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うたかた日記

 
川の流れにたゆとう、名もなき水泡。
されど、陽に月に煌めく、そのうたかたのなんと美しいことか・・・。
つれづれに書きとめた日記風コラムです。

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3月29日(金)曇りのち雨  モンスター

 娘と映画『モンスターズ・インク』を観にいった。とにかく凄いのひと言だった。

 モンスターたちは子ども部屋のクローゼットの扉を開け、寝ている子どもをおどかす。子どもたちがあげる恐怖の叫びをエネルギーとして集め、モンスター社会に供給する。それを事業として展開している会社、それがモンスターズ・インクだ。ここの従業員としてひたすら子どもたちを怖がらせることをノルマに働くモンスターたちは、顔や姿こそ“怖い”けれど、「こんなヤツ、おるおる」と笑えるキャラクター。シチュエーションこそけったいだけど、その原型はまさに人間社会そのものなのだ。

 そのモンスター社会で一番恐れられているのが、子ども、というのがなんとも面白かった。2歳の人間の女の子“ブー”が巻き起こす騒動に、モンスターたちが右往左往するのだ。そして最後には会社のトップが逮捕され、会社もつぶれる。おかげで子どもの笑いをエネルギーとして供給するシステムに変えて会社を再建する、という結末。最先端のCGによる映像の美しさ、立体感にもうなるけれど、細部まで練りに練られたストーリーの勝利でもある。

 クローゼットの扉の向こうはおばけの国、という欧米でポピュラーな伝説“ブギーマン”をモチーフにしたこの物語は、日本はおろかいまや世界的にも評価されている『千と千尋の神隠し』の世界と奇しくも共通していると思った。生身の人間を恐怖の対象とし、さまざまなエゴが渦巻く世界で女の子が奮闘する。そしてそこでは“親”の存在がきわめて薄い。一見いじわるそうなおばばの存在もドラマの要になっている。

 笑わせて泣かせて、ほっこりさせる。そういうストーリーの面白さは、「千と・・・」より、絶対上だぞ。金熊賞ならぬ金犬賞を差し上げたいくらい(笑)。娘も「ないたのはこわかったからとちゃうで。かんどうしたからや」と、涙のわけをそう言い訳した。「千と・・・」のときは、ただ怖くて泣いていたのだ。「かんどう」なんて言うようになったんだなあ。ともあれ、娘の感性は、今のところ正しいようだ。

 しかし昨今の日本を見ていると、現実の人間社会の方が、よっぽどモンスター的だ。
 

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3月26日(火)晴れのち曇り  なんで

 10時を過ぎると、睡魔が襲ってくる。今夜の日記は短めに。

 いつもの癖が出て、またも模様替え。今度は机を仕事部屋からテーブルのなくなって空いているダイニングスペースへ移動。SO-TAI-KIを、北側の仕事部屋から南の窓際においた机でノートパソコンを使って書くことに決めたのだ。なかなか心地いいのだけれど、肝心のノートパソコンはキーボードの感触が頼りなく、ミスタッチはするし、なぜか突然カーソルが勝手に移動するので、やりにくくてしようがない。しばらく不自由になりそうだが、慣れるしかない。

 おーっと、辻元議員、とうとう議員辞職した。しかし、記者会見は「なんじゃ、こりゃ」。自分らしさを貫こうとするあまり、涙ぐましいほどパフォーマンスと言い訳に終始して、肝心の疑惑の核心にはさっぱり歯切れが悪かった。大阪弁もああなると、子供の作文を聞かされているようで、ひどく幼稚な言葉に聞こえてくる。恫喝と逃げ隠れ、そして言い訳がましい記者会見。彼女の姿は、皮肉なまでに自分が追いつめたはずのムネオ氏とダブる。まさに「同じアナのむじな」。

 それにしても政治の世界は魑魅魍魎。昨日の友は今日の敵。足の引っ張り合いもここまでくると、こっけい極まりない。

 テレクラで知り合った中学教師に連れ込まれた車から女子中学生が中国道で飛び降りて亡くなった事件の公判が行われ、中学教師に懲役6年の刑が下された。判決文には女子中学生の落ち度を指摘していたが、猛烈に腹がたった。12歳の子供にどんな判断力があるというのだ。彼女の落ち度をいうなら、そういう環境に陥りやすい家庭にあった両親を責めるべきだろし、テレクラというものを商売にしている業者たち、携帯電話をバンバン売るNTT、そんな社会や大人が責められるべきなのだ。41歳の辻元議員でさえついうそをついてしまい、墓穴を掘って両親につきそわれるように社民党入りしている。まして変態の中学教師が職務放棄して狂気に走っている世の中だ。一人で孤独を紛らわそうと必死の少女に、大人の判断を求めることなど、どう考えたってできない。

