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| 2002年9月30日(月) もう10 月? |
| この1週間、へろへろのワーキング・ウィーク。いや、もう少し効率的にやっておけばもっと早く終ったのだろうけど、これができない悲しさよ(泣)。昨夜の夜なべで何とか間に合ったのはいいけれど、起きたら7時半を過ぎていた。あちゃー、娘もまだぐーすか寝ている!集団登校には間に合わないじゃん。というわけで、けしかけながら、朝ごはんを食べさせ、学校に連れて行ったのは、これで2回めだあ・・・。 とりあえず自分の手を離れ、納品(メールの瞬間移動だけど)したら、お昼からはもう脱力状態。先週末で終った連ドラ『さくら』の脚本家・田渕久美子氏の公式サイトが今日でBBSを閉じてしまうというので、最後の書き込みをするのが精一杯(そのわりには辛口でごめんね)。次の『まんてん』は、もう観ない。連ドラに一喜一憂するなんて、あたしときたことが! を痛感した次第。BBSにも翻弄されたしさ。明日からはもう少しまっとうなヘルシー生活したい。 気がつけば9月は今日まで。ということは、今年はあと3ヶ月!?。このローリングストーンな日々が、なぜか妙にショック。ここも日記以外の更新がここまでおざなりになっているし、今年は(って総括するのも早いけど)、どうも自分のペースが作れないまま流れている。いろいろな出来事、人間関係とシンクロしているからこそ、生きていけるのだけれど、これが傍流にいる者の辛さ。思いっきり遠心力感じて(笑)、気分はいつも「なんか、大変」。たとえ、忙しくても地球を自分中心に回すことのできる人は、人生を思いっきり謳歌できているのだろう。でも、じゃあ中心に行きなさい、と言われても、私にはその器もないしなあ(グチ、グチ)。結局は傍流に生きるしかないのさ、はっ、はっ、はっ。 土曜日は夫の部下の結婚式と披露宴に参列。娘も一緒だ。夫は乾杯の発声を頼まれ、娘は新郎に花束贈呈の大役(笑)。私は食べるだけ(笑)ではあったけれど、出席にはそれなりの理由がある。 結婚前まで私はマンションに一人暮らししていた。今は夫の会社に勤めている彼、実はそのマンションの仲介管理会社(X社)の社員だった。仮に彼をA君と呼ぶ。話せば長いが、ちょうど3年前、東京から転勤してきた若手社員(B君と呼ぼう)のために夫が借り上げる部屋を探すというので、私が知っているX社を紹介し、夫が問い合わせをした。その応対をしたのが、A君だった。つまり、最初は営業マンとお客という関係。夫はA君の熱心な仕事ぶりをえらく誉めていた。結果、部屋も決まり、B君も大阪で仕事を始めた。B君を我が家にも招待し、お兄ちゃん大好きな娘は、B君にドラエもんの似顔絵を描いてもらったりして、仕事も順調に進んでいたかに見えたのだが・・・。 なんとB君、わずか半年足らずで会社を辞めてしまった。関東にいる彼女の親が家業の酒屋から某コンビニに業態替えするので、手伝ってほしいと言ってきた、というのが辞職の理由だった。ゆくゆくは結婚するという彼女の親からのプッシュ=将来は店を任せたい、というラブコールでもある。B君、これに乗ってしまったのだ。 困ったのは会社。人事に関わった夫もB君が抜けた穴を埋めなくてはいけない。そこで白羽の矢を立てたのが、A君だったのだ。実は彼も新卒で入った不動産会社に将来性を感じられないでいた(バブリーな時代は優良企業だったんだけどねえ)。この双方の利害が成立し、さまざまな根回しの結果、A君はB君の部屋探しに応対した半年後には、夫の会社に入社していたのだった。 ここからが一大ドラマ(笑)。今まで夫の「見る目」にはやや懐疑的な私だったので(笑)、今回もどうなることかと思っていたのだが、「棚からボタ餅」というか、「ひょうたんから駒」というか、A君は会社でもめきめき頭角を顕したのだ。わずか2年で、先輩社員を凌駕する活躍ぶりだという。こうなると、何故か私も鼻が高いわけ(笑)。直接は何の関係もないのだが、ことあるたびに「それって、私のおかげだよね」と夫に自慢する日々であった(笑)。また、このA君、子どもが大好き! 娘のことも本当に可愛がってくれる。娘もすっかり親戚のお兄ちゃん扱いだ(笑)。式の後、チャペルの前で皆で写真を撮っていたときも、娘は新郎にだっこされて新婦と3ショット。なんか、三人が親子のように思えておかしかった。 それにしても、人の縁はどこにあるのか、A君のことを思うと、とても不思議な気がする。B君のことがなければ、今頃はほとんど赤の他人のままだったろう。