局部焼き入れの技法

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  局部焼き入れの技法












SUS420J2製肉厚ゲージ
基準寸法の小さなものは1.6mm。
一方の測定部に対して、他方の測定部にフレームがあたらないように、各別に焼き入れするというのは、火口をうまくコントロールできる技能があるからである。



フルファスト


 ハサミゲージの局部焼き入れの技法



細目次 フレーム焼き入れの話 

焼き戻しの大切さ

総焼き入れゲージの問題

高周波焼き入れという技法

「油焼き入れ」と「水焼き入れ」




■【特論】サブゼロ処理

■【特論】ダイス鋼製ハサミゲージの局部焼き入れの技法(2017/03/30新稿)




フレーム焼き入れの話

 フレーム焼き入れというのは、アセチレンガスと酸素との混合された火炎の熱でワークの焼き入れを行うもので、火炎を使うので「フレーム」焼き入れという。熱処理の際の温度の問題で都市ガスやプロパンガスを使う場合も含めて、同じくフレーム焼き入れと指称されている。もっとも、鉄鋼材料に対する焼き入れ処理の場合、専らアセチレンガスが使われる。

 フレーム焼き入れの技能の要点というのは、加熱した部分の温度が焼き入れ温度に達しているか否かの判断にあって、その判断は加熱した部分の「色」に基づく。その色見本は公開されているのだが、画面での色表示や印刷での色表示が必ずしも正しいものではないということだから、実際には、この色の場合は硬度は幾ら、と場合分けをした試行を重ねることによって、色判断と焼き入れ硬度の実際を把握していく。

 この「色判断」というのは、ワークの表面温度を反映しているものだから、必ずしも内部も同じ温度であるとは限らない。ワークの加熱に際しての保持時間というものによって、外部表面の温度と内部の温度の等しいことを図っていくのだが、ちょっとしたコツになると言って良いだろう。

 ワーク(板材である)の焼き入れに際しては、先ず裏側から加熱して、次いで表側を加熱し、最後にゲージの測定部にあたる端面を加熱し、加熱部分が均一・均等に一定の色を呈示するようにする。最初からゲージの測定部にあたる端面から加熱すると、却って加熱領域が広くなってしまうから余り良くない。
 焼き入れ部分ができるだけ小さく(幅狭く)なるようにし、しかしながら規定の焼き入れ硬度が充分に実現できているように、手早く処置する。

 焼き入れがうまくいっているかどうかの判断は、もちろん、硬度計で測定すれば確実なだが、簡便な方法として、@焼き入れ部分を罫書き針の先で罫書いてみる。焼き入れ部分が傷つかない場合は罫書き針の先の硬度と同等かそれ以上の硬度で焼き入れが出来ているということを示す。あるいは、Aヤスリで焼き入れ部分の角部を軽く削ってみる。削れなければ焼き入れがうまくいっていることの証明になる。但し、ワークの焼き入れ部分の表面には「脱炭層」が形成されているから、その部分をヤスリが削り込んでしまうから、一見して焼き入れがうまくできていないと見えないこともない。脱炭層を除却してそれ以上にはヤスリは切り込めないから、直ぐに分かることではある。

 SK工具鋼(YG4・YCS3・SGT)の場合、焼き入れ温度に多少のブレがあっても、つまり、焼き入れ温度として指示されている温度から多少のズレがあっても、焼き入れ硬度はHRc60は確保されるという優れものなのである。
 焼き入れ硬度がHRc60と明示的に指示されている場合、SK工具鋼の焼き入れ硬度をHRc62位にしておけばこの点は文句なしにクリアできるという話になる。YCS3(SK3)の場合、普通に焼き入れをすればHRc64程度の焼き入れ硬度になるから、特に問題にはならない。こういう場合以外には、焼き入れ温度を規定より高くすれば規定より硬度を高めることができるのではないかという算段に向かうのだが、なかなか思い通りにはならない。

 焼き入れ硬度というのは、焼き入れの温度と油冷した場合の冷却速度によって決まる。水冷した場合は冷却速度が速すぎて「焼き割れ」の危険が伴うから水冷はできず、そのため、油冷の場合のその油を工夫するということが昔からなされてきていたのであった。
 ただ、不必要に焼き入れ硬度を高めた場合には却ってその弊害の方が大きくなるということが共通認識として明らかになって、こういった試みは顧みられなくなったのはむしろ良きことではあったと言わないといけない。
 この背景には、焼き入れ硬度が高い=耐摩耗性が向上する、という思念があったからなのだが、徒に焼き入れ硬度を高めても、期待通りには耐摩耗性が向上するわけではないということがその教訓として残ったのだった。

