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L I V R E
「愛」「死」「お墓」に関する本を独断で選び、ご紹介しています。
下表の書名をクリックしてください。
(文中、緑の部分は、著作からの抜粋です)
| 1. | 東電OL殺人事件 | 01.04.20 | |
| 2. | お骨のゆくえ | 01.04.20 | |
| 3. | 風のジャクリーヌ | 01.04.20 | |
| 4. | 脳と墓T | 01.11.28 | |
| 5. | さよなら エルマおばあさん | 02.1.10 | |
| 6. | センセイの鞄 | 02.2.11 |
1.東電OL殺人事件 著者:佐野眞一
発行:新潮社
価格:本体1800円(税別)
1997年3月、東京電力に勤めるOLが、渋谷のホテル街で他殺死体で発見された。逮捕されたのは不法就労のネパール人。この本は、ノンフィクション作家・佐野眞一が、この凄惨な殺人事件の真相と、東京という街の暗部に迫った渾身の一冊だ。分厚いページに一瞬ひるんだけれど、ドキュメントドラマを見ているような臨場感に、ぐいぐい引っ張られ、一気に読んでしまった。 (緑字部分は本からの抜粋文)
著者は被害者の母親から取材拒否の状態にある。彼は、殺人事件の現場である渋谷・円山町のラブホテル街に足しげく通い、容疑者の家族が住むネパールにまで飛んでいる。それと平行して探したのが、被害者と父親のお墓だった。
「私はこれを書くにあたって、何よりもまず、彼女の慰霊に心ばかりのものを手向けたかった」
何とか父親の故郷で先祖のお墓を探し当てたが、そこは父親も被害者のお墓もなかった。著者は、その後もお墓探しを続けている。
これ以後、父親の墓を探すのが私の大きな仕事となった。泰子は生涯父親を愛していたという。そうだとすれば泰子の遺骨は父親と一緒に納められている可能性が高い。
傍目には何の不自由もない円満な家庭に育ったはずの女性が、真面目なOLを続ける昼間とは正反対の堕落しきった夜の顔を持ち、その果てに無残な死を迎えたという事実を知れば知るほど、彼女が今どこで眠りについているのか知りたい。ある意味、それは人間なら当然という気がした。逆に事件の真相を暴くだけ暴いて、お墓に関心を寄せない人が書いたら、この本は実に寒々しい内容になっていただろうと思う。
第五章で、著者はようやく、都内公営墓地内に被害者の母親が建てた墓所を見つける。線香を手向け、墓前合掌する著者。このあたりの描写は秀逸だ。
結局、お墓参りをしたところで、今さら被害者に対面できるわけもなく、心に浮かび上がる疑問は依然として残る。ましてや真実が究明できるはずもない。その虚しさを胸に抱きつつも、ともあれ墓前で手を合わせたかったという著者の強い思いは、ここに結実するのだ。
高度経済成長、家族、学歴、都会。この事件は、さまざまな歪みの果てに、どこか必然的なまでに起こっている。最近あまりにも酷い事件が次々と起こっているのでちょっと感覚・感性が麻痺している、そんな人にこそおすすめしたい。
2.お骨のゆくえ 著者:横田 睦
火葬大国ニッポンの技術 発行:平凡社新書
価格:本体700円(税別)
まずは、タイトルが目を引いた。「お骨」という、この※ややおかしみのある言葉がかもし出す雰囲気は、しかし内容にも見事にリンクしていて、爽やかですらある。著者は1965年生まれの工学博士。(緑字部分は本からの抜粋文)
※何を考えたか、私は「お骨(おこつ)」を「おほね」と読むと思い込んでいた。おそらくというか、間違いなく「おこつ」でしょう。でも、私には今もって「おほね」に読めてしまう。そんでもって、こういう感想になった次第だ。(2001.11.20追記)
サブタイトルからも分かるように、内容はつまり、亡くなった人を埋葬するお墓、それ以前の火葬や霊柩車、お墓に替わる葬送のあり方などを、工学的な視点から解き明かしている「葬送オンパレード」。今までお墓に関する本をいろいろと買ったり、借りたりしてきたが、これはまさに、私の疑問や興味にバシバシと応えてくれて、700円でありがとう!といいたいくらい、面白かった。
