公民権の保障
〜勤務時間における選挙権の行使
1 ポイント
(1)使用者は、労働者が労働時間中に選挙権や被選挙権など「公民としての権利」を行使し、または国会議員や裁判員としての職務など「公の職務」を執行するために必要な時間を請求した場合においては、それを拒んではならない(労基法7条)。
(2)ただし、使用者は、上述の権利の行使または公の職務の執行に妨げがないかぎり、請求された時刻を変更することはできる(同条但書)。
(3)公民としての権利行使や公の職務の執行が、例えば選挙権の行使のように短時間で終了する場合にはあまり法的な問題は生じてこない。しかし、議員活動のように長時間・長期間を要する場合には、労働者が労働契約上の義務を履行できなくなることより、使用者はそのような労働者を解雇または休職等に処することができるのか否かという問題が生じてくる。
(4)公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に付する旨の就業規則上の規定は、労基法7条の趣旨に反し、無効のものと解すべきである。
2 モデル裁判例
十和田観光電鉄事件 最二小判昭38.6.21 民集17-5-754、判時339-15
(1)事件のあらまし
第一審原告Xは、旅客運送事業等を営む会社である第一審被告Yに雇用され、Yの従業員で組織された労働組合の執行委員長を務めていた。Xは、Yの所在する地区の労働組合協議会の幹事会決定により、昭和34年4月30日施行の市議会議員選挙の議員候補者として推薦され、立候補した結果、当選した。なお、Xは立候補の前日にYの社長Aにその旨の申し出を行い了解を求めたところ、Aは一応書類を提出するよう言明したので、Xはその翌日文書をもって届け出ていた。
Xは5月に入ってAに会見し、議員に就任したこと、公務就任中は休職の取扱いにしてもらいたいことを申し出た。これに対してYは、Xの所為は、従業員が会社の承認を得ずに公職に就任した場合は懲戒解雇する旨の就業規則の規定に該当するとして、同月1日付でXを懲戒解雇に付した。
Xは、このような就業規則の規定は労基法7条等に反し無効であって、それゆえ懲戒解雇も無効であると主張して訴えを提起した。第一審(青森地判昭35.10.28 民集17-5-765)、第二審(仙台高判昭36.7.26 同775)ともこの懲戒解雇を無効としXが勝訴したため、Yが上告した。
(2)判決の内容
労働者側勝訴(上告棄却)
懲戒解雇は、普通解雇と異なり、企業秩序違反に対して使用者によって課せられる一種の制裁罰である。ところで、Yにおけるこのような就業規則の条項は、従業員が単に公職に就任したために懲戒解雇するというのではなく、使用者の承認を得ないで公職に就任した場合にはそのことを理由に懲戒解雇するというものである。このような規定は、公職の就任を、会社に対する届出事項とするだけにとどまらず、使用者の承認にかからしめ、しかもそれに違反した者に対しては制裁罰としての懲戒解雇を課するというものである。
しかし、労基法7条が、「特に、労働者に対し労働時間中における公民としての権利の行使および公の職務の執行を保障していることにかんがみるときは」、このような条項は労基法の規定の趣旨に反し、無効と解するべきである。「従って、所論のごとく公職に就任することが会社業務の遂行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に付するは格別」、この同じ条項を適用して従業員を懲戒解雇に付することは許されない。
3 解説
(1)公民権の保障
労基法は、労働関係における労働者の人権保障等を目的とした基本的原則として、「労働憲章」と呼ばれる諸規定を設けているが、公民権の保障(同法7条)はそのなかの一つである。労働者は、労働契約に基づき通常1日のうち一定時間を使用者の指揮命令下に拘束されるため、公民権を行使できなくなるおそれがある点を踏まえて設けられた規定である。同条で保障される「公民としての権利」とは、公職選挙法上の選挙権・被選挙権、最高裁裁判官の国民審査権(憲法79条)および憲法改正の国民投票権(同96条)等をいうが、一般に訴権(訴えを提起する権利)の行使はこれに含まれない(昭63.3.14 基発150号)。また、「公の職務」とは、国会・地方議会議員、労働委員会委員、検察審査員、裁判所の証人、労働審判員および裁判員法に基づく裁判員の職務等をいう(同通達等参照)。
