DIARY


   





 
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 Photo:「Bonjour! ― ボルドー行きのTGVで ー」  by Yoko.Y
 BGMは「もろびとこぞりて」ぶれすおーるさんからお借りしました。

 2002年12月27日(金)  来年もよろしくね
 まじりの金曜日。寒いっ。クリスマスも過ぎてしまうと、クリスマスツリーも季節外れに見えるから、不思議だ。

 連休のせいか、1週間の短いこと! 毎年年末は慌しいけれど、今年は特に焦っている。まだ年賀状も出来ていないし・・・。それなのに、親戚の子たちがやってくるとか夫方の兄弟が義父母の家に集まるので、俄然私の負担は重くなる。しかも仕事のキリはまだつかず・・・。焦りの原因はそのあたりにあるのだろう。

 世間はもっと世知辛い。思うことも諸々あり、いろいろと書きたいけど、言葉にできぬまま、今年は今日で書きおさめになりそうだ。

 そうそう、昨夜はNHKが楽しかった。篠原ともえ(だったっけ)が司会する教育TVのプログラムで百人一首の現代語訳と上句と下句の覚え方を伝授するしていた。高尚なんだか、オマヌケなんだか(笑)、不思議なテイストだった。思えば、子どもの頃はお正月には毎晩百人一首のかるた取りをするのが定番だった我が家。しかし、こんな色っぽい歌を小学生が詠んでいたなんてなあ(笑)。

 BSではコミックソングを特集する歌番組が放映されていた。出演者の中に懐かしいEPOの姿もあった。美空ひばりの「お祭マンボ」なんか歌っていたけど、相変わらず上手い! 

 私の好きなコミックソングは笠置シズ子の「買い物ブギ」なんだけど、これは取り上げられなかった。なぜか林家こぶ平がコミックソングを熱く語っていたけど、彼自身がコミックそのものなんだよねえ。しかし、つまらない民放の年末番組に比べたら、こういうキッチュなことは、これまたNHKの右に出るものなしって感じなのだ。

 こんなネタで2002年を締めくくらなくちゃいけないとは、ちと情けない私だけど(笑)、この先、年末年始まではおそらくパソコンに向かうことはあっても、日記までは手が回らないと思われる。

 そんなわけで、皆様今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いしますです。では、よいお年を〜♪

 
 2002年12月23日(祝)  怒涛
 この3連休、いや実にまったく、制限時間いっぱいいろいろとやった。土曜日はコンサート&忘年会。昨日は買い物&夜中までの掃除。そして今日は掃除の続き(窓拭きが終った。ふー)。で、懸案だった書斎の模様替えも何とか終え、今まで私が使っていた机はリビングから再び書斎へ。夫の専用スペースが出来上がった。私の机はホームセンターで入手した天板と足&ニスの夫による手づくり品。けやき色のニスを塗ったおかげで、なんだか学校の机のような素朴さがあって、なかなか悦にいっている。もちろん市販品を買うよりも安上がりなのだね。

 とはいえ、実際、こうしてパソコンに向かってみると、キーを打つたびに小刻みに揺れるのは改善の余地あり(笑)。しかも、前の机は3方が板で囲まれていたのが、手づくり品は壁からの冷気を直に受けて、足元は座布団式の暖房で守られているものの、すねのあたりが薄ら寒いぞ(笑)。うーん、補強と保温はやはり考えねば。

 コンサートはクラリネット奏者のリチャード・ストルツマンと彼の家族によるクリスマスコンサート。クラシック通から「おすすめ」といわれて行ったのだけれど、妻はバイオリン、息子はピアノ、ついでに娘は唄やフルート、おまけに踊ったり雪を降らせたりという演出が何ともアットホームで、かしこまって聴いている客席をほんわかとなごませてくれた。アンコールには『きよしこの夜』をお客さんにも一緒に歌うという場面もあり、「ミナサン、メリークリスマス!」といわれると、こりゃもう素直に「メリー・クリスマス」と返すわけで、コンサートというより、ストルツマンさん一家のクリスマスパーティにお呼ばれしたような感じだった。

