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        個別労働紛争解決基準としての労働判例シリーズ


                            賠償予定の禁止



1.ポイント

(1)労基法16条は、使用者に対して、

労働契約の不履行について違約金を定め、

又は損害賠償額の予定をする契約」を締結することを禁止している。

この立法趣旨は、労働者の退職の自由が制約されるのを防ぐことであり、

かつてこのような違約金を定めることにより、労働者を身分的に拘束する

いう弊害がみられたこと等から設けられた規定である。


(2)近年では、企業における海外研修派遣海外留学に関する費用につき、

労働者が研修・留学終了後に短期間で退職するような場合、その労働者に

対して返還義務を定めた就業規則の規定個別の合意などが、同様に労基法

16条所定の違約金の定め損害賠償の予定に当たり、許されないのか否か等

問題となってきている




2.モデル裁判例

  長谷工コーポレーション事件 東京地判平9.5.26 労判717‐14

(1)事件のあらまし

 建築工事請負等を業とする原告会社Xに勤務していた被告Yは、Xの社員留学制度を

利用して平成3年6月より同5年5月までの2年間アメリカの大学院に留学した。しかし、

Yは帰国後2年5ヵ月で退職した。この留学に先立つ平成3年6月、YはXに対して、

「卒業後は、直ちに帰国し、会社の命じるところの業務に精励するとともにその業績

目標達成に邁進すること」及び「帰国後、一定期間を経ず特別な理由なく[X を] 退職

することとなった場合、会社が海外大学院留学に際し支払った一切の費用を返却する

こと」等と記載された誓約書を提出していた。そこでXは、この誓約書に基づき、Yに対し

留学費用のうち学費分約467万円の返還を求めて訴えを提起した。なお、Yはこの

誓約書作成により金銭消費貸借契約が成立したとはいえない、また仮に成立していたと

しても、それは労基法16条に違反し無効であると主張していた。



(2)判決の内容


労働者側敗訴


 Xの社員留学制度は人材育成を目的としたものであり、留学生への応募も社員の

自由意思に、また、留学先大学院や学部の選択も本人の自由意思に任せられている。

「留学経験や留学先大学院での学位取得は、留学社員の担当業務に直接役立つ

というわけではない一方、Yら留学社員にとっては・・・・・・有益な経験、資格となる。」

従って、この制度による留学を業務と見ることはできず、「その留学費用をX が負担する

かYが負担するかについては、労働契約とは別に、当事者間の契約によって定める

ことができる」。そして、Y はX に前記のような誓約書を提出していること等が認められる

から、X とY との間で少なくとも学費については、「Y が一定期間X に勤務した場合には

返還債務を免除する旨の特約付きの金銭消費貸借契約が成立していると解するのが

相当である」。


 「Y はX に対し、労働契約とは別に留学費用返還債務を負っており、ただ、一定期間

Xに勤務すれば[この]債務を免除されるが特別な理由なく早期に退職する場合には

留学費用を返還しなければならないという特約が付いているにすぎないから、留学

費用返還債務は労働契約の不履行によって生じるものではなく、労基法16条が禁止

する違約金の定め、損害賠償額の予定には該当せず、同条に違反しないというべきで

ある。」

3.解 説

(1)立法趣旨


 労基法16条に規定された「賠償予定の禁止」の立法趣旨は、労働者の退職の自由が

制約されるのを防ぐことである。契約自由の原則の下、現在でも民法上は債務不履行に

関する違約金の定めや賠償額の予定は認められているが(民法420条)、特に戦前に

おける労働関係の場面では、そのような違約金の定め等が労働者を身分的に拘束して

退職の自由をも奪い去るという弊害がみられた。同規定は、このことに対する反省等

から、労基法5条(強制労働の禁止) や同17条(前借金相殺の禁止) 等とともに、

前近代的な労働関係を払拭するために設けられたものである。もっとも、この賠償予定の

禁止は、労働者の債務不履行や不法行為により現実に生じた損害について、使用者が

その労働者に損害賠償を請求することを禁ずるものではない。



(2)労基法16条違反のケース


 「賠償予定の禁止」規定違反が問題となりうるケースとしては、ポイントで記した

以外に、懲戒処分の一種である減給処分の定め、及び、退職後に同業他社へ就職

した場合等における退職金減額支給の定め

三晃社事件 最二小判昭52.8.9 労経速958‐25、(18)[退職金]参照)などが

ある。


 本条の典型的事案としては

サロン・ド・リリー事件
( 浦和地判昭61.5.30 労判489‐85)がある。

この事件では、美容師見習いとして就職した従業員は、会社から美容指導を

受けたにもかかわらず、その意向に反して勝手に退職した場合には、入社月に

遡り月額4万円の講習手数料と一定の遅延損害金(月利3% )を支払う旨の契約を

使用者と交わしていた。この契約について、従業員の指導の実態が一般の新入社員

教育とさして変わらず、その指導等に要したとされる費用等は使用者として当然に負担

すべき性質のものであること、また、労働者の退職の自由を奪う性格を有すること等から、

同16条に違反し無効であるとの判断が下されている。最近の事案としては、和幸会

(看護学校修学資金貸与) 事件( 大阪地判平14.11.1 労判840‐32)、及び、

徳島健康生活協同組合事件(高松高判平15.3.14 労判849‐90、同事件一審:

徳島地判平14.8.21 同95)等がある。



(3)企業における海外研修派遣・海外留学費用の返還義務


 モデル裁判例は、従業員の海外留学と退職に伴う費用の返還が争点となったもので

あり、この種の事案についてのリーディング・ケースたる意義を有している。人材育成・

従業員の能力開発等を目的として海外研修・留学制度を設ける企業は最近多くなって

きている。企業においては、そのような制度を利用して海外留学等を行う従業員に対し、

帰国後一定期間は自己都合により退職せずに勤務すること、及びその期間内に退職した

ときには留学費用等の全額または一部を返還することを内容とした就業規則等の規定を

設けたり、あるいは事前に個別の合意を取り付けておいたりすることがある。しかしながら、

このような規定や合意は労基法16条に違反して無効となるのか否かが争点となってくる。


 企業における海外研修・留学が、業務命令として行われた場合、もしくは、海外留学等に

おいて実際には業務の遂行がなされていたような場合には、本来、企業がその費用等を

負担すべきものであるから、前記のような約定や合意は労働者を不当に拘束して労働

関係の継続を強要することになり、労基法16条違反になると考えられる(富士重工業

(研修費用返還請求) 事件 東京地判平10.3.17 労判734‐15、

新日本証券事件 東京地判平10.9.25 労判746‐7)。


 他方、モデル裁判例のように、海外研修・留学が業務命令に基づくものとは考えられず、

その応募および目的地・留学先等の選択もある程度労働者の自由意思に任されている

ような場合がある。この場合には海外留学等は労働者にとって個人的な能力を高め、

有益な経験・資格になる一方、帰国後労働者が退職することにより、使用者にとっては

投下資本が無駄になってしまうというリスクが存する。これらの点も考えると、費用等の

返還義務を定めた約定や合意は、それが実質的に労働契約とは別個の金銭消費貸借

契約と考えられる場合で、かつ、帰国後の勤務いかんに関係なく労働者に返還義務が

存するものの、一定期間勤務した者については返還義務を免除する趣旨のものである

場合には、労基法16条違反とはならないであろう

野村證券(留学費用返還請求)事件 東京地判平14.4.16 労判827‐40)。











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