BGM/グリーク「アリエッタ 作品12-1」

 

                                                      

           「掃苔記」時代の日記

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 2004年3月31(水) Far too fast

 3月ももう終わり、か。

 毎日、毎日、決して怠けているわけじゃないのに、しなくちゃいけないことができないまま。
 体力にも自信なくて、今月は2回も医者にかかった。結果は、どっちもシロで、病名のつく病気でないことはよかったと思うけど、だからといって、症状が治るわけでなし。ただ、昨日行った近所のお医者さんは、患者が少なくてヒマということもあったのかもしれないけど、割合きちんと説明してくれて、頑固モンの私も、少しは納得できた。この頃、お医者に行っても、医師のコミュニケーション能力のなさに絶望的になることが多かったしな。安心するどころか、かえって不安をかきたてたりしてくれるもんな。

 結局のところ、仕事と家と子供と犬と、そして自分自身。この5つのパートのバランスがうまくいかないのが原因だろう。フルタイムで仕事している人から比べれば、なんぼでも工夫できそうなもんなのに、相変わらず、追いたてまくられているんだから。

 犬といえば、この間、我が家の前を通るたび、コータローを可愛がってくれる、というか、コータローが、誰彼なしにしっぽを振って人懐っこくするヤツなので、それがまるで自分だけに愛想してくれていると、ちょっと勘違い(笑)している、コータローフリークの一人のおじさんが、名刺と菓子折りを持って、あいさつにやってきた。その後も、朝、玄関を開けたら、コータローをあやしている別のおじさんと遭遇。目が合って、こっちが「わあ」と声をあげても、お構いなしに遊んでいる。何だか気持ちは、複雑だ。どうも、コータローフリークはほかにもいるとみえる。

 それにしても、お菓子まで持ってくるとは。なんとも、おじさんキラーなコータロー。飼い主は人徳がないけど、なぜか犬徳(笑)がある我が家である。おそまつ。

 さあ、明日から4月。今夜は早く寝て、明日からリフレッシュだあ(エープリルフールかなあ)。

 2004年3月21(日) どうする、○×▲□


 本当に、驚くほど時間がすっ飛んでいくのお。日記をゆっくり書くヒマが、何だかさっぱりありゃしないのら。今日も仕事に終始した。ペイされるお金を考えると、時間給は高校生のマクドよりも低くなるだろうなあ。く〜。

 週明けから、仕事の波が押し寄せている。要領の悪さもあって、なかなか思うように進まないし、夜更かしは仕事の能率を著しく落としてしまうので、今夜も、実はもう寝なくちゃいけないのだ。

 書いていない間も、世間ではいろいろあった。いちいちいちゃもんを付けたくなるネタぞろいだけど、短くまとめられないので、パス。

 4月から、この日記は、本当に、記録としての日記にしたいと思っている。コラムは別にページを設定して、書いていくつもりだ。ホンマか。

 何だか、掃苔記の本来のテーマから、ますます離れていくような一抹の不安(笑)。だた、根底には、同じ空気が流れていると思いたい。ああ、もっと力を入れたいのになあ。人生、ままならんなあ。

 今夜は、先週見送ったホワイトデーと銘打って、最近お気に入りのイタリアン・レストランで夕食。といっても、カジュアルなお店だけど、入ったときにはすでに満席に近かった。家族連れ、それも小さな子供連れの多いことよ。皆さん、懐具合も寂しくないのか、コースらしきメニューを、ワイン片手に食べてはるじゃあーりませんか。我が家は、夫のおごりということもあって(笑)、シンプルにパスタメインでいただいたのだが、ボリュームも味もグー。ついでに店員の接客もグー。ライチのジェラートも美味だったっす。

 やばっ。さあ、いよいよ寝なくっちゃ。

 2004年3月10(水) 生きる、とは

 なんやかやで、日付はすでに11日に変わっている。明日は仕事だというのに、また睡眠不足が怖い〜。

 きょうは本当にコート要らずの暖かな一日だった。それでも、今は窓を揺らすような強い風が吹きすさんでいる。もう春なのか、まだなのか。天気予報によれば、微妙な日々はもう少し続きそうだけど。

