BY 月華美心  
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不透明な構図



}その客を招くには、“蒼い空”という最高の日和だった。
いつもより、随分な早起き。
私は“最後の仕上げ”にとりかかった。
部屋中に掃除機をかけ、床や畳を拭き、オーディオコードの1本1本までを拭く。
ローチェストに並べられたクリスタルの動物達を磨き、本棚の自己啓発本と
スピリチュアル本を下げて、料理の専門書と洋書を揃えた。
もちろん、クローゼットの中は完璧に整頓されている。

いつも買うガーベラやスイトピーではなく、大きな花瓶にアマリリスを生け、
ベランダには2〜3日分のブランドのタオルとパジャマ、
そして、日頃身につけもしない高価なランジェリーを干した。

キッチンとバスルームの排水溝は昨日のうちにピカピカにしてある。
くたびれていたタオルもオーガニックコットンに代えたし、
ローズの香水も今吹き付けておけば昼頃には、丁度いい残り香になる。

舞台はちゃんと創った。
私は、落ち着く為カモミールを入れ、待った。

妹が来る。…母と共に。



「和貴を連れて行ったらうるさいから、栄一さんに預けて行くわ。」
「あら、皆で来ればいいじゃない。新居は広いのよ。」
「だめよーきっと姉さんとこの大切な置物壊しちゃうわ。」
「そんなの…栄一さんだってせっかくのお休み子守りだなんて…。」
「いいのよ。いつも仕事にカコつけて何にもしないんだから。」
「だから、一緒に来れば…ねっ和貴ちゃん連れてきてよ!」
妹が自分に気を遣っているのはわかっている。
―――私はもう、子供を産めない。

確かに和貴を見ると辛い。
幸せの証を見せつけられる度、 同じ土俵ではかなわないと
情けない気持ちになる。
あの人と上手くいっていれば私だって…。
思い出すとキリキリと痛むだけの記憶が未だ消せないでいた。

いつの頃からか、妹とは全く逆方向の矢印を立てて歩いている。
妹や母の蔑むような眼に絶えるため、 仕事での成功を見せつけるしかなかった。
何度も何度もシナリオを書き直しては人生をやり過ごし、
同じ場所で空回りするばかりなのに。
何も変わらない。何も変わりはしない。何も。
蒼い空に流れ雲が通り過ぎていく。


玄関にアロマオイルを炊かなかったのは、
焼きあがったアップルパイのカラメルとシナモンの香りを際立たせる為。
開け放ったままのドアから、思惑通りの感嘆の声がした。
「わぁーいい匂い!」
「いらっしゃーい」
「お姉ちゃん、焼いてくれたの?」
「時間なくて、簡単なアップルパイだけど…。」
妹はバタバタと上がりこみ、母はきっちりとくつを揃えていた。
「お母さん見てーお姉ちゃんすごーい。」
無邪気な声をあげ、彼女はいつも私と母をうまく繋ぐ…。

「あらあらほんと、おいしそうだわねぇ。あんたもこのくらいできなきゃ。」
母の愛情の叱責は昔から妹に向けられていた。 
不器用で世間知らずの妹は、我儘という形で母を独占している。
自然に良い子の役割が、私にまわってくるのは仕方がない。

「和貴は?」
「置いてきちゃった。」
「もぉー顔見たかったのに…。」
さらりと言って、パイにナイフをいれる。
二人はうろうろと歩き周りながら、私の部屋を物色していた。
「意外と綺麗にしているじゃない。」 母が言った。

意外と?意外とですって?
髪の毛一本落ちていないカーペットよ!
ピカピカのキッチンだし、照明だってちゃんと磨いた。
ベランダには布団も干しているし、花壇の手入れも完璧だわ。
ごみだって全て分別してる、リサイクルにも協力している、
こうやって、お客様にパイだっておもてなしできるのよ。
ちゃんとやっている。
お母さん、私はちゃんとやっている。
あなたが妹を見ている間中、一人でちゃんとやってきた。
その結果がこの生活よ。よく見ておいて。

妹はクリスタルの置物を陽にかざして笑ったり、 本棚の洋書を手にとって
顔をしかめたり、アマリリスの匂いを嗅いだりしながら、優しい顔をしていた。

「ランチに行くんだったら、少しにしておくわね」
皿に取り分けながら、気を配った。
「お姉ちゃんも行こうよ。」
「ごめん、午後から仕事入ったのよ。」
何か言いたげな母を制して、
「休みにしてたんだけど、取引先が今日しか時間とれないって
急に言いだしちゃって…」
本当は仕事なんてどうにでもなるものだ。
「やっぱり結婚とか向いてないかも。 今の仕事けっこう生き甲斐になっているし、
楽しいし、主婦はきっと私にはつまんないわ。」
―――どうせ、子供も産めないし…

冷たい風が吹きこんできてアマリリスの花粉が飛んだ。
「お姉ちゃんは頭も良いし、人当たりも良いし、社会の中で充分やっていけるわ。
こんなマンションだって自分で買って…。
私はどんくさいからどこへ行っても厄介者。平凡な主婦止まりよ。」
その言い方はちっとも卑下に聞こえなかった。
「でもあんまり、無理するんじゃないよ。」
母は哀れむように私に言った。

責められているよう。こんなにちゃんとやっているのに。
こんなにちゃんと生活の基盤をこさえて一人でがんばっているのに、
間違っていると矢を射られているよう。
共犯の二人はそこに居るだけで、私の傷をえぐる。

誰がどこまで本気で話しているのかわからないまま、
ぺちゃくちゃととりとめのない時間が過ぎていった。

「なっちゃん、これ和貴に持って帰ってやって。」
「わっいいの?」
「今包むわね。」
綺麗にラッピングをして妹に渡した。…お母さん、良い姉でしょう?
ちゃんとやっているの。私はいつだってちゃんとやっているの。
「また皆で一緒にいらっしゃい。今度は絶対仕事休むから。」
「うん、そうする。ありがとう、お姉ちゃん。」

二人を玄関まで見送る。
「ごめんね、ゆっくりさせてあげられなくて…。」
「仕事なら仕方ないよ。」
「また、時間取れたら連絡するから」
「うん、あんまり無理しないで仕事もほどほどにね。」
「そうね。」
私達は声を立てて笑った。
「じゃーね」
「じゃー」
母は口元だけで笑いながらドアをきっちりと閉めた。
あちらとこちらで緊張の糸が解れる。
ドアの向こうでくぐもった二人の声がした。
「お姉ちゃん大丈夫かなぁ」
「無理しないで嫁にでも行けばいいのにね」
私は鍵を閉め、ドアに背もたれた。


幸せになんて…なってやるもんか…

 

 

 

<まりんの処方>

兄弟姉妹(きょうだい)の競争というのがあります。
或いは父親を巡って母親と、母親を巡って父親との競争。
幼い頃、パパは私のもの、ママはわたしのもの
なんて思いは誰にでもあったでしょう。
競争は、勝てば罪悪感、負ければ無価値感を生み出すだけ。
ちゃんとしたコミュニケーションをとることで、お互いが勝者となり、
望みを満たすことができれば競争は不要なのです。
大人になった今、ありのままの自分を受け入れる事が出来れば、
他人の承認など必要ないし、敗北を感じる必要などありません。
“私”はありのままですか?
“私”は何に怒っているのでしょうか?
“私”は何を言訳に次の一歩を踏み出さないのでしょう?

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