 アレンジが総じてJAZZYなので、娘ははじめ退屈モードだったのだけど、最後のほうはノリノリで、ひとりスタンディングオベーション状態だった(笑)。一方夫は開演前から居眠る始末。休憩時間には、曲の解説をせねばいけない妻であった。とほほ。

 それでも、演奏はさすがに一流で、実は今まであまりクラリネットという音色を好きだと思ってこなかった私だけど、彼の奏でるクラリネットはとても温かく、人柄そのものだという気がした。最近本で、音楽家の悲惨な人生ばかりを読んでいたところで、芸術家というととかくエキセントリックな話に関心を持ってしまうのだけど、彼のようなよき父、よき夫、しかも演奏家としても超一流、ちょっとひょうきんなステージングも交えながら、繰り出す音の確かさなど、すべてをここまでバランスよく見せてもらうと、もう「お見事!」というしかない。

 しかもこのストルツマン・ファミリー、おそらくクリスマス休暇を利用してのことだろうけど、この1週間で全国7公演をほとんど連日こなし、昨日佐世保で千秋楽を終えて、ひょっとして今頃は機上の人かも。日本を家族旅行しながら、しっかりビジネスなさっていく。これぞ、プロと思わずにはいられない。

 保育園ママたちとの忘年会は、夜6時半から11時過ぎまでとお店には大顰蹙もの(笑)ながら、いつものように話題は子ども、夫婦、仕事、社会のことと幅広く、また楽しく、いつものように盛り上がった。私以外は基本的にフルタイムワーカー。専門分野もさまざまだけに、のほほん族の私にはいい意味で刺激的だ。何より嬉しいのが、グチや文句、人の悪口の類がほとんど出ないこと。誰かの話をする時でも、いい意味でバランスがいい。この輪から抜けてしまった人もいるけれど、あらたに加わりそうな人もあり、ますますママパワー、炸裂(笑)であーる。

 それにしても、書斎の模様替えで出たゴミの量たるや、恐ろしいほどだ。今まで何を後生大事にというようなものがほとんどで、残したものの中にも整理しきれないものもまだまだあるけれど、年末に一掃できたことは、資源の無駄遣いを反省しつつも、なかなかすっきりした。

 12月だけで家のあちこちがリニューアル。その中には、食器棚の取っ手のつまみまである。とにかく、自分自身が使い勝手が悪く気になっているのに、長い間放置してきたことを思いきって改善したことは、たとえつまみ1つでも、作業が格段に楽になり、嬉しいのだと実感した。

 「やりたい、やりたいと思っていてもやらないのは、本当はやりたくないから」という言葉は、もう20年ぐらい前に聴いたユーミンの一言。ずっと頭の片隅にあって、いつも物事に迷ったときに思い出しては自分を振り返るよすがにしている。

 さまざまなことに当てはまるのだけど、来年はますます、やりたいことをやっていこうと思う。そのためには、捨てるものもある。何かを得るためでもあるけれど、たとえ得られなくても後悔しない自分でありたいと思う。


 時刻はすでにクリスマス・イヴ。それでは皆様、I wish you a merry X’mas!
  
 
 2002年12月18日(水) むちゃくちゃやん
 午前中はけっこう真面目に仕事している。私にとっては、願ってもないお墓の話。お金をいただいて、好きに書ける原稿なんて、この仕事を10年やってておそらく初めてだろう。ところが、これがまた予想を大きく上回り、筆が乗ってくると例の調子でボリュームをはるかにオーヴァー。結末までまだ書かなくちゃいけないのに、その前からばっさり削る必要も出てきた。うーん。悩ましい。机は参考資料の山。年末でけりをつけたいのだけど、娘はすでに短縮授業で早く帰って来る。年賀状もまだだしなあ。やたら乱雑な本棚も整理しなくちゃいけないしなあ。おせち料理の心配もあるしなあ。ああ(頭かきむしるワタシ)。

