[特論]ダイス鋼製ハサミゲージの焼き入れについて



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ダイス鋼製ハサミゲージの焼き入れ技法



  細目次 SK工具鋼の焼き入れ性能

ダイス鋼の焼き入れ

技能の修得とは

その他の関連問題




SK工具鋼の焼き入れ性能

 SK工具鋼のフレーム焼き入れ(局部焼き入れ)という作業は、確かに一定の熟練を要するものではあるのだが、修得するに困難をきたすというわけではない。
 その技法としては、@ワークを過熱する場合、焼き入れを要する部分をできるだけ均等の温度になるように加熱する。加熱の際には、焼き入れ個所が不必要に広がらないように、必要最少限に焼き入れ部分になるように手早く加熱する。A定まった加熱温度に達したことを視認して、ワークの焼き入れ部分が均等に冷却されるように、焼き入れ油に浸漬けして冷却する。B焼き入れがうまくいったかどうかは、簡便には、ヤスリでワークの焼き入れ個所の角を擦ってみる。C焼き入れ処理が終わったら、次に、焼き脅し処理をする。D焼き入れ処理によってワークに「曲がり」や「捻れ」が生じている場合、必要な補正が可能かどうか検討する。
 以上のようなことなのだが、細かな技法上の問題として、加熱する際のフレームの形と大きさがどうこうとか、焼き入れ油の油温がどうこうとか、それぞれに経験を積めば自ずから分かってくることである。

 よく問題にされることは、焼き入れをうまくやるためのワークの「加熱温度」についてである。ワークの焼き入れ部分の焼き入れ硬度を充分なものとするために、やや高めの焼き入れ温度に加熱するということはよくなされる試みであるが、過剰に加熱してそれが「過熱」になるとワーク本体の焼き入れ部分の組織が荒れてよくないとたしなめられる一方、加熱温度が足りないと、充分な焼き入れ硬度に至らない。SK工具鋼の場合、標準の加熱温度は850℃とされているのだが、良く出来ているもので、多少の加熱温度の過不足があっても、HRc60が確保されるように出来ている。750℃でもHRc60の硬度が実現できるという向きもあるくらいではある。
 焼き入れ温度の判断は、ワークの加熱部分の「色相」で判断する。
 焼き入れ温度を判断する「色相」は、いわゆる「黒体放射」であるから、ワーク素材の違いにかかわらず、同じ加熱温度であれば同じ色相を呈する。先ず、製鋼メーカーが教えてくれている加熱温度と色相の関係を頭に入れて、実際の焼き入れ作業においてこの色相の場合は焼き入れ硬度はこうだという知見を学んでいく。印刷された色見本は実際とは必ずしも一致しない恐れがあるからである。

 同じ加熱温度の下であっても、ワークの「冷却速度」によって、ワークに対する焼き入れ硬度が違ってくることに注意を要する。冷却スピードが速い程焼き入れ硬度は硬く、冷却スピードが遅いと焼き入れ硬度は鈍く、場合によっては焼き入れができていないことになる。この冷却速度を規定するのが、850℃のワーク表面と直接触れる焼き入れ油が泡立たないこと、油面がどこまでもワーク表面に纏わり付いていくことによって熱を奪い冷却効果を発揮するべし、という点である。他方で、焼き入れ油の冷却能力が高すぎる場合、焼き入れ硬度が高くなって好都合かと言えばそうではなくて、「焼き割れ」の原因になる。「焼き割れ」を生じない範囲で冷却速度が速いものを焼き入れ油としなければならない。従って、「水焼き入れ」が可能なのは低カーボン鋼に限られ、逆に言えば、低カーボン鋼であるが故に冷却速度を高めないと焼き入れができないということが意味されるのであるが、カーボン量が高いと水焼き入れでは焼き割れを生じる。SK工具鋼の場合、油焼き入れを原則とする。

 
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ダイス鋼の焼き入れ

ダイス鋼に対する焼き入れ処理を考える場合、SK工具鋼の場合と同じ考え方が通じる場合と、全く別異の考え方に立たなければならない点とをよく弁える必要がある。

 SK工具鋼の場合は、標準的な焼き入れ温度が850℃であるのだが、そこから多少の焼き入れ温度の高低があったとしても焼き入れ硬度に問題は生じがたい。これに対して、ダイス鋼の場合は、1050℃を標準としつつ、その焼き入れ温度に逸脱があればその焼き入れ硬度は大きく異なってくる。つまり、焼き入れ硬度の十全な実現のための焼き入れ温度の許容幅がかなり限定されてくると見ないといけない。

