づれづれ日記


   





 
BACK  NUMBER/2001年3月〜2002年3月 2002年4月
 2002年5月  2002年6月  2002年7月 2002年8月 2002年9月
 
2002年10月  2002年11月 2002年12月  2003年1月 2003年2月  
 Photo:「窓をあければ ― ジヴェルニーの屋敷 ー」  by Yoko.Y
 




2003年3月28日(金) あれよ、あれよ
 連日の夜なべ仕事で、身も心もへとへと。睡眠がまともに取れないから、パソコンの前で半分寝ているような状態。能率悪いったらない。
昼間は昼間で綱渡りな作業の連続。もう、かつかつの毎日だ。我ながらよくやっていると思う。

 原因はいちもにもなく引越しがらみ。今日はついに住民票を移転し、我が家は8年住んできた町の市民ではなくなった。紙1枚でなんともあっけないお別れ。とはいえ、引越しまではまだしばらくここにいるわけで、変てこりんな状態なのである。
籍は入れても別居結婚みたいな、と言うとおかしな比喩かもしれないけれど。

 書きたいことは山のようにある。でも、思いが追いついていかない。戦争は長期化の様相を呈してきた。砂嵐にほんろうされ、アメリカ軍の兵士が捕虜になってるし、イラク市民は誤爆の巻き添えになっているし。ほれ、言わんこっちゃない。地震dddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddっどいいいいいいいいいいいいいいい

 ほおっておくと、画面いっぱいに意味不明なことになるぞ(笑い
)。キーボードの上でいきなり睡魔が襲って、勝手に打ち続けてくれるのだ。後で消すのGが大変んおおおいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいvvvvvvvvvvvvvvv。

 冗談ではない。今にも脳みそが溶け出そうだおおおおおおおおおお。もう、だめだ。

 
2003年3月21日(土) NO WORDS BUT “NO WARS”
 さらに日記の更新が滞っている今日この頃。暇にしていたわけではないけれど、まったく時間がない、というわけでもなかった。ただ、パソコンに向かって、いったい何を書けばいいのか、という思いがあることも事実。まして、こんな理不尽な戦争が起こってしまった今では。

 爆撃の模様を、TV画面が映し出す。虚しい思いで見ていたら、娘が「こわいからビデオをみたい」と言うので、そうした。ほのぼのとしたリチャード・スキャリーのビジーピープルシリーズ。バナナゴリラの滑稽な姿を見て、笑う。バナナゴリラはその名のとおり、バナナが大好物で、どこへ行っても“BANANA!”と叫ぶ。これも、欲深な人間のカリカチュアなのだろう。

 ほんとうに。この戦争にいったいどんな意味があるのだろう。ブッシュはイラクの民主化のためだと言う。小泉は犠牲を最小限にしてと言う。おのれの論理で罪なき市民の生活を奪い、街を破壊し、そして復興しようなんて、傲慢以外のなにものでもない。こんなにも世界中で戦争反対のデモが繰り広げられているというのに。

 まだ開戦前に、娘が「アメリカの旗をやきたい」と言い出した。「じゃあ、よその国の人が日本の旗を焼いたらどう思う?旗を焼くのは、一番いけないよ」と私は諭した。けれど、TVに映る暴動の場面では、星条旗もユニオンジャックも怒り狂った若者たちで焼かれ、踏み潰されていた。憎しみの連鎖が、つくづく恐ろしい。


 それにしても、日本の戦争報道も異様。NHKはあまりにも淡々と報道しているし、民放は女性記者がヘルメット姿で前線の状況を実況中継したり、戦闘機の説明をおどろおどろしいBGMをバックに意気揚揚と語る。彼らにとっては、戦争も単なるニュースソースなのか。

 娘はさらに言った。「“戦争”ということばがなくなったらいいのに」。そうだ。この世界から戦争をなくすためには、戦争という言葉そのものを死語にするしかないのだろう。はじめに言葉ありき。人間はどこまでも愚かなり。

 せんそうはんたい、ってえいごで何と言うの?と聞かれて、“NO WARS”と私は答えた。なんて簡単な言葉。こんなに簡単なのに、人はなぜ愚行に走るのか。そしてまた、報復に怯える。こんなアホな状況を、アメリカでは、子供たちにどう説明しているのだろうか