そのA君が学生時代に知り合った彼女と交際を続けて晴れてゴールインしたわけなのだが、彼女もA君が入社した夏には我が家に遊びにきたし、6月にはホタル鑑賞にも一緒に出かけたよしみもあって、結婚式も披露宴も、身内同然で立ち会うこともできたことは、何だか感慨深い。もしもまだ若い二人が結婚に至らなければ、その過去を私たちも共有しなければならなかっただろうから、そういう意味でも二人が幸せを築く努力を重ねて、晴れて高砂に並ぶ姿を間近に見られたのは、私にとっても嬉しいことだった。さらにいえば、参列していた親族、友人皆が100%祝福する気持ちで二人を囲んでいた。何も奇をてらったことのない真面目な披露宴に、二人の人柄と祝福ムードが漂っていた。 さて、件のB君なのだが、結果としてどうも「とらぬ狸の皮算用」だったらしい。昼も夜もなく働かなければならないコンビニの仕事は想像以上に過酷だったようだ。しかも、結婚する前から婿扱いされるのが、だんだん苦痛になったのかもしれない。ほどなく、コンビニを辞めたという。ということは・・・当然彼女との仲もしっくりいかず・・・今、B君が何をしているのか、夫さえも知らない。 考えるだに不思議だ。人との出会いは合縁奇縁。夫婦もよく似たところがあるけどね。 さあ、10月は自分のペースがどれだけ作れるだろうか。今日はもうパソコンにはうんざりなのに、思いっきり長くなったぜ(笑)。ともあれ、今夜は早く寝ようっと・・・。 |
| 2002年9月24日(火) 代休じゃあ |
| 昨夜の月は凄かった。満月よりは少し右上が薄くなっていたけれど、闇に煌々と地上を照らしている。我が家は車でちょっと遠出をした帰りだったのだが、最初は低く浮かんでいた月が、道の向こうで正面からスポットライトのように光っていたと思ったら、今度は横にぴったりとついて、どこまでもついてくる。人家も街灯もすくない場所だっただけに、月明かりは車の中で自分の手元を照らすほどに明るく感じた。『月の砂漠』という唄があるけれど、夜の砂漠で月を見れば、昔の人は誰でもその強い光に限りない畏れを抱いたことだろう。 ふと、気づくと、低かった月の位置は、見上げるほどに高くなっていた。そして、夜明けとともに太陽にその場所を明渡すつき。奥ゆかしいじゃあ、あーりませんか。 昼は昼でまさに秋晴れ。本当は仕事しておきたかったが、土曜日に小学校の運動会があり、今日はその代休になっていた。学校も週休2日になって、土曜日でさえ代休の世界なのだ。今日はおそらく仕事にならないだろうと、曜と昨日いっぱいはびっちり仕事に明け暮れようと思った。結局は、突然の遠出のため、に昨日の午前中までに短縮してしまったけど。 娘がいてはどうせ仕事にならないと思っていたけれど、こうもすんばらしい晴天になると、どこか広々とした場所でずっと高い空を眺めていたいという気分になり、午後から娘とおでかけ。思いついたのは、安藤忠雄が設計したという新しい県立美術館。ただいまゴッホ展が開かれている。車なら1時間とかからなかった。 しっかし、アホな私。ガラス張りの玄関がいやにひっそりとしていると思ったら、「本日は休館日です」という看板が立っているじゃああーりませんか! そう、本来月曜日が休館なのに、昨日が秋分の日だったため、今日が代休だったのだ。ウェブサイトで、アクセスをチェックし、用意周到に出かけていった私が、そんな初歩的なミスを冒すとは・・・情けなあ・・・。悔しいので、神戸の港に面した美術館名物のデッキとその延長線上の遊歩道でも歩くかと思ったのだが、結局はコンクリート打ちっぱなしのような公衆トイレ(これも安藤忠雄かなあ)で親子して用をたしておしまい(笑)。周囲は再開発中で、神戸の中でもひときわ新しい街になりつつあり、ある意味で無機質の塊のような環境なのだけれど、公衆トイレの横で、折りたたみ式のベッドを持ち込んで、昼間っから寝ているホームレスの姿を見た時は、なんか複雑な気がした。 ゴッホは今でいうホームレスに近い絵描きだった。弟テオの力添えがなければ、もっと早く野垂れ死を他えていただろう、と思うと、よけいに複雑な風景だった。 |
| 2002年9月20日(金) 混乱ジョータイ |
