BY 月華美心  
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恋人未満



それはずっと――
こめかみの辺りに突き付けられている。
冷たい感触を感じていた頃は恐かった。
とても・・・恐かった。
火花が散るのか、空撃ちに怯えるのか、いずれにしても毎日の賭けが
恐かった。
引き金にかかる手が慣れ、日々が空撃ちで終わる事を知り、
そのうち、銃口は温められて、何も感じなくなった。
このごろ空(くう)の中で、ぼんやりとしている。
  弾は、ちゃんと込められているのだろうか・・・

今もずっと――
引き金から手が離せず、左のこめかみの辺りをくすぐっている。  
弾丸はどこ?
私・・いなくなりたいんだけど・・・

思いもよらなかった支社統合により、人事が大きく揺れた。
解雇や左遷に見舞われなかったのは多分、森村部長の計らいだと思う。
「また一緒に仕事ができて嬉しいよ。」
「私本当に残ってていいのかな…若くて才能のある方沢山いらっしゃるのに。」
「総務は何かと慣れた人にこしたことはない。大野くんをおいて他に・・いる?」
「・・・・」
「当分嫁にも行かんだろ?」
「シャレになりませんけど・・・」

入れたお茶を引き戻すと悪気のない笑顔がこぼれた。
森村部長は去年うちの本社に配属されてきた。
既に入社して7年目に入っていた私は部長をサポートする形となり、
残業続きで一緒に食事をして帰ることも多く、上下の境界を忘れた。
離婚したばかりの男と結婚を取り止めたばかりの女は、
充分な恐れと共有できる寂しさが潤滑になって
打ち溶け合うのに時間がいらない。
そして、いい関係が続いている。
私達は好意を感じながら、距離を保って駆け引きのみに時間を費やしていた。
楽しかった。両思いのような片思いはとても楽しかった。
部長森村と総務大野に噂がたたなかったのは、
オープンすぎるくらいの馴れ合いがあったから。

「今夜食事どう?」
「部長、こっそり誘ってくださいよ。」
「じゃー後でこっそり誘うよ。」
「あーごめんなさい、今日は先約があって・・・。」
大きな声で会話する私達に社員達はコメディを見るように笑う。
その笑いが決して嘲笑ではないことは、部長の人望と私が築きあげてきた
生真面目さにある。
誰も私達を疑わない。一緒にこの仲を楽しんでくれている。
この清い空気を汚したくはない。
もう、傷つきたくはない。

 
夕方のミーティングは計算外の長引きようで、先約、武本遼平との
待ち合わせ時間に遅れて行くことになってしまった。
遼平とはなぜか切れない縁がある。
どちらからともなく誘っては、仕事の愚痴を言い合ったり、
恋人の不満をあたったり、ある意味女友達よりも深い友人かもしれない。
男友達を持たない美鈴に言わせれば、男と女に友情は有得ないと言うけれど、
私達はもう何年も友人を証明している。
どんなに会わない期間が長くても、再会の度にののしりあえる気心があり、
そして、安心がある。

「本屋でいっか?本屋で・・。 見上げるような高級ホテルのロビーで待ち合わせなんてガラじゃねーからな。 車んとこ。車の雑誌んとこにいっからー。」

自ら認めているように、遼平はガラが悪い。 しかし、エリートだ。
かしこく、豊かで、いつもうまくいってる自分に照れ、隠したがった。
遼平は大学の頃からちっとも変わっていない。
待ち合わせは本屋。車んとこ。ほとんど先に来ていることはないけれど。

「大きなあくび!とても、聡明な弁護士さんには見えませんけど・・・?」
「おっせーんだよぉ!」
「たまに早いと態度でかーい。」
「はらへった――。めし行こ!めし!」

大袈裟に大きく身を翻して、私の手を引く。
連れていかれるのは、いつもの“すし善”である。
8席程の小さな寿司屋で、予約を取らなければいつも入れない。
遼平は外観や値段にはこだわらない代わりに店主のポリシーに惚れる。
実際すし善は気取っていないし、自信をもった高値が気持ちいい。
何よりシャリとネタのこだわりは素人の私にもわかるくらい美味しい。
店の資質は遼平に共鳴されていた。

「いらっしゃい!」
ここの主人は私達を夫婦だと思っている。
遼平は面白がって、未だに否定していない。私も楽しんでいた。
コートを脱いで席に着くと何も言わなくてもビールがでてくる。
せわしなく取っ手をつかんで勝手に一人でグラスを鳴らし、
さっさと会話を始めてしまう遼平。本当に変わらない。
 
「どうなった?仕事」
「うん、とりあえず、残れる。」
「例の部長もか?」
「多分部長が色々口添えしてくれたんだと思う。」
「関係があるとつえーよなー」
「そんなんじゃないわ」
「本人達は隠してるつもりでも、そういうのって周りは敏感なもんだぜ」
「だから、本当そんなんじゃないのよ。」

いつになく必死で弁解していた。というか、本当に部長とはまだ何もない。
遼平には過去の男たちの話もしてきているし、 今更遼平の気をひこうなどとも
思ってはいないけれど、 このごろ何だか複雑な気持ちがあった。

「オレ、女と別れた。」
「え?」
「今度は本物かなって思ったんだけどなぁ」
遼平は吹っ切るようにビールを飲み干し、空のグラスを主人にさしだした。
 「別れたの?残念ね。私がフリーだったら考えてあげたのに。」
思ってもいないセリフだ。遼平もわかっている。
「美智なぁ・・・」
私は直ちに盾を準備した。
「タイミングわるいよね〜今好きな人いるしー」
「好きな人・・・か」
「部長は特別な人よ。とても好き。でも今は本当に何もないわ。」
言い放った後、盾をずらして遼平の反応を伺った。
「オレは暫く一人でいいや。なんか・・・めんどくせー。」