何より、学者然としていないお茶目ともいうべき文体は、辛気臭い話も実に優しく語りかけてくれるので、読みやすいのである。たとえば、今自分のためにピラミッドを作るとしたら、いったいどれぐらいの石と工程とコストが必要か、などちょっとアホらしいお話で読者をテンポよく「お墓ワールド」に誘ってくれる。かと思えば、火葬についての技術的な問題点は、悲しみにくれる遺族の気持ちにやや水を差しつつも、私などはそのメカニズムを知れば知るほど、興味が尽きない。果ては絶対倒れない耐震構造の納骨設備のお話まで飛び出す。そう、葬送(ダジャレじゃないけど)も近代的なテクノロジーなくしては、語れない時代なのだ。一般庶民でも、知っていて決して損はない。
結局、お骨はどこへ行くのか。お墓を持つこと、そのお墓に入ること、そしてそのお墓を管理すること。葬送の形が多様化すればするほど、商業化・合理化すればするほど、心の問題がなおざりにされていく、何とも皮肉な現状を、著者はやや憂いを込めて、こう締めくくっている。
現在、とりわけ都市部における葬儀に対しては「商業化が著しい」「その意義が見失われている」との批判がなされて止みません。しかしそうした商業化や形骸化は、都市に住む私たち自身が、かつての共同体が内包させていた煩わしい何事かから解き放たれることを求めた代償であり、帰結せざるを得なかった結果なのではないでしょうか。(中略)
こうした、権利や自由が主張され続けてゆく果てに、一体何が私たちを待ち構えているのでしょう。「個性的な葬儀」が「普通の葬儀」となった時、それはしょせん似たり寄ったりのものでしかなく、いっぽうで儀礼としての厳粛さも、区切りとしての役割も喪失してしまった、だらしなく、けだるい代物に成り果ててしまうのが関の山なのではないでしょうか。(後略)
いつの時代も、お墓の問題は途上にある。だからこそ、「自分はどうしたいか」と同時に「どうあるべきか」を考えていくことは大切なのではないか。この本を読んでそんな思いを、ますます強くした。
3.風のジャクリーヌ 著者:ヒラリー・デュ・プレ&ピアス・デュ・プレ
ある真実の物語 発行:ショパン
価格:本体1900円(税別)
昨年冬公開された映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』をご覧になった方なら、ご存知だろう。16歳ですい星の如くデビューして、アーティストとしてまさに絶頂期にあった28歳で「多発性硬化症」を発症し、42歳でこの世を去ったイギリスの天才チェリスト、ジェクリーヌ・デュ・プレ。この本は、彼女の実の姉弟が書いた、いわゆる家族の暴露本だ。(緑字部分は本からの抜粋文)
「暴露」というと非常に悪意を感じてしまうが、天才を一員にもってしまったある家族の苦悩の物語と言い換えた方が分かりやすいだろう。クラシック音楽は聴くだけなら「楽しんだり」「癒されたり」すればいいけれど、演奏する方の人生は想像を絶するタフさが要求されるということが、この本を読むとつくづく分かる。人一倍感性が研ぎ澄まされなければTOPに上り詰めることはできない世界。それゆえに、犠牲にするものも少なくはないのだ。同じように音楽の道を志していた姉のジェラシー、家族も世間もあらゆる視線が次姉ジャクリーヌに注がれる中で育った弟の孤独。そして、ジャクリーヌ自身、徐々に精神のバランスを崩していく。やがて病魔にからめとられて・・・。そんな、近親憎悪と抗しがたい姉弟愛がないまぜになった回想録は、さながら映画を観ているようで、興味深かった。
この本にもお墓の話がたびたび登場する。たとえば、凄まじい闘病生活の果てに亡くなったジャクリーヌの葬儀の場で、あまりに有名な彼女の死に立ち会う人間が多く、家族は今まさに墓穴に納棺されようとするジャクリーヌの姿さえ見えなかったというエピソード。