 常識も理屈もない世の中。小泉首相も他の政治家たちも判でついたように「ご本人の決断を尊重したい」と逃げるばかり。いい年して、想像力とかクリエイティビティのかけらもない大人たちばっかりだ。

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3月23日(土)曇り  つばめ

 三寒四温とはよく言ったものだ。昨日まで大なり小なり春めいていた陽気から一転、今日(正確には昨日だけど)はまた冬に逆戻りしたような寒さだった。

 卒園式の翌日から、我が家は3泊4日で奄美大島へ行っていた。帰ってすぐに日記に書きたいと思いつつ、旅の疲れか単なる怠惰か、夜はエネルギーが枯渇して、なかなかパソコンの前に座れなかった。今夜もその全貌を書く力はないので、ご報告にとどまるけれど、とにかくわけもなく、私にとって奄美は魅力的な島。特に観光地化されていない、ひとことでいえば人も街も「すれてない」ところが、なんともいえずいいのだ。そんな素朴さとはウラハラに、昨年秋には空港近くに「奄美パーク」という施設ができ、新しいトンネルができていたりして、初めて訪れた2年前に較べると奄美にも“開発”と“公共工事”の匂いが漂っていた。ここにも確かに、鈴木ムネオ的政治家がいるらしい(笑)。奄美パークの目玉は、奄美の風景を描き、貧困のうちに亡くなった孤高の画家、田中一村を記念する美術館だけれど、当の一村さんはこんなに立派な建物の中に自分の絵がかかっていることを、いったいどう受け取るだろうか。草葉の蔭から複雑な思いで見つめているような気がして、私にはちょっと切なかった。道路沿いには「奄美から政治を変えよう」というスローガンが書かれたばかでかい看板がそびえているけれど、いったい何を意味しているのか。去年の参議院選の名残と思われる自由連合(何しろ徳田虎男のお膝元)のポスターや、高齢化を象徴するような「葬礼のことならルミエール奄美」という立て看板がやたら目立っているしで、ある意味で日本社会の縮図をみる思いもした。

 羨ましいことに奄美のお墓は、ほとんど海を臨む場所にある。島最古の共同墓地といわれる佐念モーヤも、やはり入り江に面していた。奄美の人々は海の彼方にネリヤカナヤという神の国があると信じていた。だから、死者を悼むお墓も、ネリヤカナヤに通じているのかもしれない。そんなことを考えていると、興味がつきない。去年のフランスの旅もいまだ書かずじまいだけど、奄美編はぜひ早めに仕上げたいものだ・・・。

 向こうでは、今『わだつみの木』という曲でブレイクしかかっている奄美出身の女性アーティスト、元ちとせが奄美の島唄を唄った自主制作盤を買ってきた。メジャーデビュー前に録音されたものだろう。訪れた奄美パークの大型ビジョンでも偶然、彼女のライブが流れていた。今や、彼女は奄美の星なのだ。「唄は声のちから」というのが私の持論だけど、彼女もまさしくそれ。MISIAのようなダイナミックな歌唱力ではなく、島唄独特のリズムとうら声に、なんともいえない色気と表現力が秘められている。あれはまさに天性のものだろう。しかし、島唄やらクラシックやらポップスやら、我が家のスピーカーからは、いろいろな音楽が流れてくる。お囃子の中で朝食を食べたときは、さすがにおかしかったけれど。驚くのは、島唄のテーマにはやっぱり「愛」と「死」が多いのだ!私の嗅覚もここまでくると、ちとおそろしい(笑)。

 さて、ムネオ問題がなんとなく沈静化すると同時に噴出してきた社民党・辻元議員の秘書給与詐取疑惑。「人を呪わば穴二つ」とか「墓穴を掘る」とか、こんなときにも「お墓」のたとえが使われるけれど、やっぱり思うのは、彼女のムネオ氏を追求する手法があまりにも稚拙だったということ。「うそつき」だの「度忘れ禁止法を適用したい」だの「疑惑の総合商社」だの、ムネオ氏に加担しない者でさえ、証人喚問での彼女の物言いはtoo muchに感じた。あそこまで言われたら、どんなヤツだって「仕返し」したくもなる。子どもじみた、オヤジ社会の姑息な嫌がらせには違いないけれど、だからこそ足を引っ張られないよう、クールに追い詰めて欲しかったと思う。