モデル裁判例は、従業員の被選挙権の行使および議員としての職務の執行を制約する就業規則条項と、労基法7条の公民権の保障規定との関係につき、最高裁が初めて判断を下した事案として重要である。最高裁は、公職への就任を会社の承認にかからしめ、またその違反に対して懲戒解雇する旨等を定めた就業規則の規定は、労基法7条の規定の趣旨に反し、無効であると結論付けている。
(2)公民権行使・公職就任等を理由とする普通解雇の有効性
公職就任等を理由とした普通解雇・休職に関して、学説上は見解が分かれているが、モデル裁判例において最高裁は傍論としてではあるが、「公職に就任することが会社業務の遂行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に付するは格別」と述べていることから、使用者が普通解雇を行うことは労基法7条違反にはならないと判断しているものと思われる。
この最高裁判決以降の裁判例は一般にこのような解雇等を肯定している。例えば、従業員が市議会議員に当選・就任したこと等を理由に普通解雇がなされたケースにつき、「使用者が、労働者が地方議会議員等の公職に就任したこと自体を解雇事由とすることは許されないが、[このような]公職就任により著しく業務に支障を生ずる場合、或いは業務の支障の程度が著しいものでなくとも、他の事情と相俟って、社会通念上相当の事由があると認められる場合は、使用者のなす普通解雇は正当として許されると解するのが相当である」と論じたうえで、後者の「相当の事由」が認められる場合に当たり普通解雇が有効であると判断した社会保険新報社事件(浦和地判昭55.3.7 労民集31-2-287、控訴審(東京高判昭58.4.26 労民集34-2-263)も原審の判断を是認)がある。また、同様の判断を示した事案に森下製薬事件(大津地判昭58.7.18 労判417-70)[休職処分等の事案]およびパソナ事件(東京地判平25.10.11 労経速2195-17)等がある。
なお、市議会議員等に当選した旧国鉄職員の兼職に関する裁判例においては、旧国鉄法26条2項の兼職禁止規定を根拠に、同2項但書に規定された旧国鉄総裁の承認がない限り、当選告知の日に国鉄職員たる地位を失う(公職選挙法103条)とする判断枠組みが定着している(国鉄職員(議員兼職・能町駅、豊浦駅)事件(東京地判平元.10.11 労判549-16)等)。
(3)公民権の行使等に要した時間に対応する賃金について
労基法7条に基づき労働者が必要な時間を請求し、使用者が付与した場合において、公民権行使の時間に対応する賃金に関して有給とする義務までは使用者に課せられておらず、契約自由の範囲の問題となる(昭22.11.27 基発399号;但し、昭42.1.20 基発59号も参照)。全日本手をつなぐ育成会事件(東京地判平23.7.15 労判1035-105)においては、東京都労働委員会への証人出頭に伴う不就労を理由に行われた賃金カット等が、労基法7条等に違反するか否かが争われた。まず、裁判所は、同7条は「公民権の行使等に要した時間に対応する賃金についてはこれを有給とすることを要求するものではなく、これを当事者間の取決めに委ねるという趣旨の規定であると解するのが相当」と判断した。次に、旧就業規則15条の「不可抗力の事故のため、又は公民権行使のため遅刻または早退した時は、届け出により遅刻、早退のとり扱いをしない」という規定が、就業規則の変更により削除された結果、有給扱いを受けられなくなり賃金カット等がなされたことより、この就業規則変更の合理性が争点とされた。裁判所は、変更の必要性を検討する中で、旧就業規則15条について、「公民権の行使等に伴う不就労を有給扱いにするだけでなく、それにより民主主義社会において不可欠な労働者の公的活動を経済的側面から担保し、より公的活動に参画し易い職場環境を保障するものとして重要な法的意義を有する規定である」と述べ、また、不利益性の程度等を検討する部分において、質的な側面(とりわけ権利の性格等)からも検討し、不利益に変更される労働者の労働条件とは、「単なる賃金額の減少にあるのではなく」、「より実質的に『有給扱いという待遇の下で公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利』をいうものと解する」と論じている(結論的には、就業規則の変更は、高度な経営上の必要性に基づいて行われたものとはいえず、また、全体的にみて、重要な労働条件につき実質的な不利益性を有するものといえ、その他の諸事情を勘案しても、合理的な内容のものであるとはいえないと判断して、裁判所は、原告労働者の賃金カット等に係る未払賃金請求を認容した)。