| このところ、日記すら完成を見ずに放置することが増えてしまった。なーんか、自分のペースが作れないもどかしさ。いや、すべては自分が種まいてるところがあるのだけど・・・。 北朝鮮の拉致問題。日朝国交回復の切り札にした小泉さんだけど、結局は北朝鮮の思うツボにはまっているような気がして仕方がない。あるいは政府はやっぱりアメリカさんに誉めてもらいたいのだろう。 あまりに残酷な拉致被害者のその後。逆に4人の生存者がいるのが不思議な気さえする。渋々のように出てくる死亡の日付。今まで「生きている」ことを前提に頑張ってきた家族の神経を、ここまで逆なでするとは。しかし、ここにきてマスメディアも家族を連日TVに登場させ、政府のずさんさをこれでもかと語らせる。ご家族の怒りや主張はもっともなのだが、この手法にはどーもあざとさがあって、なんだか複雑だ。 それにしてもかの国に拉致された人はもっと大勢いるという。韓国は400人以上が拉致され、いまだに帰してもらえないでいる。そういうことをやる二枚舌三枚舌のお国とどこまでもお人よしニッポン。そのニッポンの頂点に立つ小泉さんは綱渡りの毎日なのだが、彼の支持率はまた上がったという。うーん、意味不明だ。 NHKの連ドラ『さくら』が、朝の放送分で担当者のミスで土曜日の放映テープをオンエアしてしまったと大騒ぎ。それを観ていた私は、お人よしにも(笑)全然気がつかなかった。だって、今週は日替わりのお別れ&お涙のオンパレードで、話が前後してもストーリーは大して変化ないのだ(嫌味)。明日の朝は2日分を続けて放映するらしいけど、いよいよ最終週に突入というタイミングで、脚本ともどもなんともお粗末な話。いやあ、ここに来て、脚本家にはきつい批評が自分の公式サイトのBBSにどんどん出てくる。感じることは皆いっしょ、ということだろうか。私も一応最後まで観て、最後にまた感想なんぞを述べたいぞ。でも個人的には、北朝鮮問題でいろいろ思うことがあって、連ドラなんか、本当はもう、どうでもいい、という気分でもあるのだ。 うーむ、私の脳ミソも、何やら混乱中。まあ、慢性的に壊れているともいえるけどさ・・・。 |
| 2002年9月16日(月曜日だけど振替休日) 辛すぎる |
| ただいま、夜の11時。さっきから、いきなり雨が降り出した。バルコニ−の手すりに激しく打ちつけている。こういうのを「篠つく雨」というのだろうか。天気予報では明日も雨。「秋の長雨」という言葉もあって、3日以上降り続く雨は「秋霖」というそうだ。まあ、これらはみんな『空の名前』という本の受け売りなのだが、この本を読んでいると、日本には美しい表現が本当にたくさんあることを教えてくれる。本来、日本人はこういう自然への畏敬の念を込めて、美しい心のままに美しい言葉を紡いできたはずだった・・・。 けさ、つけっぱなしのラジオで目が覚めた。昨日から報道していた逃げられた妻と子どもの面会を盾に人質をとって立てこもっていた福岡の事件で、犯人の男が逮捕されたという一報に「やれやれ」と思った瞬間、人質の女の子が殺されたという言葉を聞いて、あまりの痛ましい結末に、思わず悲鳴めいた声をあげて、本当に目が覚めた。 新聞によれば、この女の子はお母さんをガンでなくし、一足先に解放されたおばあちゃんが母親代わりに育てていたという。よりにもよって義理の伯父に、極度の緊張と恐怖の中で命を奪われるなんて、彼女の運命があまりにも哀れだ。で、妻を亡くし、娘を殺されたお父さんの心中を察するだけで、心がぎしぎし痛む。さっき、TVニュースで、「今年の夏、一緒に海に行った・・・」と涙をポロポロこぼしながらインタビューに答えている近所の男の子が出てきて、もらい泣きしそうになった。おばあちゃんもさぞやお辛いだろう。 夫もしみじみ言う「病んでるなあ」。そうなんだ。世の中には、ごく普通に社会生活を営んでいる人が圧倒的に多いのだろうけれど、それでも殺人は日常茶飯事。あまつさえ、我が子であれ姪であれ、あまりにいわれなく身内に殺される事件は後を絶たない。一歩間違えれば、宅間守のような異常さの一面を隠し持った人間が、ごろごろいるという現実に、寒々としてくる。もちろん、それぞれに事情があり、加害者には加害者の言い分もあるだろう。社会が精神的に「狂った」人間への対応を排除か隔離という方法でしかできないという現実もある。でも、だからといって、なぜ子どもが犠牲にならなくてはいけないのだろうか。警察の無策ぶりも本当に腹立たしい。今までもDVから殺人事件に発展したケースは数え切れないほどあったのだ。これほどの長丁場なら、催眠薬を忍ばせた食べ物を差し入れるとか(私が考えることはこれぐらいだけど)、この手のプロを交えて、もっと早く、もっと的確に、何とか救出する方法はなかったのだろうか。むざむざと、彼を殺人犯にするしか、なかったのか。 何を言っても虚しい繰言。今はただ亡くなった女の子のご冥福を祈るしかない・・・。天国で一足先に待っているお母さんと再会できることがせめてもの救いだと、思うしかない。 連休はおしまいだ。来週もまたあるけどさ。「敬老の日」も来年からは9月第月曜日になるそうだ。連休にするなら金曜日の方がいいんじゃないの、と思ったけれど、世の中にはまだ「土曜は仕事」という会社もあるのだった。ともかく、ただ連休にして、レジャーにお金を落としてほしい、いわゆる経済効果の策。本当の目的なんか、どうでもいいわけで、考えることがせこいなあ。だいいち、「敬老の日」だけお年寄りを大切にしようなんてのも、おかしな話じゃないだろうか。 「敬老」はまるで「軽老」。高齢化社会を支える国民の負担だけが、重くなる一方だ。 昨日、日記を書き終わらないうちに、眠気に負けてしまった。ので、完成ののち、今日の分と合わせてUPした。よろしければ、このまま下へどうぞ・・・。 へえ、明日は世紀の日朝会談。こちらも運命の分かれ道だ。 |