墓は興かな花束で埋まっていた。父もきっとそれらの花束を見たいに違いないと思った私は、父を探し、車椅子を押して墓地に戻った。だが、ジャッキーの墓が近づくと父は言った―
「ママはもっとたくさん花束をもらったよ」
数分後には私たちはきた道を戻っていった。私のバラがどうなったのか、最後までわからなかった。
ジャクリーヌの死から9年後、姉と弟がようやくちゃんとお墓参りをする場面で、この本は終わっている。
ピアスと私は黙って墓石のそばにたたずんだ。巨大な花崗岩の石盤の上には小さな石が置かれていた。伝統的にそれは哀悼の意を表して置かれたものだ。私はしだいに理解し始めてきた。(中略)
しばらくして、ピアスが私の方を向いて言った。
「やっと、ジャッキーにさよならを言うことができたよ」私たちは抱き合って、あきらめと安堵の涙を流した。「いつか・・・」私は言った。
「・・・もう一度ここに来ましょうよ。そして私たちの好きだった場所から少しずつ石を持ってきてここに置くの。きっと石が伝えてくれるわ―。『私たちはいつも一緒だったよね、覚えてる?』って」
愛すればこそ、憎しみと悲しみを深くする。そして、少しずつでも時間がそれを中和させ、心を鎮めてくれるのだろう。その役割を、どんな形であれお墓が担ってくれるとすれば、やはり必要なのかもしれない。と思うのだが、あなたならどうするだろうか。
4.脳と墓 T 著者:養老孟司&齋藤磐根
ヒトはなぜ埋葬するのか 発行:弘文堂
価格:本体1456円(税別)
あまりにダイレクトすぎるタイトル。よく見ると、表紙の装丁は緑の部分が脳みそで、真ん中にバラバラになった人骨のイラストだ。ところが私は、スキャナーで取り込む時にようやくそれに気がついた。いやはや。
「脳」といえば「養老先生」、というくらい養老氏は脳研究の第一人者だということになっている。ただし、この本には脳のしくみや脳の問題を科学的に掘り下げているわけではない。主な執筆者は医師である齋藤氏。彼はあとがきで、「養老氏の『唯脳論』(青土社)を下敷きに書いた。脳の記載が少ないが、さらに詳しく知りたい方は『唯脳論』をお読みになるとよい。『墓』については続編を出す予定である」と書いている。うがった見方をすれば、科学者の中でも人気の高い養老氏との共著を強調することで、話題になることを期待したのかもしれない。けれど、1992年の初版以来、増刷されている形跡もないし、10年近くたっても続編はいまだ実現していないようだ。今頃買うのは私ぐらいの者かも。
要するに、さまざまな角度から埋葬の姿を紹介し、「生き物の中で死者を埋葬するのは人間だけ。それは脳のなせる業である」ということを検証している本なのだ。齋藤氏はまず、死を迎えた肉体がどのように朽ちていくかを詳細に説明する。のっけから生々しい。でも、けっこう面白い。文字情報メインであれ、死の過程をバーチャルに体験してみるのは、いいことかもしれない。何しろ魂を失った肉体の死に美しい文学性はない。ただただ化学反応の果てに無になるのだ。モノとしての崩壊。その過程はいかにも不快で恐ろしい。しかし、それだけが埋葬の動機にはならないと齋藤氏は語る。
死者を埋葬するということは、来し方のみならず行く末をも考え、さらにその先にまで思いを巡らすという、高度な精神的発達段階に至ったことを表わしている。食べ物や鹿の角を供えるというのは死後の世界を思い、再生または復活を願っていることを意味している。埋葬は、旧人ネンデルタール人の中期旧石器時代後期からはじまった。墓石こそないが、概念上墓の原形と考えてよい。人類が、というより生物が死後の世界を意識したのはこのときが最初である。今から四万数千年前のことである。
話題は旧石器時代から日本の縄文時代、古代ギリシャ、ローマ時代など、古代時代の埋葬にも及び、火葬と土葬の変遷なども解説されている。宗教観によっても、埋葬の形はさまざまだし、ミイラについても多種多様。まさに埋葬オンパレードだ。
