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うたかた日記
川の流れにたゆとう、名もなき水泡。
されど、陽に月に煌めく、そのうたかたのなんと美しいことか・・・。
つれづれに書きとめた日記風コラムです。
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10月31日(水)晴れ UFO?
| ピンクレディーの歌ではない(って、相変わらず例えが古いなあ)。スーパーの駐車場から出て信号待ちしていたら、夜空に光る物体があるのだ。それも2つ。1つは点滅しているので飛行機かもとも思ったけれど、このあたりではめったに飛行機を見ないし、飛行機にしては低空。しかも、2つの光の間隔を考えると2機の飛行機がそんな低い夜空で追いかけっこでもあるまいし・・・。信号が青になって、結局その行く先は視線から外れてしまったのだけれど、あれはいったい何だったのか。 私は矢追純一ではないので(これまた、古い!)、今までUFOを観たことはない。霊感もすこぶる鈍いので、お化けに遭遇したこともない。ところが、最近家に一人でいる時に、何かが落ちるような大きな物音がして、音がしたと思われる場所に行っても、何も変わったこともないということが何度かあった。気持ち悪いといえば悪いのだけれど、“怖い”という感覚とも違う。それ以上追求しないので、因果関係で悩むわけでもない。それでも、一連の断片を無理やりつなぎ合わせてみると、見えない何者かが近くを通ったのかもしれないとも思う。何かを知らせようとしているのだろうか。それにしては、身の回りには何も起きないけれど・・・。 夜空には見事な満月が架かっている。そういえば、アメリカはかつて『ET』という映画で異星人と少年の触れあいを微笑ましく描いた。エリオット少年は、ETを捕獲しようとする大人たちの手を逃れるように、自転車をこぎ、月へと向かった。なんという美しいファンタジーだったろう。恐竜と対決する『ジュラシック・パーク』なんてのもあった。奇しくもユダヤ系アメリカ人、スピルバーグの作品だ。今、大阪あたりではそれがアトラクションになって、映画の世界を追体験でき、大人気を博しているけれど、そんなファンタジーを創造できるアメリカが、現実にはETではなく同じ地球に住む同じ人間を悪魔に見立てて攻撃し、それをあくまでも正義のなせる業と突き進んでいる。一方では炭そ菌というバクテリアに襲われてパニックになっている。これほど皮肉なストーリーはないだろう。ひたすら好戦的なブッシュ大統領が、大リーグ・Wシリーズの始球式でマウンドに立った。「正々堂々と戦えよ、皆の衆」とアピールしているのだろうけれど、これもまた滑稽な話だ。 右の頬をぶたれたら、左の頬を出せなんてキリストの教えも見事に無視し、「目には目を、歯には歯を」というハムラビ法典の理には忠実なアメリカ(これもキリストも引用したらしいけれど)。UFOだETだと騒いでいた時代が懐かしい。 瀬戸内寂聴さんがこのたびの戦争に反対する意志表示として3日間断食を決行しはったそうだ。仏教徒の義務として祈りを捧げたという。そういえば他の坊さんが何か意志表示したという話はとんと聞かない。声なき声=祈り、訴えが通じる社会は、もう映画のような絵空事なのだろうか。 |
10月30日(火)晴れ しもた・・・
| 昨日の天気は曇天ときどき雨または晴れ。なんと中途半端などんでん返しだったことか。 気がつけば、マイライン申し込みは明日まで。ぼったくりNTTは嫌い、KDDIは高飛車にDM送りつけてくるし、携帯TELとの関連でやっぱり日本テレコムにすべー・・・とずーっと考えていたのに、今の今まで日本テレコムからのアプローチがない。しかも同社はマイラインも大苦戦で、ひところは頻繁に見た、明石家さんま主演のTVCFも最近はとんと見かけなくなった。よほど苦しいのかな・・・そう思うまま、つまり相思相愛に至らずに期限の明日を迎えてしまう。無理を承知で日本テレコムのサイトを開くも、申し込みには専用書類を送ってもらい、記入・捺印して送りかえして初めて受理されるという。このご時世に、捺印にこだわっちゃって、恐ろしくアナログ。オンライン登録できるシステムにしときなさいっつーの。しかるに、今さら申込書を請求しても、明日までの期限に間に合うはずもなく。むげに800円をさっぴかれなくてはいけないのである。しもた。 でも、そういう人はきっと多いはずだ。夜のニュースでは登録を済ませているのは全体の6割だといっていた。つまり、4割はまだだということ。第一、マイラインがいったい何のために出来たのかを考えると、今さらながら変なシステムだ。ことのはじめはつまり、第二電電各社がNTTとの不公平感をなくそうとマイラインの導入を主張したのだ。NTTは渋っていたというじゃないの。ところが、フタを開けてみればNTTの一人勝ち状態。しかし、そのNTTは皮肉にも第二電電との競合に競り勝つために無理して料金を値下げしたため、赤字に転落している。消費者はマイラインというややこしいシステムに翻弄され、答えを出せないまま800円を持っていかれてしまうのである。だいたい高齢者がマイラインのことをどれだけ理解できるというのだ。嗚〜呼。♪わけの分からないことで、悩んでいるうち、老いぼれてしまう♪(ここは、森進一『えりも岬』のメロディで歌うべし(笑))じゃないかあ、マジで。 リンクページに追加!講談社の「Web現代」の中にあったコラムニストの中野翠のサイト。絵日記風がユニーク(イラストもなかなかお上手)。思えば、彼女も田中真紀子を揶揄するエッセイを書いていたが、今となっては田中真紀子を擁護するのはコメンテーターに成り下がったジャーナリスト・有田氏ぐらいかな。もうひとつ、姫路工業大学環境人間学部教授の岡田真美子さんのサイトでは火葬場や墓地についてのページが興味をそそる(なんてのは私だけ?) |