 2003年3月10日(月) さっぱり分からない
 久しぶりにこのページを開くと、桜餅色のピンクが目に痛かった。ほのぼのと、満開の桜を愛でていられるような春が、やってくるだろうか。世界中に蔓延する、このきな臭さに、息がつまりそうになる。

 TVの画面に踊る「戦争」という2文字。夕食時、娘が突然「なんで、アメリカはイラクをこうげきするの」と聞いてきた。「なんでやろうなあ、ほんまに」と、答えにならない答えを返すだけの母=私。


 こんなに、世界中の一般庶民は、イギリスでさえ、戦争行使に異を唱えているのに、アメリカはまるで、おもちゃの戦車を走らせたくて仕方のない幼稚園児のように、自分たちのことしか考えていないようだ。「アメリカに脅威を与える者=国は滅ぼさなければならない」だって。そのために、50万人ともいわれるイラク市民の頭上に爆弾を落としても、それでもまだ正義だといえるのか。58年前に、ヒロシマとナガサキに原爆を落としたことへの謝罪もないまま。

 そりゃ、フセインの悪さは言わずもがな。なにしろ支持率100%は異様だ。でも、豊郷町のリコールで町長を解任されたあの和三郎氏だって、支持する人がいる。これも現実だ。

 アメリカの兵士にも大きな犠牲を強いるだろう。だから言っているのだ。ネオコンと呼ばれ、何が何でもイラクをぶっつしたいと思う男たちよ、彼ら自身が戦闘服に身を包み、その身ひとつで敵地に乗り込んで、恐怖と後悔の中で名誉の戦死をするならば、まだましだ。ただ、ふんぞり返って、自分の身の安全を確保した上で机上の戦争ゲームに打ち興じ、ヒーローぶっているのだから、許せない。

 恐ろしい。こんなにも戦争を身近に感じることは、かつてなかった。北朝鮮も、おためごかしにミサイルを打ってくるし。

 しかも、日本はアメリカ支持を貫くという。北朝鮮拉致家族の会は、この時期にアメリカで「拉致はテロだ」という共感をアメリカ人から得られたことを誇らしげにアピールする。あまりにも日本の政府関係者がふがいないので、彼らがアメリカの強力な支持を勝ち取って喜んでいた姿は、十分理解できる。いや、理解したい。ただ、状況はさらにややこしくなっている。北朝鮮に残してきた子どもたちは無事なのだろうか。

 「アホでマヌケなアメリカ白人」の著者が撮ったドキュメンタリー映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」が話題になっているので、観たいのだけど、近くで上映してなさそうだ。監督のマイケル・ムーアが映画の中で導き出したのは、アメリカ人が先住民や黒人を虐待した過去がトラウマになって、異人種を極度に恐れ、過剰防衛の結果として銃社会を引き起こしたという心理だったという。コロンバインとは、99年に高校生による銃乱射事件が起こった町の名前。思えば、アメリカは、アメリカ国内に狂気を増殖させてきた。その病巣は、DNAさながら、若い高校生の凶行として顕在化させていたのだ。テロ事件が起こる2年も前に。

 耳にかけたヘッドフォンから流れてくるのは、バリー・マニロウ。中学の頃、彼の音楽に出合い、彼の生まれ育ったニューヨークに恋焦がれた。ヨーロッパなんて、憧れすら抱かなかった。音楽も映画もアメリカ一辺倒だった。いつか行きたいと願いながら、時は流れて、気がつけば、フランスびいきになっていた私。映画はやっぱりヨーロピアン。音楽も、クラシックに傾いていった。

 バリーはユダヤ系アメリカ人。『戦場のピアニスト』を観てしまったからには、あの惨状と、彼自身がまったく無関係であるはずもなく、およそ30年の時空を越えて、またバリーの歌声に耳を傾けていることに、感慨を覚えないわけにはいかない。

 でも、バリーはアメリカ人。この戦争のゆくえを、どんなふうに見ているのだろうか。戦意高揚とばかり、あの長い手足とドラマティックヴォイスで、今夜もスタジアムを沸かせているのだろうか。まだ20代だったバリーもすでに50歳を超え、もはやスーパースターではなくなっているけれど・・・。