 今日、国立市に建つマンションの景観破壊をめぐる裁判の判決が出た。マンションが並木道の景観を破壊しているのは明らか。マンション業者は20m以上の階を撤去せよ、という判決だ。わお、出来上がったマンションの上階層だけを撤去することなんて、現実にはほとんど不可能じゃないの。今さらむちゃくちゃ。市民の権利を云々するなら、建設工事の前になぜ解決できなかったのか。業者は控訴するしかないだろうけど、企業イメージもダウンもまぬがれないだろうし、墓穴掘ったよなあ。

 それにしても、事件も政治も、むちゃくちゃな展開が横行している。小泉政権の支持率もじりじり下降線をたどっているけれど、私にいわせれば、こんなことは目に見えていた。かといって、民主党もひどいしね。アメリカも北朝鮮もやることなすこと、むちゃくちゃ。日本経済もどん底。さすがのマクドナルドは赤字。これは当然だけど・・・。

 中学公民の教科書、雪国はつらつ条例が「雪国はつらいよ条例」というおそるべき思い込み誤植にも笑った。ほんと、むちゃくちゃだ(笑)。

 うーん、夜は眠くてダメですな。思考回路もちょっとむちゃくちゃ。さ、寝るべ。

 
 2002年12月15日(日) わっせ、わっせ
 昨日は梅田詣で。パトリック家へのクリスマスプレゼントを購入するため、娘とデパートをうろうろし、なんやかんやしたのち、HEPナビオの観覧車に初めて乗った。オープン当時は長蛇の列で待たされたようだけど、昨日は店内はけっこうにぎわっていたのに、観覧車はがらがら。待ち時間0で乗れた。天気がよかったので、眺めはなかなかなもの。でも、あれは確かに一度乗ったらもういいかも。観覧車は上っていくときより、頂上についてから降りるまでが怖いということを実感した。それにしても、搭乗前になぜか記念写真を撮られ、出口で出来上がった写真を買えという商法には恐れ入った。それも800円。ただでさえ、小学生以上は700円、つまり1400円を払った挙句にである。買う買わないは自由なので、当然買わなかったけど、あれは歩留まり悪い商売だと思う。売れなかった写真はどう処分されるかなんだか心配。そんなことするなら、最初から記念のサービスとしてくれたらいいのにって、それもせこいか・・・。

 今日は年末の大掃除第一弾、障子の張替えなんかをしていた。といってもアイロンでぺたんと貼れる簡単バージョンなので1時間ほどで出来上がった(笑)。すでにTVとTV台(李朝家具風。レプリカではあるが)をチェンジ。じゅうたんを敷いて畳を隠し、障子も真っ白い障子で一新すると、ますます快適さがアップした。それでも、床と間には父の書いた書の掛け軸がかかっている。なんともアジアン折衷な感じではあるけれど。TV台を買った李朝家具屋さんが、納品書に「どんな風に使われているのか画像を送ってほしい」とリクエストしてきた。買ってからほとんど使いこなしていないデジカメでも使って送ろうかな。

 そうこうしているうちに週末はおしまい。明日からはまた仕事にいそしまねばね。


 
 2002年12月12日(木) なぜ奪うのか
 このところ、お風呂で寝てしまう私。思わず指がふやけてしまう。

 昨日、娘が学校で申し込んでいた本を持って帰ってきた。1冊は一世を風靡した『ウォーリーを探せ』。舞台がハリウッドになっていて、映画セットの群集の中に紛れているウォーリーを探す趣向になっている。困ったことに、ウォーリーだけじゃなく、お姉ちゃんや親衛隊と呼ばれるよく似た格好の男女25人も一緒に探そうというふうにバージョンアップされていた。なんとも厄介な本である(笑)。

 もう1冊は『くまのプーさん』のお話。他愛もないけれど、娘はどうもクマというキャラクターが好きなようだ。よくよく見ると、ベッドの中で一緒に寝ているのもみんなクマ系統だった(笑)。

 3冊目は私がリクエストした新美南吉の『ごんぎつね』。子供の頃に読んだ本の中でも強く印象に残っていたので、娘にも読んでもらいたいと思ったのだ。。ところが、ルビをふった漢字や時代背景のギャップもあって、小学1年の子が自分で読むにはやや難しい。そこで、久々でベッドの中で読み聞かせた。去年まではほとんど毎晩していた読み聞かせ。小学校に入ってからは、すっかりご無沙汰していたのだ。