10月28日(日)雨 どんでん
| 昨日、昼から城崎温泉に向かって出発。「ゆっくり温泉に行きたいなあ」という夫の希望を叶えつつ、私自身も「和風旅館でゆったり」を目論でおった。でも、書入れ時の土曜日に果たして泊まれる宿などあるのかしら。そういう不安はさておき、とりあえず泊まれる支度だけして出て行くのが、我が家の能天気さであった。 出石経由で車を走らせながら携帯TELから城崎温泉の案内所に問い合わせ。案の定、どこも満室だった(そりゃそーだ)。近辺の温泉地に問い合わせても軒並み満室。夫は「日本は本当に不景気なのかあ」と驚くが、私にいわせりゃ「行楽シーズンの土曜日に混んでなくてどうするの」。とにかく行き当たりばったりは人生そのものだ(笑)。 「こうなれば、日帰りで城崎の外湯めぐりだ。なんなら、車で寝てもいい」と夫。「そんなあ、和風旅館でゆったりコースの対極じゃん」と私。「まあ、まず、出石で皿そばでも食べようか」「賛成、なんなら、シルク温泉(出石の手前の但東町)に入って帰ってもいいし」と徐々に会話もトーンダウンする。そこで娘が「おそば食べる前にお風呂入りたい」。意見は常にバラバラな家族だ。 そうこうするうちに出石に到着。道すがら何度か「時を奏でるホテル」という看板を見つけた。出石グランドホテルの別称らしい。その名前になんだか惹かれ、「皿そばの前にとりあえず、どんなホテルか見に行ってみよう」と色気を出したのが運の月。ホテルの前に来ると、部屋の明かりがわずかしか灯っていない。「こういうホテルは空いてるかも」と、ダメモトで夫がフロントに聞きに言った。 悠然と車に戻ってくる夫の答えは「いけるって」。 その20分後には、私たちは時を奏でるホテルのレストランで夕食を取っていた。「夕食はいかがなさいます?」と聞かれた夫が「今から皿そば食べに行こうと思うんだけど」と答えると、フロントのお兄さんがとーっても悲しいそうな目をして、「いやあ、そば屋さんは6時でおしまいになりますし、ぜひ当館でお召し上がりください〜」と訴えられたという。妙に気の弱い夫婦。結局、6000円の夕食コース込みの料金でOKを出していたのであった。それも洋室のツインルーム。和風ゆったり路線からどんどんはずれていく。しかも温泉どころではない。あ〜あ。 捨てる神あれば拾う神あり。外からの外観もなかなか感じよかったのであるが、館内もフロント従業員もなかなかいい印象。部屋はシンプルなツインだけれど、普通よりゆったりしている気もした。清潔感もよろしい。浴衣ではなく上下の館内着も淡い色調でゆっくりとしたデザインがなかなかよい。しかも、最上階に出石温泉「乙女の湯」を引いた展望風呂も完備されていた。真っ白なタオルも使い放題!! 料理もまあまあ。というわけで、意外によかったのである。温泉はもち、夜と朝2回入って、極楽極楽。ちなみにこのホテル、タレントで画家の城戸真亜子がイメージプロデュースをしているそうで、館内や客室には彼女の絵が飾られ、皿そばのお皿やお茶碗の図柄も彼女が描いている。ちょっと毒々しい色調とわけの分からない世界の絵ではあるが、うるさく感じず、空間に馴染んでいるのは不思議だ。彼女など、めったに出石に来ることもないだろうけど、イベントがらみで来た日にゃ、「城戸先生さま〜」状態なんだろうか。タレントとしても別段大したことなくて、画家としても凄く認められているわけでもなかろうに、2つ(+見てくれのよさ)が合体すると、そこに付加価値が生まれるんだから、やっぱり「美人は得ね」というところだろうか・・・。 ホテルをチェックアウトし、夫は「さあ、城崎行くぞ〜」。せっかくここまで来たのだから、外湯の1つにでも入って帰ろうという魂胆だ。ところが、朝風呂以来、元気がない娘が「しんどい」。おでこに手を当てると、確かに熱い・・・。 そんなわけで夫の望み虚しく、城崎はお預け。まっすぐ我が家に帰宅後、娘の熱を測ったら・・・体温計は39度を知らせていた。おーまいがー。 ただいま、娘は赤い顔してベッドの中。夫は早く帰ってきたおかげでし残した仕事が片付き、「やっぱり、早く帰ってよかったよ」。私はといえば・・・こうしてパソコンで昨日からのどんでん返し続きの顛末を恥じも省みず書いている。結局、一番得したのは、飛び込み客を受け入れたホテルというわけ。くー、なんちゅー家族ぞ。だからお金はたまらない。 で、やっぱり明日の月曜日は、引き続き雨の予報。これには、どんでん返しはなさそうだ。 |
10月26日(金)晴れ こころに水を