 新車に、嬉しがってETCを取り付けたのはいいけれど、ディーラーのチョンボもあって、申請の手続きが後手後手。実際にETCが使えるまでにまだ1カ月ぐらいかかるという。こんなややこしい未整備なシステムを作っておいて、高額ハイウェイカードをさっさとやめてしまう、国土交通省には、あきれ返る。高速道路の料金所でノンストップの便利さを享受するだけのために、どれだけの労力をはらわなけりゃいけないと思っているのだ。扇千景が伊丹空港を廃止して、関空と神戸新空港の2本立てを企てているらしいが、まったく非現実。実際には関空は閑古鳥。ビジネスであれ、旅行であれ、伊丹から近い人たちの需要が圧倒的に大きいのだ。だいたい、彼女が大臣をやっていられるのが、不思議でならない。

 どう考えても、アホでマヌケなのは、やっぱりアメリカ人だけじゃない。 

2003年3月5日(水) とんでもない忘れん坊
 天気予報はばっちり当たって、何だか真冬に逆戻り。は〜るよ来い♪と、思わず歌いたくなる。それでも桜の開花は例年よりも早いのだとか。やっぱり温暖化は、ひたひたと忍び寄っているのだな。人間だけが、快適を求めすぎて、おかげで自然についていけないでいる。滑稽な話だ。

 ようやく確定申告を提出。とはいえ、いつも最終日に駆け込んでいた私にしては、早いのである。それもそのはず。去年はどれだけ仕事をしなかったか、クライアントから届いた源泉徴収票を合算して、倒れそうになった。がっくり落ち込んだ去年と比べても3分の1。おととしに比べると9分の1。独身の頃の最盛期からすると、約20分の1にまで落ち込んでいるではないか。とほほ。ほんとうに、とほほだ。

 もちろん不景気要因もあるけれど、仕事によるストレスを回避するために、自らそう仕向けてきたことも大きい。SO−TAI−KIの更新にも時間を割きたかったのだけど、これはほとんど効を奏してないことは、明々白々です。ポリポリ。最近では、職業欄に思わず「専業主婦」を○したくなるほど、弱気なワタシ。しかし、ここまで減ったら、逆に開き直って、おらあ、仕事したる!という思いも出てくるから不思議だ。


 提出後、スーパーで買い物。これが、とんでもないことだった。毎月5日は5%引きになる某スーパー。思いのほかカートいっぱいの荷物になった。駐車場で車に荷物を入れ、カートを戻して、家に戻ると、あり? なんか足らない・・・そうなのだ、バッグがないのだ。財布と確定申告の控え、先にドラッグストアで買っていた綿棒やらボディシャンプーの詰め替え用やらが入った袋、化粧ポーチ、手袋が、バッグの中身。なんといっても、財布が入っている。それをスーパー屋上の駐車場の隅に置いたカートに引っ掛けたまま、かえってきてしまったのだ。

 大慌てで、スーパーの電話番号をタウンページ(こういう時はありがたい。まさに「タウンページがあるじゃないか」の心境)で調べて、問い合わせたら、管理事務所で保管されていた。いや、助かった。

 そういえば、今までにもスーパーのカートがらみでは、いろいろな忘れ物をしてきた。お寿司、ケーキ、サンバイザー。幸運なことに、どれもサービスカウンターで預かってもらっていた。一番残念だったのは、娘がまだ1歳か2歳の頃に、かぶっていた帽子をカートに置き忘れたこと。我が友林檎が、娘の誕生祝いに送ってきてくれたものだったのだ。カラフルだけどシンプルなニット帽で、日本ではなかなか見つからない、おしゃれな感じが気に入っていたし、できればずっと残しておきたかった。だけど、そういうのに限って出てこない。すぐ気がついてカウンターに
問い合わせたけれど、結局見つからなかった。いったい誰が自分の子どもや孫にかぶせたのだろう。今でも、まだ悔しい。

 管理事務所では、財布の中にあった免許証の名前で店内放送してくれたそうだ。いと恥かし。受け取りにいくと、おじさんに「見つかってよかったけど、気を付けてくださいね」と言われ、平身低頭でお礼を言うばかり。治安がどんどん悪化している日本だけど、寸でのところで、私も人様の善意に助けられているのだ。感謝深謝!

