ヒ ネ モ ス 

の た り 日 記


                               BGM/秋の歌(チャイコフスキー)

2004年10月26日(火) 雨


 超タイトな仕事のために、資料の到着を待っているんだけど、

こういうときに限って宅急便が来ない。

無駄に午前中を過ごしてしまった。

イライラを紛らわすように日記を更新中。

こんなときに限って、また学校行事なんかも入ってくる。

本当にままならないものだ。

でも、雨風をしのげる家があって、食べるものもあり、仕事も何とかでき、

トイレやお風呂にも自由に行けることは

本当にありがたいんだと、被災されている人々の姿を

TVでみるにつけ、痛感させられる。

だから、こんなことでイライラしてちゃいけないんだな。

パソコンが使えるなんて、超ラッキーなことなんだし。

しかも、非難生活をしている人には非情な雨。



今日のうちに義援金を振り込まなくては。

そう思って昨日調べていたら、

以前の台風なんかでも被害を受けている市町村が

あっちこっちでボランティアや義援金を募っている。

本当に、日本全国大変なことになっているのだ。

それなのにかの国の首相は

天候不良を理由に被災地視察を中止すると発表。

さまざまな非難があったかして、

中止を中止してやっぱり決行するんだとか。

陽の当たる、カッコいい場所には

有頂天でカメラの前に参上するのに、

本当に困っている人には

なす術をしらない一国の総理を憂う。

いかに何でも、もはや彼のメッキはハゲハゲ。



NHKの安否確認の伝言番組、

発生直後からアナウンサーがリレーでやっていたけど、

同じ文言の羅列が延々続いて、

堀尾アナ、相当疲れてたなあ。

ラジオでは昨夜も相変わらず流していたけど、

連絡くださいって言われても、

あらゆる親戚・親類・友人・知人に連絡とるなんて無理だし、

けがで入院している人だって多い。

自分が1日をやり過ごすだけで精一杯の

被災者から連絡してくれって

ちょっと酷じゃないか。

だれもが混乱している今、

連絡くれないかどうかに一喜一憂するよりも、

不特定多数の人のために

できることを考えてあげてほしいと思ってしまう。



混乱ついでに、到着予定の荷物を

調べてもらったら、何と前の住所あてになっていて、

あて先不明状態だったということが判明。

だれにでもミスはあるけど、

急いでいるときに限ってこうだもんなあ。

く〜。

それなりに不運な私でもある。



2004年10月24日(日) 晴れ


先週は台風におそれおののきながらも、仕事にいそしんだ。

ものすごい爪あとを兵庫・京都の北部に残した台風。

豊岡は城崎温泉へ行くときに円山川沿いの土手や

商店街を何度も通っていたし、出石にも

何度か行ったことがある。

淡路島も被害がひどかったようだけど、

この間ドライブで通ったばかりでもあった。

なじみのある場所がこんなふうになってしまうことは。

言葉もないほど、お気の毒に思う。



我が家の前に流れる小さな川も、

ものすごい勢いで濁流となっていた。

その先にある武庫川が大変なことになっていたようだ。

上流にある武田尾温泉の被害も甚大なようなのだけど、

まったくニュースにもならない。

何しろ名物の赤いつり橋が流れてしまったというのだから。

旅館も当面休業だという。

今年の1月・5月と訪れた所だけに、

こちらも本当にお気の毒だ。



その悲惨さもまだ生々しいうちに、

今度は新潟の大地震。

病院にあふれる患者さんの姿、炊き出しの様子などを

テレビで見るたび、阪神大震災の恐怖を思い出すのだけど、

自分自身の生活が平穏無事な中で

被害の報道を見るのは、悔しいかな距離感がある。

どんなにか怖かったことだろうと

体験者として、そりゃ少しは想像できるけれども、

当事者の悲しみや辛さを同じ重さでは

感じ切れないのが申しわけない。

ただ、明日は我が身だとつくづく思う。

せめて義援金は送りたい。

実際に手伝えることもあるかもしれない。

新潟の人のお役には立たないかもしれないけど、

何かボランティアできることはないだろうかと

夫も考えているようだ。



まったく、今年はまさに天変地異の年。

きっと人間たちのエゴに地球が怒っているんだろう。

それも一握りの権力者のしわざ。

なのに、

罪もない人々が報いを受けるなんて、

こんな不条理はない。

練炭で集団自殺した奴らは、

こういう災害に直面したらどうするんだろうか。

やっぱり、生きたいとあがくのだろうか。



新潟の地震では、生後2カ月で

ショックのために亡くなってしまった赤ちゃんがいたようだ。

本当に痛ましい。

そんな悲しいニュースの中で、

新しい生命の誕生もあったという。

母子ともに元気でよかった。

こんな大変なときに、生まれた子供の生命力に

希望を感じないではいられない。



熊の出没が相次いで、

山に食物がなくなったからだというけれど、

人間こそ、

台風や地震で農作物をやられて

食べるものに事欠いているじゃないの。

この世はやっぱり因果応報。

情けは人のためならずなんだなあ。





2004年10月13日(水) 晴れ


むせかえるようなキンモクセイの香り。

今朝8時半の締め切りに何とか間に合って仕事を終えた今日は、

久しぶりにのんびりとコータロー(仮名)と散歩を楽しんだ。

住宅街だけに、あちこちに大きなキンモクセイの木が

軒先から黄色い花を咲かせている。

家の中にいても、風がすでにキンモクセイ。

昨日なんか、駅前の地下駐車場の中でも