結局、埋葬とは時代や民俗を測る文化そのものだということが分かる。現在の日本の葬送のあり方も墓地霊園のしくみも、言ってみれば日本の文化ということがいえるけれど、今こんなにも「お墓」のありようが揺れているのは、経済効率が優先した右肩上がりな手法はもはや時代に合わなくなっている、という証左なのかもしれない。
このように齋藤氏はお墓=埋葬の歴史をひもときながら、後半「交換」という言葉を登場させる。ここからは「脳」もクローズアップされる(完全な主役にはなり得ないけれど)。埋葬という儀礼は社会が存在して初めて成り立つ。そして社会は価値の交換によって形成される。死者も交換される。死者を「あちら側」の世界に送り出すことで、新しいいのち=赤ん坊を送ってもらう。
あちら側の存在に対して、死者を送ったことを伝え、新しい生命を送り返してくれることを求めて、儀礼としての埋葬を執り行なった。埋葬は、ヒトを交換するために行なうものとして、始まったことになる。人類は社会形成における一側面として、埋葬を行なうようになったのである。したがって、埋葬を行なうから人間なのだともいえる。(略)社会は、天から与えられるものでもなく、個人の単なる集合でもない。これは脳のアナロジーである。つまり脳がなぜか外部に、脳自身を実体化したものにほかならないのである。(略)ヒトの特徴は、シンボルの存在と考えられる。(略)シンボルの有無が、ヒトとその他の霊長類とを分けるとすれば、やはり「埋葬」を行ないかつ「墓」を造ったネアンデルタール人にその起源を求めてもよいことになる。ネアンデルタール人は、「埋葬」と「墓」で人間になったのである。
新しい生命は死者との交換によって与えられる。なるほど、高齢化と少子化がリンクするはずだ。ヒトは死ななきゃ生まれない。わーお。しかし、守ってくれる子孫がいないからお墓を建てることを躊躇するのだから、現代社会は皮肉なものだ。
宗教=神の存在も、脳の産物。すべては脳の進化とともに霊長類と人間を分けたというわけで、「結局は脳の出来事だ」と齋藤氏は締めくくっている。でも、そんな脳って、いったい何なんだろう。ここは、やっぱり『唯脳論』で事前に知識を得ていた方がいいのかもしれない。
「パり郊外、メトロ十三番線の終点サン・ドニが、この本を書く出発点であった」。あとがき冒頭のこの一文に、私はうなった。実は、3年前フランスに行った時、私もまずサン・ドニを訪れたのだ。「お墓」に興味を覚えたキーワードが著者二人も、図らずも私も、サン・ドニだったとは。まあ、これは私の自己満足に過ぎない。くどくど書いたけれど、とにかく一度手に取ってみてほしい。脳のことは分からなくても、お墓の意味を知るひとつのヒントには、きっとなるはずだ。確率はかなり少ないけれど、かくなる上は、続編の発表を待ち望むばかりである(それも私だけだろうなあ)。
この本は、SO−TAI−KIの開設後、娘がらみの母親仲間からプレゼントされたもの。私がこんなHPをつくっている、その意図を汲んでくれたあまりのグッド・チョイスが本当に嬉しくて、すぐにも紹介しようと思いつつ、ずいぶんそのままにしてしまった。けれど、あるきっかけがあって、急遽紹介しようと思ったのだ。
ある夜、娘に読んでいたある絵本。年老いた主人公(アナグマ)が亡くなる悲しい話だが、悲しみに暮れながらも、故人の思い出を語り合うことで悲しみを癒し、その死を受け入れていく仲間たちの姿が心に沁みる物語でもある。ところが、今まで何度も読んでいたのに初めて、娘は涙をぼろぼろこぼし、「アナグまさん、かわいそうや」と主人公の死を悲しんだのだ。最近、ものごとの理解が急激に深まってきた娘を見て、子どもの成長の凄まじさに驚いていたのだけれど、その夜は、確かに「死」の存在を認識し、胸が苦しくなる思いを実感したようだった。娘は泣きながら私にいろいろと質問してくる。私は苦し紛れに「死んだら、天国という別の世界に行くんだよ」と答えたのだが、娘は「てんごくってどこにあるの? でんしゃでいくの?バスでいくの?」これには思わず笑った・・・。
