固定砥粒ラップ/乾式
細目次 |
●「固定砥粒ラップ/乾式」の意味 |
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●「固定砥粒ラップ/乾式」の世界 |
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●cBN砥石の「目立て」 |
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●ラップ技能の展開論 |
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●「固定砥粒ラップ/乾式」の意味
「固定砥粒」というのは言い替えれば「砥石」のことなのだが、観念的には、「砥石ラップ」の場合に使用する砥石がWAもしくはC、あるいはGCであるのに対して、ここでいう「固定砥粒」はcBN砥石のことをいって区別している。
最近一般的に各社から市販されている「ハンド・ラッパー」に採用されているボロン・カーバイト砥石の場合は、この「砥石ラップ」に内包されるラップ工具になる。
この両者がどの点で区別されるかというと、砥石としての「目立て」方法で区別される。WA/GC/C/B4C(ボロン・カーバイト)の場合の目立てには、ガーネット+灯油を用いるのだが、cBN砥石の場合は、GC砥粒+目立て油を用いる。
この点は別の項で説明する。
もう一つの区別点として、「砥石ラップ」の場合の研磨のメカニズムというのが、砥石表面から剥離された砥石砥粒が遊離砥粒として作用してワーク表面に切り込むというプロセスを随伴しているから、固定砥粒と遊離砥粒との重複研磨となっている。それに対して、ここでのcBN砥石の場合は、砥石表面からの砥粒の剥脱ということはないから、固定された砥粒の研磨力のみが発揮されるものである。
これらの違いは、それぞれの砥石の砥粒を固結させる結合剤の違い、固結させる方法の違いに基づくものである。
固定砥粒ラップ/乾式の技法とは、目立てが終わった砥石面でワーク表面を擦り込んで、ワーク表面の平坦度・平面度・寸法関係要素を仕立て上げるものなのだが、そのため、ラップ工具面(砥石表面)のワーク表面に対する当たり方が直接的なものであるから、砥石面の仕立て上がり精度というものがとりわけ重要な要素となる。
これに対して、遊離砥粒ラップ/湿式の場合ではラップ工具表面とワーク表面との間にラップ油の油膜が介在しているため、ラップ工具のワーク面に対する当たり方が間接的になる。つまり、ラップ作業中のラップ砥粒の振る舞いが充分にはコントロールできない。そのために、ラップの仕立て上がりに幾分かの曖昧さが付きまとう。
固定砥粒ラップ/乾式という技法は、実務的には、cBN砥石の使いこなし技法であると言える。
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●「固定砥粒ラップ/乾式」の世界
固定砥粒の方式のラップ材としては、いわゆる「研磨シート」がその代表的なものなのだが、そのベースになる「シート」が均等な厚みであること、研磨砥粒がシート上で均等に配分され固着されていること、シートの砥粒保持力が堅固であること、シートを設定する土台の平面度が良好なこと・・・等、さまざまな条件がまとわりつくから、そう簡単に考えてしまうことが出来ないのである。セールストークとしては「非熟練者であっても簡単にワーク表面を鏡面に仕立て上げられる」とされるのだが、研磨シートの厚みがその弾性になるから、研磨シート面が均等にワーク面を研磨していくということにはならない場合がある。
この方式での最大の「泣き所」というのが、研磨滓を除却できない、ということに尽きてしまう。特に研磨シートの場合に典型的になるのだが、研磨滓が表面に固着して研磨力が低減した時点で廃棄・交換しなければならなくなる。
いわば研磨シートは使い捨てであるから、それはそれでの割り切りになる。
このような「泣き所」というか「弱点」があるところから、ハサミゲージ製作の分野にあっては、固定砥粒ラップ/乾式という技法は不適合なものと判断されてきた。
しかしながら、cBN砥石が一般的に購入できる時代に至って、「砥石ラップ」の技法が「固定砥粒ラップ/乾式」の技法へ純化されることになった。
cBN砥石の場合、砥石粒度として#400〜#3000程度の範囲内で商品化されているから、工作機械による切削痕や研削痕の消除から鏡面の仕立て上げに至るまで、それぞれの作業工程に対応した砥石粒度を選択することができる。ラップ加工技法から言えば、同一の技法で全行程でのラップ加工に対応できる。