 挿絵は黒井健。抑えたトーンがノスタルジックだ。

 ひとりぼっちのごんぎつね。兵十(ひょうじゅう)が川にしかけ網をかけてしとめたばかりの魚を、いたず心で逃がしてしまう。それを兵十に見つかり、太いうなぎを首に巻きつけたまま逃げ帰るごん。その十日後、兵十の母親のお葬式をこっそり見て、ごんは自分がいたずらして、あのうなぎを食べさせてやれなかったから兵十のおっ母が死んだのか、といたずらを悔いる。そして、魚売りからいわしを盗んで兵十の家の土間に投げていくのだけれど、それも魚売りに兵十が盗んだものだと誤解され、なぐられたことを知り、つぐないのためにいいことをしたつもりが、かえって迷惑になったことをさらに悔やむ。そして次の日から栗やまったけを毎日置いて帰るのだった。そしてある日・・・。

  物語の要旨は覚えていたのだけれど、兵十の母親のお葬式や棺を抱えて墓地へと進む葬列とかが描かれているとは思いもよらなかった。実になんとも掃苔記向きだった。またもテレパシーがこの本を我が家へ呼び寄せたのだろうか。

 自分のほんのいたずらから誰かのいのちを奪ってしまったと思ったきつねが、その罪をつぐなおうとする。けれども、本当の気持ちを知られる前に、いたずらきつねのレッテルを貼られたまま、最後には自分もまたいのちを奪われてしまう。

 この『ごんぎつね』を、林真須美は読んだことがあるだろうか。そして、今読んだらどう思うだろうか。読み聞かせ終わって、言葉もなくちょっと悲しげだった娘におやすみを言うとき、ふとそう思った。

 こういう悲しい本を読むと、悲しいと感じられる心がまだあることに、ほっとしたりする。この間、高速道路を車で走っていたとき、黒い牛をたくさん乗せたトラックが横切っていった。「あの牛さん、どこに行くのかなあ」という話から、人間が動物の肉を食べることについて話題が及んだ。「人間はなんで動物を殺すんやろう。大人やったら、悪いことしたらあかんて分かるはずやん」と娘が言った。

 昨日の夕食は子持ちカレイの煮付け。「これ、何?」とコの部分を聞くので、「それは魚の赤ちゃんかな」と言うと、娘はちょっとショックだったらしく、「赤ちゃん食べるなんて可哀想。人間も同じ動物やで。人間のお母さんが赤ちゃん食べられたら悲しいやろう・・・おいしいけど、もうお肉も食べへん。給食で出たら残したらあかんから食べるけど」と断固言い張るのだ。「感謝して食べたらいいんやで」と諭してみるのだけど、「人間と同じやで!」という主張は何度も繰り返していた。そのくせ、魚は最後まで食べていた(笑)。

 ほんとにねえ、大人なのにねえ。人間はなんで分からないのだろう。いのちを奪ってはいけないことを。子供たちにどう教えていけばいいのか。こんな裁判劇を見せられるたび、虚しさは増すばかりだ。ごんの気持ちも知らずに兵十がしてしまったことを、私たちは避難することはできない。林真須美に「死んで償え」と思う気持ちを抑えることもできない。遺族ならなおさらだろう。でも、彼女が死んでどうなるのだ。それだけに罪深い。

 けれども、だからこそ、奪い合うことのない平和な社会がほしいと思う。 

 
 2002年12月9日(月) それほどの孤独
 昨日は久々のバンド練習。4人のメンバーは全員子持ち。いつの頃か3人が子供同伴で来るようになっていたのだけど、総勢4人のパワーは凄い。無論、娘もその一人(笑)。昨日という昨日はほとんど託児所状態で、到底練習にはならなかった。

