BY 月華美心  
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102号室



屋上の照り返すコンクリートの熱さに、慣れることはなかった。
年々攻撃的になっていく夏と戦う度、敗北を感じながら思う。
  
どうして私、東京にいるんだろう。

見渡す風景の中に飛び降りてしまいたい気持ちはもう、失せている。
疑問を抱えたままひと季節が過ぎ、疑問と共に夏が終わり。
懐かしい田舎の風に似たひんやりとした空気の香りの中で
去りきれない夏を伺いながら、謙虚な秋の風が吹く。
地球が狂っているせいで、四季は混乱し足踏みを覚えたんだ。
すんなりと交代できないでいる2種の風の中で
…久しぶりに坂口の事を思い出した。

病室へ戻ろう。


この2年という歳月は、坂口の事を“忘れる”為に費やされてきたように思う。
仕事に明け暮れ、余計な事を考えない為に休日も返上して働いた。
心の隙間に入り込んで来た男を、意図も簡単に受け入れ、
いったいどこから突き上げて来るのか、破壊という苦く魅惑な想いを
顔も思い出せない男に委ねたりもして坂口を追いやった。
誰といても目を閉じればそこには坂口が居て、坂口の声があり、
坂口の腕があるのに。
心無い交わりは、実は相手を最も侮辱する行為でもあり、
頭のいい男は察して去っていった。
そうやって、私の隙間を通り抜けて行っただけの男になんの罪悪感も感じず、
ただ…ただ…坂口との想い出の中に生きていた。

いったいどうやったら坂口の事を忘れる事ができるのか毎日考え、
傷口を開けては覗きこむ作業によって、安心したりした。
別れを正当化する為に批判的に非難を投げつけ、
それでも愛していると行ったり来たりで結局同じ場所に居た。
自虐的になり、自制心がきかなくなり、そして――この病室に来た。

辛かった。本当に辛かった。

真っ白ではない、少しくすんだ天井に幾度も幾度も溜息を吹く日々。
吹いた息はそのまま刃に変わって降りてくる。
私の人生はどこへ行ってしまったのか…と思う。
坂口と飛散してしまったのか。東京に飽和されてしまったのか。
若い頃、欲しいものが全てここにあるような気がしていた。
夢とか希望とか自分の未来が美しく展開されて
宝が沢山詰まっている街だと思っていた。
今度こそ、今度こそって頂上を探し、何度も足がもつれた。
    

東京は私に何もしてくれなかった。
帰る場所を忘れさせてしまうくらい私を引き止めたくせに…。

あれからただなんとなく、ぼんやりと過ごす事が多くなった私は
いつしか坂口の事を思い出さなくなっていた。
あんなに好きだった思いはいったい何処へ消えてなくなったのかと思う。
時々、今日みたいなこんな日に思い出すことはあっても、
もう昔ほど、坂口の名を呼ばなくなった。

懐かしい風の中で曖昧な記憶と忘却へ導いてくれた“時”に感謝しながら、
自分の生きる道について、或いはもっと大切な愛について、考えたりした。
もうこの病室を出てもいい頃かもしれない。


そもそも、私は病気じゃない。
自分でもなぜ、入院しているのかわからなかった。
気がつけば、社会から逸脱し、人と断絶し、自分から檻に入っていた。
坂口を理由に。

過去に生きるのは辞めよう。ちゃんと前を向いてみよう。
彼の幸せを願い、自身の幸せを許そう。
この頃こんな事をよく思い、もう坂口の事もどうでもよくなっていた。

窓を開けると、秋になり損ねている空に、
飛行機雲がまっすぐに伸びてゆく樣がとても近くに見えた。


ふと、102号室のドアが開いた。
花を持った彼がそこに…。


もう二度と会う事もないだろうと思い込んでいた私は瞬時の狼狽と
言葉を失う事でその事実を把握できないでいた。

「おう!元気か。」

釘づけられ、息が苦しくなる。
忘れていたはず、手放したはず。
もう好きではないと何度も確認したのに、なぜ心が騒ぐ?
内側で自分の問答を反復しながら、
どんどん心が動き出してバランスが崩れていくのがわかる。
やっとの思いで絞り出した一言。