また、「乾式」であるから、ラップ滓が砥石表面に粘着するということが無く、ハンドラップであるから加圧力が小さいものであるから、ラップ滓が砥石面凹凸の奥底にまで固着しないから、布や紙で砥石面を払拭すればラップ滓は簡単に除却できる。
更に言うと、cBN砥石の砥粒はダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち、ハンドラップでの加圧力程度では簡単にはその切り羽が魔損していかないから、ラップ能力が長く持続する。
また、「乾式ラップ」であるから、ワーク表面でのスクラッチの発生はおおよそ禁抑される。
「乾式ラップ」の場合、ラップ滓というのはワーク材質の極めて微小な粉末状のものなのだが、cBN砥石粒子の剥離・剥落がほとんど無いから、ブロックゲージ面を損耗させるということがあまり無い。cBN砥粒を使った遊離砥粒ラップ/湿式については、ダイヤモンド砥粒を採用する場合と同じ問題に悩まされることになるだろう。
cBN砥石の研磨力は焼き入れしたダイス鋼に対して極めて有効なのだが、改めて指摘するまでもなく、焼き入れしたSK工具鋼に対しても当然有効なのであって、ラップで仕立て上げるべきワークの材質を選ばない。適用有効範囲が遊離砥粒ラップ/湿式よりも広いわけだから、技能の汎用性という観点から言えば、cBN砥石をラップ工具とするハンドラップ技能がその「極北」だということになるだろう。
以上のことを踏まえれば、問題になるのは、ラップ工具としてのcBN砥石の目立ての方法に焦点が向く。
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●cBN砥石の「目立て」
cBN砥石をラップ工具とするということは、ラップ工具としての基準形状の条件を充足しなければならない。
それは、砥石の長手側、工具のラップ方向に対して凸Rでなければならず、砥石の幅側、つまり、工具のラップ方向に対して直角方向に対しては進直または幾分かの凸Rの傾向性を持つということである。
砥石の目立て一般の話を確認しておくと、目立て定盤の上に目立て砥粒と目立て油を置いて、目立てすべき砥石(角砥石)を円弧を描くように摺り合わせれば砥石表面は凸Rになり、一定方向に前後摺動させれば砥石の幅方向に凹Rになる。この作業を適切に繰り返すことによって、砥石面が調製される。
WA砥石の場合、目立て定盤は鋳物製を、目立て油は灯油を、目立て砥粒はガーネットを使うのがほぼ一般的なのだが、目立て定盤の面が磨損していると、その定盤面は凹R面となっているから具合が悪いので、適当に平面を回復させる。
以上の点はcBN砥石の場合でも同じ作業をすると言えることである。
cBN砥石の目立ての場合、目立て定盤として鋳物製を使っても粗い目立て粒度の場合は同じことになりそうなのだが、#600〜#1500のcBN砥石の目立てには花崗岩製の石定盤を利用している。#2000以上に対しては、人白砥石を目立て定盤としている。
その理由は、花崗岩もしくは人白砥石の表面に適切な凹凸を形成しやすく、目立て砥粒の保持力が優れているからである。つまり、目立てすべきcBN砥石の表面においても目立て砥粒が保持されているから、目立て砥粒を介して、目立て定盤とcBN砥石とが相互にラップしあっている関係になる。ラップ力とすれば、目立て定盤よりもcBN砥石が上回るから、cBN砥石砥石面が目立てされると言うよりも、目立て定盤の方が研磨されてしまうということになりそうなのである。結局、どういうことになっているかと言えば、目立て定盤上では目立て砥粒ががっちりと保持され、cBN砥石面では目立て砥粒が自由に転動して目立て作用を発揮するという関係にないといけない。
従って、特定の目立て砥粒の粒度に対して、目立て定盤の面上の凹凸は適切な粗さになり、他方、目立てすべきcBN砥石面に対しては、cBN表面の砥粒をや研磨滓を目立て砥粒が除却していくという関係性が発揮できるか否かが目立ての作業になる。
この点が難しいことになって、目立て砥粒の研磨力が不適合であると、とかくcBN砥石面が凸R面にに仕立て上がる傾向になり、しかもその凸R面をその目立て定盤や目立て砥粒の粒度では是正できないことになる。このような場合は、GC砥石を目立て定盤にして乾式でcBN砥石面を成形する、あるいは、cBN砥石面をGC砥石(角砥石)でラップして成形するということで作業を補完する。
目立て砥粒については、cBN砥石に対しては専らWA砥粒を使うというのが原則であるのか、それが多数派だというのか、その間の事情はよく分からないのだが、私自身はといえば、GC砥粒を使っている。それで問題は生じていない。