| 2002年9月15日(祝) 計算外 |
| 昨晩は実家より母来訪。病み上がりの父を置いて、泊まっていった。最近お世話になった方が亡くなり、とあるエリアでは高名な方だったので、その方を偲ぶ冊子を作成されているそうで、そこに追悼文を依頼されたのだが、どうもうまく書けないから私に添削してもらう、というのが、来訪の趣旨。お安い御用と、手を入れ、本意は尊重しつつも、けっこう勝手に書き換える娘。母も一応は納得したようだったのだが・・・。 今朝、「おはよう」と起きてきた母の目が真っ赤に充血している。どうも意に添わない思いがあったようで、眠れぬまま自分でさらに原稿を推敲していたようだ。こういう時、A型の完全主義者が顔を出すのだ(笑)。まあ、それでも肩の荷は下りたようで、娘としても何とか役にたててよかった。考えてみれば、今日は「敬老の日」。何かプレゼントを買ってあげるということも考えたが、こういう孝行の手段も悪くないだろう。 その母を送りがてら、今日は久しぶりに家族でデパートへ行った。相変わらず凄い人だ。実は近々結婚式の披露宴に出席する。何を着ていくか、が数日来の課題だったのだが、とある通販サイトを見つけて、頼んでみた。「試着して、気に入らない場合は返品でも可」というシステムについ乗ったのだが、着心地が少し悪かったので、選ぶのを躊躇。そちらは返品するつもりで、結局、デパートを見に行ってみようということになったのだった。 最終的にはベストではないがベターチョイスなドレスを購入。通販の方は値段の安さも気に入っていたのだが、さすがはデパート。通販の倍以上の買い物だった。その上、靴まで新調した。あちゃー。 娘は入学式のために買ったドレスがあったからいいものの、すでに夫が礼服を新調。そのクレジットもおそらく同じ月に落ちるだろう。先日依頼した件で、司法書士さんへの支払いも待っている。もちろん、新郎新婦へのお祝いもそれなりに・・・。だから、通販でリーズナブルに、と思っていたのに、世の中、計算通りにはいきまへん。まあ、おめでたい席にお呼ばれするなんてことは滅多にないし、この結婚は家族一同祝福しているから、まさに福を呼ぶ服選び(笑)。お後がよろしいようで・・・。 |
| 2002年9月13日(金) いかん、いかん |
| 9/11の思いをじっくり書こうと思っていたのに、まったく関係ないことに終始し、怒り、時間を費やしてしまった。それでも夜は日本TVの特番(テロ当日の未公開ビデオを全世界で同時に配信するというヤツだ)はしっかり見た。視聴率も30%を超えたらしい。すぐCM、また繰り返し、という最近お決まりな細切れパターン、『プロジェクトX』を思わせる意味深なナレーションには辟易したけど、あまりにも衝撃的なドキュメンタリーだけに、CMなしで見続けるのも辛いものがあっただろう。 恐ろしいことが、ほんの数分前までは普通に生きている人の命をいとも簡単に奪うということ。ハイジャックされた飛行機に乗っていた人の恐怖、この1年間の遺族の慟哭、父を知らず、生まれてきた子どもたちの存在。人間の不条理を、今この同時代に、これほど感じたことはなかった。確かに酷すぎる。跡形もなくなったツインタワー跡地の空虚感も、心に迫った。犠牲者の人生を思えば、報復措置も是という思いに至るのも、いたしかたないかもしれない。 でも、でもなのだ。 アメリカは今まで、正義という名のもとに、自由という名のもとに、多くの他国を悲惨な目に遭わせてきたはずだ。今、ブッシュさんはイラクをたたきのめしたくて、仕方ないらしい。強さを鼓舞したくてどうしようもないようだ。でも、そこでいわれもなく受ける犠牲には、目をつぶれというのだろうか。 昨夜、BSで『ミュージック・オブ・ハート』という映画を観た。舞台はニューヨーク。夫に捨てられた子連れのバイオリン教師がハーレムの小学校でバイオリンクラスを立ち上げ、カーネギーホールでコンサートを開くまでのサクセスストーリーだ。