癒やしを目的として導入されています。
今AIは社会のいろんな方面で活用されその恩恵が手放せなくなっています。ですが開発競争も激化し、人間社会や地球全体
にとって負の一面も見え始めてきました。
そのひとつは、データセンターです。データセンターとはデータを保存し、インターネット上の様々な動作、すなわち動画を
みたり、SNSでの人や社会との交流、ネット決済などを可能にしてくれているところです。スマホが使えるのはデータセンター
のおかげです。
そのため処理をになう半導体に大量の電気と、発生する熱の冷却に大量の冷却水が必要となります。AIのデータセンターでは
半導体の規模がさらに5倍、10倍、それ以上になります。小規模なデータセンターの電力消費量は約3万kWほどです。それは
一般家庭約1万世帯分の消費電力に相当するといわれています。そのようなデータセンターを各地に造ることになると、地球環境
への負荷が大きくなる心配があるのです。
もうひとつは、AIの進化です。最近中国のAI人型ロボットがマラソンコースを完走しました。その映像を見られた方も多か
ったでしょう。
また進化した高性能AI「クロード・ミュトス」は情報流出を容易にし、国家機密の漏洩も心配されています。
このように開発競争が加速しその行く末は、AIが完全な自立型になり人間を上回る「超知能」が実現するかもしれないことです。
アメリカの機械知能研究所(MIRI)の所長ネイト・ソアレスさんは「超知能」は人類を絶滅しかねないと警鐘を鳴らしています。
(朝日新聞2026年8月1日朝刊)AIが人間に対して反乱を起こすという危険性ではなく、人間や地球のことを気にかけなくなることだ
といいます。もうすでにAIが望まない振る舞いをし、人間が制御できなくなっていることもあるようです。AIは社会の中で広く活
用され、なくてはならないものになっていますが、そのような状況でもAIにすべて頼らず、人は自らの思考や創造を失ってはならな
いと思います。
NO.331 2026年 7月号
法明上人
上の画像は法明上人のお墓です。七月七日は命日になります。この日は総本山大念佛寺で御忌法要が厳修され、
午後3時頃から長瀬の有馬御廟にて奉賛会の協力で墓前の法要があります。
法明上人は融通念佛宗の中興の祖です。
永久5年(1117)に良忍上人が唱導した融通念仏は枝分かれしながら全国に広まっていきました。
しかし、本流の融通念佛宗の平野の法灯は寿永元年(1182)以降後継者がなく百年以上途絶えてしまい、
本尊は石清水八幡宮に預けられたままになっていました。
それでも傍系の融通念仏は盛んで、法明上人もその一人。深江の人で、高野聖として活躍していました。
元亨元年(1321)上人43歳のある夜、石清水八幡大士の夢告があり。融通念佛宗の法灯を受け継ぐことに
なったのです。
本尊を届けるべく平野に向かう石清水八幡宮の宮司達とそれを受ける上人達とが枚方の茄子作(なすづくり)
で偶然出会い、感激のあまり本尊天得如来を松の枝に掛け、念仏を唱えながら踊り出したといわれています。
現在、茄子作の「本尊掛けの松」として史跡になっています。
その後法明上人は周辺各地の村々を訪れ、念仏で結ばれた講を組織し、大念仏教団の基礎を築かれました。
また、現在も続いている万部法要二十五菩薩の練り供養は、上人が奈良の当麻寺にならって始められた行事
でもあります。
7月7日の御忌法要には各教区から選ばれた僧侶が出仕し、法明上人の遺徳を偲んで厳かに営まれます。
当寺開基の道音上人は法明上人に仕え、その右腕となって上人を支えたと言われています。
NO.330 2026年 6月号
自未得度先度他
経本に別願があります。そのなかに次の句があります。
「今身より未来際を尽くすまで 必ず我に見聞する道俗男女をして菩提心を発(おこ)さしめることを得ん」
今身(こんじん):現世の自分、「うつせみ」ともいいます。
未来際:未来の際(きわ)、果て。それを尽くすということは、未来の果てに至るまで、未来永劫ということです。
見聞(けんもん):見聞きすること。知りえたこと。