 ダイス鋼の焼き入れ硬度を実現するものはクロムの炭化物とされるのだが、その炭化物の生成のためには、一定の、SK工具鋼の場合以上の温度保持時間を配慮しなければならない。又、ダイス鋼はSK工具鋼に比べて「比熱」が大きい、言い替えれば、熱伝導率が悪いから、焼き入れに際して加熱部分を比較的小さくすることができる。従って、加熱温度が高いにもかかわらず、理屈の上では加熱部分が大きく拡がってしまいそうに思ってしまうのだが、加熱部分を小さく留めておくことが可能となる。更に、ワークの加熱後、SK工具鋼の場合は速やかに焼き入れ油に浸漬けして急速冷却しなければならないのに対して、ダイス鋼の場合は焼き入れ温度に達した後は、一定の加熱保持時間の経過後に自然冷却で徐冷すれば良いとされている。もっとも、この点については、焼き入
れ油での急速冷却した場合との違いがあるのかどうかは検証してみる意味はあるだろう。ただし、徐冷で良いのであれば、急速冷却の場合のワークの加熱温度の揺らぎや冷却の不均等さによるワークの「曲がり」や「歪み」について心配はかなり抑止される。

 フレーム焼き入れの場合も、焼き入れ硬度をHRc58〜HRc64にできなければならない。焼き入れ・熱処理の教科書や資料では、炉を用いての総焼き入れの技法に依っていて、フレームによる局部焼き入れの業務例はないとされている。フレーム焼き入れが可能なダイス鋼というものが別途に製造・販売されているわけだから、SKD11という標準材質のダイス鋼に対しては、フレーム焼き入れというものはそもそもが成り立たないと考えられそうではある。とは言え、炉を用いての総焼き入れの手順をフレーム焼き入れの場合の手順に置き換えることができれば、SKD11に対しても局部焼き入れが有り得ない話になるはずがない。広い世間では、個別にはノウ・ハウとして外部に対して秘匿されている先行実践例が技能として確立されているはずだから、取り敢えずは試行する以外には無いという話になる。
  因みに、ダイス鋼に対するフレーム焼き入れの技法が確立できなければ、ダイス鋼製ハサミゲージを考えることさえ無意義になってしまう。

 結論から先に言えば、ダイス鋼に対するフレーム焼き入れ技法というのは、「加熱温度」と「加熱保持時間」の二つの要因による関数で決まる。当たり前の結論に思えそうなのだが。
 技能として修得するためには、先ず試験片を多く製作して、少しづつ条件を変えていって焼き入れを試みることで、うまくいく場合、それが何故にうまくいったかを顧みながら、その「再現性」を更にテストするということを繰り返さないといけない。


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技能の修得とは

 SK工具鋼へのフレーム焼き入れの技法というのはかなり一般的な技法であり、その知識と経験というものも一般的に集積されてきていると言える。それに対して、ダイス鋼に対するフレーム焼き入れという技法はかなり限定された局面における技法であって、従って、それぞれの局面においてその技法の知識と経験を重ねていく以外には無い。

 そのような場合、「結果が出せる技法が正しい技法である」という割り切りによって経験を重ねていく以外には無いのだが、その「正しい技法」というのは、ダイス鋼の理論的な焼き入れ硬度=HRc58~64ということが指標になる。ただ、ダイス鋼製をSKS3製の代替素材とみなして、その代替性を評価する場合、HRc50の焼き入れ硬度のダイス鋼は、焼き入れ硬度HRc60のSKS3よりもむしろ耐摩耗性において秀でていると評価されれば、何が何でもダイス鋼の焼き入れ硬度はHRc60でなければならないと決め付ける必要は無いわけである。しかしながら、ダイス鋼それ自体の物性を最大限生かすべきモノを作ろうという場合には、やはりダイス鋼にはHRc60の焼き入れ硬度が望ましいことは確かである。そのあたりをどう判断していくかは、実務的には一つのテーマとなり得る。