 鳥インフルエンザ問題の厳しさから逃れるように、きょうはどこも神戸連続殺人の少年(もはや成人)が医療少年院を仮退院したニュースでもちきりだった。マスコミもA農産の会長夫妻自殺という重苦しい状況から、逃れるには、まさに渡りに船のような感じで、またまたもっともらしく扱っているのが、何だか、妙に気になる扱いだった。

 そんなことはイギリスにもあったけれども、この加害元少年は、これから、名前も替え、近畿地方以外の土地で社会復帰に向かって生活していくそうだ。入院中に得た資格を生かした仕事につきたいという希望もあるようだし、高等教育を受けさせてもいいのではないかといった関係者の声もある。

 何と言うか、複雑な気持ち。遺族の立場に立ってみれば、可愛い我が子の命を無惨にも奪っておいて、ここまで手厚く社会へのレールを引いてもらえる加害元少年の処遇は許せんものがあるだろうし、彼が家族とともに生活をする土地では、またあらぬ噂がたったり、とにかくさまざまな障害が起きないとも限らない。偽名で生活をするというのが、よけいにややこしいのだけど、かといって、2ちゃんねるの世界では、実名が飛び交う書き込みだらけだったりして、とにかく混沌としている。

 人を殺めた罪はどう償っていくのだろうか。それをあらゆる視線で監視されながら、できるのだろうかという疑問がふつふつと湧き上がってもくる。

 いや、今の世の中、隣は何をする人ぞ。一見、善良な市民を装って、実はとんでもない邪悪な人間だったなんていうことは、どんなところにも潜んでいるから、彼一人を危険視する時代ではないというのが、よけい恐ろしい。しかし、彼以降、同年代の若年凶悪犯罪が多発したけれど、そういう罪を犯した人たちも、国民の税金で手厚く更生され、一定の効果があったと判断されて、社会に復帰できるということになれば、刑に処するという重みはいったいどういう大義があるのだろうか。それも、凶悪であればあるほど、重大であればあるほど、そういう傾向になるという現実。罪と罰。普通と異常の境界線が薄れていく社会。立ち直りの機会があるという寛容さを、罪を犯した人自身がほんとうにきちんと理解してくれるだろうか。

 おととい、『美しい夏キリシマ』という映画を観た。上映館では金曜日までなので、今さらでもないけれども、本当にいい映画だった。1945年の夏。同級生を目の前で失いながら、助けることができなかった罪悪感に苛まれる旧制中学校生を主人公に、宮崎・霧島高原のふもとに生きる人たちのそれぞれの人生を織り込みながら、天皇陛下の玉音放送に日本人が頭をうなだれる直前の数日間の日本が描かれていた。監督の自伝的映画なのだそうだ。

 それにしても画面が美しい。音楽が美しい。そして俳優たちが素晴らしい。敗色濃い状況下で、兵士たちがなおもアメリカを倒さんと訓練に励むむなしさ(そういえば、父も訓練中に終戦を迎えた兵隊くずれ。まさにあの世代だ)。婦人たちは竹やり訓練をし、子供たちはそういう大人たちをひたすら信じている。その中で、生きている意味を失い、もがき苦しむ主人公。

 広島、長崎に原爆が投下されるけれども、今のような情報化社会じゃない。ラジオで概要を知らされただけで、その惨状をにわかには想像することもできないわけで、そういう静けさの中で、ドラマが進行しているところが、なおさら原爆の恐ろしさを感じさせた。

 モチーフに出てくるのは、カラヴァッジオの『キリストの埋葬』の絵。主人公は、自分が死ねば、キリストのときのように奇跡が起きて、死者がよみがえる=友人を生き返らせることができるのではないかと思う。そして、進駐してきたアメリカの兵士たちに竹やり1本で襲いかかり、「殺せ、殺せ」と叫ぶのだ。この主人公を演じた柄本祐は父親の柄本明そっくりの風貌ながら、繊細な少年像を見事に表現していた。何だか、私自身が、スクリーンの時代に引き込まれそうになった。