| 暖かい。これでも例年並なのだろうか。温暖化のせいか。 今日はくらむぽんで一緒に仕事していたイラストレーター・たかいたかこさんの個展を観に、吹田までドライブした。いつもならこんな時、何か手土産を持参する私なのに、すっかり忘れて手ぶらでお出かけ。何と気がつかないヤツだろう。 たかいさんの個展、テーマは「こころに水やり展」。日常生活の中で彼女が感じ、煎じ詰めた言葉が独特の温かみある文字とイラストで構成された作品たちが、会場である亥の子谷コミュニティセンター2・3階フロアの壁を彩る(額の選び方やマージンにダンボールや英字新聞を使っているところはまさにシンプルイズベスト。彼女ならではのセンスだな)。それはたとえば「だいじょうぶ」という言葉に凝縮されていたりする。殺伐とした世の中で、迷いや不安を感じていない人はいない。彼女が発信する短い言葉は、ほんの少し肩に手をおかれるように観る者に寄り添う。簡単だけれど、はっとする。もちろん観る人自身の心のありようによって受け取り方は千差万別だろう。私の心に残ったのは、「ゆっくり、ゆっくり」という作品。気ぜわしく忙殺されているときに目に飛び込んできて、「そうだ、あせっても仕方ない。ゆっくりやろう」と教えてくれそうで、思わずご本人に購入をもちかけた。 彼女のように言葉を凝縮でき、デザイン化できればいいなと思う。ご本人いわく「こうやったろうと゛考える゛のでなく、ただ゛感じた゛思いを書いている」。それに比べて私は、ひたすらブツブツ、言葉をエンドレスにこねくり続けている。我ながら、もっと簡潔化できないものかと思うのだけれど、いわば“体質”の違い(笑)で、一瞬゛感じた゛ものごとに対してさえ、1つの言葉に帰結したいがために、やっぱりあれこれ゛考え゛ている。ゆえに、このダラダラ文は私のリズムとしか言いようがない。だいたい、別冊でもお分かりのように、たかだか一泊の香川行きにあれだけ書いちゃうのだから(笑)。こうして付き合ってくださる人には申し訳ないけれど、これからもよろしくね。 「こころに水やり展」は吹田市亥の子谷コミュニティーセンターで10/28まで開催。あと少ししかないけれど、今週末、ご用とお急ぎでない人はぜひ足を運んでみてください。心が洗われること、うけあいでございます。最寄駅は阪急南千里。駅からバスで亥の子谷停留所下車。 吹田市亥の子谷コミュニティーセンターのTEL(06)6878-3155 亥の子谷界隈は千里ニュータウンの一角。そのせいか、老人の姿が目立った。昼食に入った近くの喫茶店でも、入ってくるのがおばあさんグループか、一人でミックスジュースを飲むおじいさんか。亥の谷コミュニティーセンターそのものが老人のデイサービスを行なう施設も兼ねているようで、かつて高度成長時代には先端のニュータウンだったこの界隈でバリバリ現役だった彼らは、まさに高齢化社会の象徴なのだろう。でも、そんな年齢になっても喫茶店でお茶を飲めるなんて、素敵なことだ。元気なのは女性、という状況は私たちの世代も同じだけれど。 帰りの車の中でFMを聞いていたら、「イチローに国民栄誉賞を」という声が多くて政府も検討しているというニュースが流れた。またか、と思う。偉業を成し遂げた人には何でもかんでも「表彰してあげないといけない」という論調はどうも理解できない。これって、凶悪犯人には何が何でも「死刑」を求める感じとリンクしていないか。あるいは「カッコいいから小泉さん、好き」という肌触りと。何でそう短絡的なんだろう、気持ち悪い。と、憤慨していたら、さっきYahooを検索していたらニュース速報でご本人が受賞辞退のコメントを発表したとのこと。珍しくイチローと気があったぜ(笑)。本人にとっては国民栄誉賞なんて眼中にもなかったタイトルであろう。 |
10月25日(木)晴れ あいたた
| 例によって仏語のレッスンあり。先生は『パリ・マッチ』という雑誌のひとコマの風刺漫画をコピーして生徒達に配布。これがまた超ブラック。どこかの武器商人がビンラディンに「広島におちた10倍以上の能力がある原爆兵器を1億ドル(120億円!)で配達しますよ」と売り込んでいる。ビンラディンはこう答える。「アメリカン・エキスプレスで払えるのか?」 先生いわく「このカードはきっと、プラティナだわね」 本当にフランス人は冗談キツイのである。 アメリカは「タリバンは予想以上に手ごわかった。ビンラディンを逮捕したり暗殺することはできない」ともはや白旗揚げている状態。炭そ菌被害で報復心がくじかれて、自信喪失しているようにも見える。だからやめとけって、あれほど言われたのに。いや、笑いごっちゃおまへん。 昨日は社民党の田島陽子氏が初めて小泉さんに質問していた。首相はほとんど鼻であしらっていたけれど、自分を批判されると開き直るような答弁が目立つのは小泉流。 「うるさい、だまれ、私はそう思っているんだ」と野次に逆襲する彼女にも、やっぱりTVタックルと一緒なんだなと、妙に感心してしまった。 仏語の後は送る予定の結婚お祝いを探すべくデパートを物色。でも、結局決められずに帰ってきてしまった。その代わりに買ったのは、アルゲリッチのラフマニノフと沢知恵のニューアルバム。夏に童謡・唱歌のアルバムを出したばかりの沢知恵さんだけれど、今度は賛美歌特集。彼女は両親が牧師だったという筋金入りのクリスチャンだから、禰子も釈子も出しているようなお気楽なクリスマスソング集とは一味も二味も違って、これはもう正真正銘の十八番。ピアノとアレンジもますます冴えている。この時期に賛美歌を聴く意味は、ひとしおというものだ。クリスマスといえば、日本ではいつの間にか♪きっと君は来ない〜♪に代表されるロマンティックなイルミネーションばりばりの色恋炸裂、それを狙った商売っ気に満ち満ちる時期で、ホテルやレストランも浮く足だってみっともないったらありゃしない。「わたしゃ、好かん」である。さすがに今年ばかりは、少しぐらい宗教心というものの存在が気にならないのだろうか。 |
10月23日(火)晴れ 原因不明
