日 記
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| 2003年6月27日(金) たいがいバカ |
| 梅雨の晴れ間もつかのま、午後からはたっぷりと雨。夏の暑さも辛いけど、雨ももうたくさんって感じ。人間ってつくづくないものねだりなのである。 引っ越して以来、髪を伸び放題にしていたのだが、今日はついに美容院へ。いま流行のヘアスタイルとかパーマもいいなあと思うのだが、超ド近眼で、パーマもカラーも乗りにくい髪質の身では、めがねを外して長時間椅子に座りっぱなしの美容院ほど苦手なところはない。特に初めての美容院はドキドキする。結果、30分ほどでカット終了。まあまあの気に入り度合いだけど、あまりに無難にまとめすぎて、なんか物足りない。 今日は朝から自民党の大田元総務庁長官(だったっけ)のレイプ擁護発言に避難轟々というニュース。女性議員たちに糾弾され、しおらしくした絵ヅラで、自分の本意を言い訳がましゅう語っていたが、おおよそちんぷんかんぷんである。本意はつまり、あの言葉以上でも以下でもない。彼の本音そのものなのだろう。その程度の下劣な品性と貧弱な日本語表現力しかないヤツが、政界にはゴロゴロいるってことだ。表だってさえああなのだから、料亭あたりでやっている密談や内輪話の中では、どんだけえげつない会話が飛び交っているか、容易に想像がつく。 その発言をしたのが、全国私立幼稚園なんたらという集会で、壇上には森前総理の姿があり、司会者は田原総一郎。なんて、だいたい彼らに子育てや日本の未来について語ってもらおうという魂胆が恐ろしい。 田原総一郎ほどうさんくさいジャーナリストはいないと私は思う。いつも安全な場所に身を置き、自分の言葉には責任を持たず、訳知り顔に政治家や見識者と言われる人を勇ましい言葉で斬りつけているようでいて、その実、いつも体制側でおもねっているだけの、寄生虫のような存在だ。このバリバリ自民党寄りのこのシンポジウムでも、それ相当においしいギャラを懐に入れているだろう。 大田誠一のバカ丸出しの発言にも呆れるが、そこで司会なんぞをしていた田原総一郎のいかさま具合にも、ほとほと呆れる。そんな彼が長年司会進行をつとめる「朝まで生テレビ」。今まさにこの時間、北朝鮮について討論しているらしいが、ちゃんちゃらおかしい。彼をいつまでもおいしい立場においていること自体、マスコミのいい加減さそのものだと思う。 働く母親代表みたいにかり出されていた橋本聖子も、田原総一郎にふられて言葉もない様子。会場ではゲラゲラ笑い声。政治家もお暇なんだね。 その上、笑止千万なのは、自民党本部の責任者として山崎卓が原稿棒読みした太田氏への避難コメント。愛人に暴露本を出されてすでに恥っさらしな彼が、今さらそらぞらしく倫理を語っているのだから、世も末状態。ニュースのTV画面に向かって「お前が言うな」と、思わず毒づいてしまった。 ったく、情けない男ども。若者を憂いているヒマがあったら、ちーとは『声に出して読みたい日本語』でも音読して、華厳の滝にでも打たれておいで。 疲労感が目と手にくるようになった。夜は目の回りピクピク、手の指も特にこわばっている。お風呂でも入って、ほぐしてくるとするか。 |
| 2003年6月26日(木) おやすみの前に |
| 精神的落ち込みも相当癒え、私個人としては、明るさが戻った。とはいえ、世間は暗いニュースばかりがかけめぐっている。日本も本当に物騒かつ暮らしにくくなった。 私はといえば、犬のコータローをシャンプー。初めての体験ゆえ、首輪を取られた状態だけに、どれだけ暴れるか心配していたけれど、その態度たるや借りてきた猫(笑)。状況がなかなか飲み込めず、きょとんとしたまま、ことが進んでいった。こちらもほとんど初めてのことだっただけに、あせってしまった部分があるが、びしょびしょのコータローを胸に抱いて、ドライヤーを当てていると、コータローも気持ちいいのかさしたる抵抗もなかった。