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L E T T R E

皆さんからいただいたお便りをご紹介します。
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2001年5月までにいただいたお便りはこちら

[もくじ]

1.言葉のパワー、恐るべし/マダムM (2001.6.6)
2.凶悪犯罪、西日本はなぜ多い/Takashi.N (2001.6.10) 
3.パリの墓地は4時間がかり /Takashi.N (2001.6.11)
4.お墓って何?/ルシイド (2001.6.19)
5.お墓は3段論法の3番目/横浜のおっちゃん (2001.6.28) NEW
6.ピクニック気分でお墓参り/千鳥饅頭郎 (2001.6.28) NEW
7.脆弱な社会、脆弱な大人/Takashi.N (2001.6.28) NEW


1.言葉のパワー、恐るべし/マダムM 
 いちごがり、ええなあ。ごっくん。 近所の奥さんから梅ジャムもらって、おいしかった。久しぶりにジャムなんか 作ってみたいなあ、という気にもなる。大地の恵みを直にもらってきたものって、 流通経路を通ってきたものより数段パワーがありそう。(単に鮮度の問題でなく)

 面白い記事みっけ。『あなたと健康5月号』より (『水からの伝言』江本勝著 波動教育者発行の一部を紹介したもの) ごはんを二つのビン(写真はジャムの空き瓶だとおもう)に入れて、 一つは「ありがとう」、もう一つは「ばかやろう」と書いた紙を貼る。 日が経つにつれ、「ありがとう」は白や黄色のカビ(芳香)が、 「ばかやろう」は真っ黒な毛の生えたカビ(悪臭)が生えてくる。 という実験だ!! 花や果物を育てる人は、子どものように声かけしたり、音楽をきかせたり という話を聞くが、音声によらない「ことば」のパワーまでも・・・。 これ、言葉をかえてやってみたら面白いと思うなあ。 みなさん、ごいっしょに!?

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(Webmasterより)

 我が家のベランダは、長い間ガーデニングの「ガ」の字もなかった。植えても植えても枯れてゆく、情けない性分。しかし、緑なき庭の淋しいことよ。で、奮起!。今は毎朝花に水をやるのが嬉しかったりする。でも、花や草に「おみじゅ、あげましゅからねえ」などと話し掛けるのは、どうも照れくさい。だから、枯れるのだろうか。それにしても、「ばかやろう」の負のパワーには驚かされる。「ばかやろう」と書いた人の気持ちの波長が、書いた紙にも伝わるんだな。言霊の威力、肝に銘じよう。私だったらたとえば、どんな言葉を書いた紙を貼ろうかなあ。やっぱり「I LOVE YOU」!? だって、愛さなければ愛されもしない。

 昨日、娘が雨の中「雨、降ってよかったなあ」というので、「なんで?」と聞いた。「だって、雨が草のごはんになるもん」。子どもの視点っていいよね。料理の神田川さんも言ってる。「花には水を、人には愛を。料理はこころーっ」って(ちょっと、ローカルすぎるギャグかも)

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2.凶悪犯罪、西日本はなぜ多い/Takashi.N

 大阪での無差別殺傷事件。実のところ私はニュースを知っても驚きませんでした。驚けませんでした、と言ったほうがいいのかな。ま、どっちでもよいのですが、正直な話、「またかよ…」などと冷めた思いを抱くばかりです。なぜでしょう。

 刺したり、斬り落としたり、毒混ぜ込んだり、なんか殊更に西日本界隈ではそういうのが多いように感じるのですが、思い過ごしでしょうか。もちろん東京だって仙台だって札幌だって殺傷事件は起こっているでしょうが、西日本のそれは人を唖然とさせると言うか人から言葉を奪ってしまうと言うか、ともかくも猟奇です。阪神大震災の後遺症であるぞよとまことしやかに語る方が居るかと思えば、都市としての寿命説(珍説!)を唱えるオカルト説法も巷にはあります。確かに震災のストレスと言うのはさもありなんでしょうが、それだけで西日本で起きたすべての事件の猟奇性を説明することは出来ません。そこには単に相関があるだけで因果関係はないのかも知れません。たまたまここ数年西日本でそういう事件が多いだけであり、来年あたりからは北海道や沖縄でも同じような事件が起こる可能性だって勿論あるでしょう。