この映画のいいところは、実話の強さもさることながら、私生活はボロボロで、めそめそしているのに、ハーレムの子どもたちにバイオリンを教える時は容赦なく厳しいという主人公のキャラクター。人間の強さと弱さを、メリル・ストリープが見事に演じていた。いや上手い。ただ上手いのではなく、彼女自身が実在の女性をスクリーンの中でまさに生きているんだねえ。 アメリカは時々こういう爽やかでハートウォーミングな映画をつくってくれる。なのに、星条旗をはためかせる時のアメリカは、どうしてこうも好戦的なんだろう。仲間を失った悲しみは分かる。でも、やっていることは偽善と矛盾だらけだ。これだけは、私も小泉さんを応援するよ。これ以上、ムダな争いはやめてほしい。 他山の石にせねばとも思う。日本だって、日の丸という名のもとに、一気に戦争に巻き込まれかねない。世界はいまや一発触発状態に近づいているようだし。住基ネットの番号が徴兵データに使われるかもという恐ろしい話も、冗談ではすまない時代がくるかもしれない。よもや、天皇のため、という話にはならないだろうけど、愛子ちゃんの無垢な笑顔の陰で、誰がたくらんでるやもしれぬし・・・。 愛子ちゃんといえば、学習院初等科の受験倍率が上がるだろうというネタを昼のワイドショーが取り上げていた。自分の子どもをご学友にしたいんだと。ふーむ。困ったもんだ。 |
| 2002年9月10日(火) この1年 |
| 明日でNYの同時多発テロから1年になる。去年の今頃、私は家族と能天気にフランス旅行なんぞをしていた。9月10日と11日を境に、世界も変わって、もう1年が過ぎようとしている。月日の早さ、しみじみ。 私自身の心模様にも確実に変化が起きている。仕事のこと、人間関係、諸々。そして、また新しい光を見出しつつ(といっても、何の確証もないのだけど)。 明日は明日の風が吹く、なんて誰かが言ったな。本当のところ、どうなるのだろうか。世界(特にアメリカ)を見渡すと、なんか怖い気もしている・・・。 では、明日、また会いましょう。 |
| 2002年9月9日(月) 本物 |
| この週末、娘の小学校から案内があった児童劇の公演を見に行った。1時間の公演、正直いって辛かった。娘はまだ幼稚園モード(笑)が残っているから、お兄ちゃんやお姉ちゃんの熱演(?)を楽しんでいたようだったが、高学年の子供たちにとっては、テーマの高潔さを純粋に受け取る前に、作り手の矛盾ばかりが目についた舞台だったのではないだろうか。 某国立大学の学生たちが少ないメンバーで一生懸命考え、演じ、裏方まで奮闘したその努力は親として感謝したい。けれど、「子どものために」という大義名分にしばられ、あるいは「子どもが見るんだから」とたかをくくっている雰囲気が、総てに漂っていた。子どもたちはそこをしっかり見抜いていて、始まる前から、劇を見るということをなめてかかってしまったように思う。舞台が始まる前の「どんなことが始まるのか」というドキドキした思いもないまま・・・。おまけに、今そこで役になりきって演じていたはずの役者が、舞台が暗転になるとすぐに裏方に変身して、作業を始める。見えなきゃいいけど、ステージの小さなライトがついているがために、客席から丸見えなのだよ。思わず、子どもたちの中から「見えてるで〜」という声がかかった(笑)。 「友だちっていいね」「ありがとう、を言える幸せ」。学生たちが子どもたちに訴えたかったテーマは素晴らしい。だからって、そうダイレクトに何度も台詞にその言葉が繰り返されると、さすがに「ちょっとくどいぜ」と思ってしまう。訴えよう、伝えようという思いだけが空回りして、舞台の世界に入り込めない。もちろん、役者たちの技量も多分に関係することなのだが・・・。 第一、学生たち自身が「面白い」と思える舞台だったのだろうか。 7月に卒園した保育園でちょっとしたコンサートが開かれた。昔NHKの歌のお兄さんだったという人、童謡コンクールで最優秀歌唱賞を受賞したお姉さん、ビートルズのコピーバンドのコンテストで受賞したというお兄さんという豪華(?)なメンバーだった。もちろんお客の大方は小さな子どもたちで、親は付き添いという感じだったけれど、まず彼らの演奏がすばらしく、大人たちも最後には踊りながら(踊らされたのだが)、けっこう盛り上がった。最小限の機材で、園庭に椅子を並べただけのステージ、照明もないから、しまいには真っ暗になったけど、彼らは手抜きすることもなく、最後まではじけて(笑)いた。大人たちのために、ビートルズナンバーを披露してくれたり。「さすがはプロだなあ」とつくづく感心したものだ。たとえ1歳ぐらいの子どもでも、耳に入った経験は、絶対ムダではないと思う。 アマチュアといえども、子どもの前でやる限りは、大人以上に真剣に取り組む必要がある。