 これもボケの始まりかと思うほど、物忘れが年々多くなっている。カラダは固いけれど、頭だけは柔軟にしておかなければ。

 そういえば、小泉首相も、ますますボケ症状の様相を呈しているようだ。それでいて、聞き分けがない。昼食後、ふとつけた国会中継を観て、久々に腹が立った。過去の首相の発言に対して質問された小泉さんが、その非をガンとして認めない。おかげで国会は一時空転状態。その間、彼は椅子にそっくり返ってニヤついている。口をついて出るのは、判を押したように同じ文言。「大胆かつ柔軟に」「経済は生き物」。

 極めつけは、「世論はときとして正しくない」という発言。国民の約8割がアメリカのイラク攻撃を反対しているという世論調査について聞かれたときだ。確かに、世論の異常さを、彼は体感しているのだろう。おそるべき高支持率に支えられた就任当初。あれから幾星霜。その支持率もめっきり下降線をたどり、今や四面楚歌にも似た状態なんだけど、そのボキャ貧ぶりはいっこうに御存じない。しかし、あの発言は笑止千万。自分の愚かさを見事に露呈したんだから。

 だからといって、なんでアメリカを支持するのか、その理由はとんと明確になっていない。彼はおそらく、何も考えてはいない。ただ単に、ブッシュに楯突けないだけなのだろう。何しろ、キャンプデイビッドでスタジアムジャンパーをプレゼントされただけで、「旧友然」としていられるのだから。なんたって、単純一郎さんだから。

 そのブッシュも、今や世界の笑いもの状態。彼を真正面から批判した『アホでまぬけなアメリカ白人』という本が日米でベストセラーになる勢いだというけれど、小泉さんも結局は同じ穴のムジナなのだろう。

 いつか、三輪明宏が大橋巨泉のことを、「巨泉はインチキなのよ」と切り捨て発言していて、なるほど〜と思ったけれど、小泉さんもだいたいいかさま師そのもの。その思いはとにかく、森政権時代に、森派会長としてうろちょろしていて、いきなり首相になって舞い上がっていた頃から、終始一貫、ずっと抱いてきた。真紀子ブームのときも、いずれああなるだろうと思っていたけどね。

 世論を見方にしてきた彼は、世論の重要性を、忘れてしまったようだ。
 
 2003年3月3日(月) 桃の節句
 3月が始まった。我が家としては、かなりラッキーな幕開けになった。でも、どんでん返しが怖いので、まだここでは言うまい(笑)。

今日はひなまつり。娘は学校から帰るなり、誰とも遊ぶ約束を取り付けなかったとしょげていた。ふと気がつくと、ホットカーペットの上でふて寝の構え(笑)。起きてからの機嫌もすこぶる悪い。そうだな、大人でも子どもでも、誰も遊んでくれないのは、やっぱり淋しい。

 学校の給食もちらし寿司だったのは知っているけれど、恒例により我が家の夕食もちらし寿司。夫も早めに帰ってきたので、3人で夕食を囲んだ。メインディッシュは後にも先にもちらし寿司だよ(笑)。沢知恵がカヴァーしている童謡「ひなまつり」を聴きながら、大人はビール、子どもはお茶で乾杯! そのとき夫と二人して、「桃の節句、おめでとう」と言ったら、娘はなんともいえない、はにかんだ笑顔を見せた。その後のご機嫌なこと! けたけた笑って、さっさと寝てくれた。というわけで、私は珍しく8時にはひとりでパソコンの前に座ることができた。とはいえ、日記のレイアウトを保存する前に消して、やり直しする羽目になったので、今はもう10時に近づいている。

 月曜日は雨。昨日の天晴れなお天気は奇跡のようだった。夜は夫の知り合いがやっている焼き鳥屋さんへ、渋滞の中、2時間以上かけて行ってきたけれど、わざわざ行ってみる価値はあった。焼き鳥というと、タレの味がどんどんしつこくなってくるものだけれど、そこの焼き鳥は本当にあっさりした天然の塩味で、店のつくりもセンスよく、店員も感じよく、日曜日の夜だというのにけっこう家族連れのお客さんが入っていた。最初は「お腹が痛い」と元気のなかった娘も、気がつくとバクバク状態。自慢の地鶏の刺身は日曜日は入荷されないそうなので、今度は刺身目当てに土曜日など、狙いたい。JR甲子園口南側の商店街にある「鳥花」さん、おすすめだ。

 今日の日記はやたらと食い気に走っているなあ(笑)。何だか、どうでもいい話で失礼! 久しぶりに、私も早めに寝るとしよう。明日は寒の戻りの寒波がくるそうな。皆さんも、ご自愛なされまし。

 
LAST MONTH  NEXT MONTH INDEX HOME