 でも今回もやっぱり大阪でした。何故なんですかね。
 個人的には大阪も京都も神戸もわりと好きな土地だから余計に不思議です、土地と事件の相関性が。因果関係に至ってはこじつけすら思いつきません。不思議ですねぇ。「ほんとうに死にたいなら小学生なんか切り付けてないで暴力団事務所にでも鉄砲玉きどって突っ込んでいけばすぐに殺してもらえるのに、なんでそうしなかったんだろ」これは私の周りにこのように語った方がおりました。なるほど、と私は思いました。なぜ犯人は小学生を標的にしなければならなかったのでしょう。

 至極現実的に考えれば小学生殺して裁判を長いこと受けて死刑判決もらって何十年先になるも定かではない刑の執行なんか待つよりも暴力団事務所に突入したほうが早く確実に死ねる筈です。でも犯人はおそらく暴力団のボの字も思いつかなかったでしょう。犯行に及ぶ心理状態がわかるはずもありませんが、おそらく犯人は選択肢に思い煩わされたりせず,大筋では直線的に小学生殺傷に至ったのではないかと思うのです。つまるところ犯人には小学生を殺傷対象にするべき理由がなにかしらあったと考えるのが妥当であり、合理的推論であり、そこに彼の心の病の因も探せるわけで、制服着込んだいいとこの御子息たちの通う学校を犯行現場に選ぶ理由が犯人にはあったのでしょう。ま、キーワードなんかいくらあげつらってみたところで何もわかりません。そんなことをしても混乱するか、通り一遍の答えがでるばかりです。そこんところは、やはり犯人しかわからないでしょうし、結果のあるところには必ず原因があることを改めて肝に銘じて私は息子と向かい合うばかりです。

 ほんとですよ。自分の子供がそういう事件を起こさないとは断言できないし、ましてや自分自身だってわかったものじゃありません。程度によってそれは『魔が差す」と呼ばれたり「狂」と認知されたりするだけで自分の中にそのようなものがないわけがないんですから。 誰もが抱え込んでいる狂気。普段それは厳重に鍵をかけて保管されているのですが、近年の西日本の各都市にはそれを開錠してしまう何があるようです。おそらくは複合的ななにかでしょう。どういうふうに人に伝達(感染)するのかもわからないし、どうしたらそれを治癒させたり取り除いたりできるのかもまったくわからず、それだけに私なんぞは非常に不安だったりします。

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(Webmasterより)

 なぜ、猟奇的事件が西日本に多いのか。
 震災の影響があるかどうかは、私には分からない。ただ、精神的ダメージが大きかったのは確かだ。無意識のうちに、大なり小なりのPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えている人が相当数いるのかもしれない。だとすると、当時の小さい子どもたちにどのような影響を与えているかを考えると非常に憂慮すべき出来事であったとはいえるだろう。

 しかし、最近の事件に関しては「ない」と言いたい。西日本というと、佐賀のバスジャック事件も入ってしまうけれど、こうなるともはや理解不能だ。仙台の筋弛緩剤混入事件や、浅草のぬいぐるみ男殺人事件、東京の通り魔殺人、愛知の高校生によ無差別殺人、新潟の女児監禁事件など、都市部・地方を問わず、不条理な事件は起こっている。
 
 1つ、共通点があるとすれば、それは「男」が危ない、ということだ。

 この、「事件西日本集中説」と、「男性異変説」について、皆さんのご意見を請いたいと思う。

 報道によると、昨日になって容疑者は「エリートのインテリの子どもを殺せば、確実に死刑になると思った」と自供し始めているそうだ。父親によれば、子どもの頃に学力テストか知能テストをあの学校で受けたことがあるという。彼にはその記憶があったのかもしれない。大人になって、誰からも受け入れられない鬱屈を抱えていただろう容疑者が、いかにも恵まれた環境に育つ子どもたちを街で見かけ、そして自分の中の記憶とも重なり合い、お門違いの憎悪を膨らませていったとすれば、計画性は明らかだし、情状酌量の余地はない。

 今、私たち大人に課されているのは、せめて自分の子どもは犯罪者にさせないようにすることではないだろうか。すでに大人の子どもを持つ中高年にも、決して無関係の話ではないのだ。
 