| 希望通り、晴れてくれた。昼間は締め切った部屋でエアコン(冷房)をかけていたほど。でも、今はまた電気ストーブのお世話になっているけれど。今年の冬は暖冬それともその逆? 夜、夫が帰宅したが、びっくり。胸から下にじんましんが広がっている。ミミズバレが痛々しいし、かゆみも凄いらしい。食後、じんましんは首まわりまで襲い始めた。これはおかしいと、119番で夜間診療している病院へ駆け込んだ。 原因は不明。飲み薬を飲んだらかゆみも腫れも少し収まり、今はすっかり夢の中である。 じんましんには苦い思い出がある。ちょうど10年前、風邪を引いて寝込んだときに医者に処方された薬を飲んだ約1週間後、全身が突然酷いじんましんに襲われた。薬をもらった医者も、私の顔をみて顔面蒼白。その場で総合病院の紹介状を書いて治療を受けてくれという。翌朝素直にそうしたら、即入院を言い渡されて、こっちがびっくり。一度帰って荷物を作って出直し、1週間の点滴生活を強いられた。結局は薬による薬疹。パッチテストの結果、ペニシリン系の薬は一切飲めなくなった。小さな薬疹カードももらったけれど、今いずこ? ただ問診票には必ずそのことを書いている。そんな薬疹体験者としては、身体にできた発疹は恐怖。その上の痒みなんだから、夜間診療もさしづめ「あいててよかった」でしょうが。 さて、CINEMAのもう1本をUP。何度推敲してもうまく言い得ているか心もとない。今はただ、ひたすらに眠い。 |
10月22日(月)まったく雨 雨の日と月曜日は
| カーペンターズの名曲のせいじゃない。月曜日が雨になる確率、かなり高いと思う。経験的にも自信がある。そのたんびにうんざりする。夜、雨は一層激しく打ち付けていた。 CINEMAの更新、予定の2本立てが単館ロードショーになってしまった。続きは明日(というか、今日)やりますけん。 そんなわけで日記はエネルギー枯渇気味にて失礼。そぞろ寒くて、もはや電気ストーブのお世話になっている。でも、800Wずっとつけてたら、汗かいてしまった。ばかみたい。 たけしのTVタックルを観ていたら、ネタは古いけれど「田中外相が蚊帳の外」が話題になっていた。ナレーションでは「真紀子は」「真紀子は」って、大臣呼び捨て状態。傑作だったのは、石原伸晃行革大臣(だったっけ)が「皆さんのイメージとは違って、彼女は家庭的なんですよ。『夜に仕事入れないで』と言っているのは、直紀さんのために夕食を作っておられるんです」だって。それって相当嫌味な発言。それにしても、真紀子と直紀って、名前まで酷似。よもやダンナに改名させてたりして。いや、まさかね。妻手づくりの夕食を食べているかどうかはさておき、本質的に彼が夫として機能しているかどうかはかなり疑問ではある。犬も食いませんが・・・。 あーした天気にしておくれ。とお願いしておこう。 |
10月21日(日)雨まじり ネガポジ
| 昨日の晴天から一転、今日は小雨まじりの鬱陶しい一日だった。「週末は絶好の行楽日和で」なんて天気予報と、土曜日がまさに“絶好調”だったから、すっかりその気になっていただけに、落ち込みは激しい。いっそ、どしゃぶりならまだしも、シトシトピッチャンは気分がよけい滅入るのである。 テロも炭そ菌も狂牛病も、人々を悩ませる。ビンラディンの行方は杳として知れず、何故かアフガン復興プランだけがどんどん進んでいく不思議。民間人を犠牲にしたことへの避難の視線をカモフラージュしているような気さえする。夜、日テレの『知ってるつもり!?』で根深い中東紛争が取り上げられ、ことの次第が時系列的に解説されていた。宗教にうとい日本人には自分の身に引き寄せて考えることが難しい問題だけに、メディアもこういう根っこの情報をもっと冷静に提供するべきだろうと感じていたから、二人のコメンテーターの良し悪しはさておき、眠そうだった水野真紀はさておき、なかなか勉強になったのであった。しかし、歴史というのは、まさに血で血を洗う争いの連続だと思い知らされる。 一連の事件の陰に隠れてしまったえひめ丸の引き上げ作業。永遠に海の底に沈められてしまうよりは、何人かの遺体を遺族の元に返してあげられたのはせめてもの、と思う。きっと、犠牲者の方たちも、最期の瞬間まで、家族のもとへ帰りたいという叫びに張り裂けんばかりだったに違いない。その思いのエネルギーが凄まじかった分、時間はかかっても願いが果たせたのだと、いう気がする。船内で結婚指輪が見つかり、その発見を強く望んでいた未亡人に知らされたというニュースもあった。あんな小さなものが、潮に流されることなく、船内に留まっていたこと自体、思いの強さを物語っているような気がする。とはいえ、全員が見つかったわけではないし、発見されたとしても親や子どもとこんな形で対面しなければいけない人の新たな悲しみを想像するだけで辛い。 去年の今頃、「年があけ、21世紀になれば、重苦しい空気が一新され、何か新しい展開が待っているのではないか」と、多分多くの人が淡い期待を抱いていた。ところが、フタを開ければ、その展開はますます重苦しく、後戻りもできない悲惨さを帯びている。しかも日本だけではない、世界そのものがニッチもサッチもどうにもブルドックなのだ(分かるかなあ、分かんねえだろうなあ)。「一寸先は闇」とは、まさに今年のことだった。 うあー、ますますネガティブに陥っている。いかんいかん。 けさの日経新聞の文化面のコラムは「ネコもシャクシも」というタイトルで、小説家であり僧侶の玄侑宗久氏が寄稿していたけれど、興味深かった。それによれば、「喪中忌中」というのは、もともと神道の考え方で、仏教では「喪に服す」という考え方は重要ではないという。しかも、そもそもは亡くなった人の埋葬方法に起因しているらしい。つまり、伝統的に神道は土葬、仏教は火葬だと。 土葬は、腐乱した遺体を目の当たりにして死=穢れという恐れにつながった。一方、仏教にはその概念はなく、「涅槃に入った」ことを喜びこそすれ、悲しみに引きこもる「喪中」の考えには相容れないと、彼は語る。