松 燈 だ よ り
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NO.318 2025年 6月号
色と空(その2)
「色」というのはこの世のいろんな物質や現象、私たちが五感で感じるものです。「空」はそれらを
成り立たせている目には見えない縁です。縁起ともいいます。
縁起について、華厳経は「重々無尽」を説きます。この世のすべてのものが相互に関係をもち、互い
に影響し合って一つのもの、あるいは全体をつくっているという考え方です。
実際、世の中はそのようになっています。例えば世界経済、地球環境や気候変動、生命活動など。
ところで、少し話を変えますが、1980年代半ばから1990年代にかけて物理学の世界で「複雑系」とい
う分野が注目されていました。それまでの科学は物事を単純化して色々な重要な法則を見つけてきました。
しかし、先の例の現象などは複雑で予測することが困難です。全体を作っている個々が互いに影響を及
ぼし変化し、それによって全体も影響される。変化した全体はまた個々に影響を及ぼす。個と個、個と
全体がフィードバックしあうのです。
また、2021年の物理学賞が真鍋淑郎 氏(プリンストン大学、米)、Klaus Hasselmann 氏(マックス
プランク研究所、独)に与えられました。対象になったのは「地球気候を物理的にモデル化し、変動を定
量化して地球温暖化の信頼性の高い予測を可能にした業績」ですが、気候を複雑系と捉えて信頼できるモ
デルを考案したことが受賞理由となりました。
また、2024年のノーベル物理学賞は、AIのもとになる「人工ニューラルネットワーク(ANN)によ
る機械学習を可能にした基礎的発見と発明に対する業績」に対して、ジョン・ホップフィールド氏(プリン
ストン大学、アメリカ)、ジェフリー・ヒントン氏(トロント大学、カナダ)の両氏に授与されました。
脳にはニューロンという神経細胞が1000億あるといわれていて、それが互いにつながり合って情報伝達
し、記憶や学習、判断など様々な生命活動を行っています。ニューロンの複雑系を人工的にコンピュータ上
につくったのがANNです。
このように「複雑系」は縁起であり、「空」と捉えることができるのではないでしょうか。
物理学者の中村量空(りょうくう)氏は自書『複雑系の意匠』(中公新書)のなかで、複雑系を華厳思
想でもって関係性のサイエンスととらえ次のように記されています。
システムの階層構造を形成するのは要素そのものではない、要素がユニットをつくりユニットから
クラスターが形成され、小さなユニットから大きなクラスターにいたる各構成単位が、「重々無尽」の
階層構造を構成するのである。多様な構造を維持するためには、各単位は互いに「相即相入」の相互
依存の関係をもたなければならない。
ここで、要素やユニット、クラスターが「色」に相当し、「重々無尽」「相即相入」が「空」すなわち
「縁起」になるでしょう。
NO.317 2025年 5月号
色と空
色と空、よく知られた「色即是空」は「般若心経」に出てきますね。「色すなわちこれ空なり」と。
般若心経を漢訳した人物は玄奘です。西遊記の三蔵法師でよく知られていますね。玄奘は膨大な量の経典を
インドから持ち帰り、サンスクリット語(インドの古い言語)で書かれた経典を7世紀中頃漢訳したとされて
います。
そのなかで『般若経』の心髄を260字にまとめたのが『般若波羅蜜多心経』として現在も広く読誦されてい
ます。
玄奘よりも前の5世紀初めに西域僧の鳩摩羅什(亀茲国出身 現在の新疆ウイグル自治区クチャ市)はすでに
『摩訶般若波羅蜜大明咒經』として漢訳しており、玄奘もインドに旅立つときに携え常に読誦していたともいわ
れています。
玄奘訳『般若心経』そのものの成立については、宗教学者の中でも異論が多いようです。
ともかく、般若心経の内容は「空」という概念を述べています。「空」は大乗仏教の中心となる思想で、これ
を基礎づけて大成したのは南インドのバラモン出身の仏教者龍樹(梵語 ナーガールジュナ)です。今でも八宗の
祖師とされています。
では「色」とは何か、「空」とはどのような考え方なのでしょうか。
「色」とはこの世の物質やそれらによっておこる現象のことです。私たち自身やそれを取り巻く環境や現象な
どをいいます。これらのものはただ単に存在するのではなくて縁があって成り立っているのです。
「空」というサンスクリット語は「シューニヤ」、「欠いている」ということでインドでは0(ゼロ)を意味
します。そのことから「空」はすべてのものが縁によって成り立っているから「そのもの自体は実体というもの
がなく本体(自性)を欠いている」ということです。