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3.パリの墓地は4時間がかり/Takashi.N

 掃苔記についての感想――。
 4篇ともに一気に最後まで読ませる筆力はさすがです。抜粋文の挟む間合いは完璧だし、少 々サイズは小さいですが(写真大きくすると立ち上がりが重たくなってしまいますよね)ど の写真もそれぞれの文章の雰囲気を伝えてくれるし、勝手な希望としてはもっと更新テンポ が上がればいいのになぁ、などと思っていますが、ま、そうも行かないのは承知しておりま す。  もうひとつ勝手な希望を。例えばゴッホなら、ゴッホの作品――自画像あたり――を付記 してくれると更に掃苔記が伝えてくれるイメージが太いものになるかな、などと思うわけで す。ヘップバーンなら作品中の彼女と晩年の彼女のポートレートとか、シャネルなら一世を 風靡したような代表的な作品とか。そういうのってHP掲載上のルールか何かあるんですか。 著作権の問題とか?。わたくし、そのあたりの事情に疎いものでこうして勝手なことを書い ております。もしわざとそういうものを載せないようにしているなら聞き流しておいてくだ さい。

 それはそうと実は、わたくしもパリの墓地では随分と歩き回りました。不肖わたくしの場 合には、なんら明瞭なる動機や触発はなく、「暇だし、特にこれといってやることもないか らジム・モリソン(ドアーズのボーカル)の墓でも行ってみようか…」みたいな怠惰なもの なので此処に書くのもはばかられるのわけですが、でも書いておきます。  モディリアニの墓地と同じなのかどうか墓地名も地区名も忘れてしまったので定かではあ りませんが、えらく広くて閉口したのは忘れません。階段はあちこちにあるし、墓地の中の 地図には出鱈目の場所の書き込みなんかもあって、もう歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩 いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた歩いた、午前10時に 墓地を彷徨い始めて当の墓を見つけたときには午後2時でした。なんでそこまでして探し歩 いたのかも今ではよく覚えていません。故人に格別の思い入れがあるわけでもなく、ただ単 に暇なだけなのに一心不乱に探し回ったわけです。  4時間がかりで見つけた墓は、特段の手入れをされている様子もなく、斜に構えたフラン スの少年少女たちに取り囲まれておりました。ドアーズ・ファンを悪く言うつもりはないの ですが、ラリッたような目つきの連中に囲まれて、ジム・モリソンには死んでも尚安息の時 は訪れないのです。アーメン。合唱。じゃなかった合掌…。
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(Webmasterより) 
 更新テンポの遅さは、私自身忸怩たるものがある。すみません。しっかし、時間だけが流 れていって、あっという間の1週間。世のワーキング・ピープルに比べれば、私など本当に らくちん人生なのだが。肝に銘じて、ぐぁんばります。

 ただ、やはりポートレイト関係は、肖像権・著作権などが絡んでくるのではないかと思う。 拙い写真で申し訳ないのだけど、しばしご容赦を。

 パリのペール・ラシェーズ墓地では、私もジム・モリソンを探そうと思ったが、ついに探 しきれずにタイム・アウト。墓地の事務所で地図を入手してさえ、行き着けなかった。4時 間の苦労、よーく、よーーーーく分かる。一人の若い女性(もちろん、外国人だ)に「ジム・モリソンのお墓はどこだ」と聞かれた けど、「私も分からない」と答えたら、納得してどこかへ立ち去った。果たしてあの後彼女 は、無事たどり着けただろうか。

 ことほど左様に墓地というのはどこでも広い。実は、2月に東京に行った際、作家・向田 邦子のお墓を探しに多磨霊園に行ったのだが、結局たどり着けなかった。JR中央線の武蔵 小金井駅からバスに乗るということと、お墓の区画番号はネットで調べていたのだが、実際に行ってみて、愕然。バス停も1つではないし、道路の両側に延々墓地の塀が続いている。区画番号を示した立て札を見つけて慌てて降りたのだが、どんなに探しても、お墓の清掃をしていたおじさんに聞いて行っても見つからないのだ。

 それもそのはず、区画番号の「12」と「21」を見間違えていたことに気づいたのは、探し始めてずいぶんたってからだった。その後の予定も押し迫り、泣く泣く諦めて墓地を後にした。その時娘を連れていたのだが、娘も広い墓地内を歩かされ、なんちゅー母親だと思ったことだろう。私もヘトヘトになったけれど、疲れ果て、帰りのバス車中で娘が寝 てしまったのは、言うまでもない。
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4. お墓って何?/ルシイド  