 生と死が背中合わせに生きていたあの頃。それに比べて、いつも平和が当たり前で、それがゆえに生きる意味を失い、逆に人間の内なる凶暴性に、人間自身がおびえているような今。どちらにしても、人間は、大変な今を、自分自身の術を見つけて、許される限り生き抜くしかないのだろう。 

 そうそう、この映画でもお墓が出てきた。ほんの少しの場面だけれど、主人公が一家の長である祖父(地主でもある)の言葉に矛盾を覚え、初めて反旗を翻す、映画の転換点でもあった。

 「ラスト・サムライ」も「たそがれ清兵衛」も観ていないけれど、私としては、こういう映画をこそアメリカ人に観てもらいたい。こういう映画がアカデミーにノミネートされる時代がくれば、アメリカ人もたいしたものだと思ってあげるんだけどなあ。


 2004年3月8(月) やりきれないなあ

 また風邪をひいてしまった。
 自覚している以上に、身体の抵抗力に波がある。まあ、昨日のように、雪嵐の一日を過ごしたり、気候も三寒四温の不安定さだから、身体が順応できないのはいたし方ないのかもしれないけど。
 2月下旬も結局あまり更新できないままだった。本当に、時間がいくらあっても足らなくて、何かに追い立てられているのはなぜだろう。コータロー(仮名)の散歩も日に2回から1回にして、気分的には楽になっているはずなんだけど。
 
 そういう中でも、3月から意を決してフランス語のラジオ講座を聴き始めた。わずか20分という短さ。その割には内容充実。ディクテ(聞き取り)や発音、なかなか役に立つ表現、そして文法まで、テキスト代毎月300円ちょっとで済むのだから、なんで今までやってこなかったんだろうと思うぐらいだ。
 ネックは電波状況&放送時間。とにかく三田もここ宝塚も、AM放送が入らないのだ。ラジカセのラジオではほとんど雑音まみれ。ところが、娘のお稽古事のために買ったウォークマンだととってもきれいに入る。スピーカーでもイヤホンでも聴くことができし、録音もお手のもの。その上、ラジオだけじゃなく、テレビの音も受信するのだ。持ち運ぶにもポケットに入れたら、どこへでもついてくるし(笑)、洗濯物を干しながら、食事の支度をしながら、テレビを音声だけでチェックできるので、家事も実に能率がいい。低音が弱い分、音質には満足していないし、電池の消費も早いけど、もはや手放せない。録音していたフランス語講座は、夜聴きかえしながら勉強することもできるし、もう私にとっては近頃珍しいヒットアイテムなんである。

 世間では、鳥インフルエンザ問題が、ますます泥沼化している。京都ではカラスまで感染し、事態の収集はますます困難になっている。養鶏業界は本当に大変だろう。食べても大丈夫なんだから、消費者があまり神経質になることはないだろうけど、基本的な通報を怠ったA田農産は会長夫妻の自殺という最悪な事態になり、そのニュースだけでも気が重くなる。

 本当になあ、とにかくもいち早く感染の事実を公表していたら、ここまで酷い状にはなっていなかったのに。 あまりにも下手な言い訳を繰り返してしまった経営者のモラル不足は責められても仕方ないけど、死んだらいかんだろう、やっぱり。

 最近、問題を起こした学校の校長とか、役所の課長とか、いわゆる上に立って、責任をまっとうしていかなければならない人たちが、いとも簡単に死を選ぶ。そりゃ、死んでお詫びするという意味もあるだろう。そういう意味では、ハラキリ文化の名残りでもあるだろうか。成功を収め、悠々自適な老後が待っていたろうに、老骨に恥をさらして生きるより、いっそ死んでしまおうと思いつめるほど、絶望したのだろうな。

 当然、彼らを死に追いやった人たちはその罪悪感で苦しむだろう。とりわけ、正義感満々で糾弾していたマスコミの皆さんは。
 けれども、それで、どうなるのだ。誰も救われはしない。親として、社長の息子を置きざりにすることは辛くはなかったのだろうか。死者に鞭打つことは本意ではないし、ここは静かにご冥福をお祈りするしかないけれども、やっぱり、死んではいけないのだ。
 
 



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