『般若心経』の有名な一節、「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」の日本語訳(中村元、木野一義訳)
は「この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象であり得るのであ
る。実体がないといっても、物質的現象を離れてはいない。また物質的現象は、実体がないことを離れての物質的
現象であるのではない」。これは少し難解です。
鳩摩羅什訳の『維摩経』には「色即是空 非色滅空 色性自空」とあり、訓読では「色は即ち是れ空にして、
色滅びて空となるに非ず、色の性おのずから空なり」
となります。長尾雅人訳では「色はそのまま空であって、色が滅して空になるのではなく、色が本性として空
なのである」とあります。
「非色滅空」は理解し難く、中国でも「空」は「無」と同じような意味として「すべてものは空しい」と捉え
られたようですが、「空虚」という意味ではなく、「空」とは「この世のすべてのものや現象は縁によって成り
立っている」という大乗仏教の根本思想なのです。
「空」を理解するのは難しいですが、『般若心経』のやさしい解説書も数多く出版されています。それらを手
に取って見ていただくのもいいですし、また『般若心経』を声をだして称えることは心を静める「禅定」にもな
ると思います。
(参考:光文社文庫『古代仏教の世界』宮本啓一著、岩波新書『仏教漢語50話』
興膳宏著)
NO.316 2025年 4月号
波羅蜜多(2)
前回波羅蜜多についてお話ししました。悟りに到る行いのことで、「布施 ふせ」「持戒 じかい」「忍辱 にんにく」
「精進 しょうじん」「禅定 ぜんじょう」「智慧 ちえ」の六つの善行をいいました。そして布施と持戒について説明し
ました。 今回は後の四つの波羅蜜についてお話しします。
「忍辱」は堪え忍ぶことです。人は生きている限り必ず艱難辛苦(かんなんしんく)を経験します。そのとき避けて
逃げないで、対峙して克服するまで我慢しなさいということです。堪え忍ぶ先に光が見つかることを信じて生きていく
ことで、人は大きくなるのではないでしょうか。
高見順さんの詩があります。
葡萄に種子があるように
私の胸に悲しみがある
青い葡萄が
酒に成るように
私の胸の悲しみよ
喜びに成れ
サクラのような植物が寒さを経験しないと開花しないように、人も苦悩を経験してこそほんとうの成長をするので
す。
「精進」は懸命に仏道に励むことをいいます。損得勘定などの雑念を持たず、ただひたすら善い行いに懸命に努力することです。
「禅定」は心を静かに保つことです。サンスクリット語で「ディヤーナ」といい、それを音写したのが「禅」です。
無念無想の状態のことです。
また「定」は心を定める、静めるという意味があります。「禅」も「定」も同じ意味をもちます。どんな時も感情を
高ぶらさないで、常に心を静かに保つことによって正しい判断や考え方が生まれます。一時の感情に流されると間違っ
た方向に進んでしまいます。「座禅」「写経」や「不断念仏」などはその訓練になります。
「智慧」は仏教で般若(はんにゃ)と言いますが、サンスクリット語ではプラジュニャー、パーリ語はパンニャーと
発音します。特にパーリ語のパンニャーを音写したのが由来です。
智慧といっても、物事をよくしっているということではなく、物事の真理や道理を見抜く力のことです。物事を知っ
ているだけでは善い行いをすることはできません。そこから真実、道理を見抜くことによって正しい方向に進むことが
できるのです。
ちなみに、『般若心経』は「空」というこの世の成り立ちを説く智慧のお経ということになります。
NO.315 2025年 3月号
波羅蜜多(1)
3月17日から七日間、春のお彼岸になります。彼岸と言えば一般には亡き人の供養をする日々と思っています。
しかし、もともと彼岸とは彼の岸、すなわち悟りの境地のことです。到彼岸(彼岸に到る)とはインドの古い言葉で
「パーラミ」または「パラーミータ」といい、中国でその音を漢字で波羅蜜や波羅蜜多という漢字をあてました。
悟りに到る行いとは善い行いを実践することです。それによって結果的に徳を積むことになります。ただ、徳を積
むために善を行うのではありません。
仏教では六波羅蜜といって、特に次の六つの善行をあげています
「布施 ふせ」「持戒 じかい」「忍辱 にんにく」「精進 しょうじん」
「禅定 ぜんじょう」「智慧 ちえ」
「布施」はダーナといって「与えること」を意味し、インドの宗教すべてに共通の最も大事な徳目です。
もともとは、修行者や貧窮者に食物や生活に必要なものを与えることでした。多くの人が死後の世界を信じていまし
たので、よりよい来世を願い、「布施」によって功徳を積むという慣行がありました。しだいに物品だけでなく、精神