 ジャーナルの文中、残るは「礼宮さんの結婚」とあったけど、「紀宮さん」でしょ。 礼宮さん(秋篠宮)には紀子さんがいるじょ。

 折しも今、『天皇はどこから来たか』『お葬式をどうするか』を読んでいて興味深いです。 きょう土曜参観で、その後、講演会がありました。構成はバラバラだったけど、その先生が フィリピンで撮ってきたビデオの中に、何代か前のご先祖の遺骨(火葬でああなるかな? 理科室の骨格模型に近い)を高床式住宅の床下の物置みたいなところに置いているのを、包 みを開いて見せてくれるシーンがありました。 「この人が、50年前にライステラスを作ってくれた。 私達が今こうして生活できるのは、ご先祖のおかげ」みたいなコメント。 葬儀って、お墓って、何だろうなあと思います。 母の初盆が近づいてるのですが・・・

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(Webmasterより)

 きゃはー。とんでもない「宮」間違いして、申し訳ない。顔はしっかり紀宮さんを思い浮かべながら、「確か“あーや”って呼ばれてたよな」と思い込んでいました。“さーや”でしたね。実は、ほとんど寝ぼけながら書いておりました。まあ、寝ぼけてなくてもよくやる凡ミスだけど・・・。

 昨日の夕刊によるとその日、香淳皇后の霊代(一般の位はいにあたる)を歴代天皇や皇族をまつる皇霊殿なる場所に移す儀式「霊代奉還の儀」が皇居内で執り行なわれた。これでご逝去から続いた皇室内の逝去1周年の行事は終了だとか。これより前の新聞報道記事で分かったのは、香淳皇后は棺に納められ、墓陵に安置されているということ。つまり、火葬ではなさそうなのだ。こうした行事は伝統的に行なわれているから、歴代天皇や皇室クラスでは原則土葬ということが考えられる。もちろん、推測の域は出ていないけれど(また間違ってたりして)。
 
 そういえば、近年日本ではお盆=夏期休暇=バカンスという考え方が一般化している。そういう意味ではお盆にちゃんとお墓参りをして、ご先祖さまに感謝などという構図も薄れつつあるのだろうね。(この時期の墓地は確かに暑い!)
 
ということで、近々「お盆とお墓」に関して、SO−TAIーKIでアンケートを取ってみようかなと考えている。そのせつは、ご協力よろしくお願いします。 

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5. お墓は3段論法の3番目/横浜のおっちゃん  

 やまき様 久しぶりです。元気そうですね。

 本当にね、驚いたんです。「すごいすごい」と早くメールを出したかったんだけども、あれだけの圧倒的な文章力で迫って来られたら「すごいすごい」だけではあかんやろう、と考えている内に自分の作文力がイヤになって連絡できませんでした。ごめんなさい。

 ちょっとマジに書きますね。 私の場合は、むしろ、やまきさんの(今まで知らなかった)“こんなにも大きな”文章力や関心事や着想力や行動力をイッキに見せられたことによる驚きが1個目の「すごい」です。 しかも内容が「お墓」だということが2個目の「すごい」です。(だから「すごいす ごい」です)

 生きることには必ず死がつきまとい、そして死には必ずといっていいほどお墓が付随 します。この「生⇒死⇒墓」という3段論法からは誰も抜け出せないのに、みんな 2番目の「死」から目をそらそうとするわけです。だから3番目のお墓まで考えが及ばない。やまきさんのすごさは「あたりまえやんけ」と言わんばかりに3番目を僕らの前に見せてくれたことでしょう。 だからちっともマニアックだなんて思いませんよ、老若男女みんなに関係ある事です。

 ところで私は以前、田口ランディという主婦ライターにこっていた時期があります。 (MSNのホームページに行けば作品があります) やまきさんとはジャンルも異なるのだろうし、比較するのも申し訳ないけど、的確な言葉使いや表現力は、やまきさんの方が上だなぁとひどく感心しました。これからも、ときどき(だけかい!)アクセスさせていただきます。 いやぁ、オジサンは結構いそがしいのです。 ひとり何役もこなして大変でしょうけれど頑張ってくださいね。 やまきさんが大ブレイクする日を待っています。サインもらっときゃ良かった。 ほな。
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(Webmasterより)
 「豚もおだてりゃ木に登る」じゃないけど、よく臆面もなく紹介するもんだ、と思いつつ、つい嬉しくて載せてしまった。ウェブネームはご本人が書かれたようにしたのでお許しあれ。以前、バンドでご一緒したギタリストで、今は横浜にお住まいだ。