私以外は男性であるから、日頃子育てに忙しい彼らの奥さんたちにとっては、お父さんが子供を連れていってくれれば、おそらく解放感はひときわ。子供たちも互いにすっかり仲良しになり、会えるのを楽しみにしている。その上、練習後にはお店でお昼ご飯が食べられるのだ。双方やめられまへんなあ(笑)の状態なのだが、いよいよ考えなくちゃいけなくなってきた。最年長のしょうた君は「次の練習はいつ?」と今度も来る気満々なのだけど、次回は子供抜きでやろうという結論に。やれやれ。

 しかし、そもそもこんなに長くバンドをやっているのは何故だろう。自分でも動機がわからなくなっている。上達するでもなし、どこかでライブをするでもなし。「50歳まではやるぞ」という者もいるのだけど、彼がその年齢に達するのも、あと数年のこと(笑)。思えば20代からの付き合いだ。おそろしー。

 昨夜、YAHOOニュースをチェックしていたら、東京の男性と大阪の女性が男性のアパートで心中していたという事件が出ていた。ともに30代。自殺願望サイトで知り合って、心中相手に選んで、初対面のその日に死んでいたという。そんなことができるのだろうか。ちょっと絶句してしまった。

 メールのやり取りの中で恋愛感情が募っていったのかもしれない。身近な人には気持ちを理解されなかった人間
が、同じ思いを抱える赤の他人と依存し合い、二人で「生きる」のではなく、一緒に死ぬという方法を選んで、いとも簡単に実行してしまうのは何故か。女性の家族は「子供の頃から自殺願望があった」と言っているそうだ。なんだか、突き放したようなコメント。そういう家族だったからこそ、彼女も他人との心中を選んだのかもしれない・・・。

 総ての人間が家族に自分をさらけ出しているはずもない。思えば人間は孤独な生き物。心の闇という言葉が常套句になってメディアでも氾濫しているけれど、闇を見ればみるほど、孤独の深さに絶望してしまいそうだ。しかし、一瞬でも幸せなことや、心がやすらぐ場所があれば、また生きることもできる。けれどやはり、彼らのようにそれほどの孤独に落ちている人が、世の中にはまだまだいるのだろう。

 BGMの「ノエル!ノエル!」の音量がどうしても戻らない。ということで、ポピュラーな「もろびとこぞりて」に変えた。このクリスマスキャロルを最初に聴いたのは何歳の頃だろう。長い間このタイトルの意味が分からなかった。歌詞の中の「主はきませり」というところも、「シュワッチませり」みたいなニュアンスで、全然意味不明(笑)。

 もろびと=諸人(たくさんの人)よ、たくさん集まって祝おう、長く待ち望んだ主イエスキリストの誕生だ。

 まったく、大人になってようやく分かったのであった。

 たくさんの人が集い、語り合い、共通の喜びに沸く、なんてことは、今の日本では、まさに奇跡のような話だな。
 
 2002年12月7日(土) 名画見たり
 昨夜、偶然見た映画に衝撃を受けた。NHKのBSで放映していた『裸の島』という作品だ。

 舞台は小さな孤島。風景からすると、おそらく瀬戸内。因島周辺の島だと思われる。殿山泰司と乙羽信子扮する夫婦と二人の息子の四人家族が、みすぼらしい家に住みながら、島の急斜面で畑作業を生業としている。島にはこの家族だけ。子供たちは別の島にある小学校に通っている。交通手段は手こぎの舟だけ。水を運ぶ場面がよく出てくるのだけど、華奢な乙羽信子がノーメイクにほおかむりをして、狭い急斜面を2つの桶を肩に棒を渡して運ぶ姿は、もうそれだけで感動する。

 モノクロ、全編まったく台詞がなく、斬新な音楽と人物の表情、行動だけでドラマが表現されている。苦しい生活の中、町(尾道だと思われる)で買い物をしたり、食堂でご飯を食べるシーンは、その喜び具合が手にとるように伝わって、ひたすら驚き、目が釘付けになった。モノトーンの画面なのに、なんて美しいのだろう。まるでヌーベルバーグのフランス映画を見るような映像。

 けれども、長男が急病で倒れるところから、ドラマは急展開する。父親が必死で舟をこぎ、大きな村を走り回って医者を探す。やっと医者を見つけ、連れて帰ってくると、息子はもう亡くなっていた。

