BY 月華美心  
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スケープゴート(犠牲の山羊)



「玲子どうしたの?そのアザ!」
腫れあがった右目の周辺をまじまじと見て佳奈が心配そうに私を覗き込む。
「相変わらずドジなのよ。会社のソフトボール大会で顔でボール受けちゃった。」
眉間に皺を寄せて情けなく報告すると佳奈は大きな口を開けて笑った。
親友の佳奈にさえ、本当の事を言えない。
それより嘘が通ってホッとした。

「玲子この前も階段踏み外したとか言って足引きずってたよね。
もぉ、そのうち身体中アザだらけになっちゃうわよ。」
「そーなのよー。脱いだらすごいわよ…って感じ。」
話の調子に乗って再び大笑いした後、私達は別れた。
佳奈とは職場が近い為に時々メールで連絡を取り合って一緒にランチをとる。
彼女とはしゃげばはしゃぐほど、空虚なツケがきた。
冗談じゃない。私の身体は本当にアザだらけだった。
麻痺した右目を押さえつつ、どうせなら見えない場所を殴ってくれれば
良かったのにと慎次の左拳を思い出していた。

会社に戻ると午前より更にだらけた空気が社員を飲み込んでいた。
単調な職場……。
伝票整理してコピーとって郵便物出しに行って時々上司にセクハラされて…。
同僚の女の子達とは何を話したのか次の日には忘れてしまうくらい
どうでもいい会話しかしていない。
別にやりたい事もなく、進みたい道もわからず、転職する勇気もない。
ただ家賃を払う為だけに働いている。
何処にも寄る所もなくて、死んだ魚達と一緒に同じ波に揺られて帰る毎日。
もう、そんなもんだと思っている。私の人生なんて。

ただ1つ。

存在意義を提示するならば、私は慎次の為に生きているのかもしれない。
あんな事があっても慎次は必ず私の元へ戻ってくる。
慎次には私が必要なのだ。私がいないとダメなのだ。
慎次だって好き好んで私に手を上げているわけではない。
優しい時は優しいし、ちゃんと色々考えてくれている。
仕事に真面目な分ストレスが溜まっているだけ。
淋しい子供時代がぶり返してちょっと暴れるだけ。
単に私に甘えているだけなのだ。

慎次を受け入れてあげられるのはこの私しかいない。
私が彼を見放してしまったら、又迷い子となって
どこにも行く所がなくなってしまう。
本当は純粋でとてもいい人だと私は知っている。
彼はいずれ大きな成功を治めることの出来る人だと信じている。
いつかきっと慎次はそんな自分自身に気づき、
私への仕打ちを心から詫び、この深い愛情を知ることになる。
慎次だって平穏を手に入れたいに違いないのだから。
ただ、今は病んでいるだけ。私は見守らなければならないのだ。


二人分の夕飯を作りながら、単調な日々に少しだけ色を付けてくれているのは
慎次のおかげかもしれないと、右目をさすった。

   「  玲子、昨日はゴメン。
      酒のせいもあって、
      本当に悪かったと思ってる。
      今日は、もう行かないから。  」

こんなメールが送信されて来ると、私は途端に淋しくなってしまう。
彼の暴力はもう何度も何度も繰り返されていると言うのに、
ものすごく暴れた後ほど不思議に愛しくなった。
昨日の惨劇はすっかり遠い遠い過去の出来事となって消え、
慎次を抱きしめたくなる。
そして、決まって私の方から電話をかける事となるのだ。


「慎次?夕飯…作っているのに。」
「あっ…玲ーー俺…」
「もういいよ。わかってるから。」
「でも…合わす顔、ないよ。」
「ちゃんと見て。ちゃんとこのアザを見てもう手を挙げないって約束して。」

慎次は信頼しているからこそ自分の本性を出せるのだ、
本当に玲子の事を愛しているのだと告げ、いつも怒っているわけではない、
飲みすぎてしまうと自分でもわけがわからなくなって
歯止めが利かなくなるのだと心から詫びた。

やはり私は慎次に必要とされている。
彼は今淋しくて淋しくて仕方がないのだ。
自分の飲める酒の量が解らなくなるくらい痛みを抱えているのだ。
こんな可哀想な人、突き放せない。

「慎次、スープの具が煮崩れてしまうわ。早く来て」
荒野の中で沢山の過誤を背負った野獣をうまく手なずけ、
私はその獣を誘い出した。

静かな眠りから目を覚まさぬようこの手でゆっくりと撫でる為に…。

 

 

 

<まりんの処方>

このような女性がなぜ虐待から逃げ出さないかというと、
一種の共依存が成り立っているからです。
「必要とされる事の必要性」を手放さなければなりません。
このままだと彼女は彼を優しく撫でるどころか、
逆撫でて同じ事を繰り返し、自分の置かれている状況を
変えようとはしないでしょう。
彼は私がいないとダメになるーのではなく、
潜在的には私が彼を失うとダメになると思っているのです。
自尊心が乏しい為に自分で自分を直視することに耐えられないのです。
一見暴力によって相手に支配されているように見えますが、
世話を焼き、相手を頼らせ、自分から離れないように
支配しているのは、彼女なのです。
真の親密な関係性というのは、不安と支配欲に束縛されない
お互いの自己肯定の元で結ばれているものです。
彼を自立させるにはまず“私”が自立する事。
相手を見極めるのはその後です。

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