 マダムモニクによると、フランスには「ツバメは春を作らない」という諺があるそうだ。つまり、早春に飛来してくるツバメの姿を見て「もう春だ」と勘違いしてはいけない。まだまだ本格的な春にはならないという意味らしい。「だから冬物をあわててクリーニングに出したりしたらダメよ」とマダムモニク。

 暖気に誘われて開花した桜も、風の冷たさに驚いているだろう。何事も、早合点は禁物だ。
 

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3月16日(土)曇りのち晴れ  ほっ

 朝のうちどんよりとしていた空は、午後から目も覚めるような陽光をふりまいている。ただいま、午後3時すぎ。
BGMはヨーヨー・マの無伴奏チェロ組曲。嗚呼、なんて、穏やかな音色だろう。

 傍らにはイチゴケーキとコーヒー(インスタントですが)。そしてのんびりと日記を書く。くーっ。これぞ、至福のとき・・・。

 ここのところずっと、さまざまなことに追いまくられて、心身ともにハードだったけれど、週の後半になると、いつもギリギリのところでセーフ、という出来事も続いて、気分は昇り調子だった。そして今日。終わりよければすべてよし。今はそんな感じだ。

 朝から娘の卒園式、保護者会主催の茶話会。区切りがついたのは、そのせいだ。実はそこで配る卒園文集の制作担当になったのはいいのだけれど、いざ作るとなると、レイアウトや印刷方法、紙の選定、冊子の綴じ方など、解決すべき問題はいくつもあった。他の担当者との意見のすりあわせ1つするのにも、目に見えないストレスを感じていたのかも。おまけに、他人任せにするよりも自分で動く方が楽なタチだから、ついつい抱え込んでしまった、という反省もある。でも、いわば一生残るかもしれない記念品だから、“テキトー”にはしたくなかった。ただその思いひとすじ・・・。

 フタを開けてみると、これが、なかなか好評じゃあ、あーりませんか。先生から「今までこんなに素晴らしいのはないです」と言われ、かえって拍子抜けするほどだった。まあ確かに、表紙のインパクトは心ひそかに狙っていたのだけれどね、はっ、はっ、はっ・・・。

 曇り空が晴れて、心も穏やか。無事卒園証書ももらい(笑)、娘は4月からピカピカの1年生だ。私自身の生活も変化する。不安はこれからもついて回るだろうけど、今はただ、一区切りついて、新しい春を迎える嬉しさをゆっくりと噛みしめたい。
 

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3月11日(月)晴れ  因果は巡る?

 毎日毎日、何故こうもいろいろと、悩みが沸いてくるのだろう。悩み、といっても、「生きるか死ぬか」の大問題ではなく、語るも恥ずかしいことばかりではあるけれど、一部、本人が意識している以上にストレスになっていることは確かなようだ。

 今年に入ってから、いろいろなことがなかなか計画通りに進まない。1月あたりに、あれこれ不義理の限りを尽くしてしまった(笑)からだろうか。

 随分前に計画し、その日の直前まで、何とか実行に移せると踏んだ途端、突如都合が悪くなる。あるときは仕事、あるときはダブルブッキング、あるときは体調不良(それはワタシ・・・)。日曜日も今日も、キャンセルしたりされたり・・・。いやいや、キャンセルしたからされるはめに陥るのか、と思わず考えてしまう2日間だった。楽しみに待っていたおやつが「おあづけ」になったみたいで、なんとも心細い。もちろん、あちらには全然落ち度はなく、私とて次なるチャンスに望みをかけるだけで、そう頭を抱える問題でもないけれど・・・。

 土曜日は「鬼の撹乱」。思えば、前日の消化不良からして、ちょっとおかしかったのかもしれない。朝の寝違えに始まり、午後はもう病人と化していた。今はもう、ほれ、この通り、ピンピンしている(?)。(首を回すと、まだ痛い)。実をいうと、日曜日はすずめさんとの一心寺ツアーを計画していたのだ。本当にごめんなさいね、すずめさん。お互い持っていくカバンの色まで伝え合いながら・・・。でも、「声は体をあらわす」というか、このたび電話で初めてお話ししたすずめさんの、まさに小鳥のさえずりのような、優しいお声には、本当に心が救われました。いずれ、必ずオメモジを実現させましょうぞ!!。