幸い、どちらのおじいちゃん、おばあちゃんも健在。けれど、順番が正しければ近い将来、私たちは誰かの死を経験するときが来る。どのような往生になるのか今は分からないけれど、いずれにしても心の準備だけはしておかなければならないだろう。親を失うという意味では、私自身が乗り越えるべき課題でもある。
『さよなら エルマおばあさん』は、アメリカ・北西部に住み、自宅で85歳のいのちを全うした一人の女性の最期の1年間を記録した写真集だ。その家で飼われている1匹の猫(スターキティ)が語り手になった優しいまなざし、モノクロ写真の柔らかさ、写真に添えた平易な文章など、絵本の体裁をとっているけれど、これは紛れもなく実際にあった話。それなのに、少しも暗くない。苦しくない。それは、「死」を肯定的に扱っているからだろう。
「わたしの命は、あと1年くらいだろうから、いろいろ準備をはじめないとね」おばあさんは、言いました。
写真を撮った大西氏は、国際紛争や野生動物などヒューマン・ドキュメンタリーの分野で活躍するフォトグラファーで、エイズ女性のドキュメンタリーや障害を持つ少女と介助犬の生活を描いた『介助犬ターシャ』なども発表している。エルマおばあさんとは別の仕事で知り合った彼女の孫を通じて個人的に親しく交流。「13番目の孫」とまでいわれていたという。ある日、おばあさんが治る見込みのないガンにかかったと聞かされたとき、彼女はおばあさんの最期の日々を写真で記録したいと強く思う。フォトグラファーの職業的欲求でもあり、おばあさんへの愛の表現だったのかもしれない。それを快諾するおばあさんも素敵だ。
「ただし、入れ歯をはずした顔だけは撮らないでね」(大西氏のあとがきより)
日本の老人に欠けているのは、こうした心の潤いと、身支度の若々しさではないだろうか。さすがに入れ歯のない顔は人様に見せられないわ、という彼女のユーモラスな恥じらいも。エルマおばあさんは病気だと知ってからもいつも通りの生活をし、外出のお化粧や肌のお手入れを欠かさなかった。
「わたしはね、これまでの人生で、いまがいちばん幸せだよ。いろんな失敗や、つらかったことも、いまはいい思い出だし、仲たがいした人のことも、いまは許せるから。なぜその人が、あのとき、ああしなければならなかったのか、その理由がわかるようになったからなんだよ」
もはや寝たきり生活に入ったエルマおばあさん。けれど、無意味な延命措置や病院での治療を拒否する書類には自らサインを済ませていた。その意志の強さにも感銘を受ける。そして、窓際のベッドの上で彼女は、猫のスターキティに向かってこう話すのだ。65歳まで農場で働き、5人の娘を育てたという彼女。若い頃の苦労や苦い思い出もある。許せずに抱き続けた過去も、猫に告白することで癒されるのだろう。アニマル・テラピーを感じさせる場面だ。もちろん、家族の介護、ホスピスのスタッフのサポートがあってのこと。何しろ、どの写真にも「愛」が溢れている。それが見る者の心を温かくするのだ。スターキティは思う。
おばあさんがいなくなったら、さびしいだろうな・・・・。
やがて、死は静かに訪れる。家族が夕食の支度をしている間、天へと召されたのだ。悲しいけれど、苦しまない最期は、これ以上ない幸せでもある。エルマおばあさんは遺言を書いていた。家族は遺言に従い、ボートを漕ぎ出して、彼女の遺灰を海に撒いたのだった。お墓ではなく散骨というのも、現代的で新しい展開だ。けれど、13年前に先立った彼女の夫はどうだったのだろう。もし夫にはお墓があるとしたら、何故一緒ではなく海なのだろう、など、ふと気になったりもするが・・・。
結末をばらすようで申し訳ないのだが、本の最後の言葉は「ありがとう」。私が娘に読んだ本『わすれられないおくりもの』(スーザン・バーレイ作)も天国の主人公に友達が「ありがとう」と語りかけるシーンで終わる。それ以上の言葉は、たぶん、ないのだろう。よく芸能人のお葬式で遺族に「最後に何とお声をかけてあげましたか」と質問するバカなレポーターがいるけれど、そう尋ねた瞬間、レポーター自身の想像力欠如を露呈することが分からないのだろうか。
