BY 月華美心  
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〜my dear〜 20010911(完結編)




「お客様・・よろしかったら・・・」
丁寧に身体を折りたたみ、背の高いギャルソンが初々しさを放ちながら
ブランケットを持ってきてくれた。
今時の若い男の子にしては珍しくサラサラの黒髪。それだけで印象が増す。
「あ、どうもありがとう。でももう中へ入るわ。」
やっと季節の感覚を取り戻した私ではあるけれど、それでも時々確実な冬を
思い知らされる。

それは街路樹の周りに散らばった落ち葉とか、radioから聴こえてくる
雪の予報とかそんなんじゃなくて、
ここ、テラスに座った時のブランケットの必要性と有久の不在によって・・・。

「もうテラスは寒いですよね。」
「長居してごめんなさい。もう少し・・居てもいいですか?」
「もちろんですよ。」
フリース布地のブランケットが用意されているとはいえ、
この時期テラスに座る客などほとんどいない。
私はこだわっていた。
思い出にわざとしがみつく事に――。

「ティーポットの中・・まだ残ってます?」
「温かいの・・入れ直して頂こうかな?」
「いつもの・・ですか?」
「覚えてくださっているの?」
「はい。綺麗な方ですから・・」
ギャルソンは照れもせず、首だけ頷かせて笑顔とブランケットを残していった。

くすぐったくって―― 笑った。
会話のセンスが有久に似ていると思った。
というより、このところ全ての事が有久にダブりつながる。
こうやってお茶を飲んでいても、街を歩いていても、映画を見ていても
時にはこうやって本を読んでいる最中でさえ、行間の間に有久が現れる。
愛を誓い合ったわけでも約束を交わしたわけでもない。
ただこの世にやすらぎの場があるという事実の確認をしてみたかった二人。
見つけてしまったが為に私達は居心地の悪さに直面する事になった。

―― やすらぎ? そんなもの・・・

私から姿を消してしまった有久に対して責める権利も
待ち続ける立場もありはしない。
けれど思い切って身を投じながら片足が引っ掛かっているこの宙吊りを
一人でどうやって処理しろという?

    やすらぎ?  そんなもの――。

 

毎日が苦しくてたまらない。
唯一の痛み止めがここに来る事。
私は夏からずっとここに置き去りにされたままなのだと、
有久に罪を着せる為、過去へ逃げ返ることができるから――。
どんな時も意を決して旅立ってゆくものの方が辛くない。

ずるい・・・消えるなんて・・・。



「お待たせ致しました。」
さっきのギャルソンとは違う小柄な女の子がティーセットを持ってやってきた。
透明なポットの中で茶葉や花びらがゆっくりとお湯を含み、
徐々に開かれていく。 ブルーマロウがゆらゆらしている。
カップに充分抽出されたティーを注ぎ、鮮やかなブルーを堪能してから、
薄く切られたレモンスライスを浮かべると、このハーブは魔法のように
パステルパープルに色が変わる。
有久と一緒に見たここの夕日と同じ色・・・。夏の夕日と同じ色。
あの時交わした一言一句、思い出されるとその重圧でいつも気を
失いそうになる。
それでも私はここに来て孤独を選んでしまう。
有久に幕を降ろさなければ、次の幕は上がらないのに――。

「もう一枚・・ブランケットをお持ちしましょうか?」
「あ・・ありがとう。 この色が変わったら、中へ入るわ。」
ブルーマロウはパステルパープルに色を変えた後、
頬を染めるように少しずつピンクになる。
「私、最後の色が一番好きなんです。」
声のトーンと言葉の操り方に彼女の若さがあった。
無邪気なベールは柔らかく、優しく私を包む。
   あなたの頃に戻りたい・・

「そうなの?私は今の色が一番好きよ。この色がずっと変わらなければと思うわ。」
年下の女の子に対して私は一体いつからこんな落ち着き払った話し方を
覚えてしまったのだろうか。

「お客様はピンクに色が変わった後はあまり飲まれませんよね。」
なれなれしさがかわいさを強化する。
「あら、良く見ていらっしゃるのね。」
気がつかなかった。そういえば私はピンクの色の味を知らない。
無意識に席を立っていたんだ。
「一度ピンクを飲まれてみてはいかがですか?
ピンクの色の後にも変化があるの、見れますよ。」
「そぉ・・知らなかったわ。」
「なくなっちゃうんです。」
「え?」
「色・・なくなっちゃうんです。」
「透明になるの?」
「はい。だから私、なくなっちゃう前にピンク色飲み干すんです。見たくないから。
私にとっての最後の色はピンクなんです。」

はっとなった。

気付きとは何処にでも転がっているもの。
そしてそれはたいがい“当たり前”である事が多くて、
当たり前であった事に驚いたりする。


人は様々な色を織りながら生きている。
どの色にも味があり、意味がある。
けれど最後は誰も皆、無色透明の場所で一つになるのではないだろうか。
ならば色があるうちにそれぞれの色を楽しむことでいろんな形の愛を
感じられるのかもしれない。

思い出の夕日の色が完全にピンクに変わる。
私は席を立たずに口をつけた。
「――こんな・・味なのね・・」
彼女は嬉しそうに笑ってブランケットを取りに行った。


無意識の中で苔のようにはびこる観念は気づきと共にごっそりと剥がれてゆく。
今まで託していた有久への思いは愛ではない。
その事に今・・気づく。
身体の中を新しい色が走る。
私は初めてピンクの味を知った。
のしかかる事を辞める事でこんなにも軽くなるなんて――。
この軽さがあなたに繋がっていくなんて――。


彼女の代わりにこの店のマネージャーらしき男性がブランケットと伝言を持って
側に立ちはだかった。
「お待ち合わせの方がお見えですが・・・」
「待ち合わせ?」

奇跡は突然やってくる。
呪縛を解くと、すごい早さでやってくる。
振り返ると夏の笑顔がそこにあった。

「ただいま。」

新しい幕があがったんだと思う。

「おかえりなさい。」

この言葉の他にセリフはない。

  おかえりなさい

    
          ・・・my dear〜

 

 

 

 

 
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