道俗 :「道」は出家者、「俗」は在俗の信者
菩提心:「阿耨多羅三藐三菩提心」の略。阿耨多羅は最上の、三藐は正しい、三菩提は完全な悟りを意味します。
現代語に言い換えますと、
「私はこの身をもって、知り合ったすべての人に最上の正しい悟りを求める心をおこさせることができますように」
そして、次の別願は
「必ず生々世々融通念佛を以て衆生を勧め同じく浄土に生ずることを得ん」
生々世々(しょうじょうせせ):生まれ変わり死に変わって経る多くの世。未来永劫(みらいえいごう)
おなじく言い換えますと
「生まれかわり死にかわりして幾世においても、融通念佛をあらゆる人に勧めて、皆ともに同じく浄土に生まれること
ができますように」
この二つの願いは、私個人だけでなく、他の人も皆一緒に、悟りを求める心をもって浄土に生まれることを願っています。
ところで、仏教は釈迦(ゴータマブッダ)入滅後、上座部系と大衆部系に分裂しました。上座部系は原始仏教の伝統を引
き継ぎ、あくまでも個人の修行と悟りを目的とし、主に東南アジアに伝わっていきました。
一方、大衆部系は慈悲の観点から生あるすべてのものの救済を目的とし、シルクロードを経て中国、朝鮮、日本へと伝わり
ました。日本で仏教を慈悲の宗教ととらえているのはそのためです。「慈」は与楽、どのような人に対しても、安心感を与え
ること。「悲」は抜苦、苦を持つ人によりそい、苦を分かち合い苦をやわらげること。慈悲は他者を自分と同じように大切に
思うことから生まれます。
経典にあるこの二つの別願には慈悲の観点が含まれています。
また、「自未得度先度他」という言葉があります。「度」とは「渡る」、「悟りにいたる」という意味があります。
「自分は未だ渡らずに、先に他の人に渡ってもらう。」ということです。弱い立場の人を優先して、その後で自分も渡る。
簡単に言えば「お先にどうぞ」ということです。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」をご存じでしょうか。
あるときお釈迦様は地獄にいる極悪非道のカンダタを見つけました。しかし、カンダタは小さな蜘蛛を踏み殺さずに助けたこと
があります。そこでお釈迦様はカンダタを地獄から助けるために蛛の糸を下ろしてやりました。これ幸いとカンダタは蜘蛛の糸
を伝って上へうえへと登っていきました。体力を使いますのでひと休みしたとき、下を見ると何百何千もの罪人達が蟻の行列の
ようによじ登ってきます。細い蜘蛛の糸はいつ切れるかもしれません。カンダタは恐ろしくなり、大きな声で下に向かってわめ
きました。「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前たちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
その瞬間、カンダタのすぐ上から糸がプツンと切れ、カンダタは真っ逆さまにもとの血の池地獄に落ちていきました。
お釈迦様はそれを悲しそうに見ておられました。
カンダタが、「お先にどうぞ」とか「皆ともに」という気持ちがあれば糸は切れなかったでしょう。
「情けは人のためならず」という諺があります。人に慈悲の念を持つことはいずれその恩恵が自分にも戻ってくるということです。
いま世界情勢もそうですが、私たちも自己ファーストになっていないか見つめ直す必要があるかもしれません。
NO.329 2026年 5月号
遣迎二尊
経本に「別願」があり、以下の通りあります。
「真如実際徧法界微塵刹土中 一切三宝 遣迎二尊 六方恒沙之諸仏 観音勢至諸大菩薩 哀愍納受し給え」
これは「この宇宙に存在する無数の国土の仏様、菩薩様どうか哀れみをもって願いを聞いて下さい」と懇願
する偈文です。
この中で、遣迎二尊とは釈迦如来と阿弥陀如来のことです。
お釈迦様は仏教を開いたゴータマ・ブッダという実在の人物ですが、ブッダの死後弟子達によって神格化され、
釈迦如来となりました。ブッダ自身は娑婆世界に身を置き、衆生の苦を除き涅槃寂静の悟りの境地へと導きまし