まして、子どもにおもねったり、気楽にあしらおうなんていうのは、命取り(笑)なのだ。 我が家では夕食時にクラシックがよくかかる。(FMNHKをかけていることが多いが、CDの時もある)。娘は「大人の音楽」だと嫌がり、以前はいきなり童謡のCDに替えたりしたこともあるのだが、この間、一人で入らせたお風呂場から、身体を洗いながら鼻歌でモーツァルトの交響曲第40番第一楽章のフレーズを歌っているのを聞いた時はびっくりした(笑)。私自身、子どもの頃に父親が買ってきたクラシックのレコードを聴いて育ったから今があるわけで・・・。もちろん、クラシックを偏好しているのではない。POPSもOK。小室系、浜崎あたりは私が嫌いだからかからないけどね(笑)。 子どもだから分からないという前提ではなく、むしろ子どもだから本当にいいものを見せなければダメだと思う。大人の鑑賞に耐えるものを見せなければ、子どもにも絶対受け入れないだろう。まして小学生高学年にもなれば、世の中のメディアをほぼ大人と同じレベルで見聞きしているのだ。広告のコピーも「10歳の子どもが分からないコピーはダメ」だとも言われている。劇団四季の『ライオンキング』や宮崎駿の一連の映画、そしてコンピュータゲームの世界(よくは知らないけど)。ここまで技術が進歩している時代だもの。実際、見る目だけは非常に肥えているはずだ。今回、それを実感した。 |
| 2002年9月7日(土) もったいない? |
昨日、再び図書館へ。でも、以前借りていた本は貸し出し中だった。返却期限が過ぎてもなかなか返さなかった本たち。「いい加減返さなくっちゃ。でも、借りたい人もいないだろうし」と思っていた時に、「予約が入ったので返却してください」と連絡がきて、慌てて返しにいったのだった。読みたい本が書架に見当たらない悔しさ。私が借りっぱなしの時に、誰かが同じ悔しさを感じたのだろうなあ、と今さらながら反省。で、今度は私が予約する役回りになった。 こんなことなら無理しても買って自分のモノにするべきなのかもしれない。どちらかといえばCDも本も「借りるより買う」タイプだけど、あんまり高い本は、やっぱり躊躇してしまう・・・。 同じく昨日、ついに携帯電話を解約。大して使っていないのに、月々の基本料金を律儀に払うのがバカバカしく、いつか辞めようと思っていたのだ。契約はそのままで基本料金不要の「休止」という手もあったのだが、未練がましくするのも何だし、一度携帯電話と決別しようという思いに至った。いまや携帯電話当たり前という世の中で、「持たない」生活は結構決心がいる。Jフォンの代理店の男性いわく、「(契約年数から)ポイントもたまっているし、もったいないですねえ」。確かに、電話機も渡して、きれいさっぱり手元から離れた時には、妙に心細くもなった。まあ、そのうち慣れるのだろう。第一、「解約したいんですけど」といった時に少しも意外な顔を見せず、「はい、はい」と対応したところを見ると、「解約」は珍しくないんじゃないかという気もした。 しかし、宇多田ヒカルの電撃結婚にはびっくりしたな、もう。病気になって、心が不安定になった時、仕事における重要なパートナーだった男性が、俄然大きな存在になる、というプロセスは非常に分かりやすい。彼女に関するBBSを覗くと「結婚は早いんじゃないか」という意見が多かったけれど、プロデューサーの父親のいわば庇護(あるいは干渉)から距離を置くためにも、そうしたいと思った彼女の気持ちも理解できる。ただ相手もアーティスト。燃え上がる情熱がいつまでも持続するほど、結婚は甘くないし〜(笑)。19歳とは思えん早熟さと、何度か繰り返されたであろう親たちのドロドロゆえに、そのあたりはすでにクリアしているのかもしれないので、単なる老婆心ではあるけれどさ。 彼女の結婚報道を聞かされた小泉首相が「いいことだね」とコメントしたとの報道。愚にもつかないお言葉だ。でも、これに関しては、アドバイスできないわね(笑)。 今日、フランス人のピアニスト、ジャン・マルク・ルイサダのコンサートを予約した。以前から彼の演奏を生で聴いてみたいと思っていたのだ。まさに、チャーンス。とはいえ、金欠病なので迷っていた。行くにしても、いつもならA席を選ぶのだが、どうも「もったいない病」がウンと言わせない(笑)。結局、今回は「聴く」ことが大事と、贅沢はやめて、末席でもいいやと決断した。あいにく末席のD席(1000円)は完売。クラシックのチケットって、だいたいD席あたりから売れるんだよねえ(案外、通の買い方なのかも)。なので、それよりは高いC席を選んだ。2階の横の、演奏者の頭を見るような席。さあ、吉と出るか凶と出るか、これも運命の分かれ道(たいそやなあ)。 生きるか死ぬか、何を取捨選択するか。大なり小なり、それで運命が変わる。小泉首相を選んだ国民の選択は、やっぱり時間の無駄遣いだったかもねえ(これはマジでっせ)。 久々にMediaを更新した。ずいぶん前に書いていたのだが、ちょっと舌足らずでUPを躊躇。でも、これ以上いじくってもいい結果は得られそうにないので、決断(笑)した。ああ、読んでやっておくんなまし。 |
