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日時 平成14年12月14日(土)
場所 ひこね市文化プラザグランドホール
指揮 小田野宏之
ソプラノ  五月女 智恵 
アルト   栗林 朋子
テノール  行天 祥晃  
バリトン  成田 眞
曲目
ベートーベン 交響曲第九番「合唱付き」
ブラームス  「大学祝典序曲」 op.80

第5回ひこね市民手作り第九演奏会
指揮者 小田野宏之  
 横浜生まれ。1980年東京芸術大学音楽学部指揮科卒業。1983年同大学大学院音楽研究科修了。指揮法を金子登、渡邉暁雄、ピアノを水谷達夫、フルートを川崎優の各氏に師事。1983年より国際ロータリー財団奨学生として2年間ウィーン国立音楽大学へ留学。オトマール・スウィトナー氏のもとで研鑽を積む。
 1982年第17回民音コンクール指揮の部第3位入賞、同時に「斎藤秀雄賞」受賞。1984年オランダで行われた第1回キリル・コンドラシン国際指揮者コンクールにおいて第2位入賞。アムステルダムのコンセルトヘボウ大ホールに於いてオランダ放送フィルハーモニー管弦楽団を指揮してヨーロッパにデビュー。
 NHKテレビ、FM放送に出演するなどその活躍は多方面にわたり、その誠実な指揮ぶりと豊かな音楽性はそれぞれの分野で高く評価されている。1985年以来オランダ放送交響楽団、同室内管弦楽団と度々演奏会、放送録音を行う。1986年には北オランダのフリスク管弦楽団定期演奏会に日本人として初めて登場、成功を収める。
 大阪センチュリー交響楽団指揮者(1990-92)、広島交響楽団正指揮者(1995-2002)などを歴任。現在は東京芸術大学非常勤講師として後進の指導にも当たっている。


  大学祝典序曲   曲目解説   

 ブラームスは、47歳のとき(1880年)に、まるで性格の異なる演奏会用序曲を2曲作曲した。
ひとつは、ブラームス自身が”笑う”序曲といった「大学祝典序曲」で、もうひとつは”泣く”序曲といった「悲劇的序曲」である。彼はほとんど同じ時期に、これら2つの序曲によって、人間の相反する2つの感情を表現したのだった。 kanngaku

 1879年にブラームスは、ドイツのブレスラウ大学から名誉博士の称号を贈られることになり、ブラームスはその申し出を喜んで受けた。この「大学祝典序曲」は、その返礼として書かれたものである。そこでブラームス自身も学生時代に歌ったこともあり、現在もさかんに歌われている古いドイツの学生歌を4つ「我らは立派な校舎を建てた」「国の親父」「新入生の歌」「よろこびの歌・・・さらば、楽しまん」が選ばれて、この序曲の柱となっている。

 最初は、厳粛と笑いの入り混じったようなヴァイオリンのリズムから始まり、やがて「我らは立派な校舎を建てた」の荘厳で親しみやすい旋律がトランペットとホルンで奏され、次にヴァイオリンでのびやかな叙情的な旋律の学生歌「国の親父」があらわれる。第3部は「新入生の歌」キツネ狩りの旋律(昔、ラジオ受験講座のテーマミュージックとしても使われていた)がファゴットで奏される。この旋律はすこぶるおどけた調子でおもしろい。最後は「よろこびの歌」が、朗々と力強く歌われ、クライマックスを築いてこの歓喜に満ちた曲を閉じる。
                 (プログラムより引用)

「第九」への想い 小田野 宏之

 私も日本の指揮者の1人であるから、当然「第九」をレパートリーから外す訳にはいかない。今までに何度も指揮をしてきた中で、やはり思い出に残る演奏がいくつかある。初めて指揮をしたのは大学院生の時だった。当時指揮者をしていた東京外国語大学管弦楽団の定期演奏会で、冒険覚悟で採り上げた。降り番の団員は合唱の一員として歌い、団員全員がステージに上がった。ソリスト4人は私の同級生で、彼らはいま世界で大活躍している。音楽の勉強を始めてからいつかは指揮をしたいと思っていた曲だけに、当時の私の全てを注ぎ込んだ、フレッシュな「第九」だった。

 「第九」のプロデビューは思いがけない形でやって来た。ソプラノソロを歌う同級生からの電話で指揮者が事情で降板したので振ってくれと言われたのが、確か本番の3日前だった。曲を知り尽くしているオーケストラは棒のとおりに反応してくれ、私自身の曲に対する理解もドイツ語力も自信を深めていた時期だったので、突然のピンチヒッターにもかかわらず落ち着いて音楽を演奏できたことが嬉しかった。ちなみにその時のコンサートマスターは、留学時代にウィーンの同じアパートに住んでいたS君だった。

 珍しいところでは「第九」とバレエという舞台。ステージではバレエが踊り、オーケストラはピットの位置に、そして合唱は両サイドの花道に分かれて演奏した。特にストーリー性がある踊りではなかったが、特に第1楽章から第3楽章までの音楽の抽象性に具体性を持った踊りがどのように結びつくのか非常に興味があったが、本番は夏で博覧会場の特設ステージのためエアコンが十分でなく、オーケストラも私もひたすら暑さとの戦いであったことの印象の方が強く残っている。