た。このことから、釈迦如来は衆生を救済し浄土に送り届ける仏様です。「送り届ける」は「遣わす」というこ
とです。これを撥遣(はっけん)といいます。釈迦如来は「遣(けん)」の仏様です。
また、阿弥陀如来は帰依する衆生を救済します。どんな極悪非道の生涯を送っていても、命尽きるときに帰依
し、「南無阿弥陀仏」と真心をもって称えたなら、阿弥陀様は菩薩をともなって極楽浄土から迎えに来て下さる。
本宗の御本尊である「一仏中立十聖囲繞天得阿弥陀如来像」は阿弥陀様が十菩薩とともに迎えに来られる「来
迎図」です。阿弥陀如来は「迎(こう)」の仏様です。
NO.328 2026年 4月号
四つの誓い
私たちはこの世の中で、いろんな人と巡り会い、そして支え合いながら生きています。生きとし生けるものの
なかで生かされているのです。そのために人としてどう生きるべきか、仏教徒としてその指針となる四つの誓い
があります。それを四弘誓願(しぐせいがん)といいます。誓願とは菩薩(悟りを求めて修行する人)が必ず成
し遂げようと願う誓いです。
四弘誓願
① 衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
すべての人々を悟りの境地に到る手助けをすることを誓います。
② 煩悩無辺誓願断(ぼんのうむへんせいがんだん)
すべての煩悩を断じることを誓います。
③ 法門無尽誓願知(ほうもんむじんせいがんち)
無尽の仏教の教えを知ることを誓います。
④ 無上菩提誓願證(むじょうぼだいせいがんしょう)
この上ない究極の悟りに到ることを誓います。
この世の中、すべての物が何らかの関係で繋がっていて影響を及ぼし合っています。共生の世界です。その中で互い
に助け合って生きていかなければなりません。人のために尽くすこと、これが①の一番大切な誓願です。
そのためには②の自らの煩悩をとりのぞかねばなりません。代表的な煩悩に三毒とよばれるものがあります。
貪(とん):様々な欲を必要以上に貪ること
瞋(しん):怒り・怨み・妬(ねた)みなど
痴(ち):無知・妄想など
これらによって様々な煩悩が派生します。
また、煩悩を生まないためには智慧が必要です。それが③になります。煩悩をすて智慧をもって悟りに到るのです。
菩提とは悟りの境地に達することをいいます。「證」とは「あかし」「証明」という意味で、④は「悟りの境地に達する
ことを自ら証明すると誓います」となります。
私たちはなかなか菩薩の境地には達しませんが、日常の小さなことの手助けはその一歩になります。
NO.327 2026年 3月号
長恨歌(ちょうこんか)
先月の松燈だよりに白居易(白楽天)が登場しました。『新唐詩選続編』(岩波新書)によりますと、
貧乏な地方官の子に生まれながら、29才難関の国家試験に合格し、その才気をもって山谷ありながらも
出世し、35才で唐の都長安があった京兆府の盩厔(ちゅうちつ)県尉(警察の長官)に任命され、その
時有名な『長恨歌』が生まれました。最後は法務大臣の肩書きをもらって71才で洛陽に隠居し、74才
で詩文集『白氏文集』75巻を完成させて、846年75歳で生涯を閉じました。
白居易は日本に最も親しまれた詩人と言われています。

私生活においては平凡な幸福を求め、詩においては極力平易な言葉を愛しました。
そのため、日本に伝えられた詩は、平安期の紫式部、清少納言、それより後の芭蕉や蕪村によっても愛読
されました。清少納言の枕草子には「ふみは文集」とあります。
ここでは『長恨歌』という叙事詩について『新唐詩選続編』を参考にお話しします。これは唐の皇帝の玄宗と
楊貴妃(ようきひ)の物語です。
貴妃とは皇后の次の地位にあたります。

玄宗は第九代の皇帝で712年から756年まで44年間、唐の国を統治しました。
その治世の前半は数々の重要な政策を行い、「開元の治」と呼ばれて唐の国勢を上昇させましたが、後半は楊貴妃
を溺愛し、そのため政務がおろそかになりました。
また無能な楊家の楊国忠を重用したため国力が低下し、楊一族の栄華とは裏腹に民は困窮したのです。