 次の日だろうか、小学校の同級生と先生と袈裟を着たお坊さんが船で島へやってくると、両親は家から質素な棺を抱えて、島の頂上へ上る。つまり、お葬式が始まるのだ。頂上にはすでに穴が掘られていて、棺はその中へ。同級生何人かがそこへ花束を投げ、次いでその上に薪がどんどん積まれる。

 画面は再び船で帰ってゆく同級生たちに変わり、そのエンジン音とともにカメラが引くと、島の頂上から煙が立ちのぼってくる。その場で火葬しているのだ。モノトーンの画面では煙はそれほど目立たない。まして引きの画面では、分かりにくくさえある。だからこそ、はかなくて、言葉では表現できない悲しみが浮かび上がってくるのだ。

 ある日、夫婦は再び水運びと畑仕事を続けている。けれど、日照りの中では、桶に汲んできた水も文字通り焼け石に水状態で、見ているだけでも徒労感、空しさでいっぱいだ。その瞬間、乙羽信子が土の上に突っ伏して号泣する。我が子を亡くして、さらに収穫の期待できない畑仕事。過酷な人生に絶望する女の叫び。殿山泰司扮する夫は、その姿を無言で見つめる。けれど、妻をなぐさめるでもなく、再び水遣りを始める。それを見ると、妻は観念したかのように、自分もまた黙って水をやり始めるのだ。その二人を俯瞰で映し、海に浮かぶ島をズームアウト。それがラストシーンだった。

 脚本、監督は新藤兼人。台詞が全くなく、ト書きオンリーのシナリオが、これほど雄弁に人の感情を語ることができるなんて、目からウロコものだ。また、ちょっと前衛的な音楽がとてもいい。ちょっと調べてみると、なんと私が生まれた年に発表されていた。しかも、モスクワ国際映画祭でグランプリを受賞している。あそこまで固有の国を超えて、普遍性を感じる邦画も少ないだろう。

 新藤兼人は後年乙羽信子といわゆる不倫の末に夫婦になり、彼女が亡くなってからも、恐ろしいばかりに若々しく現役で仕事を続けている。彼のあふれる才能には、嫉妬さえ感じるほどだ。

 実は、最初の部分は見損ねている。見ようと思わず、吸い込まれるようにして、思わず家族で見てしまった。機会があれば、ビデオを借りてちゃんと見てみたい。

 ところで、うちのパソコンではBGMの「ノエル ノエル」がフルボリュームにしてるのに、ほとんど小さな音になっている。突然のことで原因不明。皆様のパソコン画面ではどうなのだろうか。ちゃんと聴こえていたらいいのだけど、気になる方がいらしたら、ご一報のほどを。それにしても、映画ってホントにいいですね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

 
 2002年12月4日(水) 浪費か投資か
 今週に入ってやけにスローダウン。今日の仕事もぼちぼちペースだったけど、迷いから前進も少しあって、明日はもう少しペースアップできると踏んでいる。

 昨日は久しぶりにご近所の友人と蕎麦屋でランチをした。12時前に入ったときは、1組だけだったお客は、私たちが来た途端、次々に増え、待っている人もどんどん。テーブルが大きくて、回転が悪いのも混む原因だけど、やっぱり「おいしい」との評判を聞きつけてくる人が多いのだろう。蕎麦といっても石臼で曳いたとかで、普段は昼間しかやっていない。その分、値段もそこそこ。量もそこそこ。すぐ空腹感が戻ってきたのには、まいった(笑)。

 年末から年始、そして春にかけて、コンサートの予定をがしがし入れてしまった。これも、ルイサダに行けなかった復讐か。ところが、チケット代を振り込まなければならないのだけど、これが思いっきりかさむのだ。運悪く冷蔵庫代金にプール金を使い、余裕がない!その分は年末にいただけることになっているのだけど、入る前に使うところが、いかにも我が家流と申せましょう(笑)。

