BY 月華美心  
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悲しみの海に降る愛(完結編)



駅に着いても、小雪は止まなかった。
車から降りてドアを閉め、私はにっこりと会釈だけをした。
今日一番の笑顔だ。
山崎さんは、突然帰ると言い出した私に対して理由も聞かず
今日最後の悲しみの笑顔で手を振っている。
私達は口唇だけ動かしてガラス越しに、表情だけで別れを交した。

「じゃ、また・・・」
「はい、また・・・」

一刻も早くこの場を立ち去りたいくせに、ドアを開けなかった山崎さんに
少し寂しさを感じたりもしていた。
妙な劣等感。
駅のロータリーの忙しさに擦り変える事でその感情は、
あまり感じなくてすんだけど…。
私達はそれぞれきょろきょろしながら車の流れを読み合った。
タイミングを見計らってうまくロータリーを抜けた山崎さん。
ほっとする私。
早くうちへ帰りたい。

信号待ちで振りかえらない事を願いながら、車を見送る。
ぎりぎりまで見送って彼がこちらに顔を振り向けるのを確認すると同時に、
無視してあきらめたふりで、歩き出す。
歪んだ優越感。


  なんなんだろう・・・


「ふぅ〜・・」
溜息が白い息になる。そのまま空を仰いで瞼で雪を受ける。
まつ毛にひかかった分だけ、即座に液体に変わった。
軽い・・金縛り・・
―― 雪がこんなにも冷たいだなんて・・
あぁ でもなんて気持ちがいいの!
私が私でいられる。
私が私に戻っている。

たった今、あんなに寂しかったのに、
独りでありながら、もう寂しくはないこの感覚・・・
ここに・・神の愛がある。
このままで、彼の側にいられれば一番いいのに。

雪はこの世でただ一つの結晶を抱いて降りてくる。
決して同じものはなく、それぞれに個性を輝かせ
溶けてこの世の愛に同化する為に。
この世の“万物”という全ての神にさらなる息吹きを雪ぐ(そそぐ)為に。
神様、私にもその魅力をください。

人は生を受ける時も終える時も独り。
一番の強さを必要とするその瞬間に独りで儀を成せるというのに、
どうして、沢山の愛に包まれて過ごす人生の最中に独りを感じ、
それを寂しいなどと表現するのか。
愛に背を向け怒っているのは私?
愛の中で感じる“独り”は神と繋がっている最高の瞬間なのに・・。

私はずっと神様を恨んでいた。
私を見放し裏を切り孤独に追いやって・・・
神様のばか
神様のばか
神様のばか

ばか・・ばか・・

凍りつきそうに冷たくなっている頬の上に熱い涙が重なっていく。
昔々マリアが言っていた。
冷たい涙は哀しい時、
温かい涙は嬉しい時、
熱い涙は嘘をついた後に流れるのだと。

雪が沢山降ってきた。
山崎さん、こんな私を好きですか?




車から降りてドアを閉め、今日一番の哀しい笑顔で
彼女は僕に会釈だけよこした。
突然帰ると言い出した小雪ちゃんに対して、実はほっとしていた自分を
悟られないよう、今日最後の満面の笑顔を返して手を振った。

「じゃ、また・・・」
「はい、また・・・」

口唇だけ動かしてドアは開けなかった。
早く僕の視界から消えてくれ!
その純粋さがたまらなく僕を攻撃するんだ!

言いようのない罪悪感を混み合うロータリーに誤魔化しながら
車の流れに巻き込まれるタイミングを見計らった。
上手く乗り、一気に信号まで走らせる。
振り向いて最後の演技をしなければならない。
これ以上僕は笑みを作れない。
そう思いながらも体は勝手に身をよじっていた。


少し見送って待っていてくれたのか、丁度彼女も体を翻した所だった。
後姿に、もはや嘘はない。
なんだか急に愛しくなる。
僕達が進まない理由はお互いが行き先を相手に託しているから。
腕をつかんで強引に引き上げてくれる愛を他所に求めているから。
僕達が認め、愛さなければならないのは、まず自分自身だ。


立ち止まり、雪を仰ぐ小雪ちゃん。
天使のようだと思った。
僕にこの天使を引き受ける価値などあるのだろうか。

昔々僕はマリアに駄々をこねた。
―― 神様は僕だけに優しくない
  何も叶えてくれないし、試練ばかり与える
  とっくに僕を見放しているくせに意地悪だけはする
  僕は神様がどんどん離れて行って淋しい・・ってね
  ハナレテイッテサミシイ…ッテネ

マリアは言った。
「私から離れていくのはいつもあなたの方だ」 ・・と。



あの日から、僕は凍りついている。
悲しみの海で罵倒に対する懺悔を繰り返している。
どんな優しさも僕の中に入ってきてしまえば一緒に 凍りつくに違いない。
たとえ天使のような小雪ちゃんでさえ・・・


クラクションの音で我に返った。
同時に小雪ちゃんが僕を見た。
目が合う。二人とも無表情。正に凍りついていた。
それは・・初めての真実。
もう一度クラクションが鳴る。
僕は再びロータリーに車を回した。
小雪ちゃんが待っていてくれればと願いながら・・・。

離れていくのはいつも僕の方。
認めよう。そして止めよう。

冬の夕暮れは微妙な色を混ぜて雪に反射している。
天使が沢山つかまって降りてくる。
愛を持って・・。

一人でいられない人は二人でもいられないんだ。 
小雪ちゃんはさっきちゃんと、天使と繋がっていたね。 
僕も大丈夫。
鮮やかに降るこの雪が愛に見えるから・・。
信じるよ。
独りを確立した二人がいれば愛が増すだけだと――。




クラクションが鳴り響いて視線が移った。
無表情の山崎さんがそこにいる。
私達はしばらく二人きりの感覚に陥っていた。
悲しみの海の底が一瞬で抜け落ち、温かい涙が次々と溢れ出す。
これは・・・何?


思わず彼をめざして走り寄る。
ただ・・ただ一緒にいたいと思った。
まだ帰りたくないと思った。


彼の車が路肩に止まる。
ウィンドウがゆっくりと下がる。
「山崎さん、あの・・」
「乗る?」

――もう悲しい笑顔はどこにもない。


小雪は愛を降り雪ぐ・・・

 

 

 

 

 
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