 今日は、キャンセルになった予定のついでに出先でしようと思っていたことだけを実行するために(なんちゅー、回りくどい言い方だ!)、神戸に出かけた。早春の温かさが、気持ちよかった。予定をさっさと終わらせ、ランチタイム。最近私には、神戸に行くと必ず出かけるお店がある。神戸そごうの裏にある神戸国際会館最上階のカフェレストラン『tooth TOOTH the dining Garden』。ここのランチがお気に入りなのだ。考えてみれば1200円もするのだから、お昼にしては決して安くはない。でも、嬉しいのは、一見チャラチャラしてそうなお店の人の対応や料理が、とってもきちんとしていること。味もなかなか。ガラス張りの店内からは空中庭園ともいえるテラス(庭)を臨める。もっと嬉しいのは、そのテラスにもテーブルがあって、オープンカフェという感じで食事できること。今日は風が吹くとまださむ〜、という感じもしないでもないが、円形のイングリッシュガーデン風お庭を眺めつつ、春風に吹かれ、見上げれば、ほとんど空(見えるのは神戸市庁舎のてっぺんあたりぐらい)。テラスに座ると、店員の目が届きにくく、なかなか歯がゆかったりするけれど、ここの店員はお客の皿の進み具合を、さりげなく見に来てくれるのだ。

 レジで支払いを待っているとき、厨房をみると、まだ若そうな料理人たちが(いかにも「バイトでーす」というのではなく)真剣な顔つきで持ち場をやっている様子がうかがえて、納得。レジ係のお兄さんもスタイリッシュな金髪ながら、清潔感を感じた。そんなわけで、景観と店の心意気は、なかなか、おすすめ。ついでに、向かいのショップでも、ついついうろうろしてしまう私であった。

 そんなこんなで帰路につく直行バスに乗る(電車よりバスの方が断然お得で快適なのだ)。後ろに座るのは若い女性二人組。話し振りから類推するに大学生のようだけれど、「おじいちゃんが」「おにいちゃんが」「おとうさんが」と、身内のことを「ちゃん・さん」を付けて連発。聞くともなく聞いているうちに、だんだん腹が立ってきた。小学生ならいざ知らず、この頃はいい年をした大人でも平気で家族に「ちゃん・さん」を付ける。こういう人たちは、「父/母」「兄/姉」という言い方を教わってこなかったのだろうか。多少なら「おじいちゃん」もご愛嬌だけど、いまや新入社員のようなサラリーマンでも「親父・おふくろ」ではなく、「お父さん、お母さん」だもの。これはきっと親たちが子どもの会話をその場で正さなかったツケなんだろうな、と思う。将来、直したくても逆に恥ずかしくてもう直せない。そんな人も何人か、知っている。私は友達との会話でも「お父さん」なんて、恥ずかしくて言えなかった。

 そういうのも、やっぱり、因果というのだろうか・・・。
 

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3月8日(金)晴れ  消化不良

 気がつくと金曜日。1週間は風の如し、である。毎日書きたいことがたまっていくが、消化できない。ためるから、よけい「できない」という噂もあるけれど・・・。久々にJournal3連発を、一気にUPした。「よう分からん」と思いつつ書いているから、読む人はよけい分からないでしょうが(笑)、お付き合いよろしゅうに!

 今日は相当食べ過ぎた。今になって、胃がしくしく痛い。ああ、後悔先に立たず。というのも朝、ようやく回復の兆しがみえた娘のために作ったサンドウィッチが多すぎたのだ。サンドウィッチ用の薄切りパンを全部使おうと思ったのが、計算違いだった。残った分を朝からついついつまんでしまって、常に満腹状態・・・。

 おもえば、この数年、我が家の残飯整理を一手に引き受けてきた。おかげでこの体型(笑)。梅宮アンナはアメリカで出産して、思いっきり太って帰ってきたらしいが、出産直後はやせるのが普通だ。私も産後1年間は、母乳のおかげで今までの人生で一番スリムな時期だった。いくら食べても太らない。しかし、永久にそのままだと勘違いしたのが、運の尽きであった・・・。

 昨日、仏語の後、食事をして、いつものように南森町から梅田まで歩いた。快調だった朝のウォーキングも、娘の体調不良とともにストップしているから、私にとってもなかなか嬉しい時間だ。いつも一緒に帰るFさんが「食べ過ぎて苦しい」と訴える。そうだ、彼女は定食屋さんで人より1品多く食べていた。カロリー消費は至上命題だろう。