 コンサートは時間と空間にお金を払うようなもの。音楽は記憶には残っても記録はされない。もったいないと言われればそれまでだけど、「その場に立ち会い」「感動を共有する」という体験は、それだけのお金を払うに値する。しかも、その記憶は、徐々に色あせつつも、決して消えない。たとえば、20年ぐらい前に行ったマンハッタントランスファーとか、初めて生で聴いた長岡京アンサンブルとか、諏訪内晶子、ベルリンフィルのメンバーからなる室内楽、一時はファンクラブに入っていた久保田利伸などなど・・・。あの時でないと、味わえなかった心の震えは、今でも生きている。

 今まで随分無駄遣いもしてきた。旅行だって、行かないでその分を貯金すれば、今頃はもっと小金を持っているかもしれない。でも、しなかった経験を、いつか取り戻せる日はくるだろうか。今の自分を形成できていただろうか。

 今は我が家の壁におさまっている山本容子の版画も、今同じだけのお金を出して買う気なるかといわれると、ちょっと疑わしい。あの時、少しばかり買えるだけのお金があったから、ここにあるわけで。そういう意味では、死に金にはしなかったと言いたい。いらないモノは、物でも何でも捨てなくちゃいけない。そして、本当に求めているものは、少し無理をしても手に入れておけば、後できっと財産になる、なーんちゃって、自己肯定をしているわけさ。

 それにしても、年末何かと物入りではある。とほほ。
 
 2002年12月3日(火) 師走なり


 日記のデザインを12月バージョンにするのに、あれこれ悩み、昨日は日記を書かずに寝てしまった。ご覧のとおり、デザインだけはすっかりクリスマスしている。BGMもフランスとイギリスの伝統的なクリスマスキャロル「ノエル ノエル」。もっとも、このたびmidiをいろいろ検索しているうちに初めて出会った曲だったのだけど、写真ともマッチしていいのではと、ひとりごちている。

 写真は去年のフランス旅行の最終スケジュール、パトリックさん一家に会うため、ボルドーへ行ったTGVの中で撮った一枚。後ろの座席におばあさんと2人で坐っていた女の子が、まさにお人形のように可愛らしくて、写真に収めたいと思っていたのだけど、おばあちゃんとのやりとりに飽きてしまったのか、女の子の方から愛想をするようになった。歳の頃なら2歳ぐらい。しまのシャツを着ているのが娘である(初登場!)。

 やっぱり、子供同士というのは、肌の色も言葉の壁もひょいと乗り超えて、簡単にコミュニケーションしてしまう。2人はいつしか「いないいないばあ」をして遊びだした。ボルドー駅についたら、おじいさんがお出迎えに来ていた。でも、女の子の両親はどこにいるのだろう。何となく事情を察したりしたけど、あどけない女の子には陰りは微塵も感じられなかった。あれから1年2ヶ月ちょっと。今頃、彼女はどこで何をしているだろう。

 パトリックにはすっかりご無沙汰。クリスマスプレゼントをみつくろって贈ろうと思ってはいるのだけれど・・・。

 やり残していることがいっぱいあることに、今さらながら思い知らされる。11月に比べたら、本当に駆け足な12月になりそうだ。

 そういえば、鳩山由紀夫がすったもんだの挙句、民主党代表を辞任した。そもそも、9月の時点で彼が代表選に勝ってしまったのが、けちのつけ始め。あの時、民主党はなぜ人心を一新できなかったのだろうか。結局、ゆきちゃんのお金がなければ、党として立ち行かないという現実が足かせになったのだろうか。
 
 でも、素人目にも、彼は今まで自分で地雷を踏みまくってきた。小泉さんがどえらい人気になって、ポスターや携帯ストラップが飛ぶように売れているのを見て、確かゆきおちゃんストラップも発売したけど、数百個しか売れなかったと記憶している。どうもやることなすこと、時期はずれ的はずれ。そういう彼をトップに据えていた民主党も相当病んでいる。野党第一党の役割をまったく果たさないまま、ほれ、小泉さんはのさばる一方で、日本の景気もますます光見えず。その体たらくの責任は、重いのではないだろうか。こんな年末にリーダー不在の民主党。いったい、どうなるのだろう。なんて、本気で憂いている人が、これまた少ないのが民主党の悲劇だよね。

 
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