あとがきによると、エルマおばあさんは9月11日に亡くなっている。奇しくも数年後の同じ日、NYの同時多発テロが起こってしまった。おばあさんの静かな死とはまさに対極の悲惨な死を思うとき、「死」の形も決して一様ではなく、現実には残酷で身をちぎられるような辛さがある。けれど、たとえそうであっても、「死」を日常生活から遠ざけることは何の役にも立たないと私は思う。
子どもの年齢によって死についての説明は異なりますが、だいじなことは、なんでも話し合い、文句を言ったり、泣いたりできる親子関係をもつことです。(略)死を見つめ、死について語り合うことは、「命の大切さ、生の貴重さ」を認識することなのです。
(巻末「子どもに死をどう教えたらいいか」ホスピスケア研究会代表・季羽倭文子/より)
娘の号泣事件には、実は続きがある。辛いものを食べた後には甘いもので中和するように、娘が「このままでは寝られない。なんか楽しい話を読んで」というので、別の楽しい本を読んでみた。それはそれでホッとしたようなのだが、娘は何とまた『わすれられないおくりもの』を読んでくれとせがんだのだ。つまり、子ども自身悲しみの中にも感動し、「いいお話」をもう一度味わいたいと感じたわけだ。親がそれを避けなければ、幼い子どもにも理解する力は充分ある。そこに二重の感慨を覚えたのだった。
『さよなら エルマおばあさん』のように、限りある人生を最後まできちんと生きた女性のこと、そしてこういう穏やかな死もあるんだということを、美しい写真とともに、親子で語り合うことができれば、私たちも、もうちょっと優しくなれるかもしれない。とてもむずかしいことだけれど・・・。
久しぶりに出かけた梅田の紀伊國屋書店で久しぶりに買った小説。帯の「川上弘美の最高傑作」という文句とペーパーバックにも似た本の軽さに、思わず手に取っていた。初めて読む作家だから、どう最高なのか判断材料もなかったけれど、何万冊もの本がひしめいている巨大な本屋で“選ばれる”ためには、このぐらいインパクトのあるコピーが必要なのだろう。
主人公は独身OL、ツキコ。彼女が高校時代の国語の教師、松本先生と再会して数年後たった頃から、物語は始まる。少しも劇的ではない、ゆるゆるとした始まりが、最後までこの小説のテンポになっている。
ツキコは37歳から38歳になろうとしており、恋人を友人に奪われた過去から、実はまだ立ち直っていない。一方センセイは70歳前後で、妻には10数年前に男をつくって逃げられ、一人息子も独立して、一人暮らしを続けている。そう書くとなんと侘しい二人なんだろうと思うのだが、読んでいる分にはツキコもセンセイもそんなことは過去に葬り去り、ただ飄々と、今を生きているだけのようにも映る。たくさんのしがらみにキュウキュウとしている読者サイドからみれば、二人がとらわれるものもなく自由に生きているようにも思えるのだ。それでも、一見のんびりとしたこの物語には、生きることの哀しみが通奏低音のように響いている。
センセイ、逃げた奥様のこと今でも好きなんですか、とわたしがつぶやくと、センセイの笑い声は高くなった。妻はいまだワタクシにははかりかねる存在なんですな、とセンセイは少し真面目な顔で言ってから、また笑いだした。やたらにたくさんの生きものが自分のまわりにいて、みんなぶんぶんいっている。どうしてこんなところを歩いているのか、さっぱりわからない。
二人の、いわば師弟的関係が、恋愛の色合いを呈してくるのは、ストーリー中盤の「花見」の章からだ。センセイと出かけた花見の席での小島孝との再会。高校時代に一度だけデートをした同級生だ。このあたりはセンセイとのやりとりにはない、俗っぽい展開があり、ツキコの心の揺れも手にとるようだ。ところが、小島からの急接近で、ツキコはまさに自分の本心と向き合うことになる。センセイもまた、デートにでかけるツキコをパチンコに誘い出したりする。小島は図らずも恋のキューピッド役になってしまうのだ。
センセイ、これ夢ですか。わたしは聞いた。
夢でしょうかねえ。そうかもしれませんねえ。センセイは愉快そうに答えた。
夢なら、いつ覚めるんでしょう。
