デジタル邪馬台国

1.神獣鏡の図像学 (5)アマテラスの鏡

▲鏡作神社 三神二獣鏡 主神

鏡作神社などの三神二獣鏡では、この一体の大きな神像が中心テーマであると考えられます。この主神は一体何でしょうか。

他の三角縁神獣鏡を見ると、双髻形の髪型をした神像に「西王母」と彫られており、三山形のものは「東王父」と彫られているものがあります。ところが、この神像は、双髻形であり、三山形でもあるような形をしています。この神像は、西王母でありながら、東王父の性格も兼ね備えているように見えます。

西王母
東王父

梅原末治氏の『紹興古鏡聚英』の図版62にこの主神と同じようなデザインの神像の鏡が収録されています。(*1)

よく似たデザインの神像
 
西王母
『紹興古鏡聚英』図版62 波文神人龍虎画像鏡

梅原氏はもう一体に西王母と彫られているので、この神像を無条件に東王父とされています。しかし、一般に、同一鏡に彫られた西王母と東王父は類似したデザインになっており、この意匠の違いは東王父でない別の神を描いているのではないかとも考えられます。

▼類似したデザインの西王母と東王父
東王父
西王母
『紹興古鏡聚英』図版54 獣帯神人龍虎画像鏡

事実、同じく『紹興古鏡聚英』の図版56には、西王母の対面に特異なデザインの像が彫られており、「呉王」という文字があります。

呉王
 
西王母
『紹興古鏡聚英』図版56 流雲文呉王西王母龍虎鏡

したがって、かならずしも対面にある像が、対の性格を持つ像とはかぎらないようです。この鏡の場合は人間の「呉王」と神の「西王母」が対に扱われています。

この配置の解釈の援用が許されるなら、図版62のこの神像もまた、「西王母」の上位に位置する神ではないかと考えられます。もし、そうだとすると、この神像のデザインを継承する鏡作神社の主神もまた、この「西王母」の上位に位置する神である可能性があります。

もう一度帛画に戻ってみましょう。

曽布川寛氏は、上段に描かれた神を天帝「 女媧 じょか 」とし、この帛画の二人を崑崙山の門で被葬者の昇仙を歓迎する、天帝の下臣だとしておられます。(*2)
また、徐朝龍氏によれば、発掘報告書は当初「 女媧 じょか 」としたが、後に、「 燭龍 しょくりゅう 」にあたると見解を改めたとされています。徐朝龍氏は、しかし、前漢という時代には、「 燭龍 しょくりゅう 」は「祝融」という神になっていたはずだとされています。(*3)

帛画のこの位置に描かれた神は、「 女媧 じょか 」あるいは「燭龍」あるいは「祝融」と解釈されています。それが「 女媧 じょか 」か「燭龍」か「祝融」か、筆者には判断できませんが、

女媧 じょか 」は天帝
「燭龍」は天地の中心で世界に光明を与える至上の神
「祝融」は火をもって四海天下を照らし、天地世界に光明を与える神
(*3)

とされることから、帛画と同位置に存在するこの神も、世界の中心に存在する天帝もしくは太陽神と考えることはそう的外れではないでしょう。

伝承によれば、この鏡を所蔵する鏡作神社の起源は、崇神天皇6年9月に、笠縫邑に磯城神籬を建ててアマテラスを祀った時に、石凝姥の神裔に「日御象之鏡」を鋳造させたこととされています。また、この「日御象之鏡」は現在の内侍所の神鏡で、現在鏡作神社に伝えられる鏡は、その試鋳の鏡であり、それを「天照大神之御魂」として祀ってきたとされます。

現在の鏡作神社の祭神は石凝姥命とされていますが、「穴師神主斎部氏家牒」と「延喜式神名帳」を根拠に「鏡を天照御魂神として祀ってあると考えるのが至当であろう」とされる説もあります。

この主神を強調した鏡は、アマテラスとして祀られてきたことになります。

古代史の上田正昭氏は晩年、アマテラスの神格に道教の西王母の信仰がオーバーラップしていることを述べておられます。中国や朝鮮半島における西王母と同様に、記紀に描かれたアマテラスは「忌服屋」「斎服殿」で「神御衣」を織る織女神だったと指摘されています。日本書紀では「口の裏に蚕を含みて、すなはち糸抽く」と描写され、持統朝には七夕の宴が行われていたと述べておられます。(*4)
三角縁神獣鏡が国産だとすると、その創成の過程を通じて、中国・朝鮮の西王母信仰のイメージを借りて、アマテラス信仰が生み出されたのではないでしょうか?だとすると、その核になったものは、いったい何か?


(*1)梅原末治 『紹興古鏡聚英』 同朋舎出版 1984年(1939年桑名文星堂版の復刻) 
(*2)曽布川寛 『崑崙山への昇仙』
(*3)徐朝龍『三星堆・中国古代文明の謎 史実としての『山海経』』 大修館書店 1998年 p69,p59
(*4)上田正昭『私の日本古代史(上)』 新潮社 p82,p83『新修日本の神話を考える』小学館 P151~P159

1.神獣鏡の図像学 (5)アマテラスの鏡

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