 局部焼き入れをしたワーク表面を研削し磨き上げた場合、焼き入れ部分とそうでない部分との違いがくっきりと現れる。これは、焼き入れ部分の硬度HRc60と、焼き入れ廷内部分の材料硬度(HRcでは0(ゼロ)以下で数値としては表せない)の差が出ている。
 ダイス鋼の場合は、ナマの母材の硬度がHRcで17〜18程度あるから、焼き入れ部分との硬度差が小さいために、SK工具鋼の場合程は焼き入れ部分がはっきり・くっきりするわけではない。その点にとらわれて、ひょっとして焼き入れ硬度が不十分か?と焦ってしまうことがよくあるわけである。


 ダイス鋼製ハサミゲージの測定部フレーム焼き入れという場合も、SK工具鋼製ハサミゲージの場合と同様の技法になるのだが、違ってくるのは、@焼き入れ標準温度が1050℃であるからSK工具鋼の場合に比べて200℃程の高温度を要するから、加熱の際の色判断が違ってくる。加熱温度が1050℃に達していなければ目標の硬度は実現できないし、また、1050℃を超える加熱温度の場合も焼き入れ硬度は目標に達しない。また、A焼き入れ油で急冷しなくても、自然冷却(空冷)で焼き入れ硬度が実現できるため、焼き入れ処理に際してワークが被るストレスは過剰なものとはならないと考えられるのだが、だからといって焼き戻し処理をしなくて良いという話にはならない。
 慣れないうちは戸惑うことも多いのだが、直ぐに慣れる。


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焼き戻しの大切さ

 ここでの焼き戻しというのは、焼き入れ後に150℃ないし200℃の温度に晒すことで、焼き入れ処理によって荒れた組織を整えて安定化させるために必須の処理とされている。
 焼き入れ処理というのは、SK工具鋼の場合、常温にあるワークを850℃近辺にまで加熱し、その後に一挙に常温にまで冷却するという熱処理であるから、加熱によって大きく膨張伸張したワークを冷却によって収縮させることになるから、そこには大きなストレスが掛けられたことを意味する。そのストレスが残存応力となって、ワークの焼き入れ後の寸法変位原因となる。
 焼き入れそれ自体の技法として、ハサミゲージ測定部の焼き入れ部分はできるだけ小さく留めるようにして規定の硬度を実現するように努めなければならないというのは、その焼き入れに伴う最大の寸法変位原因になるということが強く意識されていたためで、焼き戻し処理をするから焼き入れ部分が無駄に拡張されて良いということにはならないというのは、ゲージメーカーにとっては必須な弁えであることは変わらない。

 実際にどうなるかを検証する方法は簡単なことであって、以下のように行う。

 @焼き入れ前に、焼き入れ処理をする部分を進直に仕上げて、焼き入れ処理によってその直線度がどう変化したかを確認する。確認方法は「透き見」で充分である。
 A焼き入れした部分を再度進直に仕立て上げる。
 Bそのワークを150℃ないし200℃の温度に晒す。いわゆる「テンパー油」に漬け込む。漬け込む時間は3分程度にする。
 Cこのワークのテスト部分を再度「透き見」で検証する。進直であったものが収縮したような状態で凹R状に変形していることが分かる。
 Dその変形部分を進直に仕立て上げ直して、更に、150℃ないし200℃の温度に晒す。
 Eこのワークのテスト部分をまた「透き見」で検証する。進直であったものが収縮したような状態で、更に凹R状に変形が生じていることが分かる。
 FD〜Eの作業を繰り返す。進直に仕立て上げたものが変形が認められなくなるまでの回数とトータルの焼き戻し処理時間を確認する。

 焼き戻し処理によってその形状変化が生じるか否かの検証であるから、「透き見」での点検・検証で充分なのであるが、逆に言うと、「透き見」で検証できる程その変化が大きいということを意味している。
 焼き戻し処理をしないと、この変化が経時的に現出してくるということである。