目立て砥粒の粒度について、目立てすべき砥石と同程度の砥粒粒度を使うというのが一般的に語られている。問題は、実際にどうか?、ということになる。
#2000のcBN砥石に対して、#1500でどうか、#2000でどうか、#2500でどうかと、逐次試行していかないと決着が付かないのだが、cBN砥石の粒度も目立て砥粒であるGC砥粒の粒度も、そこには一定の「幅」があるはずのものだから、一義的な原理・原則になりそうなものではないようである。
目立て油については、いろいろなものが活用できそうなのだが、目立てが終わったcBN砥石でワークをラップする場合の「表面潤滑」という問題と結びついていくから、なかなか決めかねる点がある。
目立てがうまくいっているかどうかは、ラップに使った場合にcBN砥石面上に固着したラップ滓の付き方で判断する。
目立ての際の目立て力(研磨能力)に不都合があると、cBN砥石面が必ず凸R面になるから、その凸R面なりのラップ滓の付き方になっている。
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●ラップ技能の展開論
ハサミゲージ製作の基本技能としての遊離砥粒ラップ/湿式の技能は、「結果が出せる技能」であったから、これ以外のラップ方法はないと判断されたことは至極当然の成り行きであった。
しかしながら、WA砥粒を使う場合に#6000以上に微細な砥粒に対して有効性を欠くとか、ダイヤモンド砥粒を採用した場合に3μm粒径が限度であって、それ以下に微細な砥粒では弊害が甚だしいとかの、その「限界」が既に意識されてきたのであった。
そのことはラップ技能の拙劣さによるものなのか、それとも鋳物製ラップ工具の物性に基づくものであるのか、俄には論決できなかったのだが、そのことは鋳物製ラップ工具以外に何か可能な道具素材があるのかが探究できなかったという事情も反映されていた。
ラップ技能はラップ工具の表面凹凸を利用して遊離砥粒を固定し、そのことによってラップ能力が生じる。
この原理が把握できさえすれば、必ずしも鋳物製ラップ工具に執着するまでもなく、ラップ工具として有効な素材の選択範囲は大きく拡がるわけで、人白砥石を活用するという試みはそのほんの一例にしか過ぎない。
#6000以上に微細なラップ砥粒を考える場合、WA砥粒ではほとんどラップ能力が発揮され得ないから、GC砥粒を採用する。しかしながら、#10000程度に至ると、GC砥粒でのラップ能力はかなり弱劣になってくるから、更にはダイヤモンド砥粒のラップ能力を期待することに至る。
実務的には、ダイヤモンド砥粒の活用となるとブロックゲージを酷く損耗させるから、ゲージ製作という点では非常に不利になる。
この事情を踏まえて、遊離砥粒を固定砥粒として機能させるという原理から、最初から固定砥粒のラップ工具を採用すれば問題は解決されるだろうという方向に向くのは当然なことだろう。遊離砥粒ラップ/湿式の技法から固定砥粒ラップ/乾式への技法転換である。
近年に至ってcBN砥石が一般的に市販されだしてきたから、その活用は容易なことなのである。
私らの仕事に向き合う姿勢というものは、特殊なラップ砥粒を開発してみせるとか、世間に二つと無い特殊・特異なラップ工具を創作してみせるとか、そういった製作プロセスでの独自性を誇るというのではなく、一つの望ましい結果を実現できるべき素材は、出来るだけ安定的に安価に、一般商品の姿で購入できることが望ましい。それらをどう生かしていくかが私らの「熟練の手業」なのである。
技法の転換のためにはcBN砥石を購入してラップ工具に仕立てるということだけであって、そこで新たにcBN砥石の「目立て」という技能が付け加わる。
この「目立て」の技能の善し悪しによって、ハサミゲージの仕立て上げの全体の効率が著しく違ってくる。「一応cBN砥石でのラップが出来ました」という段階から、「SK工具鋼製ゲージに対する仕立て上げに要する時間とほとんど変わらない所要時間でダイス鋼製ゲージを仕立て上げることが出来る」というレベルを実現できるまで、そもそもがcBN砥石の研磨力の至高の状態というものが見えてはいなかったわけだから、いわば暗中模索が続く。
なお、技法転換したからといって、従前の遊離砥粒ラップ/湿式の技法が不要になるわけでは決してない。
cBN砥石の「目立て」という技法は、遊離砥粒ラップ/湿式の技法そのもの(ラップ定盤を駆使する「定盤ラップ」の技法そのもの)であるし、そこには新たな工夫の余地がいっそう大きい。
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