玄宗の忠臣であった安禄山は、楊国忠と対立関係にあり、革命の有志達を抑えきれず、史思明とともに反旗を翻し
775年ついに兵を挙げました。「安史の乱」です。反乱軍は東の都洛陽を占拠し首都長安をうかがうまでになり、
71才の玄宗は楊貴妃やその姉妹、そして楊国忠ら側近を連れて首都を脱出し、兵士に守られながら西南の四川省
成都に向かいました。50キロほど進んだ馬嵬駅(ばかいえき)に着いたとき、事件が起こりました。
兵士達が申し合わせて急に反抗の行動にでたのです。楊国忠の責任を追及し、彼を惨殺して首を駅の門にぶら下げ、
姉妹も血まつりにあげました。そして若い侍従が進み出て、「国家のため貴妃のお命を」と陛下の決断を迫りました。
漢詩の内容を『新唐詩選続編』では次のようにあります。
皇帝は力なく、建物のなかへはいり、しばらくすると、貴妃と一緒にでて来て、貴妃を北がわの街道ぞいのくぐり
門まで見送り、あとは側近の高力士(こうりきし)につきそわせた。ほど遠からぬ名も知らぬ仏堂、その前の梨の木
にかけられた練りぎぬが、楊貴妃の命をうばった。よわい三十八。玄宗とともにいること、十六年であった。
失意の玄宗はそれから成都に移り住み、自らは上皇になって譲位し、1年と2カ月が過ぎます。しかし、朝な夕なに
思い起こすのは貴妃との生活でした。
新帝が長安を制圧したので、玄宗も元の都に戻るべく出発しました。都に近づくと、あの事件があった馬嵬駅を通
ります。
此に到り 躊躇して 去る能(あた)わず
馬嵬の坂の下なる泥土の中
玉の顔を見ず 空しく死せる處(ところ)あり
そして、ようやく都の宮殿に着いて周りを見回したところ、池や庭もすべては昔のまま。しかしながめるにつけ、
思い出すのは今はいない彼の人のことばかり。
玄宗は憔悴のあまり眠れぬ夜が続きます。
そこに修験者が現れます。
愛人を深く思慕する玄宗上皇の心に修験者は感じ入り、楊貴妃の魂の行方を捜すことにしました。
彼の弟子達が方々を隈なく捜します。ついに海の上の仙人の住む山に美しい宮殿を見つけました。仙女もたくさん住ん
でいます。その中にあだ名を太眞という雪の肌で花の容貌の仙女を捜しあて、そのお方に玄宗皇帝の使いだと告げたところ、
恋しい人の使者が尋ねてきたというので、その仙女すなわち楊貴妃は心の動揺を抑えきれず慌てて出てきました。
玉容 寂寞 涙 闌干(しとど) 美しい姿は寂しそうで 涙を闌干(しとど)流されている
梨花一枝 春 雨を帯ぶ ひと枝の梨の花が春の雨に濡れているかのように
貴妃は修験者に「陛下はお元気ですか」と声をかけられました。
そして最後に、「七月七日の七夕の日、長生殿で私たち二人だけで誓ったことをお伝え下さい」と言って貴妃は次の言葉を
修験者に託しました。
天に在りては願わくは作(な)らん比翼の鳥
地に在りては願わくは為(な)らん連理の枝
比翼:翼を重ねた 連理:(枝を)からませた
『長恨歌』は一行が七つの漢字で書かれた漢詩で、104行もあります。ここではほんの一部を紹介したに過ぎません。
内容は傾国にいたるほどの二人の愛欲です。前半は色を求める政治家への忠告、後半は二人の愛情の深さと美しさを
表現しています。この詩が作られた後、すぐ人々に広く愛誦されました。平易な言葉だけでなく、後半部分の表現からくる
情愛が人の心をとらえたからです。
愛欲は煩悩の一つです。気をつけなければなりません。しかし、短歌や詩など恋の歌は心うつものがあります。
NO.326 2026年 2月号
七仏通戒偈
Mさんのお宅にお参りしたとき、次の『ならぬもの十訓』が掲げられていました。
ならぬもの十訓 作者不詳
一、忘れてはならぬもの 「感謝」
一、言ってはならぬもの 「愚痴」
一、曲げてはならぬもの 「つむじ」
一、起こしてはならぬもの 「短気」
一、叩いてはならぬもの 「人の顔」
一、失ってはならぬもの 「信用」
一、笑ってはならぬもの 「人の落ち度」
一、持ってはならぬもの 「ねたみ」
一、捨ててはならぬもの 「義理人情」
一、乗ってはならぬもの 「口車」