こういうのも一種のスキンシップであり、お互いに何か通い合うものがあるのかもしれない。 夕方、フィラリアの薬をもらいに動物病院へ。体重は2週間で1Kg近く増えていた。毎日見ているとわからないけれど、着実に成長しているのだ。ああ飼い主バカ(笑)。 何だか飼育日誌のようになってしもうた。ほかにも、いろいろ書きたいことがあるのだけれど、明日からまた忙しくなるし、今でももう目がトロトロ。よって、今夜はそそくさと退散いたそう。 ・・・と思いきや、途中で机に突っ伏していたいたら、あらら大変。しらじら夜が明けてきた。というわけで、おやすみなさい。 |
| 2003年6月23日(月) 反省するな |
相変わらずなスローペース。 再リニューアルをお知らせしなくちゃいけない人たちにも、まだメール1本打てず、やっぱり不義理を続けている。そうこうしてたら、直接「もう更新してたんですね」とおっしゃってくださる人あり。いやはや、まだ日記も2回しか書いてないありさまで、いと恥ずかし。 言い訳をするなら、夜なべ生活の疲労がなかなか回復しないまま、自分の不注意から、ちょっとしたアクシデントが発生し、週末から今日にかけて、精神的にもかなりの上がり下がりがあって、パソコンの前にまともに座れなかったのだ。 再リニューアルのメインタイトル、「重すぎない、軽すぎない話、つれづれ」というのは、どんなことも針小棒大に深刻ぶってもおかしいし、さりとてただC調にやり過ごすこともできない、世の中に起こる出来事を少しだけ斜めに切っていけたらなあという思いを込めてつけたのだが、先週私の身に降りかかったアクシデントは、まさにこの心境そのものだった。こんなこと、世の中で起きている事件・犯罪に比べたら本当にちっぱけな話なのだ。なのに、世界で一番不幸な気分になってしまった。小心者ゆえ詳細は言えないけれど、一瞬の出来事だっただけに、それまでにあったさまざまな予兆や伏線がぐるぐると頭の中を駆けめぐり、我が身の不運をちーとばかり恨んでみたりもしたのだった。 なんてバカなアタシ。世の中にはいろんな人がいる。自分の中にある偏見・差別の心にも直面した。四十面さげて、夫には「世間知らずだ」とあきれられる始末。その一方で、事態の処理に奔走してくれた夫に感謝感謝。久々、「結婚しててよかった」と気の弱い私であった(笑)。 いつもは意地を張って、謝ったり感謝したりしないのだが、今度ばかりは素直に頭を下げた。そして自分の至らなさをフカーク反省した。 でも、夫は言う。「あんまり反省したらダメだよ。反省はカラダに悪い。鬱病になっちゃうよ。起きてしまったことをあれこれ悔やんでも仕方がない。それをどう解決するかを考えることが重要だ。だから私は反省しないのさ」と。 いつもは、なんでコイツ、もうちょっと我が身を省みるということをしないのだろう、と憤っていたけれど、落ち込み激しい私にとっては、本当に染みる一言だった。鉛のように重たかった心が、すっと軽くなった気もする。 日頃、小泉さんの反省なきパフォーマンスにうんざりしていたけれども、あの方が反省するようになったら、それこそ日本全国落ち込みの嵐だ〜(笑)。 土日は友人の家に行ったり、我が家に来てもらったりと、久々の再会が続いた。落ち込みつつも、そういうイベントのおかげで、気持ちも紛れ、楽しい時間が過ごせた。子供たちのにぎやかな笑い。赤ちゃんのあどけない笑顔。気取りのないおしゃべり&食い気(笑)。皆さんのお心遣いにも感謝感謝。 娘は今、百マス計算に頑張っているけれど、人生はまさに勉強がいっぱい。この先も失敗しながら生きていくんだなあ。けれども、この喜怒哀楽もいのちあっての物種。反省はなるべくしないで、ちゃんと生きていこう。 窓の外では雨の音。今年はとにかく憎らしいほどに梅雨らしい梅雨だ。けれども、やまない雨はない。そうなんだよねえ。 |
| 2003年6月17日(火) ちょっとだけ |