ほっとした。そして少しだけがっかりした。 遼平・・わたし――。
自分の気持ちがわからない。
部長の事は文句なしに好き。
いつ関係を持ってもいいくらい私達は気持ちをあたためている。
拒絶する方が不自然なくらいだ。
でも、遼平の存在を無視できなくなっている自分も事実。
二人の間で揺れていた。
どちらに転がってもいいような、どちらにも転がりたくはないような。

ぬるい湯の中にいるせいで全てにおいて決め兼ねている。
自分に何ができて何ができないのか
将来に於いての具体的なヴィジョンが何もなかった。

だからって結婚?
部長と?遼平と?手近なところで手を打つ?
適当に妥協して、おさまって子供作って育てて・・・
とりあえず今の不安からは解放されるような気がした。

  そんなのって・・・


「私さ、リストラされた方が良かったんじゃないかなっとも思うの。」
「何言ってんだよ。このご時世に三十路をうろうろしてる奴なんか
どこの会社が拾ってくれんだよ。」
「・・・・・」
「何かやりたいことでもあるんなら応援するけど、
とりわけ何もないんだったらどこへ行ったって同じだよ。」
「私さ切羽詰らないと、考えられないのよ。危機感がないの。
ただ・・・このままではいけないような気がして・・・
日々の生活で精一杯で時だけが過ぎていく。 これからも一人で生きて行くほど
自立しているわけではないし、 リストラでもされて、ゼロの地点に立てば
もっと将来の事を、考えられたかも―――」
「このままではいけないような気がしながら、自分じゃ行動を 起せないから、
状況に身を頼むわけ?
結局それじゃ― 仕事辞めたって、ダラダラした毎日がやってくるだけさ。
お前自身は何も変わらないって事だからな。」
「だって」
「お前はすぐ“でも” “だって”・・・」言い訳する前に行動しろよ。
状況がそうなったからってそうするなんて、順番が違うんじゃねーの?
こうなりたいって、強い意志があれば状況がそうなるんだよ!」
「だからどうなりたいかがわかんないから・・・」
「それで流されてるんだよ。流されてるから、こんなんじゃない こんなんじゃないって
いつも心が叫んでんじゃねーか!」
「・・・・・」
「その部長とも流されるの待ってんじゃねーの?」
「・・・」
「しっかりしろよーいくつだよ!」

遼平はいつになく声を荒げて怒っていた。

自分で事務所を構え夢を実現している遼平には、 何の手に職もない
私の気持ちなどわかるはずもない。
根本の出来がちがうから、きっと悩みのレベルもちがうんだ。
どうせ私なんて、低いレベルでのた打ち回ってるわ。悪かったわね。
こんな時・・・森村部長なら・・・
森村部長なら優しく話を聞いてくれて、何も言わずに受け入れてくれるに違いない。

「あーごめん。言い過ぎてるな。ごめん。
別れた女って今美智が言ってたようなこといつも言ってたんだ。
私には何もない。何もないって。
こうやって向き合えて言い合えていたら、次に進めたかも しれなかったのに、
俺達けんかも出来なかったからー。」
「本当に好きだったって気づいたんだ・・・」
「今な。」
 
いつも強気な遼平の潤んだ眼を見たのは始めてだった。
私にぶつけられた苛立ちの下に悲しみと慈愛が見えた。
遼平とはいい友人だ。
 

私達はしばらく会わなくなった。
時々ものすごく会いたくなって連絡を取りたくなるが、
未だ何も変わっていない自分を見せるのがシャクだった。
でも、遼平の事は常に頭にあった。
部長とは相変わらず駆け引きが続いている。
このごろはこの関係が楽しいのか楽しくないのかわからなくなっていた。


そして、ある日。
地に足を着け直そうと心に決めたある日。
遼平から、手紙が来た。それは…見上げるようなホテルの案内。
動悸が激しく鈍痛をもたらしてくる。
小さな紙の切れ端に“待ち合わせじゃなくてわりぃーな”
そう書かれてあった。
案内状を開くと・・・私には欠席の活字しか目に入らなかった。

そして次の日。
森村部長の転勤を知らされた。
皆と別れるのは寂しいからという部長の意向で、送別会は開催されず、
今までと同じ毎日を幾度か過ごした後、部長は消えた。
何事もなかったかのごとく・・・

 
そして今思い出したように弾丸を探している。
  
 わたし・・・いなくなりたいんだけど―――

 

 

 

 

<まりんの処方>

もし、二人のうちのどちらかを選ばなければならないような時は、
二人とも選ばない方が賢明なようです。
今選ぶべきことは、自分自身の次のステップを選ぶ事です。
二人とも手放し、自分自身の次の段階を選び続けていると、
自分がステップアップしたその時に、
二人分の資質を併せ持った人が目の前に現れてくるのです。
三角関係に留まる事によって、自分の成長を止めてしまうパターンを
持っていらっしゃる方は、真実の愛への恐れによって、
この罠に陥りやすいようです。
彼女の場合、地に足を着けようと決心した矢先に
起こった出来事なので、嘆くことはありません。
このまま、二人を手放して自分の成長を選び続けると仕事も恋愛も
同時にうまくいきます。ただ、二人を失った事にこだわっていると
いつまでたっても何も変わらないでしょう。
“二兎を追うものは一兎をも得ず”
(同時に二つのことをしようとすれば、どちらも成功をしない)
こんな諺がありますが、二兎を逃がして追わず、ゆったりと構えていれば、
全く別の場所からひょっこりかわいい一兎が現れるのかもしれませんね。

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