 まあ、サイン書ける日が来るとはユメユメ思いませんから、「ご冗談をホッホッホッ」と引きつりながら笑いつつも、ちょっといい夢見せていただきました、ハイ。
 
 ここからは私も真面目になるのだが、彼が書いているように、私たちは2番目の「死」から目をそらそうとすることに躍起になっていたと思う。病的なほどの健康志向。快適志向。拝金主義。そのアンバランスが暴力的でオカルト的な妄想ばかりふくらませる結果につながってきたのかもしれない。不老不死の願望がそもそもオカルトちっくだからね。もちろん生きている限り楽しく過ごしたい。けれど、それは喜びであって快楽とは違うのではないか。今というのは過去からの連鎖。だから死者なくして生者はない。
 
 私もまだまだ不勉強で、実は「お墓」のおの字も知らないんだと自覚している。だから知りたい(その割には知識は一向に増えない。くーっ)。一緒に学びあっていけたらなと思っている。 
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6.ピクニック気分でお墓参り/千鳥饅頭郎

 私の事務所の所長は、「異法人伝説」(異邦人伝説ではない)という本を出している のですが、(たぶん本屋さんにはもうないと思う)その中で、墓は温泉の近くとか、観光地の近くとか、ピクニック気分で行ける所につくるのがよいと、言っております。ぜひ、 私の友人に伝えておいて欲しいと今日、言っておりましたので、ひとこと。
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(Webmasterより)
 こういう話、以前どこかで聞いた記憶がある。奄美大島の沖永良部や徳之島では今でも盆や正月にはご馳走をつくって、お墓の前で酒盛りするようだ。正月には子どもたちも晴れ着を着たりして。そういう一種の年中行事の中に、暮らしの中にお墓が存在している。イタリアでも、毎週日曜日にはお墓参りという習慣があるらしい。お墓そのものがピクニックできる公園、心が落ち着く保養所であり、家族で訪れる観光地でもあるのかもしれない。

 今日本の都会では、お墓は山の上を切り拓き、なるべく家から離れて、なるべく人の目に触れないような作り方がされる。お盆といっても、東京ディズニーランドやハワイでリゾートする日に当てられるしなあ。じゃあ、TDLの隣に墓地を作っちゃえばいいのだろうか。考えてみたら、ディズニーって、「死」の対極にあるような存在だよね。まさに不死鳥・・・。

 千鳥饅頭郎さんは、若き司法書士さん。よって勤め先の所長さんも司法書士さんなのだろう。その方の著作、ぜひ読んでみたい。

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7.脆弱な社会、脆弱な大人/Takashi.N

 沖縄の梅雨が明けました。当然ですがあついです。熱いと書きたいところですが、ま、良 識的な暑いとしておきます。

 ところで、21日分の日記にあった<心のケア>については同感ですね。マスコミが使う言葉 は基本的に紋切り調ということもありますが、マスコミは如何なる言葉でもあってもバカの 一つ覚えで日に何十回何百回と使っちゃうからそれがたとえ新しい表現であっても、ま、一 週間もしたらみんな紋切りにしてしまうんです。怖いなぁ。いくら簡潔な表現と言ってもね ぇ、やっぱり節度とか節操とかも考えて欲しいし、いくら報道とは言っても自動化された原 稿書きのセンスは非常に恥ずかしいし、マスコミに携わっている人たちには文章や言葉を扱 っていることにプライドとか自負とかないんでしょう、多分。俺の小学生の頃の読書感想文 と同レベルだな、マスコミの文章や言葉は。

 昨今の凶悪事件関連で私が気になるのは、マスコミも世間一般も論調が『犯人許 すまじ!殺すべし!絶対殺すべし!』それ一辺倒になってしまうことです。

 凶悪事件の被害者の方々や遺族なんかであればそれを口にする権利はあるでしょうし、感 情移入しやすい性質の市井の方々は仕方ないとしても、マスメディアに携わっている人間が 『犯人殺すべし』の音頭を取るのはどんなもんでしょうか。無期懲役の判決が出たりすると 「何故に死刑ではないのか!おかしい!間違っている!この世には神も仏もないのか!被害 者は殺されて犯人が生き延びるなんて絶対に許せない!」と誰も彼もがヒステリーなまでに言い募る。