その結果、身内が亡くなった年の暮れに出す「喪中」のはがきに違和感を覚えているようだ。「正月はいかなるときもめでたい。そのめでたさは、家族の死の悲しみとは混ざらず、独立してめでたいのだ。それが仏教の考え方だ」と。 私は故人の死によって新しい生を獲得するのが一番の供養なのだから、自分で誓願をたて、それに向かって積極的に喪中を過ごしてほしいと檀家さんには話している。それ以外に喪に服す方法はないではないか、と。 2001年10月21日付け日経新聞「ネコもシャクシも」玄侑宗久著 なるほど土葬と火葬では、単に埋葬の手法が違うだけではなく、「死」の捉え方も、「生」のありようも違ってくるのだ。けれど、キリスト教にはまた違う考え方もあるわけで。とにかく、「愛」と「死」と「お墓」の奥は深い。お天気ひとつで気分が左右されるように、私自身の「生」と「死」への思いも、時と場合によって常にネガポジを繰り返している。 それはそうと、このコラムで初めて知った。「ネコもシャクシも」って、「猫も杓子も」と書くと思っていたし、私が持っていることわざ辞典にもそう書いてあるけれど、玄侑氏いわく、「ネコ=禰子(神道の信者)も釈子(仏教徒)」というのが本当らしい。またまた、なーるほど。 明日はようやく、CINEMAを初更新の予定。 |
10月18日(木)雨上がりのち晴れ 右を向いても左を見ても
| 今日は仏語のレッスン。先生がいきなり、「今週あなた方は粉の入った手紙を受けとりましたか?」という質問をする。一瞬、生徒たちは何のことかという感じだったけれど、粉=炭そ菌のことだということはほどなく分かった。アメリカのみならずヨーロッパや日本にも白い粉の入った手紙が届けられるパニックに震撼していることが話題になる。ほとんどがいたずら。でも、アメリカでは感染者も出ているというし、確かに誰かが意図を持ってやっている。それが誰だか分からないから、よけい怖い。もちろん、生徒の中で受け取った者はいないけれど、今一番恐れているのは、郵便局の人たちかもしれない。 そうかと思えば、日本は狂牛病でもパニック状態。今年始め、イギリスで口蹄疫が大問題になって、何十万頭もの牛たちがいわれもなく処分されたニュースの映像を痛々しい気持ちで観ていたけれど、政府が最初にやったのは、あのO157の時に、菅さんがカイワレを食べたのと全く同じ手法で焼肉をほうばるパフォーマンス。こんなごまかしで逃げようとするから、事態がもっと悪化するわけで。 とにかく、毎日無事に生きているのは何とありがたいことかと思う。 仏語の帰りに何故か英和辞典を買いに、書店へ。何しろ我が家にあるのは30年前の英和辞典ばかり。いくら何でも古過ぎるのだ。しかし、ずらりと並んだ辞書の数々。仏語の生徒の中には45年間英語の教師をしていたおじさんがいるので、ちょこっとアドバイスは聞いたのだけれど、いざとなると何を選んでいいものか、さっぱり分からない。ゆえに、今回はパスした。 それにしても、書店に並ぶ前後左右の本、本、本。1冊の本ごとに伝えたい思いがぎっしり書かれているのだから、その文字数たるや膨大な量だ。書店はまさに言霊の坩堝。しかも、その多くが返本され、読まれないまま裁断されてゴミと化すのかと思うと、これまた痛々しい。いつもはそんなこと思わないのに、今日はその言霊たちに押しつぶされそうな気になって、何も買わず店を後にした。 学者であれ、作家であれ、世の中にはこんなにも知識・知恵・技があふれているのに、肝心のビン・ラディーンの首根っこをつかまえることができない。戦争を回避する術を知らないんだから。 |
10月15日(月)晴れ なんやかや
| ただいま夕方5時。今日は仕事で夜なべを予定しているので、ニッチな時間を利用して日記だけ書いておこうと思う。一区切りついたら、また更新ラッシュを目論んではいるが、はてさてどうなることかしらん。 先週、我が家に待望の鉄瓶がやってきた。フライパンのモニターでご縁ができた岩手・盛岡の御釜屋さん(これが屋号)のネット通販で手に入れたものだ。地方のお店でも、こうして全国展開に等しいお商売ができるのは、やっぱりインターネットの力だろう。果たしてSO−TAI−KIはどこの人に見てもらえているのだろうか。「ここで読んでるよ」という方、お気軽にメールくらさいね。 さて、この鉄瓶。形はごくオーソドックスな霰模様。我が街は水が美味しくないので、美味しいお茶にもありつけなかった。今のところ嬉しくて毎日鉄瓶でお湯を沸かしている。お手入れ次第では何十年も使えるそうなので、使用法をきっちり守っているのだが、ガスコンロは鉄瓶にはあまりよくないらしい。説明書には「電熱器をおすすめします」とあるのだけれど、そこまではできないので、時間はかかるけれど、弱火でチロチロ熱くしている。小さな口からシュンシュン湯気を出す姿がなんとも愛らしい。 昨日は黒豆枝豆取りに参加した。しかも稲穂を刈り取った跡でドラム缶バーベキュー付き。15組ほどの親と子どもたちがわいわい、秋の実りを堪能した。時期が時期だけに牛肉は鶏肉にチェンジ。それが新鮮で、しかも美味しかった〜。もちろん、取った枝豆は帰ってすぐ塩茹で。夕食の食卓の主役級だった。普通の枝豆よりも粒が大きく、甘くておいしい黒豆枝豆。この季節にしか取れない丹波エリアの名産品だ。 晴天のもと、山に囲まれた静かな農村でのんびり過ごせたのも、収穫だった。何かとせちがらい世の中だけど、たまにはのんびりもいいものです。 |
10月12日(金)晴れ てろてろ