 ようやく梅田に着いたとき、彼女が言った。「どこかでお茶飲んでいかへん。食べたものを消化するのにコーヒーが飲みたいわあ」「いいですよ」と私。そこで二人が入ったのは、阪急百貨店の地下にあるコムサストア一角のカフェ。しかし、よりにもよってショーケースにはおいしそうな手作りケーキがずらりと並んでいる。「食べるな」というのが酷なほどだ。だから(笑)、結局、コーヒーだけのつもりが、別腹コースに突入してしまったのだった。Fさんいわく、「明日から控えたらいい。もう、やけくそや」

 これだから、ちっともやせないんだろうね。さすがにサンドウィッチはまだ残っているけれど・・・。
 

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3月3日(日)晴れ  かなしいひなまつり

 予想を裏切り、けっこういいお天気の週末になった。土曜日、実家の母がひなまつりの日に合わせて、小学校入学のお祝いと手作りのマーマレイドを持って、遊びにきてくれた。駅で母をピックアップして、懸案のランドセル購入のためにそのまま買い物へ。娘が「これっ!」といい、店内を背負ってうろうろするランドセルを選び、帰宅後も、家の中でランドセルを背負ったまま、ごきげんの娘に、爆笑が続いた。超早生まれのため、6歳の誕生日はまだこれから。しかも小柄なので、一番軽量タイプにしたのだけれど、どう見ても、ランドセルに背負わされているようなアンバランスさが、笑いを誘う。雛飾りの雪洞に灯りをともし、「きょうは(明日の勘違い)、おばあちゃんとおかあさんとわたしのおまつり。おとうさんはちがうんねん」とまたも笑いをとり、あくまでもはしゃぐ娘。そこまではよかった・・・。

 夕ご飯どきになって、娘が「眠い」といって食べようとしない。「疲れたんだろう、じゃあ、寝なさい」と、寝かしつけ、大人だけで夜を過ごしていたのだが、思えばそれは嵐の前の静けさ。10時を過ぎてから大騒ぎになった。娘がゲーゲー、吐き出したのだ。もはや吐くものもないのに、どうして吐き気というヤツはやってくるのだろうか。朦朧としながらも夜中じゅう嘔吐に襲われて、最後には黄色い胃液だけになった。悲惨!

 明け方ようやく眠ったが、下痢も起こしている。その様子は普通じゃないと思い、午前中に休日診療の当番にあたっている初めての小児科へ。すると、先生が開口一番、「今日はみんな同じ症状。これですわ」。机の上には「小児性嘔吐下痢症」と書いた病気解説がパウチされ、立てかけられている。いちいち説明するのも、面倒くさいのだろう。子どもの扱いは、まあまあよかったけれど・・・。
 
 結局、楽しくひなまつりを祝うはずの今日は、母も病院へのつきそいと雑用に追われた挙句、帰っていった。雪洞の灯りもつけないまま、ベッドで寝込む娘。夜になってようやく水分がまともにとれるようになってきたが、回復までは数日かかりそうだ。ふー、なんともかなしいひなまつり・・・。

 今月のこ・と・ばは、沢知恵の歌からピックアップ。そういえば、彼女が去年出した童謡・唱歌のアルバムに「うれしいひなまつり」が入っていて、娘は何度もそれをかけては一緒に唄っていた。歌詞カードのところに沢さんが「どうして楽しいとかうれしいって言いながら、かなしげなメロディなんでしょうね」と書いているので、私もそういえばそうだなあと思っていたら、たまたま書店で立ち読みした『童謡・唱歌ものがたり』(読売新聞文化部刊)という本にその答えが載っていた。いろいろな童謡・唱歌の生い立ちがレポートされた本なのだが、それによれば、この詞を書いたサトーハチローの姉が若くして亡くなったので、そういう背景をメロディにこめたのではないか、と確か解説されていた(立ち読みだったので、ちょっとうる覚え)。昔は兄弟がたくさんいても、その中で必ず1人や2人が夭折している。まして、戦争もあった。健康で大人になるのは、本当に難しかったのだ。思えば、七五三も節分の豆まきも雛祭も五月の節句も、「どうか、子どもたちを健やかに」という願いが込められた、切ないお祭りだったのだ。

 今は、交通事故や医療過誤、はたまた殺人で子どもたちの命があっさりと奪われる。そういう災難から子どもを守ってやるために、どうすればいいのだろう。娘にポカリスエットを飲ませつつ、「しあわせ」の意味を、あらためて考える雛祭の夜だった。

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