真っ赤なカシスをトールグラスで飲んでいた。
なるべく目立たないように隅っこの大きな観葉植物に隠れて…。
苦手なんだ。こういうの。
自分以外の人が皆美しく見える。自信持って見える。
華やかなパーティに馴染んでちゃんと会話が出来る人達が羨ましい。
こんな場所にふさわしくない自分を知りながらのこのこ出かけてきて
ばかみたい。
この日の為に買ったカクテルドレスは何日も前から家で試着しては似合う髪形、靴、バッグ、って研究を重ねたはずなのに、全てがチグハグに思えた。
もう何度も化粧室に逃げ込んでは時間を潰し、しぶしぶ会場に戻っては
笑顔を作っている。
誰も私なんか見てやしないのに、全ての視線が気になって、いたたまれない。
早く帰りたい。
宏治郎がレストランをオープンさせると聞いたときは正直びっくりした。
彼にそんな度量があったのかと…。
大学を卒業して一流企業へと就職をし、軽やかに階段を上る出世頭だったのに、突然何もかも捨てて畑の違う場所へ身を移した。
「奈津美、レセプションパーティするから来てくれよな。」
宏治郎は私に相談をして来たことがない。いつも報告だ。
きっとここまで来るのに様々な葛藤と不安があったはず。
誰にもうちあけずにこつこつと計画を積み上げて今日に至ったに違いない。
いや、私以外の誰かには相談していたのかもしれない。
私は相談するに値しない程度の存在なのだろうか。
宏治郎にタレント性があるのは感じていたけれど、これほどまでの人脈を持っているなんて知らなかった。
沢山の女友達がいるのは知っていたけど、どこかで自分だけは少し特別なのではないかと鷹をくくっていた。
宏治郎にとって私はここにいる女達と同一なのだろうか。
色とりどりの蝶や花達に気のきいた挨拶をしてまわる宏治郎を見ながら置き去りにされてしまっている自分に気づかれないように身を縮ませた。
今日のサーモンピンクのドレスにローヅクォーツのピアスはくどかったのではないかとか、控えたはずのファンデーションはかえって貧相に見えるのではないかとか、そんなくだらない事を気にしながら更に隅へと後ずさった。
パーティ会場から外れるとそれはそれで目立ったりして、
ハンターの餌食にされる。
「どう?楽しんでる?」
「ああ、はい」
こんなふうに独りぼっちの私を見つけてくれる男性に心惹かれる事はまずない。
猜疑心や警戒心が喜んで暴れだし、岩の扉を閉めてしまう。
1度閉まったら、押せばいいのか引けばいいのか自分でも開け方がわからなくなる。
ハンターの声は遠くで聞こえるだけで、矢だけが私の中に打ちこまれ、
やがて疲れて冷たい岩の上で眠る。何も信じない心地よさ…。
感情を断つと自分の居場所が見えてくる。
人を愛せば苦しくなるだけ。
「楽しくない?」
中国のお茶を手にして宏治郎が近づいてきた。
「オープンおめでとう。飲めないのに大変ね。」
「はは、最初はアルコール付き合ってたんだけど、1杯が限界。」
目のふちが少し赤く染まっていた。
「 びっくりしたわ。レストランだなんて。」
「俺はただのプロデュースだから。料理も作れないし、酒やワインも詳しくないし、
でも、新しい事に挑戦してみたかったんだ。皆のおかげだよ。」
商社に居た頃とは違った目の輝きがあった。
パーティの主役を目の前に、私はどんどん沈んでいく。
「安定の最中にそれを手放して、新しい事に手を出していくなんて、
男って思いきりがいいわよね。」
「男も女も関係ないよ。奈津美も何か始めたいんなら、すればいいじゃん。」
私はこのままでいいわ…
このままで…?このままって…。
「送ってってやるから、最後までいろよな!」
宏治郎は酷な言葉を投げてざわめきに戻った。
最後まで参加する気力なんかない。
こんな大勢の中で孤独を味わうだけならまだしも、
成功者への嫉妬と、何もしていない自分に向き合わなければならないなんて、
耐えれられるわけがない。
送っていってやるという宏治郎の言葉だけ抱いて、逃げ帰った。
慣れた一人の部屋は安心した。
人の視線から逃れ、軽蔑も侮辱も攻撃もない。
誰も私を傷つけない。安全な場所。私の部屋。
だけどそれも一時で、それらはかえって増幅されてすぐに不安が襲ってきた。
視線は部屋の中の壁から注がれ、嘲笑や侮蔑の目が私を傷つけている。
逃げ場がなくなる。閉じ込められる。
塞がれて塞がれて、場所を変えても“視線”がついてくる事を知る。
誰の眼?この沢山の眼は誰の眼?
逃避とほんの少しのアルコールのせいで眠ってしまった私は、
宏治郎のためにダウンロードした着信音で目が覚めた。
「帰ってたんだ?」
「ごめんね。気分悪くなっちゃって・・・」
「奈津美の姿が見えなくなったから一人で帰ってきたよ。」
「あら、きれいな人たちを送ってきた後なんじゃないの?」
卑屈な軽口をたたいた後、大人の発言ではないなと恥ずかしくなった。
「大事な話 しようと思ってたのに――」
まじめな口調で宏治郎は言った。
何もかもがスタートで、今夜はパーティーの主役まで務めてひと区切りの自信のさなか、大事な話がどんなに重いものかと押し潰されそうだった。
「レストラン、 オープンするんだ」
突然告白されたあの時みたいに
「俺、結婚するんだ」
そんな報告のような気がして恐くなった。
宏治郎への好意は膨らんだりしぼんだりしながらいつも恐怖とせめぎ合う。
私だけを愛して欲しいとは言わない。友達でいい。
だけどせめて誰のものにもなってほしくはない。
「ごめん宏治郎、まだ気分悪いんだ。」
私は携帯を切って、 また眠った。
<まりんの処方>
誰しも人の目が気になる時ってありますよね。
自分はどう思われているのか、笑われていないだろうか、
悪い奴だと思われていないだろうか、とか。
自分に自信がないとその度合いだけ人の視線が気になります。
いわば自分が自分に向けている視線が人の視線に投影されるので、
場所を変えても人を変えてもついてきます。
ではそれを逆手にとって“いつも見られている”ということを
自分の魅力に変えてみてはいかがでしょう?
綺麗な女優さんたちって、デビューの時はさほどそうでなかったりします。
けれど“見られている”という意識のおかげで彼女たちは
どんどん自分で自分を磨き、見られて恥ずかしくないよう輝いていきます。
人の視線が気になる人というのはそんな才能をもっている人とも言えるのです。
疑い、警戒、恐怖・・これは真実の心ではありません。
これを作ったのは淋しさ、裏切り、悲しみであり、その下にある飢えた愛。
しかしこれも真実の心ではありません。
大切なのはそのもう一つ下にある真実の愛、優しさ、絆。
本質とはこの部分のみであり、人はここに気付くために
パートナーと学ぶのではないでしょうか?
奈津美は恐くて大事な話の内容を聞かずにTelを切ってしまいましたが
もしかしたらプロポーズの言葉だったのかもしれません。
“このまま”を脱却したいのであれば自信を持って
愛を手に入れる勇気を!
お勧めエッセンス/ビリーゴートプラム・ウエディングブッシュ
フィロセカ・サンシャインワトル
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