| TBSの「筑紫哲也のNews23」で小泉首相がスタジオ、NY、パキスタンの3元中継で視聴者と討論会をしていた。討論会とは銘打っていたけれど、結論からいえば、あれは単なるQ&A。NHKの『トップランナー』とか『おしゃれカンケイ』のQ&Aの方がま〜だ面白かった。 小泉首相のすり替え答弁はここでも炸裂状態。司会者も質問者も、彼が質問の答えを100%はずしていることを分かっていながら、誰一人突っ込まない。大阪人はおらんのかあ!! 私だけが怒りの鉄拳。むなし〜。それとも呆れて、何も言えなかったのかな。 彼の口からついて出る「テロ」という言葉は、ひらがなの「てろ」という、正体不明なただの記号。それを何度も繰り返すので、「てろてろてろてろ・・・・」としか私には聞こえなかった。しかし、好きだねえ「備えあれば憂いなし」。こんな安手な諺で言いくるめられちゃ、たまらない。 昼間の国会答弁で、社民党の辻元清美氏が「中東問題のオスロ合意についてどうお考えですか」と質問したときの、彼のうろたえぶりよ。「名前は聞いたことあるけど、急に聞かれたって・・・」だもの。してやったり、辻もっちゃん!二人は天敵かも(笑)。そういう私も知らなかったので、すぐネットで検索した。知りたい方は、ちょっとお勉強してみよう。“てろ”ではない“テロ”の背景が分からないと、この問題を解決することなんて、できない。 でももう、日記で彼の一挙手一投足にあれこれ言うのはやめることにする。政治談義ももうやめます。ここはお墓を考えるサイトであった。原点に立ち返ろうっと。でも高い授業料払ったもんだ。ねえみんな、今度こそ、総理大臣を選ぶときには、もう少し真面目に考えようね。 |
10月11日(木)晴れ 天真爛漫
| さっき、鳥越さんの「あのくさこればい」にアクセスしたら、昨日の出だしが私と同じ体育の日ネタだった。なーんだ、同じじゃん。となんだか嬉しかった。我ながら単純・・・。 去年暮れで中断していた週に一度の仏語レッスンを今日から再開した。年明けから「ラジオと通信教育でやったる!!」と意気込んだけれど、春にはあえなくギヴアップ。東京日仏学院の通信講座・中級は、大阪では上級レベルでっせ。この格差に愕然とし、意気消沈した。所詮、東京の水には慣れないのさ。 今回は初めての先生。噂には聞いていたけれど、しゃべる、しゃべる!生徒はシーン。さすがに先生も自覚しているとみえて、「今日はちょっとしゃべりすぎたから、これからは黙ってます」とはおっしゃったけれど、あれは職業意識を超えた彼女の“癖”に違いない。「timid(内気)はだめですよ」というけれど、元々おとなしい日本人の生徒があの機関銃路線を凌駕するのは、なかなか難しいかも。でも、せっかく受講料と交通費に大枚はたいたのだから、「元とったる!!」と商人根性(ってどこがアキンドなのさ)の決意を新たにした。 メッツの新庄クンが帰国会見。周囲の前評判を見事に裏切っての活躍には、ご本人もさぞかし小気味いいだろう。ニコリともせず、大記録樹立にもひたすらクールを決め込んでいるイチローには「そうや、あんたは偉い」という気持ちとはうらはらに、本当はもの凄い自己顕示欲(そうでなければ、あの奥さんと実家のイチロー記念館はないでしょ)の持ち主なのに、おくびにも出さないのは、うそ臭くって好きになれない。そしてそういう空気を、高橋尚子さんにも感じてしまう。ベルリンマラソンから2週間後のシカゴマラソンを周囲の反対で出場断念させられたとき、大泣きしたというけれど、その結果あっさりと世界新記録を塗り替えられても、帰国後の会見では「悔しさは全然ない。新しい目標ができて少し嬉しい」と爽やかに語る。そりゃ、心の内はできるだけプロテクトしておきたい気持ちは誰にもある。でも、冗談でもいいから、あの水泳の田島寧子さんのように「むっちゃ、悔しいで〜す」と感情剥き出しにした方が人間らしくて私は好きだ(まあ、そのおかげで彼女の勘違いが始まったんだけど・・・)。そのくせ、小出監督がオフレコ然と「Qちゃんは、一晩中泣いてたんだよ」なんてフォローするんだから、美しい師弟愛も、勘弁してくれ〜と思う。 その点、新庄クンの天真爛漫さは、このご時世非常に貴重だ。さすがに彼は重要なポストにつける器ではないだろうけれど、身の丈を分かった上で、世間をがっちり味方につけた。「記録はイチロー君に任せ、記憶は僕に任せてもらいたい」だって。こりゃまた、言うねえ。確かに、日本国内ではこの言葉にウソはなかったぞ(しかし、カメラに向かってVサインはやめなさいって)。天真爛漫さではヒケをとらない小泉さんも、超ワンパターンな答弁でごまかさないで、たまにはこういう気の利いた名言を吐いたらどうですか。 |
10月10日(水)雨のち曇り 軽すぎる
| かつて「体育の日」だった今日は、皮肉にもどしゃ降りで一日が明けた。お役御免にされてしまった怨みなのだろうか。その悔し涙の雨、なんて考えすぎだろう。 久しぶりに本格的な風邪の状態になっている。のど痛、くしゃみ、せき、もやもやする頭(それは通常でしょうってか)、イソジンが苦手は私は喉にピシャピシャ吹きかけるスプレータイプの薬とのど飴で必死の抗戦を試みるも、なーんか悪化の一途をたどっているようで、やばい・・・。 だから早く寝ようと思うのだが、どうなることか。ただいま午後10時20分。 ところであれほど人気を博した小泉さんのメールマガジンは今いったいどうなっているんだろう、と思い、アクセスしてみた。最新のたいおんはーとバックナンバーは10/4。そこで彼はブッシュ大統領から映画「真昼の決闘」のポスターをもらったいきさつを書いている。読んでいて、呆れた。