 ゲージが納入されて一旦は合格と判定されたものが、数ヶ月後に寸法変化を生じているといういわゆる「置き狂い」の原因・理由は、この焼き戻し処理をしていないことによる。通例、3〜5μm程度通り部先端の寸法が小さくなっている。
 納入された合格ゲージの一つを改めて焼き戻し処理を施してみると、焼き戻し処理がなされていなければ寸法変位が生じることが分かる。つまり、他の合格ゲージも、受け入れ検査の段階で合格していたとしても、いずれ寸法変位を生じることが必至だということを意味する。なされるべきことがなされていない結果であるのだから、決して「初期不良だ」といった言い訳が通用するはずもない。

 ゲージメーカーにとっては最も深刻な問題であるはずなのだが、この寸法変位を「経年変化」と称して、不可避的するな物理現象と理解してその防止策あるいは禁抑策はないとする向きもある。

 この事情にはいろいろとあるのだが。
 一つには、焼き入れ処理をアウトソースしていてゲージの仕上げ担当者が直接処理に関わっていないということがある。焼き入れ処理を委託した場合に焼き戻し処理は当然な後工程であるから、当然焼き戻し処理はなされているはずという思い込みである。アウトソース先で焼き戻し処理まで行っているか否かにかかわらず、自分の手で焼き戻しをしておかないと確信は持てないだろう。
 二つには、焼き入れ硬度にこだわるために、焼き戻し処理によって焼き入れ硬度が軟化した場合に、硬度不良で受け入れ検査に合格しなくなるという心配がある。ゲージ素材の鋼種によっては、HRc56以上と指示されていればその心配は緩和されるが、HRc60以上と規定されていればかなり際どいことになりかねないのである。

 焼き戻し処理に於いて、焼き戻し処理の時間経過とワークの形状寸法変化率の相関をプロットすると、グラフは双曲線を描くと思われる。処理の最初に大きくその変化が現出して、その後の現出は僅かになる。
 こういうことは昔からよく意識されていていたことは事実である。
 焼き入れに際してその冷却の際の温度が200℃近辺でワークを焼き入れ油から引き上げて自然冷却させるという技法は職人芸としてよくなされていたことで、このことだけでも大きな効果が認められる。
 あるいは、焼き戻し温度が150℃ないし200℃という推奨値にかかわらず、油ではなく水を使って100℃の湯温に漬け込んでも焼き戻し効果は認められるとして実行されている向きもある。
 これらは日本刀の作刀技術からの転用であるらしい。

 
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総焼き入れゲージの問題

 ハサミゲージの製作技法がダイス鋼製へと進展すると、わざわざ総焼き入れゲージにするべき理由がなくなる。
 従って、ハサミゲージ製作技法についての一つの論点としての問題性というものが喪われたわけであるから、もう論及はしない。


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高周波焼き入れという技法

 これは昔の教科書等で知ったことなのだが、栓ゲージやリングゲージの製作に際して、コストの関係からか材質を普通では焼き入れが困難なS45CやS55Csw削り出し、ゲージ測定部を高周波焼き入れするという技法が紹介されていた。
 現在であるなら、栓ゲージやリングゲージの材質はJISでSKS3と規定されているから、SKS3の総焼き入れゲージとするのが常態であると考えられるところではある。ただ、大きな基準寸法の場合には、高周波焼き入れがより確実な方法という評価は可能かも知れない。
 高周波焼き入れであると、その焼き入れ深さが任意に限定でき、加熱の原理から焼き入れ硬度を十分に確保できることのようである。

 高周波焼き入れがゲージ測定部の表層に局限された焼き入れ技法であるというところから、例の「残留オースティナイトのマルテンサイト化」に伴う体積変化、言い替えれば体積膨張に伴う寸法変位という経年変化を考慮する必要がなくなるという利点と結びつくことになる。

 ハサミゲージ・メーカーにとっては、高周波焼き入れという技法は直接には関係してこないためその技法の利害得失を検討するといった機会に恵まれることがないのだが、知っておいて損はない技法ではある。

(補論)

 あるゲージメーカーさんのカタログを閲覧していると、超硬製栓ゲージ/超硬製リングゲージというものの写真を見る機会があった。
 高周波焼き入れを行った栓ゲージ/リングゲージの焼き入れ部分を超硬製の輪っかを嵌め込んだものに置き換えたものと言える。
 超硬の部分以外の本体部分はナマ材のままなのか、焼き入れたものなのかは判然とはしないのだが(ゲージメーカーの仕事だから焼き入れものであるだろうが)、こういった「つくり」を拝見するに学べることは多い。

