「 ぎゅうって・・して―― 」
その最中、悲しみの頂点に達する瞬間、いつも思わず口に出る。
それは吐息交じりの切ない声音ではなく、鼻から抜ける甘えた声音でもなく、
意志を持った、憩願に近い声の音・・・。
彼の腕に力がこめられる。 ―― ぎゅうっと・・・。
このまま絞め殺されてしまいたいという思いの強さが
悲しみの沸点を下げていく・・・。
どんなにとろける囁きより、 どんなに確かなメイク・ラブより、
私にとってこの行為に勝るものはない。
幼い頃、一度も味わったことのない感覚と温もり・・
私はずっと愛情に飢え、いつも渇いていた。
父や母に抱きしめられた覚えなど・・・
というより そもそも存在していたっけ?
父とか 母とか・・・ そういう・・・
そういう・・・ 無条件で私を愛してくれた人なんて・・・。
今夜の月は いつになく よどんで見える。
まだ悲しみの域には達していないし、要求もしていないのに、
直樹は何度も何度も申し分のない力加減で抱きしめてきた。
しがみついてきたと言った方が正しいかもしれない。
目尻のふちで生温かく涌いてきた滴は、私のお腹の上に落ちてくる頃には
冷たくひんやりとしていた。
「 ・・・・ 」
暗くて直樹の表情が読み取れない。 ただポタポタと落ちてくる。
“悲しいの? 淋しいの? 恐いの?” 声にならず問う。
沈黙が思いやりを運んでくる。 今なら 優しく呼べる・・・。
「 ・・・ 」
彼は自分の体重を支えることもしないで、重く私にのしかかり 言った。
「痛い・・・」
嗚咽を押さえ、苦しそうな呼吸――。
心の痛みが伝わってくる。
拭おうともしない涙は、私の胸を容赦なく濡らす。
初めて見る 直樹の涙・・・。
その涙を受け止めるには、私はあなたを知らなさすぎる――。
彼の身体の重みのおかげで、私は自分の痛みを忘れていられた。
髪を撫で、広い背中をさすり、私自身泣き出してしまわない為に
彼の肩を口づけてふさぐ。
口脣から痛みが伝わる。
伝染して全身に広がっていく。 痛い・・・ 痛いネ・・ホントに・・・ 。
“でも大丈夫、 私は慣れている・・・”
直樹の傷からもうこれ以上血が噴き出してしまわないよう、
身体の表面積全てを口づけてふさぐ。
あなたを助けたい。
そこに居るのがどんなに苦しいか 私は知っている。
だから あなたを救いたい。
私はいいから・・・。
大抵の男達の先決は繁栄という雄の習性。
理性と困惑の中で少しだけ生じる感情を考慮したとしても、
それを愛と呼べる行為だとは信じがたい。
まして肉体だけとか、淋しさからとか、そんな交わりの中からは
“虚しさ”しか生まれない。
私がその“虚しさの塊”として生まれてきたように――。
だから私は基本的に男を信じていない。恨んでいる。 そして 嫌い。
大嫌い。
でも・・・直樹は別――。
罪悪感をただ溜め込んでいく頭の弱い雄とは違った。
真実の愛を探し求めるがゆえの落胆と傷心を繰り返す少年だ。
私以上に悲しい人がここにいる。
真面目に愛を追求する人がここにいる。
心が痛いと泣き叫ぶ人は、愛が恐くてたまらない人・・・。
ナオ・・ あなたを助けてあげたい。
その痛みや恐怖から救ってあげたい。
私は力を込めて直樹を抱きしめた。 ――ぎゅうっと・・・。
そして 彼に聞こえないように呟いた。
“ 私はいいの・・・ ”
<まりんの処方>
助けたい病の女性が無意識的にしまっているセリフ
“私はいいの・・”
だめですよ!よくありません!私も幸せにならなくっちゃ!
自らを卑下している人は自分を与えることができず、
相手を助けることによって補償したがります。
そして依存的なパートナーを育ててしまい、
結局あなたが苦労をすることになるのです。
人の痛みや悲しみをわかってあげられるのなら、
2人で分かち合い、2人共が助かればいい。
私が幸せでこそ相手も幸せであり
相手が幸せでこそ私も幸せという関係性でいたいですね。
お勧めエッセンスはビリー・ゴートプラム/フィロセカ
スタート・デザート・ローズ
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