 中国地方のある町に「第九」公演のため滞在していた時のこと、風邪のせいか声が枯れて全く出なくなってしまった。耳鼻科で治療を受け点滴までしたのだがすぐには治らず、声が全然出ないまま合唱練習に臨んだ。いつもは肉声を張り上げて、歌いながらニュアンスを示したり直して欲しい事を説明するのだが、それが全くできない。マイクを用意してもらったのだが、指揮を止めていちいちマイクを持って「息だけの声」で説明するのがまどろっこしく、指揮棒、体全体、顔の表情をいつもの100倍ものパワーにして何とか伝えたいことを表そうとした。皮肉なもので、こういう状況の方が緊張感があり、私も合唱もお互いにアンテナの感度を最高にしているから意志の疎通も普段よりうまくいく。本番の時も喉は回復しなかったが、怪我の功名と言うのか、いつも以上にコミュニケーションが密になった演奏だった。

 ある知的障害児の施設が「第九」を歌うので協力してくれと、そこで歌の指導をしている友人から頼まれた。オリジナルの楽譜通りだと無理なので、「5番目のパート」を作るという。そうまでして何故「第九」なのかと、初めはかなり否定的に感じながらも、とにかく引き受けた。職員や親御さん、応援のボランティアと一緒になっての合唱練習を始めて、しかし私はどんどんと本気になっていった。確かに出てくる声は「第九」にほど遠いこともある。しかし彼ら障害児たちの集中力やテレパシーは、痛いほどこちらに突き刺さってくる。外見だけではわからないが、ものすごい意志が伝わってくる。私は「第九」の力を借りて彼らの精神エネルギーを余すことなく引き出すのに必死だった。本番では彼らひとりひとりの目をみつめながら指揮をした。終演後、体は疲れ切ったのに心は普段味わったことの無い「力」のようなものに満ちていたのを覚えている。

 「第九」はベートーヴェンのそれまでの8曲の交響曲とはいろいろな意味で異なっている。例えば、曲自体が長大であること、交響曲でありながら歌が使われていること、第3楽章に緩徐楽章を持ってきたり、終楽章が他よりはるかに大規模なこと、不協和音の多用、終楽章におけるテーマの具体性など。しかし最も大きな違いは、ベートーヴェンが描こうとしていた世界がそれ以前のものに比べてけた違いに大きく壮大で、まさに宇宙的と言える規模のものであることだろう。

 第1楽章は人間的な世界を伝統的な手法によって非常に抽象的に表現している。もちろん和声や半音階、リズムの特徴などにそれまでの範疇に収まりきらなくなった彼のロマンティシズムがたくさん溢れているが、対象はあくまで人間の世界である。
 第2楽章は大規模に拡大されたスケルツォだが、軽快さとかユーモアとかとは完全に一線を画した、闘争の3拍子である(トリオの部分に伝統的なスケルツォの性格が現れるが、しかし3拍子ではないのが憎いところ)。ここでも対象は現世。しかし第3楽章にはいると、私個人としてはどうも現世と天上の世界との間をさまよいだすように思えるのである。この世のものとは思えないほど美しいテーマとものすごく人間的な3拍子のテーマとの対話は、演奏していても自分が地球に踏ん張って立っていることを忘れてしまいそうである。その後に立ちはだかる第4楽章は、これはもう明らかに現世にいる我々人間と星空の彼方にいる神あるいはその側近との対話にほかならない。シラーの詩に自分が求めているテーマの普遍性を見つけたベートーヴェンは、かなり自由に引用しているとはいえ、その「ことば」によって直接的にメッセージを送ると同時に、その背後にある国や時代を超越した普遍性に、彼の書く音符が創造する響きを一体化させたかったのではないだろうか?

 「第九」の持つ独特の性格というのは、きっとこういうことなのだろうと思っている。そして、このベートーヴェンの想いに一歩でも近づこうとする意志が無くては、プロアマ問わず「第九」を演奏する資格は無いのではないだろうか。 
  本日の演奏でも、オーケストラや合唱、ソリストのみならず聴衆の皆さんとも一緒になって、ベートーヴェンの想いを共有し、それに向かってより一層近づきたいと思っている。

演奏会後記
 ひこね市民手づくり第九演奏会も5回目を迎えました。5年は時の流れを感じさせます。第1回の第九からの積み重ねと、サマコンでの曲作りを通して、オーケストラの音はある程度安定してきているようです。ホールの美しい響きに助けられていることもあるでしょう。機能的な面から言うと、未熟な要素が多いのも確かです。

 初練習の時は、オーケストラの実力を省みないで、先生の曲作りを強く提示されました。練習を重ねるごとに、それが着実に音になっていくとよいのですが、途中で指揮者に妥協を迫ってしまうこともあり、そういう過程が残念であるのですが、試行錯誤の中に価値があるのもまた確かです。あまた積み重ねである演奏会は、音楽をするものに多くの喜びを与えてくれます。私たちの演奏で、曲のもつ素晴らしさのわずかでも、聴きに来ていただいた方々に伝えることが出来ればと思います。


 8月18日(日) 夜       澤純子先生
 9月 1日(日) 夜       加藤完二先生
 9月 8日(日) 夜       加藤先生
 9月15日(日) 夜       加藤先生
10月13日(日)14日      小田野先生(強化練習)
10月27日(日)         小田野先生指名の指揮者
11月 4日(月)         加藤先生
11月10日(日)         加藤先生
11月17日(日)         小田野先生
12月 1日(日)         合唱合わせ 小田野先生
12月 8日(日)         小田野先生
12月13日(金)         小田野先生
12月14日(土)18:30      演奏会

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