デジタル邪馬台国

1.神獣鏡の図像学 (3)傘松文様

これらのことを考察する前に「笠松文様」について考えてみましょう。この鏡作神社の鏡にも見られる、三角縁神獣鏡独特の文様に「笠松文様」があります。(この頁では緑色に着色しています。)現在のところ、この文様は中国本土で発掘された鏡には無く、三角縁神獣鏡のなかで独自に様式が変化しているので、三角縁神獣鏡国産鏡説の根拠になっています。

▲福岡県
香住ケ丘古
墳出土獣帯
二神二獣鏡
▲京都府
椿井大塚
山古墳
獣帯二神
二獣鏡
▲山口県
宮ノ州古
墳半円方
形帯同向
式神獣鏡
▲静岡県
上平川大塚
古墳 獣帯同
向式神獣鏡
▲愛知県
東之宮古墳
唐草文帯
三神二獣鏡
▲静岡県
新豊院山
2号墳
銘帯四神
四獣鏡
▲伝岡
山県丸
山古墳
唐草文
帯二神
二獣鏡

この文様について新納泉氏は「節」と見るのが妥当だとされています。朝鮮の安岳3号墳主壁画には、この「節」と思われるものが描かれています。新納氏によれば、「節は皇帝(もしくは王)の意思を帯びて、赴く使者に授けられるものであり、」周辺民族の族長も節を与えられていた例にみられるように、「本来は皇帝と臣下との関係が、節を与えるという形をともなって、周辺諸国の王との関係に拡大されている」と述べておられます。(*1)

▲朝鮮・安岳3号墳主壁画
奥野正男『考古学から見た邪馬台国の東遷』
(毎日新聞社1982年)より引用

原型と思われるこの「節」に類似した図像は、下図の鏡などに見られます。

▲京都府 椿井大塚山古墳 獣帯四神四獣鏡

この壁画から想定できる神獣鏡の笠松文様の機能は、その修飾するものを、中国王朝の冊封体制のなかで、権威付けるということができるでしょう。天上的というよりはむしろ、ずいぶんと地上的な役割が想定されます。
ところで1976年に発掘された、河南省洛陽北方の前漢時代の卜千秋墓の墓室の主室天井の壁画に、同様のデザインのものが描かれていることがわかりました。

▲卜千秋墓天井壁画

この壁画は、崑崙昇仙図と考えられています。曽布川寛氏は、「節」は皇帝の使者に証明用に授けられるものだが、この羽人の場合は天帝から授かり、天帝の使者として瑞獣を従えていると解釈しておられます。(*2)中国の冊封体制のなかの権威付けという解釈と同時に、この「節」は崑崙昇仙図の伝統的な意匠であり、三角縁神獣鏡は、その意匠を継承していると考えることが可能です。

▲卜千秋墓平面、縦剖面図(*3)

石川三佐男氏は、この卜千秋墓に副葬されていた蟠ち鏡(ばんちきょう)と昭明鏡を紹介し、昭明鏡は気の類を操作する呪器であり、蟠ち鏡が死者の「魂を昇天させる呪器である可能性は極めて高い」と述べておられます。(*4)そうすると、三角縁神獣鏡に描かれた笠松文様は、漢代の埋葬の様式を継承していると考えることができます。現状では、この笠松文様を持つ中国出土鏡は出土していませんし、三角縁神獣鏡の様式の変遷のなかで独自に変化していくわけですから、この事実に則するかぎり三角縁神獣鏡は国産鏡と考えなくてはなりません。

これらを総合すると、三角縁神獣鏡は「魂を昇天させる」という漢代の埋葬の思想を継承し、しかし日本独自に製造されたものと考えるのが妥当でしょう。そして、日本人はその埋葬の思想を、笠松文様によって、中国王朝の冊封体制のなかで、権威付けたということができます。


(*1)新納泉 「王と王の交流」 都出比呂志編 『古代史復元5古墳時代の王と民衆』 講談社 1989年 P150~P154
(*2)曽布川寛 『崑崙山への昇仙』 中央公論社 1981年
(*3)石川三佐男「魂を昇天させる呪器、漢鏡について」『日本中国学会創立五十年記念論文集』 汲古書院 1998年
(*4)同上 (石川三佐男先生から誤字の御指摘をいただき、訂正しました。石川先生、ありがとうございます。2002.12.2)

1.神獣鏡の図像学 (3)傘松文様

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