BY 月華美心  
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転嫁



春雨の午後

 皆にさよならを告げるとひとりぼっちになっていた
 ピカピカのランドセルから雫が落ちて
 途方に暮れて空を見る
 軒下でじっと 道行く人を眺めながらクゥーンクゥーンと泣いたりして
 傘を持ってきてくれるママがいない
 泣くんじゃないと叱るパパがいない
 甘え方を知らないままトオルは大きくなった

 

春の雨は花の匂いを消してしまうから嫌い、と真紀は思う。
色鮮やかな柔らかい花びらをめちゃくちゃにしてしまうから嫌いと思う。
何より、この雨は今トオルを子供に変えていると思うと身体が固まった。
駅から駆けて来る。
いくつもの銀の脈を潜り抜けて私に向かって駆けて来る。
私に会うために、甘えるために、紛らわすために…
雨に濡れたトオルはプライドも威厳もお手上げで、 すがる眼(まなこ)が剥き出されている。

見たくない。
私の元に走ってくる男なんて見たくない。


「すごい雨だよ」
ドアに佇む子犬はあがる息を押さえつつそう言った。
「迎えに行ったのに…」
「走れる距離だから」
「でもびしょ濡れだわ」
「シャワー浴びれば済む事だよ」

少し体を震わせてバスルームへ歩き出す。
別段いつもと変わりない彼なのに真紀だけがむかむかしていた。
真紀は甘える男が嫌いだ。けれどそれを隠す男はもっと嫌い。
ぴったりと貼りついたトオルの髪の毛を思い出すと寒気がした。
君のせいで濡れたじゃないかと言わんばかりに乱暴な水音が聞こえてきて、
真紀をどんどん嫌悪の渦に巻き込んでいく。
装った自立の後ろで、見て見て僕を見てといった地踏鞴は、
雨が振り出した時からもう始まっていたのかと思うと、
なぜ今日みたいな日に彼を呼んでしまったのかと後悔する。

「真紀、何か怒っている?」
タオルで頭を拭きながら怪訝そうに彼が出てきた。
「私が怒っているとしたら何だと思う?」
「ほら、やっぱり怒っている。」
「怒っていないわ。大抵先にそう聞く方が怒っているものよ。」
「どうしたの?このごろ機嫌がよくないね。」
妙に冷静な態度は益々真紀をねじれさせた。


トオルはいつも冷静で飛び上がって喜ぶような事もなければ、
声を荒げて怒鳴る事もない。
知り合った時から二人は穏やかに愛し合って来たと思う。
故に、雨降って地が固まる事もなく、お互い不安定な土壌を保ってきた。
ぬかるんできた足下に危機を感じているのは、
優しすぎるトオルのせいではなく、つけあがる自分のせいだとわかっている。
トオルのやさしさって?
頼らない事?心配をかけない事?一人で決めてしまう事?
それら全ては暗闇に眠る依存が糸を引いていて、トオルの魅力を奪い、
真紀を自立の島へと漂流させ孤立させているのに。
そして一番悲しいことは、トオルがそれに気がついていないこと。

「どうしちゃったのさ。僕は真紀に会いたかっただけだよ。」
その言葉の後に、彼女は争いの火種を捜した。
ケンカの理由はなんだっていい。
とにかく自分に猛進してくる男から逃げる準備を始めなければ…。
 
「どうして迎えに来てって言わないのよ!傘買わないの?タクシー拾わないの!
どうしてびしょ濡れで来るのよ!子供じゃない!」
「そんな…大袈裟だよ。走ればすむ事じゃん。」
 

走るトオルがフラッシュバックされる。
タダ・・走っているだけならいい。
そのコースはまっすぐに真紀の元に伸びていて、真紀に向かって走っている。
あーそれが苦痛なのだ。

ーー僕は寂しかったんだ。ずっとずっと一人だったんだ。
   可哀想な子供時代を過ごしてきたんだ。
   そんな同情や哀れみという武器を背負って、雨の中弱々しく…

雨の中弱々しく真紀は迷子になっていた。
誰も探してくれない。迷子になっている事さえ気づいてもらえない。
冷たくて、寒くて、寂しくて…
もっと強く叩きつければいい。もっと、もっと。
こんな私の元に走ってくるなんて狂っている。

「何が気にいらないの?」
「あなたは悪くない。」
「でも、怒ってる。」
「ええ、怒っているわ。何もかも自分でやっちゃって、
誰の力も借りませんなんて見せかけて、かまってかまってって丸見えだわ!
雨の中よく来てくれたわってやさしく言えばいいの?
私がバスタオルで拭いてあげればいいの?」
「雨降ってきたから駅から走って来ただけだよ。真紀だって走るだろ?」
「私はびしょ濡れになった姿をトオルに見せたりしないわ!」


長い沈黙の後トオルは言った。

「僕には今真紀がびしょ濡れに見える…。」
「……」
「どうすればいい?」
「とりあえず帰って。」
「本当にそうした方がいい?」
「見られたくないわ。」
「わかった。」


真紀の視界が真っ暗になるようにトオルは頭を抱いた。
その元で真紀はトオルに転嫁した母への怒りや、
父への依存に向き合いながら迎えの傘を待った。


春雨の午後
クゥーンクゥーンと泣きながら
二人で…傘を待った

 

 

 

 

<まりんの処方>

自分に向かってくる男を恐れるのではなく、  
受け取れない自分自身への低い価値の見積もりを見直しましょう。
相手に見える依存に腹が立つ場合、 それは自分が我慢して来た事です。
相手の行動や言動の意図は相手にしかわかりません。
なのにそれに勘ぐり、意味をもたげ、騒ぐのはあなたの心です。
自立の女性は自立の男性に惹かれがちですが、
ある時相手に滲み出てくる依存に過敏になり嫌悪を感じるのは、
自分の中の甘えがでてきてそれを許せない時です。
相手の依存を攻撃するのは転嫁です。
見つめなければならないのは、自分自身の心であり
相手のせいではありません。
やさしさにのさばるのではなく、素直に向き合いましょう。  

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