さあねえ。わかりませんねえ。
覚めないでほしいな。
でも夢ならばいつか覚めましょう。
(中略)
覚めないで、とわたしはもう一度言った。
それもいいですね。センセイは答えた。
次の章では、二人はとある島に旅に出ていた。ここでまさに「お墓」の登場が登場する。それは、センセイの妻が眠るお墓だった。
「着きました」舗装がすっかりなくなり、土がむきだしになっている。土の道を、センセイはゆっくりと辿った。わたしもサンダルをぱたぱた鳴らして、センセイに従った。
小さな墓地が、目の前に開けていた。
(中略)
「ツキコさんと、一緒に来ようと思ったのです」
「一緒に」
「ええ、しばらく来ませんでしたから」
(中略)
「ワタクシは、今でもやはり妻のことが気になるんでしょうかね」
(中略)
くそじじい。わたしは胸の中で言い、それから口に出して「くそじじい」と繰り返した。
夢にまで見たセンセイとの旅先で、妻という死者と会わされるとは、夢にも思わなかったのだろう。しかも、センセイを捨てた妻だ。ツキコの怒りにも似た動揺は、まさに「くそじじい」の一言だった。けれども、私は思う。センセイはまだ妻との人生を清算できてはいなかった。自分の元から逃げた妻を許しきってはいなかった。(そしてたぶん、ツキコもつかまえれば妻のように消えてしまうのではないかとセンセイは畏れていた。)だからこそ、ツキコを連れていき、二人で墓前に立つことで、そういう諸々の感情に区切りをつけようとしたのだ。報告といってもいい。お墓とは、死者を埋葬するだけのものではない。見えざる心を交信させるあの世とこの世を結ぶアクセスポイントだと、作家もきっと感じているのだ。
これこそ、まさに、カラスの勝手な解釈。たぶん『センセイの鞄』でここをクローズアップさせて書評する人なんかいないだろう。けれど、私はあえてここを強調したい。むしろ、このエピソードなしには、最後の、あまりに静かな、それでいて、心のツボにどんと落ちる感動もなかったと思うのだ。
ここからラストまでも、じれったいほどにゆるゆるとした月日が流れていく。縮まりそうでなかなか縮まらない二人の距離。上手いなあ、と唸らずにはいられない。またこの間の台詞の素晴らしいこと。みんな、ここで泣くんだろうなあ。もちろん現実はもっと深刻だ。もしも話が老人介護までに及べば、百年の恋だって冷めだろうけど・・・。少し前の週刊文春に、この小説が70代の男性と30代の女性に読まれているという記事が出ていた。確かに、ファンタジーとは知りつつ、のめり込みたくなる気持ち、わからんでもない。
川上弘美さんが先日、HNKBSの『週刊ブックレビュー』のゲストとして登場し、『センセイの鞄』について語っていた。「川上さんの小説には“切ない”という形容詞がつきますが」という司会者の質問に、彼女は「それは、人は必ず死ぬんだということが根底にあるからだと思います」というようなことを答えていた。まさに腑に落ちる言葉だった。
センセイは、声を出して笑った。わたしも笑った。しかし笑いはそのまま収束してしまう。死ぬなんて、言葉を使わないでください、センセイ。わたしはそう言いたかった。でも、ツキコさん、人は死ぬものです。そのうえワタクシの年齢であると、死ぬ確立はツキコさんよりもはるかに高い。これは道理です。センセイは答えるにちがいなかった。
いつだって、死はわたしたちのまわりに漂っている。
切ないといえば、物語の演出道具として欠かせないのは、「月」。月は毎夜姿を変える。そのうつろいに、作者は主人公たちの心を投影させているかのようだ。ありがちな表現ではある。けれど、不思議に何度月の話が出てきても、飽きずに読めてしまう。三日月から半月へ、そして満月を迎えた月はまた欠けていく。やがて夜の海に再び現れる月の船。人の営みもまた、そんな喪失と再生の繰り返しだ。『センセイの鞄』の世界は、文字通り月(=ツキコ)の満ち欠けそのもの。だから、切ないのだ。
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