「元気…なの?」
「ああ、俺は元気だよ。 まだ居るなんて思わなかったよ、ここに」

成長していないんだなって言われたような気がした。
「ええ、でも退院の日は決まっているの」
ささやかな、弁解。

見舞いに来るなんて思いもしなかった。私の入院に幾ばくかの責任を
感じているのか、花束は来客の中で一番豪華だった。
どうせ再会するならもっと生き生きしていて、仕事も恋愛も順調に運んでて、
丘の上で笑っている姿を見てほしかった。
こんな暗がりの病室でどんな笑顔を作ろうとも限界があるというもの。
彼は昔以上に眩しく、眩し過ぎて悲しくなった。
最後までこびり付いていた未練を見つけると、枯葉のごとくハラリと落ちた。

「あれから―――どうしていたの?」
「フラフラしていた。」
「フラフラ?」
「ああ、働かないで、フラ・フラ」

それはかつて、心のどこかでいじけた悪魔が最も望んでいた彼への背景。
 『何もかもうまくいかなきゃいい!
 あなたの人生なんて空回りし続けていればいい。
 私を病室に閉じ込めていたバツだわ』
その望みがまさか叶えられていたんだと知った途端、心が痛んだ。
フラフラだなんて…。
事実そうだったとしても本来のあなたなら私に隠すはずだわ。
フラフラだなんて…。
そんな表現の出来る現実を過ごす事がどんなに苦しいことか。
なぜ…見舞いになど来たの?なぜ。

「今は…?」
心の底から慈愛が沸いた。
「友人と事業を起す事になってね。その準備に追われている。」
彼は持ってきた花を解き無造作に花瓶に挿しながら“よし”と小声で納得して
私に向き直った。

元気でいて欲しいと願いつつ、
私を置いて幸せにならないでと足をひっぱっていた事に気づいた私は
自身が幸せになる為にもその手を放そうと決意した。
新たに、決意した。人生を歩くのは…私なのだ。

東京という街でもう一度生き直してみようと思う。
彼がもう一度私に聞いた。
「元気なの?」
「ええ、私は元気よ」
坂口が、笑った。


彼が去った後、私はそっとパジャマのボタンに手をかけた。
新しい服に着替えて、

ここを出よう。

 

 

 

 

<まりんの処方>

 あなたにとっての102号室とは、何処ですか?
 別れた相手へのしがみつきは、あなたの人生自体に
何かが欠けている証拠です。
 執着とは一種の「仮病」とも言われています。
102号室で仮病を使って人生を放棄しているというような事はありませんか?
 病気ではないので治す意志もなく、あなたはどんどん生気を失い、
 そうやってつまらない女になっていくのです。
 すると、相手は更に遠ざかっていく。
 あなたが勘違いしている「愛情」は与えるものではなく、
 自らの欲求の満足のみだと相手は気づいているのです。
離れるのも当然ですよね。
 
 しかし、何かの決意によって手放す事を決めた時、
あなたの魅力が戻ってきます。
 その魅力が風に乗って執着していた相手に届くと、
 相手は繋がりを求めてあなたの様子を伺いに来ます。
 そこですぐに喜んでまた、彼に縄をかけると元のもくあみ。
神様はテストをしているのです。「本当に手放してる?」って。
 「あなたが今、本当にすべきことはそれ?」って。
 新たな決意の選択にせまられるのです。
 自分の人生にちゃんと向き合い彼に対する執着を
手放し続けていると、 とてもいい関係が築けます。
 握り締めているグーの手では何も受け取る事は出来ません。
 その握り締めている過去とは光輝く宝石に似たものですか?
 いいえ、きっと罪悪感や後悔、非難や攻撃というただの石に違いありません。
 そんな石ころを後生大事に握り締めるのを辞めて、
 宝石を受け取ってください。 

 ある本でこんな問いかけによって気づきを与えられました。
 「その人を手放せる程、あなたはその人を愛していますか?」
 愛は、縛るものではないのです。

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