| 再出発したとたんに夜なべ夜なべな4日間。要領が悪いのか能力の問題か(おそらくそのどっちも)、久々ハード。昨夜はついに数時間、椅子の上で寝ていた。タケヤみそのCMみたいに、「寝てもうたがな」の世界そのもの。朝から鉛のような足腰を引きずっている。クーッ。 それもつい数分前にギリギリで何とか終了。ホッ。 それにしても、絵に描いたような梅雨。今日は不思議と雨は降らなかったけれど、空にも鉛色の雲が厚くたれ込めていた。お日様恋しや。 ずっと机にしがみつき、同じ姿勢を繰り返していたら、ふくらはぎがむくんでパンパン・カチカチになった。キーボードをたたき続けた指もこわばるほど。いかに血液循環が悪くなっているかという証拠だろう。 この間、初めて、去年新装なった有馬温泉の金の湯に入ったら、足全体の皮膚がが真っ赤になった。見ると、みんなの足もまっかっか。赤いお湯が有名な金泉の温泉パワーをつくづく実感。そんじょそこらのもどきな温泉とは、やっぱりワケが違うのである。 血行悪循環で冷えに冷えた私の足。今こそ、金の湯につからせてやりたや。 さあ、明日からは、もうちょっとマメに日記を書いて行けるはず。ネタはいろいろあるけれど、筆の冴えはまだ本調子でないなあ。おそるべしブランク。 |
| 2003年6月14日(土) コータローのこと |
| どさくさで日記開始。 6月14日は、私にとって特別な日だから、やり直すならこの日をおいては考えられなかった。とはいえ、こういうときに限って忙しくなったりする。今までひまにしてたのに。とかく人生はままならぬ。いい歳をして、まだ分かってないのも、情けないけれど。 あれほど恥ずかしげもなく書いていた日記なのに、久しぶりに書くとどうもまだ勘が取り戻せない。今日はウォーミング・アップという感じ。特別な日にウォーミング・アップとは、いい加減な私らしい・・・。 このところ、天気はまさに梅雨。 どしゃぶりの中、昨日は我が家の犬をしつけ教室に連れて行った。 ところで、この犬にも立派な名前があるのだけど、ここでは匿名希望(笑)。このあたりは本当に犬を散歩させている人が多くて、たいがい「まだ赤ちゃんですか。何犬ですか。名前はなんて言うんですか」というのが定番の質問なのだ。その都度、答えている私。 そんなわけで、我が家のわんこにもウェブネームをつけてみた。コータローでどうだろう?いや、たまたまここに押尾コータローのCDがあったから思いついただけだけど、一応オスだし、ミュージシャンの名前から付けたのだから、文句はいわせないのである(言わんやろうけどさ)。むしろ、本名のほうがずっと「そのまんまやんか」な名前だ。 コータローには4匹の兄姉がいる。昨日、しつけ教室で一同に会した。車酔いでよだれダラダラのコータローだったけれど、いつになくハイ・テンション。つい3週間前まで一緒に育てられた兄姉との再会は、やっぱり嬉しかったのだろう。皆、いい飼い主さんにもらわれて幸せそうだった。 犬には、見事なまでに表情がある。コータローは特に顕著だ。顔つきとカラダの線、しっぽの具合によって、喜怒哀楽がはっきり見て取れる。飼い主とのスキンシップを深めるためにも、できれば室内犬のように家の中で育ててやるのがいいのだろうが、最初の数日間、リビングで飼ってみて、臭いやトイレ問題に往生して、当初の予定通り外の犬小屋に移した。すると、必然的になかなかかまってやれないので、たまに様子を見に行くと、しっぽをちぎれんばかりに降って喜びを全身で表してくる。そういう姿を見ると、ただ可愛いと思ったりする。これといって取り柄も特技もないコータローだけど、命つきるまで家族として世話してあげようという思いは強い。 犬は苦手だと言っていた夫が、毎朝の散歩係をやってくれる。しかも昨日は、夜帰ったら、自分の娘より先にコータローの様子を聞いてきた(笑)。なんという親であろう。ちなみに、娘は弟だと公言してはばからない(笑)、おいおい。 これからもちょこちょこコータローの話題が飛び出しそうだ。再開の日記第一日目にしては、どうよ、という気もしないでもないけど(笑)。 |