濃厚な香りを漂わせていたくらいだ。

家の近くのイチョウの木では、銀杏が道路に落ち、

車にふみつぶされて、これまた、臭い。

ようやく秋を実感するも、

来週はまた暑くなるそうな。

しかもまた台風が近づいているという。

おーまいがー。



先週、仕事が入ったと同時に

風邪にもかかってしまった。

最初はノドの痛み、微熱。

次にやってきたのは鼻水。

ネバネバの濃い鼻水は、今日になって水洟状態に変化。

ティッシュを過剰消費してしまっている。

このまま身体から風邪が消えてくれればいいけど、

鼻声はなかなか改善されない。

オペラの練習どころではないのが辛いのお。



昨日、『徹子の部屋』にテノール歌手のジョン・健・ヌッツォが出演。

『新撰組』のテーマソングでその声は知っていたけど、

実際トスカのアリアを唄っている姿を見て、

ええ声〜!に感嘆。

amazonでチェックしたら、27日発売予定のアルバムが

予約状態ですでにベスト3位ぐらいになっている!

イタリア系アメリカ人の父親を持つハーフとしての

メリットはあるだろうけど、

それにしても、唄う姿が既にさまになっている。

一度生で聴いてみたいものよのお。

ちなみに、ソプラノはやっぱり森麻季がいい。



今日の『徹子の部屋』のゲストは女優の米倉涼子。

昨日、ジョン・健・ヌッツォには

デレデレの黒柳徹子が、

米倉涼子には、こっちがハラハラするほど、

辛らつなコメントを連発。

米倉涼子は笑いながら受け答えしていたけど、

収録後でどのような会話が繰り広げられたのか、

知りたいような怖いような・・・。

前に『誰も知らない』でカンヌの最優秀男優賞を受賞した

柳楽クンへのインタビューには

さしもの徹子さんも相当苦労していたけど、

ゲストによってこれほど好き嫌いを出すなんて、

よっぽど米倉涼子に一物思っているのだろうか。

名インタビュアーとして知られる黒柳徹子だけど、

かなり高齢化して、鬼婆化も進んでいるのかもね。




2004年10月5日(火) 雨


秋分の日以降、仕事シフトで、更新もおあずけだった。

以前は仕事を抱えていることにストレスを感じていたけれど、

最近は追われているという気持ちから、

生活に心地いい緊張感ができて、

私はやっぱり仕事をしなくちゃ、ダメなんだなと

思えるようになってきた。

これがコンスタントにないのが結構困りもの。

仕事のほうは10月に入って一段落。

すると、なぜかバイオリズムも低迷気味。

疲れとか、いろいろと理由はあるけれども、

解決が難しいと思える問題もあって、

本当はそっちの方が頭が痛いのであった。



目下の楽しみは、オペラの練習。

始まった当初は、イタリア語で楽譜どおりに唄う難しさに、

失敗したっ!と真剣に後悔した。

(オペラの舞台がパリなので、早とちりして、

フランス語で唄うから、これは勉強できて一石二鳥だと

思い込んでいたのだ。しかも、イタリア語なら、

発音もそんなに難しくないかなとさらに勘違い。

舌を巻く「R」やら、細かい発音の違いをクリアしながら、

唄うことが何と大変なことか。

思えば、まるっきり素人なのであった。)

アルトといえども高い音域も出さなきゃいけないし、

周りは年季の入った熟年のおばさまがたばかり。

逃げ出したい気持ちも生まれたけれども、

後でやっぱり続けたらよかったなと後悔するのも嫌だったので、

何とかここまで続けてきた。すると、

先週あたりから、「楽しい」と思っている自分を発見。

特にハーモニーが合ったときの快感!

これはやっぱり、一人で唄うときには得られない魅力なんである。

1回休むとそれだけついていくのが大変なので、

練習には何とかできるだけ休まず参加したいと思う。



こうして、オペラのことを書いていて、今気がついた。

バイオリズム低迷の原因になっている問題も、

考え方次第なのかもしれないと。

苦手なものや苦手な人に対して、私は

どうしてもネガティブなとらえ方をしてしまう。

きっとそういうのも、態度に出てしまうのだろう。

いい大人が拗ねたり、文句を言ったりするのは嫌だ。

かといって、媚びたり、いい人ぶったりすることもできない。

そのせめぎ合いの中で

いつまでもこだわっているから、

要らぬストレスを抱えてしまうんだけど、

こちらが受け入れるというか、受け流さなければ、

これは永遠に水と油状態なのだろう。

いろいろな人がいる。私もその一人。

まあ、随分と変わった部類に入るんだろうけど。



三つ子の魂とはよくいったもので、

考えてみれば私は子どもの頃から、

あんまり協調性のない性格だったように思う。

団体行動が苦手というより、

規律やルールを守る気持ちが強すぎて、

そこからはみ出した行動をする人を

受け入れられないところがあるのだ。

だから逆に他人のことをあれこれ考えなくて済むように、

一人で何でもできることが好きなのかもしれない。

つまりは究極のエゴイスト?

組織に組み込まれてする仕事は最も苦手なことだった。

こういうHPにしこしこと書くのが、誰よりも合っているんだろうな。

そうは言いつつも、

合唱に参加してみたり、心は裏腹。

一人でできることはしれているということも重々わかっている。

イチローみたいに、

団体競技の中で他人を気にせず自分を貫き通せる人が

実は一番うらやましかったりする。

いろいろな人がいる。

でも、誰だって一人では生きられないんだよなあ。



 

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