松 燈 だ よ り
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NO.326 2026年 2月号
七仏通戒偈
Mさんのお宅にお参りしたとき、次の『ならぬもの十訓』が掲げられていました。
ならぬもの十訓 作者不詳
一、忘れてはならぬもの 「感謝」
一、言ってはならぬもの 「愚痴」
一、曲げてはならぬもの 「つむじ」
一、起こしてはならぬもの 「短気」
一、叩いてはならぬもの 「人の顔」
一、失ってはならぬもの 「信用」
一、笑ってはならぬもの 「人の落ち度」
一、持ってはならぬもの 「ねたみ」
一、捨ててはならぬもの 「義理人情」
一、乗ってはならぬもの 「口車」
十のうちいくつに○を付けられるでしょうか。頭では分かってはいるけれど、生活の中では
ついつい私欲や感情がでてしまいます。
毎日鏡で自分の姿を見るように、毎日一度この十訓を見て自分の心を映してみるのはいいかもしれません。
いつもの勤行に「七仏通戒偈」という偈文があります。
(2010年松燈だより10月号より)
諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教
諸々の悪しきをなさず 諸々の善きを行う
自らこころを浄くす これ諸仏の教えなり
「悪いことはしてはならない 善いことをしましょう」というのは、言われなくても当たり前のこと、わざわざ
声を出して唱えるようなことではないかもしれません。これには次のようなお話があります。
唐代の詩人で国の高官でもあった白楽天(はくらくてん 白居易)は赴任先の有名な道林禅師に会いたいと思い、
そのもとを訪ねました。大きな松の木の下を通りかかると、その木の上で禅師が座禅をしているではありませんか。
「危ないですよ気をつけて下さい」と声をかけました。すると、「危ないのは君のほうです。心の中に煩悩の火が
燃えさかっていますよ。」と反対に禅師に注意されたのです。
思いもよらない返事に対し、自負のある白楽天は「釈尊の教えとはいったい何でしょうか」と問いをぶつけました。
それに対し禅師は「諸々の悪しきをなさず 諸々の善きを行い 自らこころを浄くすること」と答えたのです。。
白楽天は「そんなこと三歳の赤子でも知っていますよ」と嘲笑まじりにつぶやくと、「それが八十歳の老人と
なってもなかなか実践することが難しいのじゃ」と禅師は返したのです。白楽天ははっと自分の思慮の浅さに気づいて
思わず足を止めました。そして禅師に向かって礼拝し、その場を立ち去ったといいます。
私たちの住むこの娑婆世界、自分を利するため、また、身分や立場を守るため、時として人は煩悩に負け、過ちを
犯してしまいます。
毎朝、壁に掲げた『ならぬもの十訓』を目にしたり、「七仏通戒偈」を唱えたりして「心を浄くすること」、
すべてに○は難しいかもしれませんが、それを目標に一日いち日過ごしていきたいと思います
NO.325 2026年 1月号
三つの宝 三宝といって、仏教徒が心の拠り所にしなければならない大事な三つの宝です。
三つをまとめて「仏・法・僧」(ぶっぽうそう)といいます。「仏」はお釈迦様、「法」はお釈迦様が説かれ
た教え、「僧」は戒を授かった仏教徒の集団で和合衆ともいわれています。
そして毎日唱えるお経に「三帰依文」があります。
① 我弟子尽未来際 がでしじんみらいさい
② 帰依仏 帰依法 帰依僧 きえぶつ きえほう きえそう
③ 帰依仏両足尊 きえぶつりょうそくそん
④ 帰依法離欲尊 きえほうりよくそん
⑤ 帰依僧衆中尊 きえそうしゅじゅうそん
⑥ 帰依仏竟 きえぶっきょう
⑦ 帰依法竟 きえほうきょう
⑧ 帰依僧竟 きえそうきょう
① 仏弟子である私は未来永劫にいたるまで
② お釈迦様と、仏教の教え、そして私たち和合衆を拠り所として信じ敬います。
③ 慈悲と智慧の両足をもつお釈迦様の尊さに帰依します。
④ 欲を離れた教えの尊さに帰依します。
⑤ 仏教徒の仲間としての尊さに帰依します。
⑥⑦⑧ 「仏」と「法」と「僧」を拠り所として信じきることを誓います。
三帰依文は、お釈迦様・その教え・仏教徒仲間を信じ敬うことを誓う偈文になります。
一般の人間関係においても、信じ合うこと、尊重し合うことは大切なことです。仲間が増え、
お互いの和が広がることにつながります。
「貧すれば鈍する」という諺がありますが、貧乏になれば心も貧しくなり物事の判断も誤ってしまうということです。
バブル崩壊後の90年代、社会は不景気になり人は損得で物事を考えることが多くなりました。一部には、残念なこと
に、他者への思いやりが薄れ自己ファーストの考え方が広がっています。
詐欺のような電話やメールが増え、人を信じることが難しくなっていますが、互いに信じ敬えあえる仲間や和を広げる
ことが大切ではないでしょうか。