 ダイス鋼に対するフレーム焼き入れ(局部焼き入れ)の技法については、「結果が出せている技法が正しい技法である」という場合、どういう結果が出せているかという点については作業者の個別な作業目的や作業環境によって異なってくるものであるから、それぞれ付き合わせてみないと何が正しいかは直ちに判定できない。付き合わせた結果、そこに何か相互に通底する「共同手順」が判明するかも知れないし、逆に、相互に自分流の技法こそが正しいと強弁することに終始するのかも知れない。技法というスタイルは、技能という属人的で主観的な行態であるから、そういう結果もやむを得ないモノがある。
 因みに、ハンドラップというラップ技法の世界でも、そのスタイル(道具立てとその道具の使いこなし)はさまざまで、定式というものは既に喪われてしまっている。かろうじて、ラップ工具やラップ定盤を鋳物製とする点が共同化されてはいるのだが、それを否定することによって次のステージが開かれる。つまり、技能の世界では「多数決」は必ずしも「正しい」ものを意味しない。



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その他の関連問題

 SK工具鋼のナマ材の硬度というのは、HRcでは0(ゼロ)以下の硬度で表示され、つまり、HRcでは高度計測ができない程軟らかい素材ということになる。これに対して、ダイス鋼のナマ材硬度というのはHRc16〜18程度の硬度が表示される。
 この硬度差が、ナマ材段階でのダイス鋼の機械工作がかなりの抵抗を受ける理由になるのだが、1%程度もしくはそれ以下のカーボン量のSK工具鋼と、1.5%程度のダイス鋼との、このカーボン量の違いが原因していると考えることができる。
 同じHRc60の焼き入れ硬度の場合、研磨布等で磨くと、SK工具鋼の場合、その焼き入れ部分ははっきり・くっきりとするのだが、ダイス鋼の場合は、なかなかはっきり・くっきりとはならない。焼き入れ部分とそうでない部分との硬度差がその理由なのだが、ダイス鋼の焼き入れに際して、焼き入れに失敗しているのではないか?と不安をもたらす原因にもなっている。留意すべき事である。

(硬さと耐摩耗性)
 SK工具鋼というものの焼き入れ硬さはいわゆる「マルテンサイト変態」によってもたらされるものであるが、ワークがSK工具鋼の焼き入れのものをWA砥石で研磨仕上げしたものを、同じくSK工具鋼製のハサミゲージで寸法計測する場合、「両者ともに同じ硬度であるわけだから、摩耗ということを考えなくても済むのではないかと思わせる。しかしながら、砥石で研磨仕上げしたワーク表面というものは、一見したところ平滑に仕立て上げられているように見えながら、実際には微小な凹凸が刃物のような鋭さでその切っ先が立っているような状態だから、それと擦り合わされるゲージ測定面を傷つけていくことになる。
 分かり易い例を採り上げると、普通のソーダガラスを微細に寸際して、その粉末をラップ砥粒代わりにしてゲージ測定面を擦り合わせ得きると、ラップと言える程の研磨力は発揮しないが、ゲージ測定面を傷つけていくことは十分に可能なことになる。ガラス粉末の切っ先の先端部に集中するエネルギーが、その相手方を傷つけるに充分な切り込み力になるということである。
 ワーク表面とゲージ測定部表面とが、その凹凸によって相互に潰し合いをするということが、その摩耗の正体であると言える。
 このように考えた場合、ゲージ測定部表面の摩耗の抑止のためには、ゲージ測定部表面の仕立て上げに際して、その表面凹凸が生じないような、可能な限り平滑な表面に仕立て上げなければならないことが分かる。ゲージ測定部の焼き入れ硬度をいっそう硬くなるようにしようとしても、その焼き入れ硬度には「上限」があるのである。

 このような事情に対して、ダイス鋼の場合、その焼き入れ硬度はクロムの炭化物によって生成され、金属元素の結合エネルギーがマルテンサイト変態の場合と違ってくる。更に、バナジウムが付加されることによってその摩耗抵抗はいっそう強化される。その耐摩耗性の意味が、SK工具鋼の場合とは全く違っているのである。従って、そのダイス鋼製ハサミゲージの測定部表面をいっそう平坦に(鏡面に近く)仕立て上げることによって、ゲージ測定部表面の摩耗の問題は大幅に改善されるはずのものになるだろう。



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