十のうちいくつに○を付けられるでしょうか。頭では分かってはいるけれど、生活の中では
ついつい私欲や感情がでてしまいます。
毎日鏡で自分の姿を見るように、毎日一度この十訓を見て自分の心を映してみるのはいいかもしれません。
いつもの勤行に「七仏通戒偈」という偈文があります。
(2010年松燈だより10月号より)
諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教
諸々の悪しきをなさず 諸々の善きを行う
自らこころを浄くす これ諸仏の教えなり
「悪いことはしてはならない 善いことをしましょう」というのは、言われなくても当たり前のこと、わざわざ
声を出して唱えるようなことではないかもしれません。これには次のようなお話があります。
唐代の詩人で国の高官でもあった白楽天(はくらくてん 白居易)は赴任先の有名な道林禅師に会いたいと思い、
そのもとを訪ねました。大きな松の木の下を通りかかると、その木の上で禅師が座禅をしているではありませんか。
「危ないですよ気をつけて下さい」と声をかけました。すると、「危ないのは君のほうです。心の中に煩悩の火が
燃えさかっていますよ。」と反対に禅師に注意されたのです。
思いもよらない返事に対し、自負のある白楽天は「釈尊の教えとはいったい何でしょうか」と問いをぶつけました。
それに対し禅師は「諸々の悪しきをなさず 諸々の善きを行い 自らこころを浄くすること」と答えたのです。。
白楽天は「そんなこと三歳の赤子でも知っていますよ」と嘲笑まじりにつぶやくと、「それが八十歳の老人と
なってもなかなか実践することが難しいのじゃ」と禅師は返したのです。白楽天ははっと自分の思慮の浅さに気づいて
思わず足を止めました。そして禅師に向かって礼拝し、その場を立ち去ったといいます。
私たちの住むこの娑婆世界、自分を利するため、また、身分や立場を守るため、時として人は煩悩に負け、過ちを
犯してしまいます。
毎朝、壁に掲げた『ならぬもの十訓』を目にしたり、「七仏通戒偈」を唱えたりして「心を浄くすること」、
すべてに○は難しいかもしれませんが、それを目標に一日いち日過ごしていきたいと思います
NO.325 2026年 1月号
三つの宝 三宝といって、仏教徒が心の拠り所にしなければならない大事な三つの宝です。
三つをまとめて「仏・法・僧」(ぶっぽうそう)といいます。「仏」はお釈迦様、「法」はお釈迦様が説かれ
た教え、「僧」は戒を授かった仏教徒の集団で和合衆ともいわれています。
そして毎日唱えるお経に「三帰依文」があります。
① 我弟子尽未来際 がでしじんみらいさい
② 帰依仏 帰依法 帰依僧 きえぶつ きえほう きえそう
③ 帰依仏両足尊 きえぶつりょうそくそん
④ 帰依法離欲尊 きえほうりよくそん
⑤ 帰依僧衆中尊 きえそうしゅじゅうそん
⑥ 帰依仏竟 きえぶっきょう
⑦ 帰依法竟 きえほうきょう
⑧ 帰依僧竟 きえそうきょう
① 仏弟子である私は未来永劫にいたるまで
② お釈迦様と、仏教の教え、そして私たち和合衆を拠り所として信じ敬います。
③ 慈悲と智慧の両足をもつお釈迦様の尊さに帰依します。
④ 欲を離れた教えの尊さに帰依します。
⑤ 仏教徒の仲間としての尊さに帰依します。
⑥⑦⑧ 「仏」と「法」と「僧」を拠り所として信じきることを誓います。
三帰依文は、お釈迦様・その教え・仏教徒仲間を信じ敬うことを誓う偈文になります。
一般の人間関係においても、信じ合うこと、尊重し合うことは大切なことです。仲間が増え、
お互いの和が広がることにつながります。
「貧すれば鈍する」という諺がありますが、貧乏になれば心も貧しくなり物事の判断も誤ってしまうということです。
バブル崩壊後の90年代、社会は不景気になり人は損得で物事を考えることが多くなりました。一部には、残念なこと
に、他者への思いやりが薄れ自己ファーストの考え方が広がっています。
詐欺のような電話やメールが増え、人を信じることが難しくなっていますが、互いに信じ敬えあえる仲間や和を広げる
ことが大切ではないでしょうか。