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 まずは、12月4日分から読んでね。(11日の下です)

 2003年12月11日(木) 

 何とも暗い壁紙だ。ただ、こういう作業は、本当に気持ちと直結しているから、無理に明るいものをもってくることもできない。
 その代わり、表紙の写真は花を選んでみた。それで、自分の中でも何とか折り合いをつけているのかもしれない。
 
 かといって、毎日暗い気分に沈み込んでいるわけでもない。精神はまずまず健康。ただ、おとといの小泉の説明とやらを聞いて、いよいよ失望している。あれが国民への説明になっていると思う方がどうかしている。

 そうだ、私は今後奴に敬称をつけない。福田官房長官も同様。奴らは、衆議院選に勝利してから、政権の地位に安住し、手がつけられないほど、ますます奢り昂ぶっている。あんな奴らに敬称をつけるなんて、できない。

 しかし、あの精神論一辺倒の説明は何? おまけに記者の一問一答のほとんど無意味なこと。小泉のボキャ貧も、ここまで来たら、ゴリッパとしか言いようがない。恥ずかしくないんだろうか。私は聞いていて恥ずかしい。

 だから言ったじゃないの。小泉はもともと総理大臣なんて、務まる人じゃないんだって。奴があの田中真紀子に担ぎ上げられて、総裁選に勝っちゃったあの日から、政治はすでに崩壊の始まりだった。森前首相があんまり酷かったから、カッコいいヒーロー登場を期待しすぎたんだねえ。その結果が、今のニホン(ニッポンという言い方は嫌いだ)。

 その田中真紀子が今度は正義の味方みたいに、またマスコミで持ち上げられているのも、大うそっぱちだと思うけど。

 ニホンでは2人の外交官の死でこれだけ沈んでいるのだ。アメリカは、何百人、犠牲になっている? そして、戦地で明日をも知れない恐怖と闘いながら、イラクの人たちを決して幸せにしないことを続けている兵士は何千人、その家族たちを含めたら、いったい何万人が不安な日々を送っている? 自分たちが始めた正義の落とし前は、何と大きいものか。

 それと全く同じだとは言えないにしても、ニホンも必ずや巻き込まれるのだよ、あっちへ行ってしまったら。

 「一般人にはできないことも自衛隊ならできる。イラクの人たちに評価されなくちゃいけない」と、小泉はいとも平然と言うけれど、生身の身体をもって立ち向かっていかなくちゃいけないのは、自衛隊員自身なのだ。ニホンが評価されるためには、この方法しかないというのだろうか。いったい、どう評価されたいんだ、奴は。

 正当防衛の論理も、ちゃんちゃらおかしい。アメリカ兵たちが自爆テロに遭ったとき、正当防衛で敵の攻撃から免れたことがあっただろうか。威嚇すれば敵が逃げるなんてことがあっただろうか。

 みんな、みんな、アラーの名のもとに、命を投げ出して、自爆テロをやってのけているじゃないか。飛んでいる飛行機やヘリコプターにさえ、ミサイルを命中させることができているのに、あまりにもお粗末な論理だ。

 もはや一滴の血も流さないで、この戦争加担を終結させることはできない。

 もし、ブッシュとラムズフェルドと小泉と福田が武器を持って二人ずつペアを組んで、仲良く戦場に行くというなら、私は一もにもなく喜んで送り出してあげるだろう。そして、立派に国益とやらを守ってほしい。

 何もかも、先送りの代償。今までさんざん逃げ回ってきたんだから、この上はぜひとも勇敢に戦ってくれたまえ。

 ああ、腹立つ〜。こういうのを、隔靴掻痒(靴の上から足を掻くよう)と言うんだろうなあ。

 
 
もい
 2003年12月4日(木) 善か偽善か
 
 あっという間に、12月へ突入
 やろうとしていたことの、いったいどれだけを積み残してここまで来たのか。
 すいすいと何でもこなして、社会生活を苦もなく送っている人など、そうは
 いないだろうけど、それでも自分のグズぶりも相当なものだと思う。

 むむむ、HPのファイルを一手に保存している古いパソコンのキーボードが、どうも調子悪し。句点を打つキーがやけに重いぞ。こいつの寿命が来る前に、早く新しいパソコンにファイル移動しなくっちゃ。そんなことでも、妙に焦る私である。

 ここ数日は、イラクで命を落とした二人の外交官のニュース。報道によれば、お一人の方の実家はどうも我が家からそう遠くないところにあるようだ。ニュースの核とはあまり関係がないことなのに、そんなことを知ってしまうと、ニュースがより近くに迫ってくる。

 それにしても、あまりにも凄惨な事件。残された遺族はカメラの芳烈から逃れられず、政府やアメリカからヒーローとして奉られるままに、短期間の間に日本やイギリス、クウェートを往復し、その場その場に立ち会っている。息子を、夫を、父をこんな形で失って、本当なら泣き叫んでも不思議ではないのに、皆さん現実さえまだ受け止められないでいるのかもしれない。身重の奥さんが、涙も流さず、空港で棺を霊柩車に載せられるところを一心に見つめている姿が、胸に突き刺さった。

 命を賭けて国益を守った。メディアはそう言いたげだ。でも、そうなんだろうか。彼らはイラクの惨状に、ただ1人の人間としてできることをしていただけだ。死によってヒーローに持ち上げられて、自衛隊をイラクに送る契機となることを、本当に望んでいるのだろうか。

 そして、この期に及んでも、奥歯にものがはさまったような態度しか示せず、正義者面し、この悲劇を何とか大義名分にすりかえられないものかと思案しているだけの首相には、ほとほとうんざりする。福田官房長官のにやにやとした記者会見。あんたらには、本当の人間性があるんだろうか。

 国益って何? 国際社会ってどこのことを指しているの? いまだに復興支援という言葉でごまかしつつ、いったいどこを向いて政治をしているのだ。

 

  



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