 天邪鬼なのかもしれませんが私はそういうのに同調できません。家族や友人を殺された者たちが冷静でいられるわけもないでしょうが、第三者は冷静であるべきだと私は思います。 昨今の少年犯罪を殊更に取り上げて訳知り顔で語る大人のほうだって実は相当にヤバイので はないでしょうか。なにせ「殺せ」が口癖なんですから。『死刑』と表現すると甚だしく現 実感が薄まりますが、要は「殺せ」っていうことに他ならないわけで…。

 既に人を殺してしまった犯罪者なんかより、その犯罪者を指差して「死刑にしろ(殺せ) !」なんて声高にやってしまう人のほうが私は怖いな。一面識もない人間を指差して「死刑 だ」と叫ぶことの狂気を自覚しないんだから恐ろしいですよ、やっぱり。加えて、新聞やテ レビの報道だけで事件と犯人の全容を理解したつもりになっている方を見ると、「ちょっと妄想入っているかな」ということで近付かないようにしております。

 それが例え犯罪者でも他人の死について考えられない方というのは、やはり死生観を持っておられない方なんでしょう。今回の大阪の小学生殺傷事件は確かに痛ましいものであるとは思いますが、『子供たちの心は傷ついたのだ。どうしよう。残酷な死を目の当たりにして 子供たちも親たちもダメージを受けてしまった。心のケアが必要だ」なんてバカの一つ覚え みたいに繰り返す学校関係者やマスコミの脆弱さは目を覆うばかりです。

 子供の精神構造はそれほどに脆弱なものではないと私は思います。同級生の惨殺場面は確 かにひどい衝撃をともなうものだろうし、しばらく尾をひくものかも知れません。でも、人間が人間によって殺されたのは人類史上この大阪の事件が初めてでもないし、老人から話を 聞くと他殺自殺を問わず昔は死体など珍しいものではなかったといいます。私が聞かされた 例から言うに、敵性国・中国人の斬首体を毎日のように見せられた戦時中の子供たちは誰か が心のケアをしてくれたのでしょうか。それともそれらの子供たちは心がねじけて、歪んで、 曲がってしまって立ち直れなかったのでしょうか。いいえ。むしろ彼らは図太い人生を送っ ておられる方ばかりです。

 昨今の事例で言うならば脆弱なのは大人たちに他ならず、慌てふためき困窮しまくりおろ おろするばかりの大人に同調させられている子供たちの姿があるように私には見えます。加 害者のほうも被害者のほうも真に病んでいるのは大人なのではないでしょうか。

 しばらくダメだな、日本は。ハードもソフトも脆弱だから…。脆弱国家だな。
 脆弱の上にヒステリーだしな。きぃきぃ、きぃきぃ喧しい奴ばっかだもんな。
 アナーキストがいいとは思わんが、大きな輪に期待するのもどうかと思うしな。
 あ〜あ。どうしたもんかな。 あ〜あ。脆弱な俺。
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(Webmasterより)
 池田小学校殺傷事件の犯人は、「自分は死刑になりたいのに、弁護士がそれに反対するようなことばかりする」というので、弁護士2人を解任したそうだ。「だったら裁判も一審で終わり。四の五の言わずにとっとと死刑になりなさいよ」と思う反面、そういう人間の死刑執行に立ち会う人たちを思ってしまう。いかに社会的犯罪者であっても、いかに職業であっても、言ってみれば自分の人生とは何の関わりもない人を死に向かわせなくてはいけないという立場の苦悩はいかばかりだろう。

 一般市民が「死刑賛成」を声高に言えるのは、自分が直接手を下す必要がないからであり、もしヤツが出所でもし、自分の近くに住まれてはたまらないという気持ちが大きいからだと思う。すなわち「抹殺する」ということで、これはやっぱり危険な発想だ。

 TVで被害者の遺族が「極刑でもまだ足らない」、「娘をそのまま返してくれたら、それでいい」とコメントされていたけれど、本当にそれ以上でもそれ以下でもないんだろうと思う。

 今回の事件では、救助に当たった救急隊員にPTSDの症状が出ているという。阪神淡路大震災でも同様のことがあったということだが、子どもよりもむしろ大人のダメージが強く、うろたえる大人を見て、子どももよけい精神不安になるのではないだろうか。大人といっても「死」に対して免疫のない世代だろうし。事件としても類をみない残虐性だからショックを受け当然。だから、ここからどう乗り越えていくべきか、排除の論理ではなく、いつも自分に引き寄せて考えていかなければいけないと思う。

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