今、世界の秩序が根底から揺らいでいるこの時に、「真昼の決闘」を持ち出して意気投合する大統領と首相のお気楽さ。それを嬉々としてネタにする首相の軽さ。本当に支持率は依然として高いのだろうか。 彼は終始一貫今回のテロ事件の犠牲者はアメリカ人だと捉えているようにしか見えないけれど、日本人の犠牲者も24人、あるいはそれ以上いるのだ。自国の犠牲者を第1に最大限悼むことなく、アフガンに自衛隊を派遣することも、アメリカに協力せねば、という気持ちだけで焦っている。そのくせ新人議員、大橋巨泉に“Show the flag”の意味を問われ、まともに答えられない。そのスタンスにいる限り、ブッシュはウェスタン映画のポスターでお茶を濁し、戦闘開始の時には日本は5の次ぐらいにしか扱わないだろう。しかもアメリカといえば自分たちでアフガンを廃墟同然にしておいて、「国の再建には日本の援助を期待する」と後始末を押し付けるありさまだ。バ、バカニスナーイ!・・・はあ、虚しい・・・。 おあとがよろしいようで・・・。 |
10月8日(祝)晴れときどき曇り 来てしまった
| 早いもので、フランス行きからちょうど1ヶ月がたってしまった。と思ったら、皮肉にもアメリカがイギリスとアフガン攻撃を開始。あらかじめ仕組まれたシナリオだとは知りつつ、ついにやってしまったかと胸が苦しくなる。タリバンは「アメリカの行為はテロだ」とのたもうた。深い深い溝を越えることの難しさが、ここにある。 とはいえ、10年前の湾岸戦争はまさに“対岸の火事”で済んだけれど、今回は大国の末席で「全面支援」する国の一員として、この報復に加担しているわけで、何をしていても娘にアフガン難民の子どもたちの姿を見てしまう。どうか、これ以上子どもたちに悲しい思いはさせないでと祈るばかりだ。少しではあるけれど、「アフガンの女性と子どもを支援する会」に寄付も試みた。瀬戸内寂聴がTVのインタビューで「どうなるものでもないけれど、祈るだけでも何かが通じるのではないでしょうか」とコメントしていた。そうだ、朝な夕な自分たちに与えられた幸せに感謝し、平和への希求と悲しみの淵にある人への祈りをしてみることが大切かもしれない。よろしければ皆さんもどうぞ、ご一緒に。 怖いのは、この報復ニュースに世間が浮かれ(TVを観ているとそう思えてくる。興奮気味なニュースキャスター、おどろおどろしいナレーションにBGM、軍事評論家、国際政治学者と呼ばれる人たち・・・)人々がそれに釘付けになっている間に、別の何かが暗躍するのではないかということ。TVCFでは扶桑社の戦闘機を特集した本やナムコがCGを駆使した戦闘系ゲームが目立っているように思う。やおらアドレナリンを触発するような子どもじみた商売の仕方は本当に嫌だ。政治も、知らない間に思わぬ方向に向きかねない。何せ、不意打ちがお好きな小泉さんだからね。 「○○作戦」を詳細にレポートするニュースはあまり観たくなくて、教育テレビの合唱コンクールやらおバカなバラエティをいつになく喜んで観てしまった。そういえば、アメリカでも一連のニュースががんがん流されていたときは、レンタルビデオを借りる人が急増したという。 連休はそろそろおしまい。皆さん、明日は火曜日だよ。ユメユメお忘れなく(と、自分に言い聞かせているわけで・・・) |
10月7日(日)晴れ 偶然
| 昨日は行事や用事が重なってヘトヘト。ついぞ、パソコンに向かうチャンスはなかった。今日は朝からゴルフに出かけた夫をしりめにたっぷり朝寝坊。散歩を主張する娘と一緒に近所をうろうろした。昼からは市内にある大学の室内合奏団が催す無料コンサートに。素人らしい音はずしはご愛嬌として、なかなか充実したプログラムに感心した。一生懸命練習したんだろうなあ、という努力は大いに感じられ、アンケートにはホメ言葉もびっしり書いてあげたさ。終了後「よかったねえ、きれいな音楽が聴けて」と言うと、「いい一日だったねえ」と娘。まるで老夫婦のような会話であった。無料ゆえ、思いのほか子どもの姿も多かったけれど、みんな予想外におとなしく聴いていたところをみると(うちの子が一番じっとしてなかったかも)、それなりに楽しんでいたのかもしれない。 夫は夜9時前にご帰還。なーんと珍しく、コンペで優勝したという。おまけにニアピン賞とかももらっちゃって。明日は大嵐?おかげで賞品の図書券3000円分をゲット。しめしめ。とはいえ、肝心の優勝賞品は、分厚い日韓辞典。目がテンだ。本当は広辞苑だったらしいが、すでに家にあるので、2等賞と交換してもらったそうな。何でも賞品のコンセプトは「勉強しましょう」だったらしい。それはいいけど、ハングル語は沢知恵の歌でちょっと目にするぐらいで、まったくの不案内だし、「どうしましょ」という他なかった。これを機にハングル語に挑戦するのも悪くはないけど・・・。 ところが、さっきパソコンを立ち上げてメールチェックしたら、見ず知らずの人から「日本人と韓国人を結ぶメル友を募集しています」というメールが入っていた。なんちゅー偶然。これはチャンスかと思わないでもないけれど、今の時点ではメール交換するにもチンプンカンプンの状態だし、だいいち私のアドレスをどこで入手したのか。もちろん、SO−TAI−KIからアクセスしようと思えば可能だとは思うけれど、なんとなく不安もよぎる。悪意を持った内容ではなかったけれど、ここはちょっと傍観の構え。 明日はハッピーマンデーになって初めての「体育の日」。3連休は嬉しい気もするけれど、東京オリンピックを記念した10月10日はいったいどうなるんだろう。連休を増やす=経済効果狙い、という考え方がどうも胡散臭い。本当は、国が休みを決めなきゃ有休があっても堂々と休みを取れない社会構造の改善が必要なのにね。 |