 ハサミゲージに於いても、測定部の焼き入れ部分を超硬製のチップに置き換えたものが「超硬製ハサミゲージ」として流布しているのだが、ダイス鋼製ハサミゲージが普及していけば超硬製のアドバンテージとされている点は意味を失うから、ユーザー・サイドからの評価を待つことになるだろう。
 

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「油焼き入れ」と「水焼き入れ」

 フレーム焼き入れの場合、焼き入れ冷却に「水」を使うべき場合(水焼き入れ)と「油」を使う場合(油焼き入れ)とが区別されている。

 焼き入れすべきワークの材質(鋼材)によって、カーボン量が比較的低い鋼種の場合は水焼き入れでないと硬度が実現しないとされているのは、焼き入れ硬化という事象がオースティナイトのマルテンサイト化にあるとした場合に、その冷却速度が速くないとこの反応が充分でないからである。
 高温に熱せられたワークを水に漬け込むと、ワーク表面に接した水は沸騰して気泡を発生し、その気泡が熱伝導を遮断してワークの冷却を阻害するから、そんな気泡の発生を抑止するような薬剤を混ぜるということが語られたりしている。

 これに対して、カーボン両が比較的高い鋼種の場合、油焼き入れでないといけない。
 水焼き入れの場合との違いは、その冷却速度の違い、言い替えれば、ワーク表面からその熱を奪い取る能力の違いにあって、油焼き入れをすべき鋼種を水焼き入れすると「焼き割れ」を結果してしまう。
 油やキレの場合、油それ自体の熱伝導率が高くはないから、場合によっては、焼き入れワークの「硬度むら」を生じたりするおそれがあるから、その冷却能力を均等にするために、その流動性を高めるという事前準備が求められたりする。具体的には、常温(30℃以下)でそのまま使うのではなく、50℃もしくはそれ以上の湯温にして焼き入れに用いるとされている。
 焼き入れ油として市販されている油種を使用する場合、常温で焼き入れた場合のワークの焼き入れ硬度、50℃ないし70℃にまで加熱して焼き入れた場合の焼き入れ硬度を試しておくということは必要なことである。真冬の場合、焼き入れ油の湯温が10℃以下のような場合、湯温が低いとその冷却能力は大きくなると考えてはいけない。焼き入れ油の流動性が悪ければ、いわゆる「焼きむら」を生じかねない。

 焼き入れに用いることのできる油は、そのほとんどが鉱物油であることが一般的なのだが、高温度に加熱されたワークを漬け込むのだから、漬け込んだ瞬間に発火する。ワークは直ぐに冷却されるから、火炎は直ぐに収まる。油なら何でも使用可能というものではない。

 植物油を使う場合、伝統的に鍛冶屋仕事には昔から菜種油が使われてきた。その冷却能力が優れているから、市販の焼き入れ油を使ってHRc60の焼き入れ硬度が実現できている場合、菜種油を使うとHRc62程度に焼き入れ硬度が高まったりするし、場合によっては焼き割れを起こしたりもする。場合によっては使い勝手の良い油種ではある。もっとも、植物油の場合一般に言えることなのだが、空気中の水分を吸収しやすく、従って、その焼き入れ性能は必ずしも一定に保たれるわけではないと指摘されている。
 菜種油は冷却能力に優れているということから、切削油に用いることができる。
 切削作業の場合、刃物とワークとの間の潤滑性能のみならず、切削時に発生する熱の冷却能力という点が大切なことになるのだが、菜種油の場合、相手方にどこまでもべたべたとへばり付いていくという点でその冷却能力を発揮するものであるらしい。切削といっても、ネジ立ての場合には、ごま油が使える。菜種油ではその粘性が足りない。

 鍛冶屋の知恵というものは、現在に至っても、学べることは大きい。

 私らの場合、水焼き入れという作業をしたことがない。
 SK工具鋼の場合、SK5について、炭素工具王として水焼き入れすべしとされているのだが、水焼き入れを行っている例を知らない。



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■【特論】サブゼロ処理




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■【特論】サダイス鋼製ハサミゲージの焼き入れ処理について





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