BY 月華美心  
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くつ下



夫は居間で新聞を読んでいた。
いつになく早起きですっきりとしたいでたち…休日だというのに。
私は洗濯したタオルや下着といった小物の衣類を干し終わり、
大判のシーツを悪戦苦闘しながら竿にかけてパンパンと皺を伸ばしていた。
時折夫の方を盗み見るように目をやると、夫もまた、盗み見るように
テーブルの上の携帯を見ては新聞に目を戻している。

夫は気づいていない。 私が気づいているという事を――。

風でめくりあがらないようにシーツをピンで止め部屋に戻ろうとすると、
足下に落ちている靴下に気がついた。
拾い上げ土のついたその靴下を庭先の土間まで持って行き、
もう一度手で洗い固く絞ると、耳の奥でキーンという音がした。
この頃よくこの音がする。
歪む口元を結び直して、靴下の形を整え直す。
あーそういえばもう片方の靴下はどこへ行ってしまったのだろうか。
気になりながら、探す気力は失せてしまっている自分に気がついた。
とりあえず片方だけの靴下をピンで止める。じっと見つめてみて
それが夫のものであると再認識されると我慢しきれず涙が溢れ出してきた。

女がいる。この人に、女がいる。

こんな風に体が震えている私に気づきもしないで
夫は軽い貧乏ゆすりをしながらソワソワしていた。
あきらかに携帯を待っている。
見張るように夫を視界に入れて家事を続けた。
昼食を準備していいものかどうか…。
無駄になってしまうのではないかという予感をもみ消すように思いきって
トマトソースの缶を開けた。
少し顔に飛び散って、又、涙が沸く。
なんで、こんなことに……。

しばらくしてテーブルに響く鈍いバイブ音と共に
80年代に流行った love song が鳴った。
どうせ今まで読んでもいなかった新聞を放り投げ、あわてている。
わざわざ3コール待って夫は電話にでた。
女、やっぱり。

普段は私が呼んでも活字から目を離しもせず生返事のくせ、
このあからさまな態度の違いを夫は自分でわかってやっているのだろうか。
電話の相手に当り障りない相槌を繰り返しながら、脇がまるで開いている。
今の間に何回髪をかき上げた?
心弾む時長い瞬きをする癖、御存知?
今日私と一度も目を合わせていないのにその笑顔は何?

誰よその人。
どこで、知り合ったの?
もう、どのくらいつきあっているの?
背は?髪型は?年は?やさしいの?わがままなの?

何も知りたくはないのに、何もかも気になった。


私は完璧に主婦業をやって来たと思う。
早起きをしてお弁当や朝食を作り、掃除を怠る事もなく
いつも片付いていたと思う。
洗濯物をためた覚えもないし、雨の日以外はお布団も干している。
仕事に首を突っ込んだ事もないし、遅い帰りを責めたこともない。
なるべくわがままは言わないようにして、悩みは自分で処理もした。
あなたに迷惑をかけたようなことは1度もない。
何が不満?どこを直せばいい?
私の何がいけないの?

「ちょっと、でてくる」
そう言われて私は絞り出すように言葉を吐いた。
「ええ、いってらっしゃい。仕事?」
こんな張り裂けそうな思いの最中でさえ彼に逃げ道を与えるなんて…。
「ああ、休みの日くらいゆっくりさせてくれてもいいのにな。」
「仕事なら、仕方ないわ。」
私は結局彼の共犯者だ。

ポケットに携帯とタバコをねじ込みながら、夫は私の顔色に気づかぬまま出ていった。
微かに見えた上がり気味の口角は、これから会う女のものだと思うと
自分の存在はなんなのかと問わざるを得なかった。
問いばかりが頭の中で繰り返される。答えなんかない。

空白から冷めると、夫を責めるより開けてしまったトマト缶をどうしょうか
考えていった。
1つ2つ取り出して、ボールに握り潰していく。
指の間から血のりのように出てくる紅いソースを見つめながら、
きっと私の心はこれ以上に傷ついているのだと、
既にもう形さえなくなってしまっているホールトマトを
何度も何度も握り潰していた。

私のどこがいけないの?
私に何が足りないの?

曇りゆく外の天気に招かれてサンダルをつっかけ、
雨が降らぬ事を祈りつつ、庭に出た。洗濯物をとりこもうか…。
あーその前に私、もう片方の靴下を探さなければ。


 

 

 

<まりんの処方>

完璧である事、正しい妻をこなす事が
必ずしも幸せに繋がるとは限りません。
“正しさ”を主張する事で、相手に圧迫感や劣等感を
感じさせてしまっては、 どんどん遠ざけてしまうばかりです。
完璧であろうとするが為、自分自身でさえピリピリしているというのに、
その側で、相手は安らげるでしょうか?
現状というのは全て自分が作っているものです。
他者をとがめる為にあるのではありません。
二人にとって真のやすらぎとはいったい何なのかを
学ぶ時期なのかもしれません。   

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