| 2002年9月5日(木) 毒にも薬にも |
お風呂上り、髪も濡れたままでパソコンの前に。何だか喉が痛い。早くドライヤーせねばと思いつつ、しょうが紅茶を飲み飲み、思いついて日記更新。ああ、やってること、無茶苦茶だあ〜。 掃苔記の原稿を完成せねばと、以前借りて返した本をまた手元において置こうと図書館へ。私って、つくづく図書館とか美術館という空間が好き。できればリビングの壁一面を本棚にしたいという願望をもっているけれど、さりとて読書家ともいえず、いうなれば積読派なのだが・・・。ところが、ガーン。妙に駐車場がガラガラしていると思ったら、「館内整理のため本日はお休みです」という立て看板が。そlれで意欲はまたしても空ぶってしまった。 世の中は相変わらず喧しい。和泉元彌が反論会見で、セッチ−とともに怒りをぶちまけた。まったく、狂言の世界を地でいってるなあ。いわゆるドタキャン・ダブルブッキングから端を発した一連のバッシングも、元をただせば、積年のお家争いだということが、わかってきた。和泉流職分会の言い分がいまいち説得力をもたず、元彌サイドがかなり感情的になっているのも、先代宗家の時代から引きずってきた怨念があるのだ。セッチ−は「要するにオンナコドモということ」と発言した。夫である先代宗家が亡くなり、後ろ盾をうしなった中で、後継ぎの息子を何とか一人前にせねばと、古い能狂言の世界で闘ってきた悔しさが、その形相に現れていた。でも嫡男が世襲するという主張は、弟を支えなければ生きていけない姉二人にはちょっと辛い話だろう。同業者仲間を敵に回し、とにかく家族だけで、というのが、なんとも痛々しい。その割には、セッチーの指に光る指輪の石のデカイこと。派手なふるまいも結構だけど、ちーとだらしない着物の袂はもう少しきちんと合わせてほしいものだ。そもそも息子に無理なスケジュールを強いているのは、彼女じゃあないの。大切な息子を窮地に立たせているのは、この母親なのだ。でも、彼らは絶対認めないだろう。マスコミまでも敵にまわして、不当な報道には告訴も辞さないという構え。「名誉毀損で訴える」というのは、だいたい尊大で被害妄想的な人に多い発想だ。 YAHOOのニュースでは、石原知事の娘をかたって社員にお金を詐取していた女性社長が自殺するという事件を報じている。あらら〜。結局、石原氏とは無関係という発言をしながら、正式には取材に応じることもなく、自分の命を葬ってしまうとは。元社員に訴えらたことが窮地に追いやったのだろうけれど、彼女はいったい何をしたかったのだろうか。彼女の人生もいわゆる狂言だったのか。しかし、騙した本人の演技がいかに上手かった知らないけれど、騙されてお金を出した方もどうかと思う。確か石原慎太郎には息子が4人。娘なんて話、聞いたこともないし、嘘をつく者の巧妙さを、簡単な知識でなぜ嗅ぎ取らなかったのかなあ。 世間の意見、嘘、マスコミの雑言流布。そのまま疑いもせず真に受ける人は、けっこう多い。田中真紀子人気もそうだった。疑い深い私は、一度は自分のフィルターを通して、もちろん独断と偏見もとりまぜはするけれど、腑に落ちないことは、そう簡単には受け入れないところがある。我ながら頑固だと思うけど、それぐらいでちょうどかもしれないとも思う。今まで苦い経験もしてるしね。そうそう、どんな薬にも効能に相反する副作用があるものだ。 さあ、しょうが紅茶でうがいして、寝よう。でも、その前にドライヤー。ああ無茶苦茶だあ。 |
| 2002年9月4日(水) お金があ〜 |
昨夜は日記を書きかけて、落としどころを探りつつ悩んでいるうちにギブアップ。今夜は短めに終らそう。 世界的な株の凋落。大丈夫かいな、経済オンチの小泉さん。心は北朝鮮会談。でも、そっちの結末の方がもっと怖い。ただのパフォーマンスに終らせれば、それこそ、この政権も地に落ちるかも。 我が家も、なにせお金がたまらん一家。私はいまだに歯医者がフィニッシュせず、治療費だけが少しずつ取られていく(笑)。今日は型を取ったから、いよいよ次回がお開きになる?と思いつつも、今日はこれでもか、これでもかとガリガリ削られ、そのせいか、なんか奥の方で鈍く疼いているようないないような・・・。「金属は保険でしますよ。