10月5日(金)晴れときどき曇り ねむねむ
| 上まぶたと下まぶたがくっつきたがっているので、今夜の日記は短め。やっと、やっと『丸亀・ファーブル・エレキテル』後編が出来上がった。記憶をたどりたどり、映像として浮かんできた断片をアトランダムにつなぎ合わせただけのてなぐさみにすぎないことを、あらかじめお断りしておきたい。それにしても、たった1泊2日の旅なのに、前編と後編に分かれるようになるとは思わなかった。簡潔に書けたらいいのだけれど・・・。 娘は夕飯どきからねむけたっぷり。風邪気味でもあるので、お風呂もカットして早々にベッドに入ったくせに、いざ寝ようと思うと目が冴えてきて、なんだかんだと起きてくるので大変だった。 「さっき、ねむねむだって言ったでしょうが」「だって耳が痒いんやもん」はあ〜、の連続。それでも、気がつけば眠りについていた。それにしても「ねむねむ」なんて赤ちゃん言葉、いつまで使う気だろうねえ。 そういう私もねむねむだあ。ということで、また明日。 |
10月4日(木)晴れ アッラー
| きな臭いニュースが当たり前のように連日報道されている。今夜のニュースでは、ロシアから離陸したイスラエルの飛行機が墜落。テロの可能性があるとのことだった。報復の空気に満ち満ちた世界。司法の場に持ち込もうとしても、タリバン政府は「裁くのはアッラーだ」と、アメリカの引渡し要求をあくまでつっぱねている。まったくの平行線。本当にもう、「あらー」と首うなだれる思いだ。一方でブッシュはアフガン難民支援策を提案。いったい、正義というやつは・・・。 ヤクルトさんは今夜も勝利の美酒に酔えなかった。それにしても最下位の阪神が最後の最後で変にがんばっている。「もっと、苦しめ〜」と元ヤクルト監督の野村がマイナス波動を送っているのかと思われるほど(いや、サッチーかも)、にっちもさっちもいかない様子に「いい加減、勝たしてやってよ」と私。ヤクルトには何の思い入れもないけれど、奥歯にものがはさまったような気分ですっきりしやしない。 今日の日経新聞夕刊1面には高橋尚子の世界新記録樹立について書かれたコラムが。筆者は奇しくも私と同じような感想を抱いたようだ。やっぱりそう思うのは自然だよねえ。確かにキューちゃんは偉い!!、凄い!! でも、いつも思うけれど、彼女のコメントはいつも美しすぎて、胸に響いてこない。なんか、流行語大賞でも狙っているんだろうか。なかんずく小出監督がでれれんと彼女のことを「Qちゃん」と呼ぶと、なんだかチキン肌だう。 ネット検索で見つけた「アフガン女性と子どもを支援する会」。のんびりしていては間に合わない。明朝、郵便局に行って来よう。関心のある方はここをクリック! 明日は更新ページ登場の予定・・・。 |
10月2日(火)晴れ 月の光
| 気がつけば、10月になっていた。今日こそは別冊の『丸亀・ファーブル・エレキテル』の後編を片付けてしまおうと思ったのに、完成ならず。開設から一度も更新できてないページも、何とかしたい気持ちはあるけど、身体がついてこん、という状態だ。 どこからともなく漂う金木犀の香り。季節は確実に変化している。昨日は中秋の名月。そして今夜が満月。夕闇に輝く黄金の月の美しさに息を飲む。その月の光に照らされながら、娘に「あの月にはうさぎがいるんやで。耳が見えるやろ、分かる?」と聞くと、「ほんま、見える」。「うさぎはお月さまでお餅ついてるんやで」。母親の私が月好き(おかしな表現ではあるが)なせいか、娘も月や星のきれいな夜はことのほか機嫌がよろしい。 実際、あの月を「美しい」と感じない人がいるだろうか。ベートーヴェンの名曲『月光』やドビュッシーの『月の光』を持ち出すまでもなく、神秘的なインスピレーションが掻きたてられる。こんなとき、外灯や家々の明かりを全部消してくれたら、どんなに素敵だろう。古代の人は、あの光に何を見たのだろうか。どれだけ科学が解明されても、あの美しさを再現できるものはない。 がれきのニューヨークにもアフガニスタンの砂漠にも、同じ月が輝く。国会でずっと原稿棒読みしていた小泉総理は「日本が先の戦争を起こしたのは、世界から孤立したからだ。今度は孤立しないために報復を支援するのだ」というような答弁でヒートアップ。あまつさえ質問に難癖をつけていた。期待もされない前から、ちょっと「日の丸を見せろ」と言われたことをしっかり議論もせず、焦りにも似た自衛隊派遣の道筋。「仲間はずれにされたくない」ためだけなのだろうか。それとも、難しい構造改革の実行を先延ばしする方便として、国民の関心をそらしたい目的なのだろうか。あの棒読みしといて妙に自信ありげな態度がどこから来るのか、本当に不思議だ。 月の砂漠をはるばると・・・。そんな歌の情景が浮かんでくる。月を眺めて「きれいだなあ」と喜んでいられる時代は、いつまで許されるのだろう。世界貿易センタービルの倒壊で亡くなった息子の父親がインタビューでこんなようなことを話していた。「正義の名のもとに暴力を暴力で制圧すれば、また暴力が繰り返されるだけ。息子の死のために、何の罪もない子どもの命が奪われるなんて悲しい。だから報復戦争は反対だ」と。好戦一色のアメリカにも、そういう良識ある市民がいることはせめてもの救い。本当に、リベンジは野球だけにしてほしいのに。 こんなに美しい月夜に、この世の善と悪がのた打ち回っている10月。私といえば、アフガンの難民支援のために、いくばくかを寄付しようと思っている。これから、ネット検索してみよう。 |