的なものを与えるのも布施と考えるようになりました。
「布施」は次の三つがあります。
「財施 ざいせ」・・・金品などの財を与える
「法施 ほっせ」・・・僧侶がお説教などで法を説く
「無畏施 むいせ」・・仏様や菩薩様が人々に精神的な安心を与える
また、財のない人もできる布施として、「無財の七施」があります。
・「眼施」(げんせ) やさしい眼差しで接すること。
・「和顔悦色施」(わげんえつじきせ)慈悲や愛情のこもった微笑みで接すること。
・「言辞施」(げんじせ) 真心のこもった優しい言葉で語りかけること。
・「捨身施」(しゃしんせ) こころから人に親切にし、よく世話をすること。
・「心慮施」(しんりょせ) ひとの悲しみや喜びを共に分かち合うと。
・「床座施」(しょうざせ) ひとに自分の席を譲るような、譲り合いの気持ちを持つこと
・「房舎施」(ぼうしゃせ) 宿を提供したり、ひとの心にゆとりをあたえること。
つぎに「持戒」とは「戒を持(たも)つ」と読みます。戒を守りましょうということです。
仏教には「戒律」がありますが、「戒」と「律」は異なります。「戒」は自発的なもので、仏教徒が生きていくうえ
で守っていきたい規範です。一方「律」は特に修行僧が守らなければならない約束事です。特に破れば仏教教団から追
放となる厳しい戒律もあり、その罪を「波羅夷罪 はらいざい」と言います。
守るべき主な戒律は次の五戒です。
1「不殺生戒」・・・命を大切に思い、生き物をむやみに殺さないこと。
2「不妄語戒」・・・妄語(もうご)とは嘘や不誠実な言葉。そのような言動をしないこと。
最近はSNSで偽情報を広める人がありますが、それはだめです。
3「不偸盗戒」・・・偸盗(ちゅうとう)とは盗むこと。他人の物を盗まないこと。
他人が作ったものを盗むという盗作もだめです。
4「不邪婬戒」・・・同意のない性交や不倫など、ふしだらな性交をしてはならないこと。
5「不飲酒戒」・・・お酒を飲まないこと
2、3については納得できますが、5は社会が飲酒を認めています。ただ酒に溺れてはいけません。1はどうでしょう。
ゴキブリを見つけたら殺虫剤をかけてしまいます。4は「ふしだら」の判断が難しいかもしれません。
規律は時代とともに変わるかもしれません。ただそれは人を縛るためのものではなく、互いに幸せな生活を送るため
あるものだということです。
次回は「忍辱」以下についてお話しいたします。
NO.314 2025年 2月号
御回在の起こりは元和元年(1615)に遡ります。
大坂冬の陣と夏の陣の時、徳川家康は大念佛寺を訪れて道和上人に祈願を求め、上人はその要請に応じて
国家安泰の祈願をしました。戦いが終息してみると、大念佛寺は堂宇が損傷し大きな痛手を受けました。
家康公は償いとして寄進を申し出ましたが、道和上人はこれを断り、代わりに念仏を唱えながら在所を回る
許可を得ました。これが御回在の始まりです。
もともとは「念仏勧進」といって、「南無阿弥陀仏」と称えることによって人と人との絆をふかめ、喜びや
悲しみを互いに分かち合って幸ある世界(極楽浄土)を足許に築き上げることを目指しています。
現在の御回在は、大阪の河内方面、奈良の大和方面、本山の近郷を回っています。
河内御回在は3月3日より58日間で大阪市と大阪府の東部、枚方市から千早赤阪村まで足を運びます。
大和御回在は9月9日より生駒郡から奈良県北部を中心に反時計回りに巡ります。
生駒郡、橿原市、天理市、宇田、平群、三郷町などを92日間で回ります。
そして3年に一度の「山中年」には都祁や室生、三重の名張まで向かいます。
NO.313 2025年 1月号
アショーカ王(2) (岩波現代文庫『真理のことば』中村元 より)
前回、アショーカ王は自らの考えを碑文に残しました。そこには「恕す」ということを実践しなければならないとい
っています。「恕す」とは「思いやりの心で罪の過ちをゆるし、相手の思いを図ること」です。そして、人を傷つけな
いこと、自己を制すること、心が常に平静で柔和であること。これを統治に実現したいというのがアショーカ王の強い
思いだったのです。
碑文の続きには次のような内容が刻まれています。
法による勝利というものこそ最上の勝利である。
ここにいう「法」とは仏法の法で、インドの言葉ではダルマです。人が守るべきもので、「道徳」やさらには
「宗教」を意味しているとも考えられます。
法によって得られた勝利は、全面的な勝利である。それは喜びの感情をひき起こす。
私の皇子やなどが「戦争で新たな領土を勝ち取らなければならない」と考えることが
ないよう、法による勝利のみが真の勝利であると考えるように。
武力による支配は憎しみと怨みを生み、真の勝利ではありません。
今の世界の指導者に理解してほしい考え方です。