いいですね」って、治療中に言われても、こっちは返事のしようがないじゃないのさ!! この間は、普段使いのめがねをベランダの床に落として、左のレンズにピキっとヒビ。窓ガラスの端が割れてるのって、すごく貧乏くさいでしょう。めがねもそうなると、非常にカッコ悪いのである。そこで、レンズだけ交換しようと眼鏡屋に行ったものの、超ド近眼ゆえに、レンズも特注品になるとかで、フレームは再利用しても2万円かかってしまった(涙)。 おまけに自宅に関してちょっとした手続きが必要になり、司法書士さんに仕事を依頼したら、見積もりは予想のほぼ倍額(号泣)。ちょっと泣きついたらわずかに値引きしてくれたものの、焼け石に水状態。その上、税金も別途請求がくる予定。ただでさえ、金食い虫の我が家なのに、緊縮財政の折に、またまたお金が吸い取られていく〜。「お金は淋しがり屋だから、たくさんあるところに集まるのよ〜」と、おすぎかピーコが言ってたけど、まさにその通りだ。 今日は思い立って、某大学の図書館の利用登録に申し込んできた。許可が下りるのは下旬。一応審査があるというので、ちょっと恐怖だ。用紙に書いた利用目的を読んだ係の人は「恐らく大丈夫でしょうが・・・」と口を濁すばかりだし。近頃拒絶されることが続いているので、今度こそはお助けくだされ〜と祈るばかりだ。 それにしても、大学っていいなあ。先月も大阪大学の図書館に行ったのだが、特に今日のところは建物も新しくて綺麗で、それになんというか、あのモノトリアムな雰囲気が実に心地いい。思えば、卒業した大学は味もそっけもないキャンパスだった(その後、見てくれだけは、かなりこましになったようだが)。嗚呼、できるものなら、学生に戻りたい。自分自身の大学時代は、暗さの極みで、それこそ何かにつけ図書館に逃げ込んでは、不貞寝を決め込んでいるばっかりだったなあ。今ならもうちょっと真面目に勉強するだろうに。でも、学費払っている親は大変だ。美しいキャンパスを歩きながら、今度は親の気分になっちゃったぜ。ええ、マジで親世代だ、あたしゃあ。今日も日傘差しながら歩いていたぜい〜。「出世払いだ」と親に学費出してもらいながら、20年たって、いまだに踏み倒したままの私も、ごめんねえ。 |
| 2002年9月2日(月) 振り出し |
ようやく夏休み完了。いろいろあって、決して短くはなかったのだけれど、終ってみれば、早かったという印象だ。当の娘は喜びいさんで学校へ。私も近所のお母さんと「やれやれって感じですねえ」と談笑。でも、毎朝また「起きろ」だの「早くしろ」とお尻たたかなくちゃいけないかと思うと、やれやれも中くらいかな、である。 残暑はまだまだ続きそうだけど、心は早秋の気分。日記の写真を一新して色合いも秋らしゅう変えてみた。BGMはバッハのメヌエット。懐かしい感じがなかなかよいでしょう?アルルは赤い瓦屋根が印象的な街。古代ローマ文化を今に残した闘技場から、この風景を撮った。流れるのはローヌ川。ゴッホが傑作『星月夜』を描いたのは、この川のほとりだったと思う。ついでに表紙の背景もイメチェン。肝心の中身はさっぱり充実せず、申し訳ないけれど、これからは真剣に身を入れる所存でありますので、よろしくね。 いろいろ物議をかもした長野県選挙。こちらも、ふたを開ければ田中康夫の圧倒的再選。対抗馬の長谷川さんは、まさに当て馬になっちゃって、肝心の弁護士生活も前途多難かも。ビジネスコンサルタントの市川という人は、以前『朝まで生TV』で石原慎太郎を持ち上げている時に、「変なやっちゃ」と思っていたけど、選挙戦の報道で見ても、ほんとに変なヤツだった。それにしても、笑ろたのは羽柴秀吉。彼でさえ9000票が入っている(笑)。国政選挙に都知事選、大阪府知事選、そんでもって長野。広告セスナまで使って、いったい何がしたかったんだろう。お金とヒマがある人の気持ちは、ほんと分からない。 鶴見川のタマちゃんが、ここ2日ほど姿を見せない、というのでニュースになっている。なんでそんなに取り上げるのか、と疑問に思う人も多いらしいのだが、実物をみるとはまるんだって、関口宏が言っていた。それは、やっぱり「オレも見たぜ、タマちゃん」という、優越感にも似た気持ちがあるからなんじゃないだろうか。たしかに可愛くないとは言わないけど、彼(or彼女?)からすれば、「あんたたち、なんでこっちばっかり見てるの?」と、いう思いじゃないかなあ。そして、ついに姿をくらました。アザラシ(なんだって)に一喜一憂する人間たちをせせら笑うように・・・。 タマちゃんを見て「癒し系ですね」と答えていた見物人。“系”って何よ。それにしても、“癒し”という言葉にも、すっかり手垢がついちゃったなあ。 |